第16話 旅立ちのSpring End

 何日か続いていた雨が上がる頃には、アレリオンの傷はすっかりと癒えていた。バラム人は毒の知識が豊富であり、それはすなわち薬の知識も豊富であることを意味した。それまでは左足と左肩を庇いつつ、右手だけで体術の手ほどきを受けていたが、これからは本格的に鍛錬に励むことが出来そうだ。


「治ったばかりが一番危なっかしいんだ。無茶をしでかしてまたすぐ同じ怪我をする」


 この人はオレの心でも読んでいるのか? ラギは朝食を盛りながらそう忠告してきた。あれから半月経つ。ラギは確かに命の恩人ではあるのだが、オレが逆らえないことを良い事に、今やすっかりオレの姉貴気分で、いまだにオレの寝言の話題を持ち出す。そして何かにつけてエヲルやレディ・サイレンと自分を比べさせるのだ。もっともオレはレディ・サイレンのことはほとんど何も知らないが。それにしてもなんであの人がオレの夢に出てきたのだろう?


「無理はしませんよ。でもゼパム投げくらいなら問題ないでしょう? オレは以前両腕で同じようにゼパムを投げることが出来ました。あれを試すと、自分の手や腕の感覚が取り戻せるんです。ザンマさんが小刀を手にして間合いを確かめるのと同じです」


 自分に言い返してくる年下の青年の態度にラギは不愉快になった。どうしてもこの子は不愉快でしょうがない。他の女の事ばかり頭にある。


「減らず口ばかり。ギャンブラー気取ってさ。お前はすぐ思っていることが顔に出る。でもゼパム投げの相手ならアーテンで探すんだな」


「アーテン?」アレリオンはきょとんとした。 


「少し前にアレリオン。……いや、《グリード》が兄様に便りを持ってきたんだ。お前の傷が完治するのを待って出立することになっていた。朗報だ。マナドゥアが生きていたんだよ」


「本当ですか!」


 アレリオンにとっては確かに朗報だった。あのままあのエルフが殺されていたらなんとも後味が悪い。それに彼の知る自分の父親の情報も引き出し切っていない。オレには知る権利があるはずだ。


「ああ。マナドゥアは私と兄様にお前をアーテンまで送り届けるよう依頼した。長年行方不明だったハーフエルフの少女がアーテンに潜伏しているという情報を掴んだらしい。ハーフエルフだからもう少女という年齢でもないかもしれないけれど。今はレン=デル・マインの若い騎士が彼女を匿っているそうだ。マナドゥアはなぜかその娘とお前を引き合わせたいらしい」


 ラギは相変わらず少し不愉快そうにそう言った。所々に毒を含んだ口調だった。一体何を怒っているんだか。

 ハーフエルフの少女のことは、少しだけだがザンマから聞いていた。ザンマはマナドゥアと同じように一度に全てを話してはくれないが、オレのリハビリが終わると、酒を飲みながら昔話を語りだした。かつて親父やマナドゥアとともに宝珠探索の旅をしたときの話を。


 ハーフエルフの少女――――確か名はアンセロッドといった――――は、ある重大な秘密を握っているがために、魔女から命を狙われているのだそうだ。そしてかつてその魔女の手から少女を救い出したのが、オレの親父だったということらしい。

 オレの親父はなんのための騎士の位を返上して、宝珠探索の旅に出たのか。そしてなぜ《ウォーバウンド》に殺されたのか。マナドゥアはラスゲイル卿はこの世界のはてにあるというメイディオルで消息を経ったと吟じていた。ティルゲイアの人間なら誰だって知っているメイディオルの魔王。宝珠探索とアンセロッドはメイディオルの魔王と繋がっている? であれば、その女と会うことができれば、は随分と有利に進めることが出来るかもしれない。

 そう思うとアレリオンは無意識のうちに顔が綻んだ。だがラギはアレリオンのそんな表情を見てますます不機嫌になった。本当に、すぐ顔に出る。


「エヲルとレディ・サイレンがいるのに、他の女と会うのがそんなに嬉しいのかい?」


 ラギの言葉に、アレリオンはもう少しのところで朝食を喉に詰まらせそうになった。この人は一体何を考えているんだ!?


「マナドゥアが生きていたことが嬉しいんです!」


 アレリオンは間髪入れずに強い口調で否定した。エヲルはともかく、なんでこの人はいちいちレディ・サイレンのことまで口にするんだ。


「ふん。だらしない顔してさ。いいか、マナドゥアが私と兄様にお前のことを依頼したということがどういうことかわかるか?」


「どういうことです?」


「ゲートウェイのネットワークに頼らずにアーテンまで行くということだよ! まあ、ドゥームは避けて通るとしても、ランデュセン、バァルベロン、バルビトゥ、モルセイケンと回っていくことになる。長旅になるよ。お前の修行にも持って来いじゃないか」


 冗談だろ!! ラギのその話を聞いてアレリオンは絶句した。


 転移石のほとんどは各地に散らばるゲートウェイと結び付けられている。ゲートウェイは国家間の交流がある他のゲートウェイと結びついており、このゲートウェイを確保することが地点制圧に重要な意味を持つ。

 《ウォーバウンド》らは常にそこを監視しているという。一日にどれほどの人間がゲートを利用しているかは定かではないが、もし既に自分の顔が彼らに知られていれば、瞬く間に彼らの主である《影無し》にも気付かれてしまうだろう。だから安易にゲートウェイに頼ることは危険を伴う行為だった。こちらの動きを敵に悟られぬようにするためには、多少時間をかけてでも自分の足を使った方がいい。今回の旅は、ただの修行ついでというわけではなく、実際にはそれほどの慎重を期す危険な旅だったのだ。


 オレたちが朝食をとっていた部屋にザンマも入ってくる。


「今すぐ、支度をしろ。それがここでの最後の食事になる。マナドゥアはなるべく早くお前とアーテンまで届けるように、と指示を出している」


 ザンマとラギが同行してくれるのはとても心強いが、そんな長旅は未経験だった。旅の途中では様々な危険が待ち受けている事だろう。ああ、なんだかとんでもないことになりそうだぞ。アレリオンは早速辟易していた。




 To be continued...

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