第17話
同時刻。
昌克は顔面に幾つかのガーゼを貼りつけ、腹部に包帯を巻いた状態で、時雨の部屋にいた。
立入禁止区域の岩場で発生した誘拐事件の顛末について、報告しに来たのだ。
「報告は以上です、時雨さん」
「分かった」
椅子に座ったまま時雨は言った。
「星司を捕縛。新たに誘拐された少女達の監禁場所を聞き出し、救出に成功し、全員を自宅へ帰した。見事な成果だ。よくやってくれた」
「ありがとうございます」
労いの言葉に対して礼を述べると、昌克は表情を暗くして続けた。
「ですが……泰明が重傷を負ってしまいました」
「あの雪華が相手では仕方ないと言えるが……完治しても後遺症が残らないかどうか心配だな」
過激派が撤退した後、泰明は半ば強引に警察の車へ乗せられ、アジトの医務室まで運ばれた。
彼は脇腹と肩、膝に重傷を負い、出血も酷かったため当然の対応だ。
「泰明の状態は?」
「命に別状はないものの、当分は絶対安静とのことです。今は医務室のベッドで眠っていて、傍に楓ちゃんがついています」
「そう……か」
時雨は静かに両腕を組み、口を開いた。
「泰明が育て、君がここまで連れてきた少女。報告によると、彼女は達也から成功作と言われたそうだな」
「はい。それについては、楓ちゃん本人から聞いたことです」
「圧倒的なまでの再生速度と、完治後の急激な戦闘能力上昇を見た後に成功作と判断した。つまり対象に何らかの特殊な処置を施し、超高速再生に伴って強くなる能力を持たせるための実験の被験者が、例の条件に該当する少女達で、能力が見事発現した成功作が楓ということか」
「おそらく」
「しかしそんな能力を持たせる技術があるなら、なぜ過激派は今まで自分達にその能力を持たせなかったんだ。わざわざ何百人もの少女達で実験するという、回りくどい方法を選んだのは一体なぜだ」
「言われてみれば……不可解ですね」
もし過激派の魔物五万体全員に、超高速再生に伴って強くなる能力があったらどうなっていたか。
考えるまでもなく、彼らによって人間社会は支配されていたことだろう。
「被験者が全て女性に限定されていることも気になる。何か、違和感が拭えない」
「違和感、ですか?」
「ああ。我々は、根本的な部分で思い違いをしているのではないかとな。星司が君に対して言ったことも、その疑惑を強めた」
「確かに……楓ちゃんが過激派の実験に付き合ったか付き合わされた人間だと思っているのが勘違いだ……と言わんばかりでしたが」
それならどうして過激派は、楓を含めた少女達を実験体と呼ぶのか。
昌克が様々な考えを巡らせていると、不意に時雨が表情を一変させて、立ち上がった。
先ほどまでと明確に雰囲気が違う。
「確認しなければならないな」
言って、時雨は部屋のドアへ向かい始めた。
一体どこへ行くつもりなのか。
「時雨さん……一体どちらへ……?」
昌克の問いかけに、時雨は答えない。
何も言わないまま入口へ到達し、ドアノブを握った。
「時雨さん!」
彼の背中を見て昌克は叫んだ。
すると時雨は動きを止め、言った。
「昌克。これから集中的に狙われるのは成功作と言われた楓だろうが、今の彼女には自衛できるだけの力がある。楓の護衛も大事だが、他の子達の護衛もしっかりやってほしい」
「分かっています。保護に応じてくれた少女達はもちろん、応じてくれなかった少女達も、既に共存派の魔物と警官達が陰ながら護衛しています」
アジトでの保護に応じてくれない者を、当人に気づかれないよう守るには他に手がなかった。
苦肉の策だったが、今のところは問題ない。
「では、私がしばらく留守にしても大丈夫だな」
「留守……?」
「そうだ。私は数日間アジトに戻らない。大事な用があってな」
時雨はドアを開けながら続けた。
「それと楓から目を離さないでほしい。真実を知ったあの子が絶望しないようにね」
言い終え、早足で去っていく時雨。
その姿を見て昌克は思った。
(何なんだ……一体)
昌克達が知らない情報を握っているようだが、時雨の言葉は一方的な上に説明不足だ。
養父が魔物と知ってもすぐ受け入れた少女が絶望しかねない真実とは、何なのか。
(時雨さんは……何を知っているんだ……?)
考えながら、昌克は部屋の外へ出た。
※※※
魔物と言えども、決して不死身ではない。
大きな怪我をした際は、現代医学での治療が必要だ。
そのため、アジト内に医務室が存在しているのは当然である。
もちろんスタッフは優秀な者ばかりで、最新機器も完備。
極めて重要な場所と言えよう。
今、その医務室のベッドに横たわり、眠っているのは泰明だ。
包帯を巻かれた部分が多く、ギプスも数ヵ所に取り付けられている。
誰が見ても、一目で重傷だと分かるだろう。
そんな泰明を、楓は近くで椅子に座りながら眺めている。
(まだ……目を覚まさない)
少しでも肉体を休ませるために、自然と眠りが深くなっているのだろう。
事実、泰明は昨夜から一度も目覚めることなく寝っぱなしだ。
(父さんや昌克さん……他のみんなも……あんな戦いを数え切れないほど経験してきたんだね……そのたびに傷ついて)
岩場での戦いを思い出し、楓は悲しげな表情を浮かべた。
過激と共存。
二つの派閥に分かれてしまっても、魔物を救いたいという気持ちは変わらない。
迫害に怯えず、正体をさらして堂々と表舞台で暮らしていけるようにしたいという志は同じなのに、やり方や人間への対応の違い故に戦わねばならないのだ。
何と、悲しい争いなのか。
(終わらせなきゃいけない……でも魔物同士の悲惨な抗争を……どうすれば止められるの……?)
どちらか一方が滅びるか。
あるいは、両派閥を一つにまとめて統率できる者がいれば、止められるかもしれない。
そこまで考えてから、楓は自分の手を開き、掌を静かに見つめた。
(あの力が……不可解な超高速再生があれば……できるかも)
重傷を負っても短時間で完治し、怪我をする前よりも強くなる。
達也と戦い、結果的に圧勝できたことを考えれば恐るべき力と言えよう。
(得体の知れない力への恐怖はあるけど……それよりも私にとって重要なのは……これで父さん達の負担を減らせるという点)
技量や経験の差を問題としないほどの力。
もちろん、異常な再生と急激強化の代償を支払わねばならないかもしれない、ということは覚悟している。
何かの拍子に失ってしまう可能性も低くない。
ならば、そうなる前にできるだけ戦線へ出て、少しでも泰明達の負担を減らしたいというのが楓の結論だ。
(私の正体が何であろうと……記憶を失う前の私がどんな存在であろうと……私は父さん達の味方として戦う)
少し前までは泰明達の保護下にいた。
今度は自分が彼らを守る番だ。
(この悲惨な戦いを終わらせて……必ず両派閥をまとめてみせる……!)
そう決意すると、楓は静かに椅子から立ち上がって、医務室から去っていった。
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