死におめ!我が社での異世界転生をお勧めします!~チンピラ職員は【電脳世界の天国】を自由気ままに運営する~
蟹めたる
第01話:バトル・トーキョー
太陽が高く昇りアスファルトを灼熱に焼く、とある真夏の昼下がり。
喧騒とした町中に佇む、大きな銀行から一台の高級車が飛び出す。
窓をぶち破った真珠のように白い車は、道路に飛び出すなり、ドリフトしながら向きを変え、フルスロットルで走り出す。
「ヒャハハハハハハ!!!」
車から品の無い2人の笑い声が響く。彼らはたった今、この銀行で強盗を行い、銀行員と警備員を計16人殺害した。
車の長い後部座席には大量の金塊がむき出しで放り込まれ、札束がパンパンに詰まった鞄がいくつも入っている。
運転席に座るのは、サングラスをしたスキンヘッドの男。名前はゴウ。
筋肉が黒光りし、赤い炎の入れ墨が頭から左腕にかけて入っている。
「アニキ!見ろよ!サツだぜェ!?」
助手席の男が窓から身を乗り出す。トサカのように高い黄色のモヒカンが風にたなびく。
この男の名前はジョー。トレードマークは顔面入った笑い顔のドクロの入れ墨。
緑色の唇から発せられた、笑い混じりのしゃがれた声が車内に響く。
ゴウがバックミラーを確認する。3台の車がピッタリと後をつけてきている。
赤いランプに白い車体、中央に書かれた黒い帯には『警視庁』と書いてある。
「3台程度か?ハ!俺たちをただのゴロツキとでも思ってんのか、なってねぇなぁ!おいジョー、奴らに思い知らせな!赤蝮兄弟の恐ろしさをよ!!」
「おうよ!」
モヒカン男……ジョーは巨大なロケットランチャーを取り出す。
先頭のパトカーに照準を合わせると、躊躇せずに引き金を引く。
バシュウッと大きな発射音と共に弾頭が高速で発射される。
「消し飛びなァ!!雑魚どもォ!!」
数瞬後、辺り一面に『BOOM!』と爆音が響き空気を震わした。
バックミラーには炎上しながら空中を舞う、3台のパトカーが見える。
「ヒャハハハハハ!!ざまぁねぇな!!…………あ!?」
爆炎立ち込める中、新たに5台のパトカーが現れたのだ。
「チクショウめ!」
ジョーはマシンガンを新たに取り出して、窓から身を乗り出す。
銃弾をばらまくが、パトカーの窓に弾かれる。防弾仕様だ。ロケットランチャーで吹き飛ばせてもマシンガンじゃ効かない。
最前線のパトカーから、警官が腕を出す。
それをミラーで目の端に捉えたゴウがジョーに叫ぶ。
「ジョー!引っ込め!」
BANG!
パトカーから一発の発砲音が鳴ると同時に、ジョーの胸に穴が開く。
「うぐおおおおッ!!」
「ジョー!!くそ!!なんてこった!!」
ゴウは怒りで顔を真っ赤にする。ジョーはゴウの実の弟で、こんななりでも大切にしていた。
胸に空いた絆は深く、貫通せずに弾が中に残っている。致命傷だ。
「……アニキ、やべぇ、血が止まらねぇ……あ、あとどれくらいであの場所に着く!?」
「あと、あと3分、いや2分でつく!!持ちこたえろ!!」
ゴウはアクセルをより強く踏みしめる。赤信号もお構いなしだ。
通行人を撥ね飛ばし、走っているバイクをなぎ倒し、真っ直ぐに爆進する。
撥ね飛ばした人間の血で車のフロントガラスが曇る。ゴウは銃をとり、前方へと向けて何発も打ち込む。
フロントガラスがひび割れると、思いきり殴りつけて割る。視界がクリアになる代わりに、車の中に冷たい風が吹き込んだ。
メーターが示す時速は240km。周りの風景が一瞬で過ぎ去る。
それでも後ろのパトカーは離れない。
「ジョー!!死ぬな!!もう少しだ!」
車が海岸に飛び出す。浜辺には沢山の人がいる。
何百もの目が一斉に兄弟の車に集まる。
「アニキ、もうダメだ、もう……」
「ジョー!!!!目を閉じるな!!頑張るんだ!!」
まさにジョーが死ぬその瞬間……
ゴウの操る白い高級車が、ゴールテープを切った。
「ゴォォォォォォル!!!やりましたァァァ!最後に飛び込んできたのは、チーム赤蝮ブラザーズ!!!合計獲得金額8億5369万7853円!2位に圧倒的な差をつけて、大会最高記録更新で、優勝だァァァァ!!」
実況アナウンスが海岸に開設された会場に轟く。同時に会場が盛大な歓声に包まれる。
急ブレーキをかけて止まった車の中から、ゴウとジョーがドアを開けて出てくる。
ジョーの傷は何も無かったかのように塞がっており、歩行もスムーズだ。警察も追って来る様子はない。
ジョーとゴウはハイタッチする。
鳴りやまない観客の歓声を浴びる中、彼らの笑顔は眩しいくらいに輝いていた。
ゴール前に大きな人だかりができ、優勝者インタビューが始まった。マイクを持ったゴウが叫ぶ。
「みんな応援ありがとう!これまでで最高の銀行強盗ができた!俺たち……兄弟は……この日の為に……ずっと……うっ、うっ……」
ゴウは感極まって泣き出した。
ジョーはそんなゴウの右手を持って天高く掲げる。さらに大きな歓声が沸き上がる。
会場の警備にあたっていた実兎(みと)は、カラカラと棒つきキャンディーを舐めながら、遠くから赤蝮兄弟を眺めて会場の盛り上がりに驚いていた。
彼女は金色のはねっけのあるミディアムヘアの巻き髪を風にたなびかせながら、空中に浮かぶ巨大スクリーンに向けてぱちぱちと軽く拍手しながら呟く。
「ひゃ~、よくもまぁ、あれだけ派手にやれたッスね~。ヤバくないッスか?先輩」
「だな。特に二回目の銀行強盗。あん時のジョーの5連ヘッドショットは流石の俺も痺れたぜ」
同じく警備にあたっていた鬼城(きじょう)は、大会の顛末に興奮冷めやらず、上機嫌で後輩の実兎の問いに答える。
この大会は、24時間でどれだけの金を集められるかという大会だ。
ルールは死なない事。それ以外はなんでもあり。2人チームで、元金の100万円を下準備無しでどれだけ増やせるかを競うのだ。
それも、現実の世界ではない、ゲームの世界。
『After End Company』社の提供する実体験型バーチャルオンラインゲーム『ヘブンズワールド』の世界で。
『ヘブンズワールド』は沢山のワールドの集合体で出来ており、この大会が開かれたのは犯罪し放題の東京を舞台にした『バトル・トーキョー』というワールドである。
赤蝮兄弟は1日の間に、マフィアの事務所に押し込んで武器を調達すると、3回の銀行強盗に成功した。
もちろん、殺したマフィアも銀行員も警察も全てNPCで、次の日には元通りになっている。
犯罪をすればするほど警察が強化されるバトル・トーキョーで、これだけの犯罪を繰り返し金を集めた赤蝮兄弟は、まさにプロフェッショナルであった。
ただし断っておくが、決して犯罪行為のプロではない。犯罪者の行動を理解して止める、警察官としてのプロだ。
もし彼らがまだ生きていれば、その溢れんばかりの行動力とパワーで沢山の人間の命を救っていたに違いない。
双子の兄弟、赤蝮号、赤蝮丈。共に享年34才。
兄弟共に警官でありながら相棒でもあった二人は、車で逃走中の犯人を追い詰めたが、自棄になった犯人が兄弟の乗るパトカーに向かって猛スピードで激突し、逃げることができずに殉職した。
彼ら兄弟は何度も表彰されていた優秀な警官で、署内で知らない者はおらず、気さくで誰からも愛されていた。
…………ここまで読んでおかしいと思うかもしれないが、この兄弟は亡くなっている。それも既に3年も昔に。
いや、この兄弟だけではない。この会場にいる誰も彼もが既に死んでいる。死人しかいないのだ。
当然運営の鬼城や実兎ですら生きてはいない。
生きている者は、この世界に足を踏み入れる事すらできないが、逆に死者ならば誰でも訪れる事ができる。
それがこのオンラインゲーム『ヘブンズワールド』が、同時接続数1億を越える超大ヒットゲームとなった秘密だ。
天国や地獄は有るのか?あの世は存在するのか?それは誰もが一度は考えた事のある疑問だ。
あると信じる人間も、ないと信じる人間も沢山いた。死後の世界の論争は未来永劫続くと思われた疑問の一つだった。
日本も昔はそうだった。昔といってもまだ5年位前までの話だが。
今となっては多くの人間が『ある』と答える。
何故そう言えるのか?答えは簡単だ。人が天国を作り出したからだ。
通称『異世界転生』。近年流行りだした新しい葬式の方法。
新鮮な遺体の脳を取り出してスキャンし、その『意識』を抽出する。
意識を電子的にサーバーに移す事で、人格を複製し、ゲームの中で、第二の人生を歩んで貰うというサービスである。
日本の会社『After End Company』から発祥したサービスで、最初は人道的に批判されていたが、サービス開始直後から大量の応募が世界中から殺到した。
日本円で月額一万円。それだけ払っていれば、あらゆる娯楽が揃い、あらゆる夢が叶うこの死後の世界へ住む権利が手に入る。
遊び方はとても簡単。遊ぶワールドを決めてキャラメイクをし、ワールド内で可能な事をしたいように自由にするだけだ。
例えば『バトル・トーキョー』なら、好きなだけ金を持った状態で好きな職業についたとこからスタートできるし、例え死んでも自由に生き返れるからどんな犯罪も犯し放題だ。
他のワールドに行けば、星の開拓者、NYのスーパーヒーロー、カリブ海の海賊、二次元キャラのハーレムの主、独裁国家の王様、ファンタジーゲームの主人公……そのワールド毎で『設定可能』な好きなものになれる。
もちろん、海辺でゆっくりと猫を撫でながら本を読んだりして暮らす……そんなスローライフな生活も完備している。
全ての欲望が叶う夢の様な世界。ゲームの枠を越え、まさに天国と呼べる究極の仮想現実。
このサービスは瞬く間に世界に浸透し、市民権を得た。
日本でも既に大勢の人が利用しており、誰もが利用を考える一大サービスとなった。
今では子供も、大人も、老人も、全ての人間が自分が死んだ時、異世界転生する為にお金を積み立てておく。
それこそが『ヘブンズワールド』。この世界なのである。
実兎は大会の閉会式を見届けながら、暗くなってきた空を見て話しかける。
「ところで先輩、昨日発表されウチの会社の新しいキャッチコピー知ってます?」
「知らねェな、何だ?」
鬼城はタバコに火をつける。だが風が強くてなかなか火がつかない。
実兎はそれを見てくふふと笑いながら、続ける。
「『死んでおめでとう!我が社での異世界転生をお勧めします!』とか言うんスよ。ありえないっしょ」
「ハハハ、なんだそりゃ。さっさと死ねっつってる様なもんじゃねェか」
やっと火のついたタバコから煙を吸う。煙からココアの芳醇な香りが立ち込める。タバコ嫌いの人のための配慮だ。
鬼城は外灯にもたれながら眼鏡を上げつつ、会場に目を向ける。
実兎は相変わらずラムネ味の棒つきキャンディーを舐め続けている。このキャンディーは溶けた端から再生して無限に嘗め続ける事ができるタイプだ。
話している間に閉会式も終わり、会場がスッと消滅する。これで警備の仕事も終わりとなる。
実兎はぐぅーっと猫の様に背伸びをする。彼らは24時間前の開会式からずっと警備に当たっていたのだ。
「ねぇ、先輩ー。先輩は銃が得意ッスよね。もしかしたら先輩でも銀行強盗できるんじゃないスか?ためしにやって見せて下さいよ」
「……なんだその突然の思い付き。やった所で俺になんか得があんのか?」
「成功したら先輩が今回の警備の途中で抜け出して、ゲームセンター行ってたことバラしません」
「……テメェ、見てたのか」
実兎は笑いながらすぐ近くの銀行を指差す。そこでやれと言っているのだ。
「アタシここで見てるんで、後輩に良いところ見せてくださいッス!はい、銃と覆面」
実兎が亜空間からハンドガンと大仏のマスクを取り出して、鬼城にポンと渡す。
「じゃあ、一円でも盗み出せば約束は守れよ」
「女に二言はないッスよ!ほらほら、ファイトッスよ!」
鬼城は銃を受けとると、気だるそうに銀行に向けて走り出した。
実兎は双眼鏡を取り出して鬼城の姿を追う。2分くらいして銀行に到着した。
だが、大仏のマスクを被った男など、当然銀行内に入れてもらえない。
口論になった警備員に向かって、鬼城が銃を取り出して引き金を引いた。
すると銃口からポンっと赤いバラの花が咲いた。実兎が渡したのは手品用のオモチャだった。
鬼城が恨みがましそうに大仏のマスクを被ったまま遥か遠くの実兎の方を向く。
警備員に囲まれたまま間抜けな大仏マスクはジェスチャーで実兎に向けて中指を立てた。その姿があまりにも滑稽で実兎は吹き出す。
そして、そのまま哀れな大仏マスクは射殺された。
「くふふ。やっぱ先輩って面白いッスね~。…………あー。帰ろ」
……この物語は『After End Cmpany』と、そこに勤める素行の悪い二人の運営社員、鬼城と実兎を取り巻く様々な騒動の、物語である。
【 バトル・トーキョー編 完 】
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