第2部 the Rebellion of the False Witch

プロローグ 闇のRidicule

 美しいステンドグラスが外から差し込む柔らかな日の光に様々な色彩を与え、鮮やかに広大な広間を照らしている。ゆうに五フロア分はあろうかという巨大な吹き抜けがあり、その天井には神話や伝説をモチーフとした装飾画が施されている。床は天然の黒大理石で、ステンドグラスの光をグロッシーに反射させている。

 広間には左右に三人ずつ、合わせて六人の人物が立ち並んでいて、ハーフリングによって彫刻が施された、透度の高いクリスタル製のシャンパングラスをそれぞれ左手に持っている。彼らは揃って影がない。紛れもなく《影なし》、つまり恐怖公たちであった。

 中央には赤いカーペットが三段高い奥の玉座まで続いていて、その玉座には何者かが腰をかけている。強い逆光に照らされたその影はおぼろげで姿形がはっきりとしない。だがこの影がここにいるものたちの中で序列のトップであることは疑いようがない。メイディオルの魔王。ここは魔王の謁見室に他ならない。


「御前様、お楽しみ頂けましたでしょうか」


 左列の最前列に立っている、波打つプラチナブロンドをしたアッシュブルーの肌をした女が言葉を発した。とても官能的な声の持ち主だ。

 玉座に座っている御前様と呼ばれた影は、足を組んで頬杖をついたまま口角を僅かに上げて小さな笑みを浮かべて頷いた。


「それは何より。骨を折った甲斐があると言うものです」


 女は軽く頭を下げる。


「それに比べて酷いものだな」


 右列の最前立に立っている、腰まで伸びた長い黒髪をオールバックにし、綺麗に整えられた完全髭フルビアードを拵えた長身細身の初老の男が漆黒の甲冑を身にまとった騎士に叱責の言葉を浴びせる。

 右列の最後尾にいる漆黒の甲冑の騎士は何も答えない。彼は言われるまでもなく自分の失態を恥じていた。


 だが御前様は首を横に振った。お咎めなしということだ。


 御前様のその反応を窺うと騎士は沈黙を守ったままプラチナブロンドの女に向かって頭を下げた。屈辱的だ。何もかも先手を取られていた。余はこの女に出し抜かれていたのだ。騎士はゆっくりと元の席についた。この借りはいつか必ず返す。余も切り札は残してある。


「ところであれはまた欠席か?」


 左列の最後尾、3メートルはあろうかと言う巨躯きょくの男が悪態をつく。どうやらこの場に出席すべきものがまだ一人いたようだ。


「いつものことだ。気にすることもあるまい」


 完全髭の男が即座に答える。だがその口調にはやや刺があった。


「だがこの度は御前様自ら催された祝いの席だ。さすがにこの場にいないのは無礼が過ぎると言うものだ」


 巨躯きょくの男は、この場に欠けている者がいることに明らかに不愉快になっていた。だが御前様は巨躯きょくの男に手を向けて諍いを止めるよう促す。


「御意」


 御前様の一挙一動に恐怖公たちは畏怖の念を持って注意深く凝視する。


「それでは皆、新しい挑戦者の誕生に!」


 プラチナブロンドの女がそう仕切ってシャンパングラスを掲げると、御前様と他の5人の恐怖公たちも手に持ったグラスを掲げる。


「新しい挑戦者の誕生に!」


 御前様と6人は一気にグラスを飲み干した。   

 きっとこれからもっと面白いことが起きる。6人の恐怖公たちは気分が高揚していた。誰もが新しい挑戦者が自分の支配領域テリトリーに入って来ることを期待している。新しい玩具を欲しがる幼子のように。

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