第3話 黄昏時のSecretly Following

 ノチア・ドミルとリオレス・ドミルはエルディアの犯罪組織の元締めの兄弟だった。弟のリオレスは表向きではエルディアの憲兵総監で、恐らくは兄の組織による数々の犯罪を揉み消してきたのだろう。

 ギルデン・リュークはアレリオンが正門で見せしめにした男で、ノチアの右腕だった。裏社会ではギルデンの死はドミル一家の組織と対立しているセニカ・ダマンの手によるものだと憶測されている。ギルデンの部下の死体が港で引き上げられたからだ。

 セニカは港湾局の副局長で、自分の身分を利用してヴァリンデンとの麻薬の密売ルートを掌握しており、その潤沢な資金でエルディンの軍部と政治家の一部を裏で操っている。彼はギルデンをああも惨殺した者が誰なのかを血眼になって探している。ノチアの右腕を殺したのが自分たちではないことを知っているからだ。

 エルディンの裏社会では、今、空前絶後の報復合戦が巻き起こっている。アレリオン達はその間で暗躍する。

 マナドゥアとラギが作成したリストの二十七人のほとんどがこの二つの組織にまつわる人間だった。マナドゥアはセニカ・ダマンこそが間違いなくエルディンに巣食う《ウォーバウンド》の中で最も魔女に近い存在の一人であると見立てた。


「確かにノチアの犯罪組織よりも手に染めている悪事のスケールがデカいな」


 アレリオンも腑に落ちる。


「よし、ここからが本番だ。マナドゥアはリオレスを使って、セニカが《ウォーバウンド》であることを告発させ、予定通りエルディン公と市議会を脅すんだ。いつも以上にハッタリかましてくれよ。あまり期待はしていないが、上手くいけばエルディンを無血開城させることが出来る」


「やれやれ」


 この小僧は私のことを何と思っているのか。物盗りの次は先生で、その次は親の敵のような目で見られ、今度は道化を演じろと言う。


「じゃあ、あたし達はセニカを魔女へのに使うんだね」


「セニカには妻と六歳の娘がいる。二人を人質にして、セニカがどれだけ利用できる奴なのかをじっくり見定めようじゃないか。もしかしたらセニカの方はガイエン卿のことを知っているかも知れないしな」


 *


 翌朝、アレリオンとラギはマナドゥアと別行動をし、エルディア港の港湾局に張り付いた。セニカ・ダマンを監視する。先日ギルデンの死体が発見されてから既に一週間経っている。セニカの元には港湾局の人間以外に、怪しい人物が何人も訪れていた。その中のほとんどがリストアップされていた人間だ。


「セニカは手下どもに直に指示を与えている。あいつが他人を信用していない証拠だ」


 アレリオンはセニカの人物像をそう読んだ。オレ達の存在には気付いておらず、ギルデンの死にも身に覚えがない。だから組織の誰かが無断で事を起こしたのではないかと疑心暗鬼になってやがるんだ。オレ達が何も煽らずとも二つの組織の抗争は勝手に激化している。セニカは自分の身内に被害が及ぶ前に事態を収集しようと、どこか落とし所を探し始めている。本人は裏金で権力者を動かしているだけで、肝っ玉は小さい。だがノチアにしてみれば落とす必要がない。一方的な犠牲者なわけだからな。ならばどうするアレリオン? 考えるまでもない。オレがセニカなら、セニカが《ウォーバウンド》なら、事態の収集を図るだろう。―――そうだ、セニカはそいつに対してのメッセンジャーにする。


「ラギ、予定通りだ。オレはこのままセニカを追う。事態が事態だけに妻と娘は安全な場所に匿っているかも知れない。そっちはラギに任せる。二人を探し当ててドミル一家の手から保護しつつ、セニカへの脅迫材料とするんだ。二人は傷つけるなよ。オレ達としてはそこが線引きだ」


「わかってる。まぁ見てな。半日で十分だ。お前こそしくじるなよ? 一人で出しゃばり過ぎてセニカのボスに捕まらないか心配だ」


 ラギはフフフとアレリオンを茶化して笑ってその場を去る。くそっ。エヲルといいラギといい、いつもまるでオレの姉貴のような振る舞いだ。


 一人残ったアレリオンはセニカの監視を続けた。セニカの元を訪れる人物ではなく、セニカが自分から会いに行く人物がやはり怪しい。


 いつしか太陽がエルディン港のはるか水平線の彼方へと沈み、街全体が暗闇を帯びてきた。港湾局の業務も終わり、セニカが動き出す。アレリオンは静かに尾行を開始した。

 セニカは三人の屈強な男(恐らくは用心棒だろう)を引き連れ、人通りの多い路地を選んで歩いている。明らかにドミルを警戒している。だが人通りが多いおかげで尾行は楽だ。

 セニカの住居はエルディンを見下ろせる高台の上にあるので、港からは少し距離がある。直に帰宅するなら、正門近くまで大通りを真っ直ぐ進むはずだ。だがセニカは自分の住居とは逆方向の東側の路地へと入っていった。あっちには特に目立った店もない。誰かと会おうとしているのか、アジトでもあるのか。アレリオンは慎重に尾行を続ける。セニカは用心棒たちを連れて路地を真っ直ぐ進む。このまま真っ直ぐ進むと東の城壁に辿り着く。その先にあるのは……、憲兵隊の詰所だ! リオレスと会うつもりなのか!? リオレスにはマナドゥアが張り付いているはずだが、どういう状況だろう?

 セニカは憲兵隊の詰所の目前に迫ると、手前の脇にある小さな民家に入っていった。アレリオンは中の様子を伺おうと裏路地を回ってその民家の裏手に身を潜める。そっと窓を覗くと、セニカは何者かと密会していた。


「私は事を穏便に処理する事は出来ても、兄をコントロールする事は出来ないぞ。報復は止められん」


「ギルデンの殺害犯は確実に別にいる。何かの目的を持ってわざわざ正門に晒したはずだ。だとすれば、私たちがこうして啀み合っている間に、利益を得ているものがいるという事だ」


 セニカとリオレスの声が聞こえてくる。やはりセニカはリオレスとも繋がっていたのか。ならばマナドゥアも近くにいるはずだ。マナドゥアのことなら既に民家の中に潜んでいるのかも知れないな。

 マナドゥアが近くにいて、ラギが役割を果たして成功している事を前提に動くか? 今動けばリオレスとセニカの二人を同時に抑えられる。マナドゥアなら動いてくれるはずだ!

 アレリオンはそう決断すると、音を立てずに裏口から民家の中へと入っていった。


「セニカ、リオレス。お前達は既にいる。お前達に残されている選択肢はそう多くない」


 アレリオンは静かに殺気を秘めた声を発しながら、堂々と二人が密会をしている部屋に躍り出た。


「誰だ!?」


 セニカとリオレスが口を揃える。


「誰か、こいつを生け捕りにしろ!」


 民家の外にいた用心棒が中に入ってくる。


「無駄だな。セニカ、幼い娘や奥さんと生きてまた会いたいならオレのいう事を大人しく聞いた方がいい。さもなくば、次に正門に吊るされるのはその二人ということになる」


「き、貴様!」


 セニカが激昂して用心棒達を制止する。ハッタリが効いたな。やはりセニカは肝の小さい家族想いの人間のようだ。この場はもうオレが支配した。


「お前は何者なのだ!? 何処の組織の者だ!?」


 リオレスがアレリオンに尋ねる。


「何処の組織だと? ふざけるなよ。お前達が知らないはずがないだろう……。ギルデンにも伝えたが、お前達はもう用済みだ。はとっくに次のフェーズに移っている。このウスノロのボンクラの役立たずども。わざわざオレが出張ってきた意味がわかるか? エルディンは時期に戦火に塗れる」


「そういうことだ……」


 何処からともなくマナドゥアが姿を現した。アレリオンの芝居がひと段落つくのを待っていたようだ。何処から入ってきやがったんだ? オレですら気配を感じることができなかった。


「セニカ、リオレス、大人しくオレに従わなければお前達もお前達の家族もまとめて処分する。ギルデンのメッセージすら伝わらなかったようだな。たいそうお怒りだぞ。お前達はあまりにも多くのことを見逃し過ぎた」


 セニカが大きく身震いし出す。どうやらこいつはある程度事情を察したようだ。


「リオレス、貴様はこの盲目のエルフとともに、市庁舎でエルディン公と会ってこい。エルフが随時指示を出すからお前はその通りに動けば良い。セニカ、貴様も娘達を殺されたくなければオレの言うことを黙って聞け。いいか。オレ達はある娘の消息を追っている。オレ達はある方からその捜索を引き継いだ。その娘がこの街の何処かに潜伏している事は間違いない。ギルデンから情報を聞き出そうとしたが、本当に何も知らなかったようだから見せしめに殺した。セニカ、貴様はエルディンの外に出て、待機している連中にオレ達が掴んだ情報を伝えろ。あの方ならこの街ごと焼き払うことも厭わないだろう。オレもそれで構わない。娘をこの街から燻り出すんだ。オレはその動きを見極めてターゲットを確保する。重要な任務だ。さぁ、行け!」


「妻と娘には手を出さないでくれ! 指示通りに動く!」


 セニカはやたら怯えている。やはり間違いなく《ウォーバウンド》だ。だからオレのハッタリが完全に通じている。リオレスがあっけらかんとした表情を見せている。セニカとは繋がっていても、こいつは《ウォーバウンド》ではないのかも知れない。


「この街が戦火に塗れるだと!? セニカ、どう言うことだ!? 聞いていないぞ」


「今何も聞いていなかったのか? お前は黙って私の言う通りに動け。あの方がこの街を攻め滅ぼすとき、勝利者の側に立っていたかったらな」


 マナドゥアの殺気にリオレスもたじろぐ。並の《ウォーバウンド》を遥かに凌ぐ威圧感だ。リオレスも逆らうのは得策ではないと判断したのか、大人しくマナドゥアに従うことを決めた。


「さぁ、行け、セニカ。オレはこの街に滞在して娘の出方を待つ。急げよ。それまでお前の妻と娘は人質として預かっておく」


「わ、わかった……」


 セニカは用心棒を引き連れて何処かへと去っていった。あいつのことだから、オレの言ったことが本当かどうか裏をとるかも知れない。その時本当に妻と娘が人質になっていることを知ったら、完全に協力的になるだろう。いや、ならざるを得ないだろう。ここまでは順調だ。頼んだぞ、マナドゥア。

 アレリオンはそっとマナドゥアにアイコンタクトを送った。

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