第5話 重装騎兵のShock Attack
さっきからエルディンの街に警鐘が鳴り響いている。緊急事態だ。街全体が騒然としている。セニカの一報を受けて早くも《ウォーバウンド》が動き出したのか? だがオレの出番は暫くはない。戦いはガイエン卿に任せて早くアンセロッドとデルコスに合流しよう。万が一にも備えなければならない。
アレリオンは人混みを掻き分けて、二人が宿泊している高級宿へと向かった。その道中、背後から自分の名を呼ばれた。聞き覚えのある柔らかな声だ。
「アレリオン、お久しぶりですね」
振り向くと、そこにはエーボンダークの黒髪とジェイドグリーンの瞳を持った美しいエルフの女性が立っていた。細やかな刺繍の施された丈の長い黒のワンピースドレスの上から薄手のシースルーのガウンを羽織っている。レディ・サイレンだ。だがなぜここに!?
「先日リュテリアから船でこちらに移動したのですが、まさかこのようなトラブルに巻き込まれるとは」
レディ・サイレンはそう言いながらも
「レディ・サイレン、これから戦いが始まります。もしかしたらエルディン市街も戦火に塗れるかも知れません。貴女もどこか安全な場所に避難された方がよろしいかと」
アレリオンは緊急時に至っても慌てる様子のないレディ・サイレンに注告しようとした。
「いえ、避難などと。先ほど上空を白いオウギワシが旋回しているのを見ました。準備は整ったようですね。ガイエン卿と騎士レマリアの戦い。ワクワクしませんか?」
レディ・サイレンは恍惚とした表情で笑みを浮かべている。一体この人は何を話しているんだ!?
「アレリオン、あなたはどうなさるのです? 戦場とは逆の方向へ向かっているようにお見受けしますが。アンセロッドの下に行くのですか? よろしければ私と観戦しましょう。特等席へとご案内いたします。高みの見物というやつです」
アンセロッドだと!? なぜレディ・サイレンの口からその名が!? いや、なぜアンセロッドがこの街にいる事を知っているんだ!? この事を知っているのはオレたちと、オレがわざと情報を
「貴女は《ウォーバウンド》だったのですか!?」
「《ウォーバウンド》? まさか。私はただの事情通に過ぎません。私が何をせずとも数多くの情報が私の下に集まります。この街の抗争の切っ掛けを作ったのが誰かも、あなたの言う《ウォーバウンド》を誘き出したのが誰なのかも知っています」
全部筒抜けなのか? 影はある……。《影なし》ではない。この女性は一体何者なんだ!?
「アンセロッドならば、既に若い騎士が安全な場所に匿いました。さぁ、参りましょう、アレリオン。先ほどから厩舎が慌ただしい。エルディン公は打って出るおつもりのようです。勝敗はすぐに喫するでしょう。急がねば見逃してしまいますよ」
この女性から発せられる言葉には不思議な力があり、このように誘われると断わることが出来ない。アレリオンは半ば強引にレディ・サイレンに連れられて、エルディン正門の脇にある高い望楼へと登った。エルディンで最も高い位置にある。螺旋階段を上り切ると、本来ここに居なければならないはずの哨兵は見当たらない。
「なんだこれは!?」
そこにはアレリオンの想像を絶する光景があった。エルディンが完全に敵の大軍に包囲されている。兵の数は十五万程度か!? 十五万の兵士を五万ずつ三つの軍団に分けてエルディンの東北西と三方向を取り囲んでいる。ああ、神よ、別にあんたを信じているわけじゃないが、これでは勝負になりません! それ以前の問題です!
ところでなんだって? 先ほどレディ・サイレンはエルディン公がこの大軍相手に打って出ると言ったのか!?
「馬鹿な! 自殺行為だ!」
思わず声を荒げてしまう。
「では、アレリオン。あなたならどうしましょう? 籠城しますか? 相手は攻城兵器も揃えているようですが」
「どうするも何も、話にならない!
落ち着いているレディ・サイレンとは対照的に、アレリオンは冷静さに欠け早口になっている。エルディン公が打って出ようとしていると言うことはマナドゥアの指示か? 気でも狂ったのか?
「眼前の敵の総大将は伝説の神聖騎士レマリア・エル=ドゥリン・ベムゾディア。対するはレン=デル・マイン王国が誇る聖騎士団の前団長サー・ガイエン・クイックブランド。歴史に残る戦いになります。私は――――」
レディ・サイレンは話の途中で一呼吸起き、望楼に並んで立っているアレリオンの方に顔を向けた。アレリオンもレディ・サイレンの視線に気が付き、顔を合わせる。二人の視線がぶつかる。レディ・サイレンはアレリオンの瞳を真っ直ぐに見つめている。そこにはいつもの優しい微笑は見えない。アレリオンの前で初めて見せる真剣な眼差しだ。
「――――私はガイエン卿の勝利に
なんだって!? いくらなんでも無謀な逆張りだ!
「どうやったらガイエン卿が勝てると言うのです!? 背後から本陣を攻めたとしても最低二万の兵は必要だ。そんな数到底用意できない。エルディン軍と挟撃したところで戦力差がありすぎる。話になりません!」
アレリオンはさらに早口になっている。一方でレディ・サイレンはどこまでも落ち着いていた。
「では、アレリオン。逆にお尋ねしましょう。レマリアはどうやって十五万もの大軍を用意したと言うのです? あなたがおっしゃっていたように、足の遅い攻城兵器を連れて、誰にも見つからずにどうやってエルディンを包囲したと言うのです?」
「そんなこと不可能だ!」
――――不可能! そう、不可能なんだ。奴らは不可能な事をしている。セニカの一報を受けてから動いたとしたら尚更だ。そんな短時間でこれだけの軍勢を用意できるはずがない。ではセニカの報告とは関係なしに準備を進めていたと言うことか? であれば、エルディンにアンセロッドが潜伏していることを前もって知っていたことになる。アンセロッドを確保することが目的だとしたら、わざわざ大軍を引き連れてエルディンを攻略する必要もない。ここは魔女の
その結論に至るとアレリオンの背筋が凍った。以前対峙した《影なし》の身の毛もよだつ恐怖の記憶が鮮明に蘇る。
オレだ。オレが現れたからだ。 オレがアンセロッドを連れて旗揚げをしたからだ。 魔女が利用しようとしているのはアンセロッドじゃない!
次の瞬間、大地を揺るがすほどの大きな地響きと共にレマリア本陣の背後から砂埃が巻き起こった。《ラプター》――――翼を広げる鷲の紋章が見えた。バァルベロン産の軍馬に
それに呼応するかのようにエルディン軍が城門を開いた。第一陣として斬り込み隊のハルバード兵五百名が隊列をなして続々と城門から外に出て来る。それに続いて第二陣、第三陣の軽騎兵隊各千騎が両翼に分かれた。重装騎兵が分断した敵本陣を左右の軽騎兵が包囲殲滅する作戦だ。
横隊を組んでいたレマリアの部隊は、ガイエン卿の重騎兵突撃によって
これが……、これが戦い!
アレリオンは興奮していた。本来であればこの戦力差を覆すことなど出来るはずが無い。だが、そうか。敵の十五万は頭数を多く見せているだけの張子の虎! 攻城兵器もすべて魔女のまやかしだ! ガイエン卿は魔女の直参だったが、一人で動かせるのは三千程度と言っていた。敵の大将も魔女の直参クラスだとしたら一度に十五万も動員できるのは確かにおかしい。ガイエン卿だからこそ敵の情勢を冷静に見極め、マナドゥアと連携してエルディン軍との挟撃を成功させたんだ! これはオレが得意な
形勢は一気に逆転した。東と西に展開していたはずの魔女の部隊はいつの間にか霧のように消えていなくなっており、残されたのはガイエン卿とエルディンの騎兵に包囲されているレマリアの本隊のみになっていた。戦闘時間僅か二十分程度で勝敗は喫した。
レマリアの近衛騎兵は自分たちを包囲しているエルディン両翼の間を突いて軽く一点突破し、そのまま逃走していった。見事な撤退だった。ガイエン卿たちもレマリアを深追いはしなかった。エルディン防衛は成功したのだから。
味方の勝鬨が上がる。勝った……? いや、違う。確かにガイエン卿の用兵は見事だったが、オレたちは魔女に花を持たされたんだ。レマリアはオレたちの勝利を見届けてから余裕綽々で逃げて行きやがった。自分の役割を果たしたからだ。そして魔女はオレにエルディンを奪えと言っている。エルディンを奪って、自分に立ち向かって戦えとオレを鼓舞しているのか? そしてこの人はそのすべてを見通していた。
アレリオンはすぐ横にいるレディ・サイレンの圧倒的な慧眼と洞察力を称えようとした。だがそこにはレディ・サイレンの影はなく、ただ朝露に濡れる森の木々が発するような、ほのかな心地よい香りだけが漂っていた。
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