第16話

「もう婚約するのは決まっている彼氏さ」

「そんなわけない!」

 怒鳴り声が夜の住宅街に響く。

「本当のことだよ」

「なら何で、今日だけ、大学で茜様と一緒だったのよ!今までいなかったじゃない!」

荒い呼吸、上がった肩に全身の力み。怒ってる怒ってる。まぁ、あんな鬼のような顔見れば一目瞭然か。

 それと、様付けときたか……。

「ああ、それは俺が今まで仕事で外国に行ってたからさ。……ていうか、何で君に俺達の関係を否定されなきゃならないんだ?君俺たちとは全く関係ない、部外者。だろ」

 調べれば簡単にわかる嘘だが、それっぽい嘘でも構わない。ありそうと思わせるぐらいがちょうどいい。どうせ感情的に否定するのだから。

「うるさい!うるさい!うるさい!部外者はお前の方だろ!茜様はな、私の……私を見てくださったのだぞ。笑いかけてくれたんだ、泣いてた私を励ましてくれたんだ!しかも抱きしめてくれたんだ。これって愛してくれてるってこどだよな!……そうだよ、茜様は私を愛してくださってる!私達は相思相愛なんだ!だからあんたが茜様の彼氏なんてあるはずない!美しい茜様がこんな小汚いおっさんの彼女なわけないだろ!!」

何でもない風を装ってはいるが最後のセリフはクリティカルヒットだ。初めて言われたけど小汚いおっさんは結構傷つく。まだ20代なんだし、一応ファ○リーズもしたんだけどな。

「何、お前もしかして茜のストーカーか。それじゃお前か?俺の茜の私物盗ったの」

「盗んだわけじゃないわ。茜様のものは私のものでしょ!愛し合ってるのだから!」

「ハハハ。何言ってるかわかんねぇ。そういえば茜も気持ち悪がってたな〜」

「なっ!」

「人のもの盗む奴は最低ってベットの上で言ってたな。私の嫌いな人種だって」

「黙れ!死ね!そんなわけない、茜様が私のこと嫌うはずがない!」

「いいや、たしかに言ってたよ。いつ言ってたっけな……思い出した。ピロートークの時いだったかな?」

「こ、このクズやろうが!」

カバンから包丁を取り出した。

「わ、私の茜様を穢すなぁぁぁぁぁ!!」

包丁を突き出しながら走ってくる。

 刺す気満々。

 あと2メートルというところで俺と彼女の間に人影が割り込んだ。

 その人影は包丁を持つ手に手を添え、回転するように彼女を道路に転がし、片手で関節を決め動けないようにした。

 鮮やかなお手前。いつの間に包丁も奪ったいる。

「工藤めい、殺人未遂とかその他諸々で逮捕する」

「ちゃんと全部言えよ、白崎刑事」

「今日は非番なんだから、横着させろ」

 工藤めい——茜さんの物を盗んでいた彼女は押さえつけられてもなお俺を殺そうと足掻いていた。

「殺す!絶対殺してやる!」

「はいはい、わかったから立て。交番行くぞ。……クソ手錠がないからめんどくせぇ」

「荒縄ならあるけど?」

「俺が逮捕されそうだから遠慮しとく」

「やっぱり持つべき友は警察官の友人だよな」

「俺はお前と友達やってること、後悔してるよ」

 白崎は抵抗し喚いている工藤を歩かせる。

 少し行ったところで俺の方に顔だけ振り向ける。

「お前、こんなことしてたらいつか死ぬぞ」

 それだけいうと去っていった。

難事件を解かずして死ねるかよ。

 俺はひと伸びする。肩がボキボキなった。

 そこそこ歩いたから少し疲れた。

早くどっかで見ている羅地助手見習いを回収して帰りますか。

 

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