第8話 思いがけないAudience
その日の夕方、公務が落ち着き始めた頃を見計ってデルコスとアンセロッドがアレリオンに面会するためにエルディン公の執務室を訪れた。アンセロッドの薄紅色の髪が心なしか少し伸びてきた気がする。エルディン攻略に際しては、デルコスに任せきりで不安にさせたかも知れない。
「エルディン市街が戦火に塗れずに済んだのは幸いでした。さすがです。アレリオン」
アンセロッドは大規模な戦闘に発展しなかったことに安堵していた。エルディンの犠牲はほとんどなかったと聞いている。ガイエン卿の采配も、アレリオンの智謀も見事にはまった。
「結果的にはそうだが、オレは魔女にエルディンを与えられたんだ。オレ達はお互いを利用し合った。だがアーテンに潜伏していた頃よりは格段に君はセーフティになった。魔女も今は未だ強引に君を奪いにくる気がないことが分かった」
「なぜ魔女はあなたに力を貸したのでしょう?」
「オレの推測だが、オレの手で他の恐怖公を始末させるためだろう。特にラスゲイルをな。オレの私怨をうまく利用したいのだろう。要はオレ達《ラプター》ごと君を抱え込んだわけさ。だがオレは魔女に臣従する気はない」
「もし君が魔女に臣従するならば、かつてのガイエン卿と同じ立場になるわけか」
渋い顔をしたデルコスが割って入った。デルコスにとってもエオルの
「そうだ、デルコス。いずれ魔女とも戦うことになる。だが今は未だ時期尚早だ。エルディンは彼女の魔法に対して無防備過ぎる。相手がオレ達を待ってくれるかどうかはわからないがな」
面会の最中に執務室のドアをノックする音が響いた。アレリオンは退室しようとするデルコスとアンセロッドをそのまま引き留めて、来室者を迎え入れようとした。直接執務室を訪れるメンバーは決まっている。
「入ってくれ」
入って来たのはマナドゥアだった。
「アレリオン、お前にお客人だ」
*
アレリオンは三人を連れて謁見の間に急いだ。アレリオンが謁見の座に腰掛けると、衛兵の案内で細かい刺繍の入った漆黒のドレスを身に纏った貴婦人が入室してきた。エーボンダークの黒髪。レディ・サイレンだった。
「ご機嫌よう、エルディン公。執政官のシートの座り心地はいかがです?」
「レディ・サイレン。まだエルディンにいらしたのですか? あなたがオレに何の用です? 引き継ぎのゴタゴタが片付いていたら、石並べの手合わせでもして頂きたいところですが」
アレリオンは少し非礼が過ぎたかも知れないと思ったが、サイレンはクスクスと笑みを溢す。
「石並べ? いえ、
レディ・サイレンがオレに協力だって? どの陣営にも属さないタイプの人だと思っていたが。
「オレに協力して頂けるのですか?」
「魔法の腕前には多少心得があります。そこにいる盲目のエルフよりはお役に立てるでしょう」
その言葉には少し毒が含まれていた。マナドゥアは露骨に不快そうな表情でサイレンを睨みつける。明らかに彼女を警戒している。
「しかし、隣にいらっしゃる薄紅色の髪をしたお嬢さんは、素晴らしい素質をお持ちのようですね」
サイレンの視線を浴びると、アンセロッドは高揚した。私に魔法の素質が!? 考えてみたこともなかった。
「お嬢さんの中に強大な力が脈打っているのがわかります。全てを覚醒させるのが危険なほどです。今まで方々旅して参りましたが、これほどまでの潜在能力を持った者に出会ったことがありません。あなたがアンセロッドですね。あなたには正しい導き手が必要です。力の使い方を学ぶ必要があります」
マナドゥアはアレリオンの脇まで近寄ってそっと耳打ちした。
「アレリオン。この女は危険だ。この女の言葉を借りれば、私も方々旅して来たが、この女ほど私の直感に“危険だ”と訴えかける者に出会ったことがない」
一理ある。だが以前感じたような、相手の有無を言わさぬほどの圧倒的な圧は無くなっている。彼女が自分の本性を隠しているからか、オレが強い警戒心を持つようになったからなのか、不思議とオレには危険は感じられない。
「アレリオン、いえエルディン公、いかがでしょう。私を登用してくだされば、アンカリッサに対する魔法対策は万全なものとなりましょう。そしてアンセロッドの覚醒はどの恐怖公に対しても脅威となることでしょう。彼らは恐怖公ボルヴェルクが滅んだことを未だ忘れてはいないでしょうから」
レディ・サイレン! この人はどこまで事情通なんだ!? オレのことなら何でも知っているとでも言うのか?
「どうもあなたはオレが断らないことを承知の上でいらっしゃったようだ。自分が何もかもを知っていることを明かせば、オレには断る理由がない。ですがあなたには何の利があるというのです?」
マナドゥアが耳元で「正気か!?」と呟く。
「私は恐怖公を恐れてはいませんが、リュテリアで忍び生きるにはいささか不穏な世の中になり過ぎました。あなたが治めるエルディンであれば心も安まるかと」
「オレの庇護下に入りたいと?」
「まさに、おっしゃる通りです」
サイレンは表情を崩さず、その場で優雅に一礼した。
「では貴女の魔法対策とやらをお聞かせ願いたい」
「戦術的にはレンジ攻撃で対抗可能でしょう。こちらも
「具体的には?」
「結界とともにエルディン各所に魔力感知器を配備します。結界の外側から敵対的な魔法攻撃を受けた場合、いち早く感知し、エルディンの対魔防衛機能が上回っていれば撃退することも可能です。そして魔力感知器のセンターに魔力増幅装置を設置します。万が一敵の魔力がエルディンの対魔防衛機能を上回っていた場合、友軍の魔術師の魔力を増幅させて一時的に結界を強化するのです。ただそれでもアンカリッサがその気になったら気休め程度にしかならないかも知れませんが」
サイレンは嬉々として得意げに語った。アレリオンはまるで自分の知識が追いついていなかったが、どうやらサイレンはエルディンを使って壮大な実験を行いたいのではないかということはかろうじて理解できた。しかしそうか、そのためにエルディンに来たのか。この人は試してみたいんだ。自分の知識を、理論を。
「あまり詳しくはありませんが、まるでハーフリングの技術のようですね」
「さすがはエルディン公。おっしゃる通りです」
サイレンはアレリオンの博識ぶりに敬意を表して改めて軽く一礼した。
「参考までに伺いたいのですが、守備はそれで良いとして、攻めに転じるときはどうされます?」
「敵に戦略的な魔法を使わせる余地を与えないことを前提とすれば、機動力が要となりましょう。魔法も万能ではございません。強力な魔力を扱うにはその分準備が必要となります。単純に言えば、敵の魔力の供給源を絶ってしまえば、ほとんど無力化することができます」
アレリオンの腹は決まっていた。どこまでレディ・サイレンを信用して良いものかは分からないが、この魔術の達人の事情通を自陣営に迎えられることは大変ありがたい。
「わかりました。レディ・サイレン。オレ達《ラプター》は貴女を歓迎いたします。貴女に相応しいポストを用意しましょう」
「アレリオン!」
マナドゥアが間髪入れずに声を荒げた。マナドゥアはレディ・サイレンを《ラプター》に迎え入れるのに飽くまで反対のようだ。
「マナドゥア、昼の会議でも話した通りだ。ハーフリングの技術力は魅力的だが、そのハーフリングが今どこにいるのかは誰にも分からない。だが今オレの目の前にハーフリングの技術を応用して魔法対策を講じれる魔術の達人が現れた。願ったり叶ったりじゃないか?」
「ご心配なさらなくとも、私はエルディン公に利の無いことはいたしません。私はエルディン公の庇護の下、ハーフリングの技術を再興させる試みができ、この街は魔法に対して防衛機能を持つ。もし利害が一致しなければ、エルディン公は私を罷免なされるでしょう」
だが、この女が《ウォーバウンド》だとしたら一体どうするつもりなのか。マナドゥアはそう言いかけたが、喉の奥にしまった。アレリオンであれば「だとしても」この女を利用するだろう。この女がアレリオンの手に収まることを祈るしかあるまい。
その時、デルコスとともに謁見の間の隅に控えていたアンセロッドがサイレンの前に歩み出た。
「レディ・サイレン、先ほどの話、私に魔力の扱い方を教えてくださいませんか?」
私は今までガイエン卿やアレリオン、デルコスらに守られてばかりだった。眼前の敵から逃げてばかりだった。だが私は自分の宿命に立ち向かわなければならない。戦わなければならない。私にその力があるのならば。
「お任せください、アンセロッド」
サイレンは微かに口角を上げながらアンセロッドをじっと見つめていた。
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