第21話

 地下研究所全体に、重苦しい空気が漂っている。

 楓も神威も、沈黙したまま動かない。


「……」

「……」


 やがて、先に口を開いたのは神威だ。


「一緒に来い。元々お前は過激派が培養した生命体。親である我らと一緒にいる方が自然と言えよう」

「私の親は新井泰明よ……!」


 涙声で叫ぶ楓。

 そんな彼女を哀れむように、神威は言葉を発した。


「作られた偽りの気持ちにすがりつき、偽りの愛を最後まで信じるつもりか。哀れだな」

「偽り……?」


 楓は涙を流しながら呟き、思った。


(この気持ちは本当に……偽りなの……?)


 半ば反射的に、泰明と共に過ごしてきた数年間を思い浮かべる。

 血のつながらない親子。

 一緒に暮らした時間も長いとは言えないが、自分達の間には確かな絆がある。


(違う……決して偽りじゃない……!)


 プログラムの産物である、作られた感情。

 それが事実だとしても、構わない。

 楓は片手で涙を拭い、真剣な表情で言った。


「偽りなんかじゃ……ない」

「ほう?」

「たとえ作られた気持ちでも、プログラムの産物でも、私達は親子としてお互いを愛しているわ!」


 そうなのだ。

 始まりは確かに、楓の脳に組み込まれたプログラムが機能したからなのだろう。

 しかし、それによって作られた泰明への愛情そのものが、偽りだったとは思わない。

 

「お互いを大切に想い、愛してきた気持ち自体は紛れもなく本物。そこに嘘偽りなんてない。私は、そう信じる!」

「それがお前の答えか」


 重々しく言う神威の表情は、真剣だ。


「我々と一緒に来る気はないというわけだな?」

「ええ」


 即答だ。


「復讐のためだけに誕生させられた少女達のためにも……そして魔物達が人間と対等に暮らしていける世の中を作るためにも……私は貴方に勝たなきゃいけない……!」

「仮にお前が私を倒せたとして、だ。他の過激派メンバー達については、どうする気だ」

「計画や誘拐に加わったメンバーには、警察に出頭して罪を償ってほしいと思うわ」

「では、加わっていない奴らはどうする。何か事を起こすまで放っておき、事を起こしたらそれを名目に倒す、か?」

「いいえ」


 即座に否定すると、楓は胸に手を当て、宣言した。


「私が新たな魔王になって、共存派も過激派も関係なく魔物達をまとめてみせる!」

「なっ!?」


 神威は驚き、両目を見開いた。


「正気で言って……いや」


 しかし瞬時に落ち着きを取り戻すと、冷静な表情で呟いた。


「灯真様の血液を元に作り出された培養生命体であるお前は、灯真様の分身同然。魔王の力も宿している。二代目魔王になるというのも無茶な話ではない、か。だがな」


 そこで神威は眼光を鋭くし、睨んできた。

 同時に、楓は周囲の空気が一気に重くなったように感じ、大量の冷や汗を流してしまう。


(とんでもないプレッシャーだわ……これが神威……!)


 だが、ここで今さら圧倒されっぱなしでいるわけがない。

 睨み返し、拳を構える彼女に向かって、神威は静かに言った。


「完全覚醒していないお前の超高速再生強化は、不完全だ。言わば灯真様の劣化コピーに過ぎん。それで私に勝てると思うか?」

「……」

「私との実力差が分からないわけではあるまい」


 確かにその通りだ。

 あの雪華を遥かに凌ぐ壮絶なプレッシャーだけでも、十二分に神威の強さが伝わってくる。

 遥かに格上の相手であることは明白だ。

 不完全らしい魔王の力で、果たしてどこまで対抗できるだろうか。

 

(いや……弱気になるな……!)


 これは、絶対に負けてはならない戦いだ。

 拳を強く握り、弱気になりそうな自分を必死に奮い立たせて、楓は言った。


「分かっているわ……それでも私は貴方に勝たなければならない……!」

「実験体達のために、魔物達が人間と対等に暮らしていける世の中を作るためにか」


 いつの間にか、神威は感心するような表情になっている。


「その精神力には敬服するが、実力差は覆せんぞ。いかに私が負傷していると言っても、な」


 彼は、骨が露出するほど傷ついた両拳を掲げ、不敵な笑みを浮かべる。

 どこでそんな怪我をしたのか。

 楓は一瞬だけ考えたが、即座に例の黒い血痕のことを思い出した。


「その傷……まさか上の研究所周辺で?」

「ああ。時雨と戦ったのでな」

「時雨さんが……ここに来ていたの……!?」


 しかし、よく考えれば分かることだ

 神威を苦戦させるほど強い魔物は、時雨しかいない。


「あいつは私に負けて重傷の身となったが、死んではいないから安心しろ。今は拘束して、上の研究所の隠し部屋に放り込んである」


 安心できるわけがない。

 重傷を負った上で拘束されたなら、時雨は危険な状態だ。

 それに昌克も、達也と雪華に足止めされていることを考えれば、決して安全ではない。


(早く助けに行かないと……!)


 楓が心の中で叫び、構え直した瞬間。

 神威は興味深そうな表情で言った。


「私が時雨を倒したと聞いても戦意はまったく衰えない、か。見事だが私に勝つことなどできん。完全覚醒していない今のお前ではな」


 傷ついた両拳を軽く振り、威嚇するように風切り音を立て、笑みを浮かべる神威。


「無理にでも連れて行かせてもらうぞ、楓」


 宣言するや否や、彼は巨体に似合わぬ素早さで動き出した。

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