第3話 宇宙人に付いていく

「それでは、まず、宇宙船を見せていただいてよろしいですか?」

 矢芽郎はメモ帳を閉じて、ムリリに笑顔を向けた。

「はい、勿論です」

 ムリリも笑顔で答えた。

「準備をして参りますので少々お待ちください」

 矢芽郎は背中に社長の視線を感じたので、一旦、事務所の奥に向かった。


「大丈夫か?」

 社長の割戸わりと統留すべるは心配そうに訊いた。

「はい?」

 矢芽郎は探るように答えた。

「宇宙人だとか言ってるんだろ?」

「ええ」

「お前はどう思ってるんだ?」

「まだ、半信半疑です」

「半分は信じてるのか?」

 割戸は呆れた顔をした。

「宇宙船があると言ってるので確認します」

「気をつけろよ。たとえ本当だとしても、連れ去られたら大変だからな」

「はい」

「盗聴器と護身用の武器は持って行け」

「そうします」

 矢芽郎は外勤用バッグを肩から斜めに掛け、ムリリの元へ戻った。


「お待たせいたしました。それでは、ムリリ様、これより出発いたします」

「ありがとう」

 ムリリはにっこりと笑った。


 大切屋の営業時間は9時からだったが、二人が店を出発した時はまだ8時半だった。

「歩いて行ける所に停泊させているんですか?」

「はい。ここから15分ぐらいです」

 まあまあ、あるなぁ。

 矢芽郎は後頭部にも毛髪の無い、ムリリの背中に付いて行った。

 

 ムリリは店を出て、三つほど交差点を左右に折れた先にある運動公園で立ち止まった。

「ここですか?」

 見渡す限り視界には、原っぱとその奥にサッカー場と野球場しか入って来なかった。

「これを着けてください」

 ムリリはポケットから眼鏡を取り出した。

「何ですか?」

「陸上に停泊させていると邪魔になるんで空中に浮かしているんです」

「はあ……」

 矢芽郎は空中でも邪魔になるだろ、と思った。

「そのまま浮かしておいても目立つので見えないように透明処理してあるんです」

「ほう……」

 言われるままにメガネをかけると、コンビニ店舗大の宇宙船が浮いているのが見えた。

「あれです」

「おぉー……」

 VRかと疑い、一度、メガネを外して確認したが、レンズに映像は映っていなかった。

「結構、大きいですね?」

「生活スペースも兼ねていますから」

「一人乗りですか?」

「四人乗りです」

「ふーん」

「乗りますか?」

「あ、はい……」

 一瞬、躊躇ためらったが、後には引けないと思い直した。


 ムリリはポケットから小さなリモコンを取り出し、コンビニの方へ向けた。

 コンビニの底からタラップがスルスルと降りてきた。

「どうぞ」

 ムリリが足下まで伸びてきたステップに掌を指した。

 眼鏡を外すと何にも見えないという不思議な現象に戸惑いを覚えつつ、両手でつるを押さえながら足を掛けた。


 先頭を歩かされ、長いタラップを緊張しながら数分掛けて登りきったが、伸縮するならステップに立ったままで宇宙船まで近づけてくれたらいいのにと矢芽郎は思った。


「入っていいですか?」

 タラップの先の船内を覗きながら矢芽郎が訊いた。

「どうぞ」

 予想通りのあっさりした答えだったが、何処かへ連れ去られる不安が解消されているわけではなかった。


 搭乗した場所はエントランスなのか、3畳程の広さしかなかった。

「付いて来てください」

 ぼんやり立っていた矢芽郎の横を追い越し、ムリリが振り返った。

「あ、はい」


 壁のモニターらしき物にムリリが顔を向けるとドアが開いた。

 真っ暗な先には通路が奥まで続いており、その両サイドには部屋が並んでいた。

 恐る恐るムリリの後に付いて通路に踏み出すと自動で床が動き始めた。

 矢芽郎はポケットに忍ばせていた盗聴器と発信機のスイッチを入れた。


「何処に向かっているんですか?」

「操縦席です。見たいでしょ」

「はあ……」

 矢芽郎は内心、何処かに連れ去られるのではないかと不安になった。

 10メートル程進むと自動歩道は止まった。

 この距離なら自分で歩いてもいいのに、と思った。


「さあ、どうぞ」

 目の前のドアが左右に開いた。

 どうやらエレベーターのようだった。

 エレベーターは人が二人乗ると窮屈に感じる広さしかなかった。

 操作盤には1階の他に2階とRの表示があった。

 宇宙船に屋上? 矢芽郎は不思議に思った。て言うか、数字とアルファベット?


 エレベーターはあっという間に2階に着いた。ドアが開くと通路を挟んで正面にコックピットのドアが見えた。


「どうぞ、お入りください」

 ムリリが先に入るよう促した。

「ありがとうございます」

 ドアをくぐると室内は6畳ほどの広さがあった。

 操縦席は前後に2席ずつ配置されていた。正面には大きなガラスがはめ込まれており、視界は広かった。操縦桿以外に目立ったスイッチ類はなく、大きめのナビゲーションシステムが設置されているだけだった。


「この宇宙船では母星に帰れないんですね?」

 矢芽郎が改めて訊いた。

「そうです。遠いので」

「通信はご家族には繋がるんですね」

「はい。出てくれませんが」

「試しに、今、やっていただけますか?」

「あ、はい。いいですけど……」

 ムリリはモニター画面をアップし、端末で何やら入力始めた。

 画面に呼び出し鈴の動画が映り、20秒程経過した時、一瞬、相手が受信した信号が送られて来たが、直ぐに消えた。

「繋がりましたよね?」

 矢芽郎が確認した。

「はい。でも切られました」

「ですよね?」

「はい」

「ご家族はムリリさんからの連絡だと分かった上で切断されたんですね?」

「そうです。私は出るまで呼び続けますから」

「なるほど。メールの様なものは送った事はありますか?」

「あります。未読のままです」

「外務機関には?」

「送りましたが、いたずらとでも思われたのか無視されたままです」

 ムリリは初めて寂しそうな表情を浮かべた。

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