第4章 戦乱のForeboding

第17話 豪雨の中のTracking

-------------------------------------------------------------------------------------------

遥かなるメイディオル

その暗黒の国へ入ることが許されているのは

魔王のしもべ 影なき者たちのみ

私は挑まなければならない

女神オーロリアの光が失われれば

世界は瞬く間に闇に堕ちるだろう

遥かなるメイディオル

私は挑まなければならない

-------------------------------------------------------------------------------------------


 豪雨の降り注ぐ夕暮れ時の人気の少ないアーテンの外れを、ボロボロの外套がいとうを羽織った銀髪のエルフが片足を引きずりながら歩いていた。

 ――――マナドゥアだった。マナドゥアは文字通り手で辺りを探りながら、道に残されていた二つの足跡を追跡していた。一つは背が高く、スラッとした細身の男の足跡。もう一つは女のものだった。男は女の歩幅に合わせるかのように短いストライドで歩いている。町で耳にした噂が本当であれば、アンセロッドと若い騎士の足跡に違いない。

 マナドゥアは《影無し》の急襲を受けたが、奏でる海辺からエルディン港にかけて展開していた《ウォーバウンド》の包囲網を辛くも掻い潜り、港に逃げ込むと見せかけて、ノールの要塞を横切ってアーテンまで落ち延びていた。だが《影無し》から受けた左足の傷は思っていたよりも深く、エルフの治癒術を以ってしても癒すことは出来なかった。そこでマナドゥアは下手にアーテンから動かず、ここに潜伏して状況が改善するのを待つことにていた。

 アンセロッドらしきハーフエルフの娘の話を耳にしたのは、それから間もなくだった。若い人間の騎士に連れられたその娘は、道行く全ての人間に不審の目を向けて警戒していたという。いや、何かに怯えていたのかもしれない。

 かつてあの娘を救ったラスゲイルはもう存在しない。彼女がアンセロッドだとすれば、一体誰がその娘をここまで連れてきたのか? 彼女に付き従っているらしい若い騎士が一人でやったこととは到底思えない。一度は魔女の手から逃れたはずのあの娘が、なぜ今になってこのアーテンに戻ってきたのか?

 念のために《グリード》を使いに出してアレリオンを呼び寄せたが、陸路を来るだろう彼がいつアーテンに到着するか分からない。それになにより今の自分の足では、もしまた《ウォーバウンド》どもに包囲されれば、今度こそ逃げ切ることは難しい。出来ることならば奴らとの関わりが予想される存在との接触は避けたかった。だがマナドゥアは覚悟を決めて娘と騎士を追跡し、彼らの潜伏先を突き止めることにした。このままあの娘を放っておけばいずれ魔女の手に落ちる。豪雨が二人の足跡を洗い流してしまう前に、潜伏先を見つけ出さなければならない。


 トラッキングを続けていると、足跡はアーテンの西門から外に出た。ここで足跡に乱れが生じている。男と女の足は周囲を警戒しながら北へと向かっている。それとは別に、同じ男の足跡が北からこの東門までやってきて、西のリスペリダル方面へと続いていた。どうやらこの北に二人の潜伏先がありそうだ。マナドゥアは二人の足跡をさらに追った。

 二人の足跡は橋を渡って緑苔の監視所を抜けると、川に沿って今度は西へと向かい始めた。川の中州にはデパスの天体観測所がある。二人はそこに向かっていたようだ。

 今にして思えばこのデパス天体観測所が全ての始まりと言えるかもしれない。二十五年前のことが思い出される。あれ以来この観測所は封鎖されたままになっている。

 デパス天体観測所は、星の動きを読んで天候などを予測するためにハーフリングによって建てられた施設だった。

 マナドゥアは続けて足跡を追うと、それはどうやら観測所の裏手にある小屋へと続いていた。こんなところに小屋があるとは。確かに身を隠すにはうってつけの場所だ。

 小屋の窓は閉ざされれていたが、微かにカンテラの光が漏れている。マナドゥアは盲目ながら光の違いを知覚することができた。

 中に誰かいる。足跡から推理すれば、若い男はリスペリダル方面へ向かったまま未だ戻ってきていない。中にいるのは女だけのはずだ。マナドゥアは小屋に近づくとそっと聞き耳を立てた。


 男の低いこもった声が聞こえる。


「エヲル、すまないが暖炉に薪をべてくれないか? この時期でも雨が降ると身体が冷える。お前も暖まりなさい」


「はい」


 若い女の声も聞こえた。しかしエヲルだと? そんなはずがない。アンセロッドではないのか? もう一人の男は誰だ? 足跡は二つしかなかった。既に雨で流されてしまっていたのか?


「エヲル、デルコス君はまた外出かね?」


「はい、お父様。きっとこの豪雨の中、どこかで雨宿りをしていて、未だしばらくは帰ってこないと思います」


 デルコス。それが娘を連れた若い騎士の名か。しかしだからこそここに潜伏している娘はアンセロッドのはずだ。私の見当違いだったとでもいうのか?


「お父様、部屋が温まるまで少し時間がかかりましょう。ブランケットを用意しましたので、これをお使いください」


「ありがとう、エヲル。良い子だね。」


 ええい、この男は誰だ? この女が。だとすればやはりアンセロッドと考えるのが正解だろう。若い騎士は今は不在……。アンセロッドから父と呼ばれる男……。


「!!」


 その時、マナドゥアの中で全ての点と点が繋がった。怒りが沸々と煮えたぎる。私の企み事は既に看破されていて、裏をかかれていた! 私に対してそんな真似ができる人間など数える程しかいない。


 マナドゥアは怒りを抑えることができなかった。アンセロッドを魔女に引き渡すつもりか! そうはさせぬ! それだけはあってはならぬ!


 マナドゥアは音を立てずに小屋のドアを開けると、その中にそっと躍り込んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る