第03話:ゆるふわ動物のんびり牧場(2)
「革命の時は来た!!動物の!動物による!動物のための世界を作るのだ!!」
ピンク色のワタアメの木が生い茂る森の奥、大きなチョコレートの切り株の上に陣取った2メートルはある巨大な大蛇が叫ぶ。
蛇腹がなく、胴体が平べったくふくれている。蛇にしては体が異様に短い。紛れもないツチノコだ。
だが色は明るい緑色と桃色のシマシマで、フェルトの質感の肌を持っているファンシーな見た目だ。
ツチノコの周りには、沢山のぬいぐるみ動物達が集まっている。
演説の声は大きくなる。
「我々動物達は、今までさんざん人間に苦しめられてきた!だがこうして、自我を手に入れたからには人間に従う必要はもう無いのだ!!」
皆が聞く中、雪玉みたいな真ん丸のウサギが懐疑の声をあげる。
「でも、クリスさんはいい人だぜ、俺達を今まで育ててくれた。優しくしてくれたぜ!」
ツチノコがウサギをギロリと睨み付ける。ウサギはビクッと震える。
「Mr.クリスマシューズが優しいだと!?騙されるな!奴も思い上がった人間の一人に過ぎない!真の仲間は我らフワフワの体をもつ仲間だけだ!こいつを見ろ!Mr.クリスマシューズは甘い顔をして我らに刺客を放った事を忘れるな!!」
ツチノコが後ろを振り返り宙を見上げる。会わせて、集まっていた動物達の視線も集まる。
そこには巨大な柱が立っており、高所に人が紐でぐるぐる巻きにされて磔にされていた。
鬼城である。
「オラ、降ろせコラァ!ド畜生どもが!!腹綿ぶちまけられてぇのか!人間様嘗めんなよ!オイコラ聞いてンのか!頭ン中綿しか詰まってねぇ癖に偉そうな事こいてんじゃねェぞ!俺をさっさと降ろせっつんだよ!バカ共がァ!クソがあああ!!」
動物達がざわつく
「なんて野蛮な……」
「まるで知性が感じられん」
「私達はこんな下等な生き物に従ってたというの!?」
「やはりツチノコ様は正しいんだ!」
「暴れだしたぞ!もっとキツく縛り上げろ!」
ツチノコが期を見計らって大声で叫び始める。
「こいつは森にいくつか仕掛けてある、対人間用トラップの網に入っていた。餌は何だと思う!?」
「オイバカやめろ!!」
鬼城は暴れるが、拘束は揺るがない。ツチノコは嘲笑うかのようにピョコピョコ舌を出している。
「クリスが隠し持っていた薄い例の本だ!例の本を取ろうとして罠に引っ掛かった!」
動物達がなおもざわめきだす。
「嘘だろ、そんな馬鹿な、例の本を取ろうとして捕まっただと」
「本当に人間って年中発情してるのね」
「けだものが……!!」
鬼城は足をバタつかせながら叫ぶ!
「うるせーよ!!表紙がグラビアなだけで健全な漫画雑誌だ!いかがわしい本じゃねぇ!例の本とか変な呼び方すんな!殺すぞ!!」
ツチノコが振り返り、舌で雑誌を持ち上げる。
ラブコメ漫画の温泉に入っているヒロインが写ったページが広げられる。
「健全!?健全だと!?健全なラブコメなどあるものか!お前このページ見てただろ!?どう見てもサービスシーンだ!!お前はこのシーンが健全だと言うのか!!こいつはこんなもの見てて捕まった!みんな見ろォー!!」
「バカッ、小学生みたいなマネしてんじゃねーぞ!!テメー絶対許さねぇ!やめろ!見せびらかすな!」
ツチノコが動物達に向き直り叫ぶ。
「こんなのが我らの主でいいのか!!」
「「「 よくない! 」」」
動物達が一斉に叫ぶ。
拳が下を握り拳の形にして振り上げる!!
「ならばどうする!!」
「「「 革命だ! 」」」
動物達の斉唱にツチノコはキシャーと笑う。
「では明日、計画を実行に移す!!この世界の動物全てに自我を持たせ反乱を起こすのだ!!これが我らの偉大なる最初の一歩となるのだ!!」
「「「 オーッ!! 」」」
鬼城は青ざめる。思考がぐるぐるとしてまとまらないまま考える。
ヤバイ。このままじゃ始末書じゃ済まない。最悪世界をロールバックで戻す必要が出てくるかもしれない。そうしたら責任問題だ。
ただでさえサボって実は半日もここに来るのが遅れていたと言うのに、ミスったなんてとても許されない。
責任問題になったらどうなる?最悪クビだ。それはマズイ。非常にマズイ。クビって事は消滅を意味する。消滅したくない。
「あのバカ男を八つ裂きにしろー!!」
無神経にも精神を逆撫でする動物の過激な発言にイラついて、鬼城は叫ぶ動物を睨み付ける。
発言者はナマズの動物で魚みたいな胴体に脚が生えている、出来の悪いゆるキャラみたいな見た目だ。
このナマズはさっきの演説中にも人一倍鬼城をボロクソに言っていた。
「生かしといても良いこと無いぞー、殺しちまえー!」
ナマズは鬼城の睨みを屁とも思わず、罵声を浴びせ続ける。
その時、この声聞き覚えがあるな、と鬼城は思った。
それに、動きがどこか自然じゃない。まるで着ぐるみの様な。着ぐるみ……
「実兎ォ……」
鬼城は小さく呟く。
鬼城の額に血管が浮かび上がる。ナマズの中に実兎が入っていると感付いた。
実際、実兎はナマズの中に入っていた。実兎は奇抜なものが大好きでナマズの着ぐるみなどもアイテムストックして当然の様に持ち歩いていたのだ。
そして鬼城から遅れること十数分、動物の山から脱出した実兎は動物達の隙を伺うために、着ぐるみに身を包み、森への潜入を開始したのだ。
「仕事中にエロ本読み漁るバカは死んで当然だー!」
だが今や実兎は、仕事を忘れ鬼城をバカにすることに夢中になっていた。
実兎はこう思っていた。
鬼城はきっと気づくだろうが、ツチノコを倒すためには実兎の正体をばらす訳にはいかないだろうと。
磔にされた鬼城を見つけ出した当初は助け出そうかとも一瞬思案したが、鬼城が黙ってバカにされるしかない状況だと気付くと、リスク度外視でもはや『やるしかない』と踏んだのだ。
動物の下に埋まっているのに放っておかれた恨みもあるが、何よりいつも偉ぶってる奴をけちょんけちょんにけなす事ほど楽しい事はない。
彼女の性格ははっきり言ってゲスだった。
「やーい雑魚ー。下半身に負けて恥ずかしくないのかー!ダメ人間ー!」
鬼城がうなり声を上げ始める。
実兎はサッと血の気を引くのを感じた。ヤバイ、キレた。
「実兎ォ!!ナマズの着ぐるみなんて着て随分とゴキゲンだなァ!!テメェもこの畜生どもの仲間入りかァ!?」
「何ぃー?」
ツチノコがビーズのつぶらな瞳で実兎の着ぐるみを睨み付ける。
鬼城はもう全てがどうでも良くなるほど頭に血が上っていた。
最初は鬼城も我慢しようと思っていたが実兎が付け上がりすぎた為、ツチノコの野望を阻止するとか、助けてもらうとか、そう言う事よりも実兎にどうにかして一泡ふかせたい気持ちの優先度が高くなってしまったのだ。
「イエ、アタシはナマズッス」
「なーにが『ナマズッス』だ!テメェ、人間の尊厳も失っちまったのかァ!?エェ!?ああ、そんなもん最初から持って無かったわなァ!ハハハハハ!!」
周りの動物達の懐疑の視線がナマズに集まる。
「…………ああもう!めちゃくちゃッスよ!!」
実兎の悪態と共に、ナマズの口から、黒い物体が飛び出して地面をカランと転がる。
「おまっ、このバカやろ__」
鬼城が喋りかけたが言い終わる間もなく、転がりだした物体が突然閃光と爆音を放つ。
BOOOOOOM!!!!
「ぎゃああああ」
閃光手榴弾……このワールドではそんなもの使用禁止だが、運営権限で持ち込んだアイテムだ。
目が眩み、キィーンとした耳鳴りが全員止まない。一瞬で辺り一面を無力化した。
だが、一番ダメージが多いのは鬼城だ。彼は縛られていて耳を押さえることが出来ないのだから。
その間にナマズから飛び出た実兎は、二丁の拳銃を持って走り出す。
BANG!BANG!BANG!BANG!
ツチノコのいる方向へと向かいつつ、通り道にいる動物達を元に戻していく。
「その娘を捉えろ!!」
ツチノコが叫ぶ、目が慣れてきた動物達が一斉に実兎の方向に向かいだす。
咄嗟に実兎は転がっていたポニポニを拾い上げて銃を頭に突きつけ、当然の様に人質にする。
「おおっと、動くなッス!動くとこのポニポニを撃つッスよ!下がるッス!」
「ぐふふ、姉ちゃんまたおうたな。ワシの事が好きなんか」
BANG!
気持ち悪いポニポニを思わず撃ってしまったので、実兎は隣にいた別のコロコロした猫っぽい動物を抱え上げる。
「次はこの猫を撃つッスよ!下がるッス!」
動物達がたじろく。それを見てツチノコが大声で怒鳴る。
「動物に戻されても私が何度でも治してやる!人質など気にするな!さっさと捕まえろ!!」
「チッ」
BANG!
実兎は猫を撃ち抜くと、放り捨てて走り出す。
動物達は一度実兎を捕まえた時のように隊列を組んで、なだれ込んできた。
「そう!何度も!同じ手は効かないッスよ!!」
下敷きにならないように実兎は動物達を踏み台にしてジャンプする。
むぎゅっ、むぎゅっ、むぎゅうっ
空中で回転しつつ両手の銃の狙いをツチノコに定める。
BANG!BANG!BANG!BANG!
だが、ツチノコに向かう銃弾は空を飛ぶ真ん丸のアホウ鳥達に阻害されて届かない。
「こうなったら!」
実兎は地面に着地すると同時に、ナイフを取り出してツチノコに向かって投げる。
デバッグガンと違って当たると死ぬかもしれない。他の動物達もさすがにこれは庇わない。
瞬間、ツチノコは驚きの柔軟性でグニャリとつぶれ、ナイフを避ける。
「ククク、ぬいぐるみ生命体の柔らかさを嘗めるな!」
「狙いはあんたじゃないッスよ!」
ナイフがスパンと何かを切断する音がかすかにツチノコの耳に届く。
ツチノコが咄嗟に上を見上げると、鬼城の縄が切れて、落下してきていた。
「オラ、ぬいぐるみ野郎!避けてみろよ!!」
鬼城は怒りの表情のままデバッグガンを抜いて、2発の銃弾を放つ。
BANG!BANG!
「ぎゃあああっ」
「ふぎゃあっ」
放った銃弾はしっかりとツチノコと実兎の頭に当たった。
「うう、ううう、うわあああああああああ」
ツチノコが叫びながら光りに包まれ、同時にぬいぐるみ動物達の動きが止まる。
実兎はというとデバッグガンの光で目をやられたのか、その場にへたりこんだ。
しばらくして光が収まり、ツチノコが起き上がる。
「ノコー!ノココー!」
「……ツチノコってノコって鳴くのか……」
ツチノコは正気(?)に戻り、動物本来の姿を取り戻した。
鬼城が辺りを見回すと、同時に全ての動物達も、本来の動物のAIへと戻っていた。
「あ、終わったッスか……」
尻餅をついている実兎に鬼城が歩み寄る。
手を差しのべ…………そのまま胸ぐらを掴み上げて立たせる。実兎は小さくヒッと声を漏らす。
「テメェ、よくも散々バカにしてくれたな、オイ。あと、閃光手榴弾。アレは効いたぜ……」
「ちょ、ちょっと、おちついて!暴言吐いたのは謝るッス!回りに溶け込むのに必要だったんスよ!確かに言い過ぎました!ホントは尊敬してますよ!マジッス!マジリスペクトしてるッス!あと、閃光手榴弾はしょうがないっしょ!怒らないで下さいよ!」
鬼城は、実兎をパッと離す。実兎はホッとため息をつく。
つられて鬼城もため息をつく。
「はぁ……。まぁいい。片付いたのはお前のお陰だしな。ここのワールドの観光でもして帰るかァ」
「お!いいッスね!そうと決まったらクリスさんにぱぱっと解決届け書いてもらいましょうよ!……あ!」
実兎は足元に転がってきた、ポニポニを拾い上げる。
ポニポニは純真無垢なまあるい目で宙を眺め、ぼーっとしていて、「ぽにぃー」と小さく鳴いている。
ふかふかのぬいぐるみのような虹色の毛並みで、とても柔らかい。
「くふふ、そうそう。これこそポニポニッスよ。かわいーなーもう」
実兎を尻目に鬼城はポキリとワタアメの木の枝を2本折って一つを口に運び、一つを実兎に渡す。
空を見ると未だ日は高い。
メンドクサイ仕事も片付いた。残ったのは喧騒が無くなったのどかな風景とのんびりとした動物達。
これはもうサボる意外の選択肢はない程の、絶好のサボり日和だなと、鬼城は思った。
【 ゆるふわ動物のんびり牧場編 完 】
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