第19話 肩慣らしのJourney

 バラム島から大陸に渡って南へと進むと段々と気温が高くなっていった。特にバルビトゥでは、照りつける灼熱の日差しに加え、まるでドゥームからの熱風に吹き付けられているかのような蒸し暑さがアレリオンの体力を奪っていった。

 しかし廃坑を抜けてバルシエルに入り、アーテンに近付くにつれて、心地よい風が木々の間を通り抜けるようになり、アレリオンの疲れを癒してくれた。長い旅の終わりを感じさせる風だった。


 アーテンまでの道すがら、アレリオンはザンマから学んだ実戦的な格闘術を次々と身に着けていった。


「筋はいい」


 ザンマもアレリオンのことをそう評価する。セロクェルのシャドウウォーカー特有の攻防一体の体捌きは、レン=デル・マインの騎士たちの動きとは根本的に体系が異なっている。どちらかというと剛より柔のタイプであるアレリオンには前者のほうが馴染みやすかった。重い盾で片手が塞がれてしまうのであれば、長剣と短剣を両手に持ったほうがよっぽど戦いやすい。そういえばエヲルも盾を嫌っていた。エヲルは勝気で男勝りな性格の割には華奢だった。今思えば彼女も柔の剣術のほうが扱いやすかったのだろう。


 アレリオンはふと懐から取り出したナイフを左手のみで三本同時に投げつけた。それらは木に印をつけた三つの的の中央に全てが突き刺さった。大分感を取り戻してきたぞ。


「ヒュー」


 ラギが口笛を鳴らす。


「見事だな、アレリオン。もう感は取り戻したか?」


「ええ。これで一度に六体の標的の眉間にナイフを突き刺せますよ」


 アレリオンは得意げに答える。だがリュテリア近郊で遭遇した、あの手練れの殺人者たちには果たして有効だろうか? オレに注意を向けられている限り、命中させるのは困難だろう。《ウォーバウンド》とやらがあんな連中ばかりだったら、投げナイフなど気休めにしかならない。だが今のオレは投げナイフだけではない。セロクェルのシャドウォーカーやアサシンが好んで使う暗器の使い方もかなり上達した。正々堂々と戦う騎士道なんてものは、オレからしてみれば糞食らえだ。


「それは良いことだ。近接するまでにレンジ攻撃でどこまで数を減らせるかは、一対多数を想定した戦いではとても重要になる。さて、ここらで一度休憩をしておこう。無事バルビトゥを越えたとはいえ、油断は禁物だ。安全が確保されていれば、いくらでも特訓に付き合ってやるが、今は出来るだけ体力を温存しながら進んだほうがいい。廃坑での疲労もあるだろうしな」


「もう日が落ちるし、じゃあ今日はここでキャンプね。設営は任せるわ。私は狩りに行ってくる」


 そう言うとラギはその場から離れていった。アレリオンはザンマと共に薪をべ火を起こす。ザンマと二人きりになるとアレリオンはこれまで疑問に思っていたことを彼に尋ねた。


「ザンマさん、あなたはオレの親父の最期を知っているんですか?」


 少しの沈黙の後、ザンマは答えた。


「ラスゲイル卿は宝珠を奪い去った《ウォーバウンド》なる殺人者集団の存在に気が付き、その組織の全容を暴こうとした。そして戦いに魅せられた《ウォーバウンド》たちを束ねる《影なし》にまで辿り着いた。かつてレン=デル・マインから追放された暗黒騎士ボルヴェルク卿……」


 暗黒騎士だって!? アレリオンはその言葉を耳にすると身の毛がよだった。ダークスティードに跨る黒騎士の姿が今も脳裏に焼き付いて離れない。そのボルヴェルクとかいうやつが親父の仇なのか!?


「二人は決闘をしたと聞いたが、そこでラスゲイル卿の消息は絶たれている。戻ってきたのはラスゲイル卿の手記を掴んでいた《グリード》のみだった。お前が遭遇した《影なし》がボルヴェルク卿だとしたら……、つまりはそういうことになるな」


「では親父の生死を確認したわけではないのですか?」


「そうだ。だから正確にはメイディオルで消息を経った、とまでしか言えない。私もラギもメイディオルまでの道を知らないのだ。《ウォーバウンド》どもすら知らないだろう。恐らく七人の恐怖公、つまり《影なし》しか知らない。ラスゲイル卿はボルヴェルク卿に導かれてメイディオルに到達することができたのだろうな」


「でも、メイディオルから帰還した《グリード》なら知っている?」


 いや、自分でも理解している。今オレはなんて愚かな質問をしたんだ。オウギワシに「メイディオルまでの行き方を教えてくれ」とでも聞くつもりか?


「私はこう考えている。《グリード》はメッセンジャーの役割を与えられていた。ラスゲイル卿の末路を私たちに伝えるための。だがそれ以上は望めまい。でなければマナドゥアはとっくにラスゲイル卿を救出するためにメイディオルに向かっていたはずだろうからな」


 ザンマはアレリオンに格闘術を叩き込みながら、アレリオンの父親が旅に至った経緯、そして旅の足跡の全てを伝えた。ザンマの述べたことは事実ではあったのだろうが、真実には至っていなかった。彼も全てを知っているわけではないのだろう。だが全ての答えはアーテンでアンセロッドとともに待ち受けているに違いない。アレリオンの中でその気持ちが高まっていった。


「ザンマさん」


 アレリオンはザンマに一つの提案をした。


「《グリード》を放ってマナドゥアに戻しましょう。彼が生きているなら、目に困っているはず。少なからず彼の助けとなる。それに《グリード》がマナドゥアの元に着いたら、マナドゥアの能力を信じるとするならば、そこにはきっとアンセロッドがいるはず。探す手間が省ける」


 ザンマはそれもそうだ、と頷くとアレリオンの提案を承諾した。そんな話をしている内に、ラギがウサギ三羽を手にして戻ってきた。


「男同士で何話してるんだい?」


「ラギ、《グリード》をマナドゥアの元に返すんだ。アーテンでの一手間が省ける。だから今後はラギ、お前が哨戒しょうかいの役割を果たせ」


「えぇ!?」


 ラギはあからさまに嫌がって見せたが、兄の言うことには逆らうことはしない。だが、アレリオンの側にいられないことが不満だった。なぜだろう。なぜ私はこの坊やのことをこんなにも意識してしまっているのだろう。私が海辺で見つけて助けてやったことをだと言われたから? だとしたらこの運命はどこまで続くのかしら。

 ラギは《グリード》を大空高く解き放つと、斥候と哨戒しょうかいを担当するために二人から距離をとって任務についた。

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