第29話

「総一郎先輩の事務所初めてきたんですがこんなところなんですね。……あっ、これ今回のアドバイスのお礼です。今後流行りそうな菓子買ってきました」

キョロキョロと事務所を見渡していた一浩は手に提げていた袋を渡してきた。

「そんなこと気にしなくていいのに。まあ、ありがたく貰っとくは」

 それに一浩は流行るものを見極めるのが上手いからな。この菓子も流行るのだろう。

一浩を連れて中に入る。

「稲海ちゃん、羅地君こんにちは」

「佐藤さんじゃないですか。こんにちは」

「こんにちは」

「きっっっったない所ですがゆっくりしていってください」

「ためるな、ためるな。そこまで汚くないは」

稲海のやつまだ怒ってんの?

 俺は一浩から受け取ったお菓子を羅地助手に渡した。助言した羅地助手が受け取るのが筋だろう。

「アドバイスのお礼だってさ」

「羅地君のおかげで事なきを得たよ。ありがとう」

 一浩は羅地助手に向かって頭下げた。

 これがコイツの凄いところだよな。10数歳ほど歳の差がある子供にも、しっかりとお礼を言うところとか。羅地助手も目の前で大人が頭を下げて礼をするところを初めて見たのか驚いているしな。

「……どういたしまして?」

「それで何しにきたの?」

「先輩も羅地君も少しだけど関わったから、一応どうなったのか報告しとこうかと思いまして……」

とショッピングモールで尾行した後のことを話し出した。




 先輩達と別れた後、重要な話だとW社に取引先の人物に扮して、ウチに依頼してきた次長の長谷川さんじゃなくてその上の部長に繋いでもらい、自分が探偵だと明かして他にスパイ候補はいるのかと聞きました。

 そしたら何の話だと言われました。スパイなんていないしそもそもそんな依頼頼んだ覚えはないと……。

 それを聞いて俺達は長谷川さんも調べました。

 ええ、私達に嘘をついてたことになりますからね。

 で、調べてみるとどうやら長谷川は女性の弱みを握って好き放題するクズらしくて、被害者の女性も弱みをばらされたくなければと脅されて声を上げることができなかったらしいです。

 で今回は倉本よるさんに目をつけたみたいでした。

 先輩の仲介で壷井靖友さんとも話を聞けました。靖友さんは倉本さんが会社で長谷川からセクハラを受けていたところを目撃してしまい、どうしたらいいかと悩んでいたそうです。一緒に遊びに行ったのも倉本の気分転換と話を聞こうと思っていたらしいです。

 長谷川は俺達を利用して弱みを見つけ出そうとしたようでした。完全に長谷川が黒なので俺達は自分たちは探偵だと明かし、長谷川からこんな依頼を受けていたと倉本さん達に言いました。

 そして靖友さんと倉本さん部長さんに今まで被害にあった人たちの協力の元警察に突き出してやりました



 なるほどねぇ。大方推測通りだったと一浩の話を聞いて思った。羅地助手も俺と同じようなリアクション。稲海だけはそんなことが、と驚いていたが。

「それで親父……社長に今回の報告をした時親父のリアクションが全然無かったんですよ。だからもしや、と思って聞いてみたんですよ。最初から長谷川が怪しいと思ってたのかって。そしたら何となくだけどな、って言ったんですよ」

「長年やってきた探偵の勘ですかね?」

 ありえる。一度会ったことがあるけど凄みを持った人だったからな。

「知ってたなら初めから教えてくれてもいいじゃないですか!ね、そう思いません」

「何ここに愚痴りにきたの?」

「いえ、自分の不甲斐なさを人のせいにしたかっただけです。今のは忘れてください。……俺は今まで依頼人の為に仕事をしてきましたけど今回のことでよくわかりました。間違いを犯さない為にも、依頼人も疑う必要があることを……」

疑うと言う言葉にあまりいい印象を持ってる人は少ないかもしれない。けれど疑うことは大切だ。

 疑って是非をつけることは自分の歩く地を固めることだ。地面が崩れて底に落ちてしまわないように、何の気兼ねもなく自分の信じたことに向かって全力で走る為にも、必要な行為だ。探偵も警察も学習だって疑って是非をつけることを繰り返すことによって真実や真理を見出すことができるのだから。

 きっと一浩の親父さんも依頼人は正しいという根拠のない妄信を自分で気づいて欲しくて一浩に依頼人が怪しいと言わなかったのだろう。いい親父さんじゃないか。

 俺の親父は何故か瞬間接着剤のアロンベータにものすごい信頼を置いていて、折れてしまった入れ歯をアロンベータでくっつける人だ。歯医者にはすっごい怒られていたことは記憶に新しい。

一浩は稲海が入れたコーヒーを一気に飲んで立ち上がった。

「それじゃあ俺はこれで、ひさぶりに先輩に会えて嬉しかったです。今度飲みにいきましょう」

 そう言って一浩は帰っていった。

 愚痴ってはいたが、別に親父さんのことは嫌ってないのだろう。晴々とした顔をしていた。一浩は探偵として一歩成長したことを実感しているのかもしれない。

 俺も今度会う時が楽しみだ。


 ガチャ。

「あの……総一郎先輩。俺のスマホさっき座ってたソファに落ちてませんか?」

「…………ちょっと見てくるわ」

 

 

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