第5話

 幅が広く長い地下道。

 天井には等間隔で無数の電灯が取り付けられ、周囲を照らしている。

 おかげで、地下だということを忘れてしまいそうなほど明るい。


「元々は地下街を建設するために、結構な大企業が買い取った土地らしいよ」


 泰明と楓の近くに立ち、周囲を見渡して昌克は呟いた。


「ところが途中で工事資金を幹部社員に持ち逃げされ、別の幹部社員が詐欺事件を起こしたりといったトラブルが積み重なり、計画は頓挫。会社も潰れてしまい、こうして地下道だけが残されたってわけさ」

「それをさらに買い取ったのが、共存派なんですか?」

「違うよ」


 昌克は頭を左右に振りながら否定した。


「買い取ったのは同盟関係の人達。僕達は彼らからここの使用許可をもらっている立場さ。アジト建設の際も、彼らが資金提供してくれたんだ」

「そして俺達は、過激派の魔物が起こしたと思われる事件の捜査に協力し、戦闘状態になったら真っ先に突撃していくことを約束した」


 昌克の説明を補足するように、泰明は言った。


「彼らは俺達に安全な生活区域と資金を提供。俺達は彼らに力を貸して治安維持に貢献する。緊急時のパトロールや救助活動などもその一環だ。そういう契約を交わした。騒ぎを避けるために、魔物としての正体が一般人に知られないよう慎重に動くことが前提条件だがな」

「だから共存派の魔物は、警察や自衛隊などに就職した者が多いんだよ。約五万体いる内の半数が治安維持関係の仕事に従事しているわけさ」

「五万……!?」


 思わず楓は驚きの声を上げた。

 どうやら共存派は、想像以上に大規模な組織であるらしい。


「するとアジトは……?」

「もちろん一ヵ所だけじゃない。これから向かう場所以外にも、数多く存在しているさ」


 言い終えると、昌克は奥へ向かって歩き始めた。

 それを見て、泰明と共に後へ続く楓。


(リーダーの実力もメンバーの数も互角らしいから……過激派の魔物も約五万体いるってことなの……?)


 合計すると十万である。

 それほどの巨大組織同士が真っ向から激突すれば、壮絶な騒ぎになるはずだ。

 国内のみならず海外の注目まで集めることは必至であり、支配や共存云々どころではなくなる。

 どちらの派閥に所属していようとも、人間にとって危険と見なされるだろう。

 世論が魔物排除の方向へ傾き、大規模な討伐軍が結成される可能性は高い。


(そんな事態になることは過激派にとっても望ましくないはずだわ。だから魔王の灯真さんが亡くなった後も、慎重に動いていたわけね)


 だが今、彼らは誘拐事件を起こしている。

 何かしらの勝算があると考えたのだろうが、その根拠が分からない。

 そもそも少女達を連れ去ってどうしたいのか。


(まだ情報が少ないということもあるけど……過激派が何をしたいのか、全然読めない)


 少女達の家庭に金銭を要求するわけでも、協力や服従を強制するわけでもない。

 人間社会を支配してから表舞台に出るという、過激派の最終目的に関係しているとも思えないため、客観的には無意味な誘拐だ。


(父さんは……どう考えているのかしら)


 聞いてみたい。

 そう思い、隣を見た直後。

 泰明が後方へ顔を向けながら言った。


「誰かに尾行されているような気がするな」

「尾行……?」


 楓は呟き、後方へ向いた。

 障害物は幾つも存在するが、何者かが隠れているようには見えず、音も聞こえてこない。

 誰もいないように思える。

 昌克も同意見なのか、少し不思議そうな表情で言った。


「誰かいるとは思えないけど」

「俺も、はっきり存在を感じ取っているわけではない」


 幅広の長い通路を、鋭い眼光で睨みながら泰明は続けた。


「しかしどうも先ほどから違和感が拭えない……念のために調べておきたいんだ」


 力強い口調だ。

 強固な意志が込められていることが、楓にも分かった。

 おそらく昌克も同じだろう。

 それを裏付けるように、彼は頷いて言った。


「分かった……アジトで待っているよ」

「ありがとう、昌克。それと」


 泰明が最後まで言う前に、昌克は告げた。


「楓ちゃんのことなら安心してくれ。僕が責任を持って、アジトまで送るよ」

「頼む」


 言って、泰明は引き返していく。

 その背中を見る楓の表情は複雑だ。


(私にも……力があれば……!)


 守られるだけでなく、肩を並べて戦える存在になりたい。

 その気持ちは強くなっていく一方だが、今できることではないことぐらい分かっている。


「父さん……絶対に生きて帰ってきてね……信じているから!」

「もちろんだ……約束する」


 宣言と同時に、早足で立ち去る泰明。

 楓がそれを見ていると、昌克は彼女の肩を軽く叩き、言った。


「泰明は強いから大丈夫だよ。アジトでまた会えるさ」

「ええ……そう……ですね」


 昌克の言葉に同意しながらも、楓は心配そうな表情を浮かべた。

 だが、ここで突っ立っていても仕方ない。


「アジトで……待ちましょう」

「ああ。そうしよう」


 会話を終えると、両者は歩き出した。



 ※※※



 泰明の感知技術は驚異的だ。

 どこに誰が隠れていようと、大抵の場合は苦もなく見つけ出せる。

 しかし今回は違った。

 違和感こそあるが、確実に誰かがいるという確信はない。


(こんなこと……初めてだな)


 緊張しつつも泰明は足を止めない。

 注意深く周囲を見渡しながら、歩き続ける。


(この違和感は何だ……?)


 そんなことを考えながら、泰明は無言で足を止めた。

 視線の遥か前方に、地下道の入口が見える。


(やはり誰もいない……気のせいだったのか?)

 

 だが、今まで積み重ねてきた経験が泰明に告げている。

 決して気のせいではない、と。


(よし……方法を変えよう)


 泰明は耳に意識を集中させた。

 目で見つけられないなら聴覚を研ぎ澄ませ、音を頼りに探すというわけだ。


(洗練された隠密行動技術で物音を消すことができても、呼吸音は別だ)


 魔物と言えども生物。

 常人よりは遥かに長く息を止めていられるが、それでも限界はある。

 いつかは呼吸をしなければならない。


(俺達を尾行している奴がいるなら……そいつは近い内に必ず呼吸するはずだ)


 もちろん、長々とするわけがない。

 静かに、一瞬しかしないだろう。

 それで良いのだ。

 一瞬でも聞こえれば、位置を特定できる。

 故に泰明は待った。

 自分の心臓の鼓動音さえ聞こえそうなほど聴覚を研ぎ澄ませ、両目を閉じ、集中した。


「……」


 どれほど待っても、何も聞こえない。

 あまりの静けさに寒気すら感じてしまう。

 本当に尾行者などいるのかと、泰明が少し不安になった瞬間。


(聞こえたぞ……一瞬だが恐ろしく小さな呼吸音が二つ……!)


 心の中で叫ぶと同時に、その方向めがけて泰明は全力で駆け出した。

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