第31話

 雲一つない青い空。果てしなく広がる海。降り注ぐ太陽。まさに絶好の海水浴日和。熱い砂浜では、半裸の人々が和気藹々としていた。 

 街では気温が高いとイラつくが、海では気温が高くてもイラつかない。

 やはり眼前に広がる海と比例して人の心も広くなるのだろうか。それとも窮屈なスーツではなく水着のおかげだろうか。もし後者なら経済効率を上げるために夏は水着を着て仕事すればいいと思いました、まる

 そんなバカなことを考えながら俺と羅地助手はパラソルの下で海と、騒いでいる人々を見ていた。

 稲海達女子は着替えに時間がかかっているようだ。

「おい見ろよ羅地助手、あの発達した腿の筋肉。上半身は細いから凄い違和感あるな。競輪選手かな」

 女子達を待っている間、探偵の習性というべきか習慣というべきか、人々を観察をしていた。

「総一郎、あっちに左右の腕の筋肉が全然違う人がいる。あ、凄い胸のでかい人いた」

「マジか。どこにいるの?」

「あっほんとにいた。でもあれは偽乳だわ、シリコン入ってるわ。偽りのFカップだわ」

「そう言う割に総一郎、すごく見てるじゃん。サングラス越しでもわかるから」

「何を言ってるんだ羅地助手。前にも教えただろ、探偵は相手に視線を気取らせないように広く観ながら細部まで観ろと。ほら、巨乳の人、気づいてないだろ。凝視してたら普通気づくって。女性は視線に敏感って言うしな。つまり気付いてないってことは、逆説的に言って俺は凝視してない。証明終了。羅地助手は目がいいからな、きっと眼球微細運動をみて勘違いしただけだろ。それに、ほら、サンタさんっているだろ。サンタって本当はいないってみんな知ってるのにサンタ好きだろ。……そういうことだよ。嘘だと知ってても嬉しいことってのは存在するもんだよ」

「僕はサンタは別嬉しくないけど……。それと総一郎に前、『急に言葉数が増える場合は本当のことを隠そうとしているとき』って教えてもらった気がするんだけど……」

「…………」

「『時に沈黙は雄弁に語る』とも教えてもらったと思うのだけど……」

 ……ふ、ちゃんと俺が教えたことを覚えてくれて実践もできるとは……教えた甲斐があるってものだ。

できれば俺には実践しないでほしいがな。

「そういえば、総一郎。バストサイズとカップサイズって何が違うの?駅前で人間観察のトレーニングをしてた時、二人組の女の人の会話が聞こえてきたんだ。僕は同じ胸囲だと思ったけど胸のカップが違うみたいなんだ。どういうこと?」

 いやらしい感じではなく、ただ単に疑問に思っているらしい。羅地助手は純粋な瞳で聞いてきた。

「ああ、誰もが一度は疑問に思うやつね。えっとだな……バストサイズってのは2種類あってな、トップとアンダーの二つ。トップは山で言うと山頂な含めた胸囲で、アンダーは山の麓で測った胸囲な。それでカップはそのトップとアンダーの差で決まってるらしいよ」

「なるほど……。じゃあどうしてAだけ、A、AA、AAAの三種類あるの?AAAをAとしてやればよかったのじゃないの?」

「それはあれじゃね。初めにカップサイズを定義した人がAという枠組みを作ったけど、後からAより小さい人を見つけた……みたいな。まさかこれほど胸が小さい人がいたなんて!こいつ本当に女?男じゃねみたいな感じで。

それか自分より下が欲しかったからか……」

「自分より下が欲しいって?」

「ほら人間誰しもワースト一位は嫌だろ、だからAカップの人が自分より小さい人と同じ枠組みは嫌だってことでAAを作ったんだよ。自分より下が居れば安心できるからな。で、AAの人もワーストは嫌だからAAAをつくった。……みたいな。よく知らんけど」

「なるほど、じゃあAAAの人も下にAAAAを作ればいいんじゃないの?」

「流石にそれはどうかと思うぞ。言っとくけどAAAでもギリギリ限界だからね。男でもAAぐらいあるやついるから。……ほら右前にある男の人。ボディービルダーかな、胸筋発達してるだろ。AAAの人はこれ以上下がることができないんだよ。後ろは断崖絶壁なの。一歩でも下がると奈落に堕ちちゃうんだよ。自分の絶壁を見て、自分でも自分は男じゃないかと思っちゃうぐらいなんだよきっと」

「なんだか可哀想だね」

「でもそう言う奴が強かったりするんだよ。ほら背水の陣だ。これ以上失うものはないから前に進むしかないんだよ。胸を失うことと引き換えに手に入れた悲しい力を持ってるんだよ」

 俺が誰かを思い浮かべながら適当なことを言っていると

「悲しい力が……なんだって」

 後ろから底冷えするような声が聞こえた。決して大きな声では無かったのにも関わらず周りの喧騒を押しのけて脳にまだ響いてきた。ボキ、バギと拳の骨がなるのも聞こえる。

俺ほどの探偵になれば、後ろに誰がいるのか、この後どういう展開が待っているのか容易に想像がつく。保険証持ってきてたっけ………………。

 


 後に羅地助手は鬼の存在を信じるようになったとかなんとか。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

名探偵になりたかった 徳野壮一 @camp256

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る