第02話:ゆるふわ動物のんびり牧場(1)

「ハーイ!待っていたよ!君達が、運営さんが派遣してくれた人たち…………かい?」


農家にポツリと建つ一軒家のドアを開らき、眉毛が無茶苦茶に濃ゆい茶髪のハンサムな青年が出てきて尋ねる。

彼はある問題に悩まされ、ヘブンズワールドの運営にヘルプを頼んだのだが……現れた相手に困惑していた。


彼の家を訪れたのは二人の男女。

一人は黒髪でココアの香りのするタバコをぷかぷかと蒸かす眼鏡を掛けた背の高い20台半ばと見られる男。

もう一人は、棒つきの飴玉を嘗めている金髪の巻き髪の10台後半と見られる女性。なぜかニヤニヤしている。

二人とも『運営』の腕章を着けて黒いスーツを着ているが、どちらもジャケットのボタンも閉めず着崩している。男に限ってはネクタイもしていない。


チンピラ……それが男が抱いた二人の第一印象だった。


「After End Company、ゲーム治安管理局の鬼城だ」


「同じく、実兎ッス」


運営で間違いないのか……そう思いながら男は鬼城が差し出す手に、握手した。


「えっと、ああそうだ!ボクはMr.クリスマシューズ。クリスって呼んでくれ」


実兎が右手を空中かざしてウィンドウを表示し、依頼者の情報を確認する。


「クリスさん、身分確認ッス。生前の名前は?」


「あハイ、生前の名前は脇里 国衛門。餅を喉に詰まらせました。87歳でした」


「やっぱり餅は殺人兵器っすよね。……確認とれましたー。本人ス」


握手をといて鬼城が尋ねる。


「で、あんたは何に困ってるんだっけか?悪ィな、報告書読んでなくてな」


クリスは内心こいつら大丈夫かと思ったが、仕方ないので話を進める事にした。


「そうだな、まずは、ウチの農場を見てくれよ」


三人で家をぐるりと回ると、柵で覆われた巨大な農場があった。

そこには、ぬいぐるみで出来たようなかわいいふわふわでまるまるとしたかわいい動物が沢山いた。

犬や猫、牛や馬、浮かぶサメやドラゴン、角の生えた謎の生物など、盛りだくさんだ。


このワールドは『ゆるふわ動物のんびり牧場』。大きな土地を一つ与えられ、そこを自由に発展させるスローライフワールドだ。

牧場の動物はぬいぐるみがそのまま育つような生き物で、与えた餌や運動の内容、接する態度で進化先が変わっていく。


ポイントを貯めて家を大きくしたり、農場や牧場をどんどんと大きくしていく事ができる。

緑色に生い茂る草、どこからともなく飛んでくるシャボン玉、ケーキやキャンディが実る畑。

少しメルヘンチックでほっこりとしていて、のんびり過ごすにはこれ以上無いといった所だ。


農場を見て、実兎が動物に走り寄る。


「ポニポ二がいるじゃないッスか!かわい~!」


ポニポニとは虹色の毛糸で出来たような真ん丸の馬っぽいの動物だ。馬なのに足が短く、転がって移動する。このワールドの有名マスコットだ。

ころころと転がる小さなポニポニを実兎は抱えあげてぎゅっと抱きしめる。


「あまりはしゃぐな。……良くできた農場だな。で、何も問題ない様だが、どうかしたのか?」


「いやー、それが動物達がおかしいんだ。なんというか、変なんだよ」


「変?めっちゃかわいいじゃないッスか」


実兎が、ポニポニを抱き抱えながら、振り返る。

抱えているポニポニが下卑た笑顔で笑っているかと思えば突然話し出した。


「ぐふふ。気持ちええ。もっと抱き締めてーや」


「うわキモ」


実兎がポニポニからパッと手を離す。


「ひ、ヒヒーン、ヒヒーン」


地面に落ちたポニポ二は取り繕って改めて実兎にすり寄ろうとしたので、実兎は思いっきり蹴飛ばして吹っ飛ばした。


「最近、動物達がこの調子で……前は喋ったりなんかしなかったのに……。あと蹴飛ばさないでくれない?」


鬼城と実兎が周りを見回してみると、動物達の様子がどこかよそよそしい。それにチラチラとこちらを盗み見ているのが分かった。

動物のなりをしているが、明らかに人間的な所作だ。

このワールドはあくまで動物を愛でるワールドだ。こんな人の顔色を伺って喋る人間的動物は、このワールドには通常存在しない。


「わー。先輩、これバグじゃあないスか?正常な動物AIじゃないッスよ」


「だな。チッ、また面倒な仕事を押し付けやがって。……デバッグするかー」


この二人の言うデバッグは、通常のデバッグとは意味合いが異なる。

ヘブンズワールドはAIがプログラミングを行って作り上げている世界だ。広がり続けるゲームの世界を、外の現実世界から除いて問題点を直すのは限界がある。

だからこそ、中にいる人間に問題点を発見してもらい、全AI統括管理システム『アーク』に報告してもらうのだ。


そしてそれを行うのが二人の所属する『ゲーム治安管理局』だ。

人間同士のゴタゴタも解決する雑多な業務を主に担当する所であるが、二人は厄介事や面倒事ばかりに回される。


局内での二人の呼び名は『チンピラ共』。それも当然だ。素行は最悪、遅刻もサボりも常習。業務中に客前でタバコをふかしタメ口で話す。

だが実績だけは確かで、問題を何だかんだで解決して帰ってくるのでクビにはならずに済んでいた。


「クリスさん、少し驚くかもッスけど、安全なんで見てて下さい」


鬼城がホルスターから真っ赤な大口径の銃を取り出す。

銃口を一匹の動物、ふわふわでぽわぽわした羊に向けると羊はかわいい顔でメンチを切ってきた。


「てメェー。俺を殺ろうってのか?オラ、かかってこいよコラ。てメェー、ビビってんのか?あ?てメェー!!!」


「おー偉く度胸のある羊だな。狼にでもなったつもりか?」


「てメェーこそ、そんな銃もってタフガイ気取ってんのか、小便臭いガキが、撃ってみろよ、てメェー!」


「ニヒヒ、先輩と同じくらいチンピラっスねその羊」


羊と同レベルと言われた鬼城はチョッピリイラつきながら引き金を引く。


BANG!


羊は雷に打たれたかのように痺れ、光に包まれた。


「…………めぇー、めぇー」


羊は正気(?)を取り戻し、人間のわざとらしさがないカワイイ動物らしい仕草をし始めた。


「おお!戻った!」


クリスが感嘆する。


「治せましたね。じゃあ二人で片付けるッスよ」


鬼城が撃ったのはデバッグガン。運営にのみ配られるツール。真っ赤な銃身はレッドカードを意味している。

発射した光の弾をバグの箇所に当てる事でアークが対象を把握し、すぐさまバグの修正が行われる。


実兎はホルスターから小型の2丁のデバッグガンを取り出す。


「クリスさん、アンタの牧場には何匹動物がいるんスか?」


「え、えーと、150匹位。全部様子がおかしいんだ」


「全部かよ。こりゃあ『ボス』が居るかもな。やるぞ!」


BANG!BANG!BANG!


動物達に向かって二人がデバッグガンを乱れ撃つ。当たった動物達が次々に元に戻っていく。


「よくも仲間をやりやがったな!やっちまえ!」


二人を敵と見なしたぬいぐるみ動物達が、十数匹暴れながら突進を始める。ふわふわのわたあめみたいな体が風を切る。


「おお怖い怖い。でも当たらないッスよ~」


二人は動物達を軽く避けながら、すれ違い様に弾を当てていく。


他の動物達が、成す術無く次々に仲間がやられて行くのを見て、慌てふためき始める。

それを見て、一際大きいぬいぐるみドラゴンが大声で叫ぶ。


「皆の者、陣形を組め!!撃たれると昔の我らに戻る!せっかく貰った自我、失ってたまるものか!」


ドラゴンの号令を元に動物達が陣形を組み始める。先頭に大きな動物を置き、その動物の背後に沢山の動物が隠れる形だ。

デバッグガンはバグの無いものに当てても効果はない。無慈悲にも仲間を盾にする作戦だ。


「突撃イイイイィィィィ!!」


ぬいぐるみの群れが、実兎の方に向かって猛進する。

撃っても撃っても、数が減らない動物達が津波のように覆い被さろうとする。


「ちょちょちょ!待つッスよ!!…………むぎゅうっ!」


実兎は山のような動物達の下敷きになった。

鬼城が急いで駆け寄る。


「実兎ォ!お前大丈夫かッ!!」


鬼城の問いに、ぬいぐるみの下からくぐもった声が帰ってくる。


「……あ、動けないけど結構大丈夫っすね。超ふわふわしてるッス。むしろ気持ちいいかも。くふ、くふふふふ」


鬼城は実兎を放っておく事に決めた。

囲まれないように一匹一匹、デバッグガンでしっかりと片付けていき、ぬいぐるみドラゴンに銃を突きつける。


「お前、自我を貰ったとかほざいてたよな。誰から貰った?」


「ククク、喋るものか。それに人間ごときがドラゴンに勝てると思うのか?我は自我を授かり、真のドラゴンとなったのだ。貴様を引き裂いて9つに分けてやろう!それが嫌なら力ずくで聞き出してみろ!」


ドラゴンが爪を大きく降り下ろす。ぽふんと鬼城の頭が撫でられる。痛くも痒くも無い。


「…………」


鬼城がどうしようかと考えていると、ドラゴンの口上だけ聞こえていた実兎がぬいぐるみの下で叫びだした。


「先輩!先輩大丈夫スか!?返事してください先輩!もしかしてやられちゃったんスか?」


「ああ。スゲー血がでてる。ヤベーかも知れない」


鬼城はなんとなく適当に返す。


「マジッスか!先輩がやられたらアタシこのまま埋まったまま先輩の復活待たなきゃいけないじゃないですか!!先輩のバカ!肝心な時に役に立たないフヌケヤロー!ふざけんなー!」


実兎の怨嗟の叫びを聞き、鬼城は絶対に助けないと心を決めた。

改めてぬいぐるみドラゴンに向き直る。


「おいドラゴン。お前の攻撃は俺には効かないようだぜ、観念して吐け」


「く、なんと強靭なやつ……だが、あのお方の事は絶対に言わんぞ……ツチノコ様は我らの神だ。あの方は10日ほど前に顕現され、我らに心を下さった!貴様なんぞに、売るわけがなかろうが!」


べらべらと有益な情報を自分から喋りだすドラゴンを見て、鬼城は動物達のAIはアホだと直感する。

こういう手合いには取引が有効だ。


「……言ってくれたらお前だけは見逃してやるぜ。マジだぜ。これマジだから。俺生まれてから一度も嘘ついた事ねーから」


本心はもちろん嘘だが、見え見えの嘘にドラゴンは目を丸くする。


「え、本当?それなら……向こうの森ゾーンの奥にツチノコ様はおられ……」


BANG!


「ぐわっ」


鬼城はドラゴンの頭を撃ち抜く。ぬいぐるみドラゴンはそれ以降『がおー』しか言わなくなった。


彼の思った通り、動物達に与えられたAIは簡易的なもので、人を疑うような高度な知能は入っていなかった。

話を聞く限り、ツチノコ様とやらが『ボス』だと鬼城は理解した。


『ボス』とはバグの発生源AIの事である。

自己管理、自己増殖していくこの世界で、何らかの原因で生まれたバグっているプログラム作成AI。

それは間違ったプログラムを増殖させて広めるバグの元凶、いわば病原菌のキャリアーである。

そいつを補足してアークに情報を渡せば騒動も収まるはずだ。


「実兎ー、俺先にボスの所行ってっから」


「ちょっと先輩!大丈夫だったんスか!?じゃあ助けて下さいよ!かわいい後輩がけだものに襲われてるんスよ!!」


「へー楽しそうでいいな。じゃあなァー」


鬼城は小走りで森の方に向かっていった。

とり残されたのは大量の動物に押し潰されている実兎と、棒立ちのクリスだけになった。


動物の下からへり下った、実兎の声が響く。


「クリスさん、クリスさん。そこにいるんスか?いたら助けてください。あなたは、あのカスとは違いますよね」


クリスが動物の塊に歩み寄る。


「えぇ……でもボク、動物を戻す方法無いよ……」


「それなら問題ないッス、そこら辺にアタシの銃落ちてますよね。それ使っていいスから」


辺りを見回して見つけたデバッグガンを、クリスは恐る恐る拾う。クリスは生まれてから、むしろ死んでからも銃なんて持ったことが無かった。

たどたどしい手つきで銃を構える。


「えっと、これで撃てばいいのかい?」


「はいッス。あ、運営の権限渡すッス。ステータス開けますか」


クリスは左手を空中にかざしてステータス画面を開く。

ピロンという音と共に、運営権限が与えられたのが確認できた。


「あ、権限渡したの内緒ッスよ!普通渡しちゃいけない物ッスから。始末書めんどいんで」


クリスはこんなスタッフに当たった、自らのくじ運の悪さを呪いながら動物の群れをどかしにかかった。

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