第6話 聖騎士のTriumph
《ウォーバウンド》との戦闘が終わり、勇敢に戦った兵士達が凱旋してくる。ガイエン卿は騎士レマリアを打ち破った英雄として、彼が率いた重装騎兵とともに熱烈にエルディン市内に迎え入れられた。マナドゥアと城壁の上から戦況を見守っていたゲルコォルも興奮が冷めやらない。
「ディルモア殿、そなたのご助言、誠に感謝する! まさかあの絶望的な状況の中でかのガイエン卿の助けを得られるとは」
「ギリギリのタイミングだった。《グリード》からのメッセージが遅れていても早すぎても挟撃は成功しなかった。一度城門を固めて守りに入ってしまえば、エルディンの軽騎兵は市内に封じ込められ敵を迎撃することが出来ず、ガイエン卿を見殺しにしかねなかった。さぁ、エルディン公、我らの英雄を迎えに行こうではないか」
二人は城壁を下り、元いた議会場に戻ると、そこには自分たちの地位と命が保障されたことに安堵する議員達の姿があった。
「おお、エルディン公、戻られたか。迎撃すると聞いたときは耳を疑ったが、まさか援軍が駆け付けようとは。何はともあれ我々は助かったようだな」
大通りの方から馬の蹄の音と、民衆の歓喜の声がこの議会場にも届いている。ゲルクォルとマナドゥアは他の議員を引き連れて市庁舎の外に出た。英雄を出迎えなければならない。騎士達の蹄の音が段々と近付いて来る。その先頭を行くガイエン卿の姿が見えた。大通りから市庁舎の方に向かって来る。
「馬上から失礼する。エルディン公、ガイエン・クイックブランドだ」
艶やかに光を反射させている板金鎧を身に付けたままのガイエンは、馬上で兜を脱いでゲルクォルに名を名乗った。
「ああ、ガイエン卿! 誉高き聖騎士サー・ガイエン・クイックブランド! あの重装騎兵突撃、そして我らの軽騎兵隊との見事な連携。あなたほどの用兵の達人は世界に二人とおりますまい!」
ゲルクォルはガイエン卿を歓待し、縋るようにして握手を求めた。その手は興奮からか細かく振動している。ああ、この方こそ紛れもなくレン=デル・マインの聖騎士サー・ガイエン・クイックブランド。
ガイエン卿は籠手を付けたままゲルクォルの手に触れた。
「エルディン公。あなたからの謝辞はありがたく受け取っておこう。だが、今回強大な敵を前にして勝利を得られたのは我らを指揮した勇敢な青年のおかげだ。その青年をここに呼んでもよろしいか?」
「もちろんですとも!」
「アレリオン、さぁ、こちらへ」
背後に隠れるようにして立っていたアレリオンは、ガイエン卿に呼ばれると得意気にゲルクォルの前に躍り出た。
「この青年がエルディンの救世主!?」
「アレリオン・アスモデュイルです。エルディンの誰もが気付くことが出来なかったが、オレはこの街を包囲している敵の大軍が見せかけであることを看破してガイエン卿に突撃の指示を出しました。ですがエルディンの軽騎兵に指示を出すことはできない。そこでディルモアにあなたを説得するよう伝令を出した。真の救世主はあなたです、エルディン公。あなたの英断はエルディンだけでなく、闇の軍団と戦うためのオレたちの切り札を守り抜いた」
都合の良い自分の虚言にうんざりする。だが気に食わないが魔女に与えられたこの状況を最大限利用しなければならない。それがオレの役割だ。ガイエン卿もマナドゥアも自分の役割を果たした。デルコスもアンセロッドを守り切った。オレはこのエルディンをオレのものにする。
「確かに私の背中を押してくださったのはそこにいらっしゃるディルモア殿だ。しかし切り札と言ったのか? ディルモア殿の言っていた娘のことか!?」
「そうです。その娘が敵の手に落ちれば、この世界のどんな精強な軍隊でも、闇の軍団に勝つことができなくなる。レン=デル・マインの騎士団も例外じゃない。切り札を手にしているオレ達《ラプター》だけが唯一メイディオルの魔王と、魔王に臣従する恐怖公たちの闇の軍団《ウォーバウンド》に立ち向かうことができる」
アレリオンはゲルコォルの問いに答えると、クイと首を横に捻った。その合図を見て、ガイエンの後ろで隊列を組んでいた屈強な騎士達が、ザンマに率いられて前面に出てくる。板金鎧で完全武装した騎士が周囲を囲うとゲルクォルや議員達に強烈な圧となった。そしてマナドゥアが口を開く。
「エルディン公よ。我々は強大な敵に、メイディオルの魔王に立ち向かわなければならん。それができるのはここにいるアレリオンのみだ。どうだろうか。悪いようにはせん。エルディン公の位をこのアレリオンに禅譲してはいかがかな。アレリオンこそは我ら《ラプター》の象徴。アレリオンがいる限り、ガイエン卿もその部隊もこの街に駐留して何度だって敵を撃退するであろう」
「ディルモア殿、我らと言ったのか!? わ、私に退位しろと!?」
ゲルコォルは突然の提案に動揺して周りを見渡した。議員達はゲルコォルに視線を向けるが、マナドゥアの意見に反対するものは誰一人いなかった。ザンマ達がディルモアに数歩距離を縮めると、さらに圧がかかった。ゲルコォルはまるで蛇に睨まれた蛙のようであった。
「私はその意見に賛成だ。今は緊急事態なのだ。市政の体制を刷新する必要がある。切り札の娘とやらがいようがいまいが、ガイエン卿の協力が得られなければ、いずれにせよエルディンは《ウォーバウンド》とやらの手によって落城する。あの大軍に包囲されるまで、その存在に気が付くことすらできなかったのだぞ」
議員の一人がそう言うと、他の議員達も彼に賛同し始めた。エルディンにはガイエン卿が必要だ。ガイエン卿がいなければ強大な敵の脅威に立ち向かうことなどできない。皆同じ意見だった。
「エルディン公、今までの統治体制では強大な敵と戦うことなどできぬ。この青年とガイエン卿に任せるのだ。そしてお前も自らの役割を果たせ。港湾局の副局長が敵と内通していたおかげで、エルディンの通商は健全とは言えぬだろう。このエルディンの地下組織が敵の資金源となっている可能性すらある。港湾局と商工業局の刷新が急務だ。それができるのはお前しかおらん」
ゲルコォルは完全に納得したわけではなかったが、議員達の視線と武装した騎士の圧力の前に屈して「一日考えさせてくれ」と言って一旦身を引くことにした。市庁舎に引き返し、エルディン公邸に戻る。
あのディルモアと言う男。《ラプター》を指して我らと言った。あいつは《ウォーバウンド》とやらが娘を欲していることを知っていた。いや、待て。あいつは敵は娘の情報は漏らさぬとは言っていたが、自分が娘を知らぬとは一言も言っていない。あいつは切り札の娘が何者であるのかを知っていたのだ! あいつがエルディンに《ウォーバウンド》を誘き出し、撃退し、私をエルディン公の座から引き摺り下ろそうとしている! 私は踊らされていた!? 全ては自作自演だったのではないか?
激昂したゲルコォルは議会場に引き返し、勝利に酔いしれる議員達の中でマナドゥアを糾弾しようとした。これは《ラプター》によるエルディンの乗っ取りだ! アレリオンなどと言う何処の馬の骨とも知れない小僧がエルディン公位に就くだと!? ふざけるな!
しかし、議会場に向かうゲルクォルの道を塞ぐかのように一人の男が立っている。ランディル!? ディルモアの意見に真っ先に賛同して、私に退位するよう場の雰囲気を誘導した議員だ。
「ランディル! 聞いてくれ! 私たちは嵌められたのかも知れないぞ! ディルモアの奴は実は何もかも知っていた! 敵を撃退できたのは何もかも…………」
その時ゲルクォルはランディルの右手に鋭い短刀が握られているのを見ると喋りかけていた言葉を飲み込んで茫然とした。
「そう、貴方は嵌められたんですよ。あのエルフにも、青年にも、そしてこの私にもね」
ランディルは静かにゲルクォルとの距離を詰めていく。ゲルクォルはその場から逃げようとするが、腰が抜けてしまい身動きが取れなくなっていた。そのゲルクォルの背後から別の男の声がする。
「私が誰だかわかるかね、ゲルクォル」
静かな声の中に確かな殺気が込められている。ゲルコォルは先程から震えが止まらない。逃げ道も塞がれている。
「し、知らん。何者だ?」
そう声に出すのが精一杯だった。
「港湾局の副局長をしていたセニカ・ダマンという者だ……」
セニカ! セニカだと!? あいつらはこいつが《ウォーバウンド》とやらの手先だと言っていた。どう言うことだ!?
「恐怖で顔が引きつっているが、何か言いたげだな」
ランディルがセニカとともにゲルクォルに歩み寄る。
「お前は自分が嵌められたと思っているようだが、お前を嵌めたのは……、さぁて誰かな?」
ランディルは笑いを堪えるのに必死だ。こんなにも計画通りにことが運ぶとは。ランディルは手に持っていた短刀でゲルクォルの左胸を五度突き刺した。ゲルクォルは口から大量の血を喀血する。短刀の刃は心臓だけではなく肺にも達していた。即死だった。
「セニカ、こいつの死体は他の議員どもに分かりやすいように晒してやれ。それでお前の役割は終わりだ。私が手引きをしてやるから、お前は女から妻子を引き取ってこの街から出ろ」
これでこれまでのゲルクォルの利権の半分は私のものとなる。港湾局も商工業局も意のままだ。悪くない取引だった。そう、悪くない。ランディルはついに堪えきれずにその邪悪な笑みを浮かべた。
翌朝、セニカ・ダマンの犯行声明文と凶器の短刀とともにゲルクォルの無残な刺殺体が市庁舎前の初代エルディン公の銅像に張り付けにされた状態で発見された。心臓や肺を刃物で刺された後、腹を掻っ捌かれ、小腸と大腸が引き摺り出されていた。それは恐るべき《ウォーバウンド》の存在を公に示すのに十分な出来事であった。
その日、エルディン公位はアレリオンが継承することがエルディン議会で満場一致で可決された。
To be continued...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます