第1章 魔女とのOutbreak

第1話 最初のWar Council

 アレリオンたちは全員デパス天体観測所の裏小屋に集まって合議を始めようとしている。アレリオン、アンセロッド、ガイエン、マナドゥア、デルコス、そしてザンマとラギ。

 卓上にはマナドゥアの所持品だったティルゲイア大陸の地図が開かれており、小石を駒代わりにして地図上の各所に配置してある。みんな口を真一文字に結び、真剣にそれを眺めている。アレリオンも珍しく長考していた。


 《ウォーバウンド》たちは世界各地に潜伏しており、七人の恐怖公を頂点としたヒエラルキーを形成している。その恐怖公の中でも、素生が判明しているのは二人のみ。一人はオレの親父だというラスゲイル。そしてもう一人はガイエン卿の主だった魔女アンカリッサ。ガイエン卿の話によればアンカリッサの魔力は伝説上の英雄たちに匹敵するレベルだという。オレ自身も恐怖公の身の毛のよだつ恐ろしさは身を以て経験している。あんな化物に立ち向かう術があるのかどうかまだ分からない。だがオレが今知りたいのは恐怖公についてじゃない。そこに辿り着くまでにはオレたちはあまりにも貧弱すぎる。オレが知りたいのは―――


「ガイエン卿。《ウォーバウンド》たちの活動資金は何処から捻出されているんでしょう? オレが遭遇した《ウォーバウンド》は表向きは冒険者で、裏の顔は強盗でした。だがマナドゥアが《ウォーバウンド》に包囲されかかった時、リュテリアに逃げようとしたオレの前にも現れた。今にして思えば《影なし》はからめめ手を配置していたからオレを見逃したのかも知れない。であれば指揮命令系統がしっかりと機能している証拠だ。各地にバラバラに点在しているだけじゃ、そんな芸当は出来ない。そして組織的に活動するからには仕事に対する対価があるはずだ」


 アレリオンの質問にガイエン卿は少し笑みを浮かべて答える。やはり目の付け所が良い。指導者の素質がある。


「いい質問だ。だが正直なところ対価は人それぞれだ。《ウォーバウンド》は序列がはっきりとしていて、報酬は直の上長から得られる。だから恐怖公の顔と名前も知らぬ《ウォーバウンド》も少なくはない。私は魔女からエヲルの命という対価を与えられ、家臣には私の社会的身分を利用して色々都合してやった。ラスゲイルが私の娘を殺害したことによって、私に与えられていた対価は失われ、結果的には魔女の支配から逃れることが出来た。もしエヲルが生きていれば……、私はエヲルが生きている限り魔女の手先であっただろう」


 なるほど。ガイエンは娘が殺されてただ頭がおかしくなっただけではなく、魔女の洗脳が解けぬようにアンセロッドをエヲルと誤認させられていた、というわけか。マナドゥアは昨日のガイエンの振る舞いをそのように納得した。


「人の欲望や弱みを見抜き、そこを突く。その人にとっては金より高価な対価が得られるというわけか。だがオレ達には活動するための資金源が必要だ。味方の数も足りないし、拠点もない。金のない流浪の七人じゃ逃げ回ることぐらいしか出来ない。それじゃ今までと変わらない。オレたちは立ち向かわなければならない」


 ガイエン卿がアレリオンに答える。


「私が持ち出すことができる軍資金はおおよそ三億二千万ゼパムほどだ。この金で練度の高い兵士を雇おうとすると、三ヶ月二百名程度にしかならん。しかも先払いだ。一ヶ月で済む作戦を立案できれば兵士の数は三倍になる」


「軍隊を持つと言うこと?」


 不安そうなアンセロッドが尋ねる。


「《ウォーバウンド》どもは普段はバラバラだが、任務中は基本的には徒党を組む。私が包囲されかけた時のように。だから彼らと戦うのであれば、こちらもそれなりの数を用意しなくては勝ち目がない。力を持って力を制す。綺麗事だけでは大事は成し遂げられん。これは戦争そのものだ」


 マナドゥアが重い口を開いた。アレリオンとガイエンの方向性には概ね賛同しているようだ。


「ヴァリンデンの連中でも私たちのような傭兵なら雇うことは出来るかもしれない」


「いずれにせよガイエン卿の資金が枯渇する前になんとかせねばなるまい」


 それまで黙って聞いていたラギとザンマも口を開く。


「オレも同意です。そこで最初のターゲットを決めました。それはエルディンです。港町を抑えて、安定した経済力を手にする。リュテリアよりリスペリダルからの影響も受けにくい。何よりリュテリアは衛兵の士気が高いし、地形的にも攻めづらい」


 マナドゥアは少し不満そうな顔をした。拠点を設けるのではなく、拠点を奪取するのか。確かに彼の言っていることは理が通っているのだが、それでは《ウォーバウンド》たちとなんら変わらぬのではないか?


「なるべく血は流したくないものだな」


「私もそう思います」


 マナドゥアの意見にアンセロッドも同意する。だがガイエン卿がアレリオンのフォローに入り、すかさず話を元に戻す。


「エルディンであれば魔女の支配領域テリトリーだ。魔女がどれだけの《ウォーバウンド》を動員できるかは知らないが、少なくとも私は一人で三千人は動かせた」


「三千!? ガイエン卿のような人が他に五人はいると仮定すると約一万五千人。一方でエルディンの衛兵はおおよそ二千五百人。五倍の戦力差か」


 アレリオンは暫く沈黙した後、静かに自分の考えを述べる。


「ガイエン卿がオレたちの側についたことは魔女も把握しているはず。であればガイエン卿がそうであったように、誰かがアンセロッド確保の役割を引き継いでいると考える。彼女はアンセロッドを欲している。だからアンセロッドを囮にして《ウォーバウンド》どもにエルディンを襲わせるんです。馬鹿でなければエルディンの衛兵は城門を閉めて籠城するでしょう。籠城戦になれば五倍の戦力差は多少補える。そこにオレたちが義勇軍として後から参戦して奴らのケツを叩く。オレたちには《ウォーバウンド》と戦うという大義名分ができ、うまく行けば奴らを挟撃できる」


「騎士の身で言わせてもらうと、アレリオンが述べている案は騎士道に反する。だが反対はしない。ガイエン卿と同様、私もアレリオンに加勢する以上、騎士道は理由にしない。名誉と誇りで勝てる相手ではないのは理解しているつもりだ」


 デルコスは少し乗り気ではない。アレリオンの案はアンセロッドや一般市民も巻き込みかねない。だが、それ以上に復讐の念に駆られていた。エヲル……、君を死なせたのは私だ。必ず仇は討つ。


「私を囮に使って、エルディンを襲わせるの?」


 アンセロッドが不安そうに言う。


「そうだ。だがアンセロッドの安全を確保し、作戦を成功に導くためには、先ずエルディン内に潜伏している《ウォーバウンド》を探し出して討伐し、その内数名をにして敵を煽る必要がある。市内内部に《ウォーバウンド》が残ったままだと籠城戦が裏目に出る可能性がある。それこそ市民に被害が及ぶ」


 アレリオンは自分が描いた戦略を抑揚もなく淡々として喋る。そこには一切の感情がない。


「決めた。ガイエン卿とザンマはエルディンの外でキャンプを設営し、傭兵や兵士を調達する。資金にもよるが兵力差を縮めれば勝率は高くなるし、数で上回ることができたら、より犠牲を抑えられる。オレとラギ、デルコス、アンセロッドはエルディン内部の《ウォーバウンド》を駆逐する。マナドゥアはオレたちとガイエン卿との連絡役、それと道化を演じて頂く」


「道化と?」


 マナドゥアが首を傾げる。此奴は何を考えているのか。私よりも一歩も二歩も先を考えている。これもガイエンに育てられたが故か。


「エルディン公に、無血開城を迫り、さもなければ力づくで奪う、と脅すんです。こちらも《ウォーバウンド》の存在を利用する。演技は得意でしょう」


「なるほど。だが、こちらの動きを読まれて《ウォーバウンド》がことを起こさなかったらどうするつもりだ?」


「だから脅すんです。《ウォーバウンド》が動かなかったら、オレたちがエルディンを《ウォーバウンド》として襲う。エルディンはオレたちに降伏するか、アンセロッドに釣られた《ウォーバウンド》に襲われるか、オレたちの忠告を無視してオレたちに襲われるかのどれかしかない。そして予め潜伏していた《ウォーバウンド》役のオレたちは内側から城門を開けることもできるし、市長やその家族を人質にもできる。それらを全て《ウォーバウンド》に押し付ける」


「《ウォーバウンド》と同じことをすると言うのか!? 大義名分が損なわれるではないか!?」


 マナドゥアが感情的になる。アレリオン、なんと恐ろしい男か。即断即決でそこまで冷徹なシナリオを描けるのか!?


「一つ言っておくが、オレに高潔さなんて求めないでください。オレは勝負にどうやって、より完璧に勝つかしか考えていない。そしてそれは結果的に犠牲を少なく抑えられる。魔王に立ち向かうということは遅かれ早かれ大陸に戦乱が起こることになる。後手に回ったら不利になる。これは最初の一歩でしかない。失敗は許されない。だからこれでも慎重に理詰で考えているつもりです」


「それでこそだ」


 ガイエンはアレリオンを手放しで褒めた。長年アレリオンのことを父親代わりとして見てきたが、この作戦立案能力はどんな騎士にも優っている。


「改めて整理しよう。先ずはオレとアンセロッドとデルコスとラギとマナドゥアがエルディン入りして、内部に潜伏している《ウォーバウンド》を血祭りにあげる。その間、ガイエン卿とザンマはエルディン近郊にキャンプ地を設け、兵士や傭兵を調達する。オレは捕虜にしたメッセンジャー役の《ウォーバウンド》に、、いくつかの偽情報を与えて野に放つ。マナドゥアはエルディン公に対して、オレたち《ウォーバウンド》に街を無血開城して降伏しなければ、力づくで奪うと脅迫する。あとは《ウォーバウンド》が挑発に乗る乗らない、エルディンが降伏するしないに関わらず、戦闘になる。ガイエン卿とザンマの出番だ。戦術はプロ中のプロであるガイエン卿にお任せしたい。タイミングが難しいが、その調整役もマナドゥアにやってもらう。アンセロッド、君の意見を聞かせてくれ。これはだ」


 アレリオンはあまり気乗りしていないアンセロッドに急に話を振った。


「一番犠牲の出ない作戦がいいわ」


「マナドゥアの演技力次第だな。話し合いで済めばそれで終わること」


 アレリオンめ。アンセロッドに重責を負わせつつ、私にプレッシャーをかけるとは。誠に末恐ろしい男だ。だが確かにエルディンを抑えて初めて奴らとまともに戦うことができる。


「エルディンを掌握したら統治はそれほど難しくはない。一般市民は支配者が誰であれ、自分たちの生活が向上すればそれほど抵抗しないし不平も漏らさないだろう。オレだって過酷な統治をしようとは思っていない。適度に税率を下げて公平な司法制度をもてば、市民は支持してくれると考えている。逆にレン=デル・マインに対しては少し納税額を上げる。オレたちが正当にエルディンを統治していることを示す必要がある。そこはレン=デル・マインでの影響力の高いガイエン卿にお願いしたい。そして本格的に戦乱が起これば、予算から軍事費の割合を増やす」


 アレリオンはそう言うと裏に置いてあった巻物を広げ、卓上に小刀を置いた。


「血判状だ。オレたち最初の七人は固い縁で結ばれなくてはならない。アンセロッドを守り切ること。《ウォーバウンド》と断固として戦うこと。《恐怖公》を根絶やしにすること。そしてメイディオルの魔王を倒すこと。この点については全員同じ思いのはずだ」


 アレリオンは皆に血判状に署名と血印を求めた。そこには既に今アレリオンが述べた文面が用意されている。


「その通りだ。我々は強い結束で結ばれてなければならない。我々の手で魔王を倒すために」


 マナドゥアを初め、皆の意見が揃った。


「ところでオレたちの旗印はどうしようか? 名前も。そういう事は全く考えていなかった。もし《ウォーバウンド》の偽装をせず、義勇軍として戦闘に参加するなら相応しい旗印と組織名が必要だ」


「《グリード》をモチーフとしたワシの紋章。そして我らは生態系の頂点に君臨するラプター(猛禽類)」


 デルコスが珍しく自分から発言した。どうやら彼は既に案を考えていたようだ。体面を気にするデルコスらしい一面だ。だがそれはアレリオンに欠けている部分でもある。


「デルコス。それいいな。格好いい。みんなも意義なしかな?」


 みんな口を揃えて「意義なし」と言う。


「よし、今日からオレたちの血盟の名はラプターだ!」

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