第12話

 茜さんが講義があるというので教室まで同行した。

 教室の扉の前には羅地助手見習いが教室を覗き込むように立っていた。

「羅地君、稲海は一緒じゃないの?」

「稲海姉さんはもう教室の中にいるよ」

「お前は入らないのか?大教室なんだから部屋に入ってもバレないだろ」

でも、と羅地助手見習いは教室内を指さした。

 俺と茜さんが教室を覗くと、稲海と千晶さんが1番後ろの席に陣取っていた。

 うわー、威圧感半端ないな。二人とも警戒してるのが丸わかり。確かにあの二人の近くには居たくない。阿吽像みたいに凝視している。

「おもいっきり空回ってるな……」

「稲海らしいといえばらしいですけど……ちょっとあれは隣に座り辛いですね」

  茜さんは苦笑いだ。

しゃあない、少し手伝ってやるか。

「茜さんは前後の中間らへんの席、かつ左右どちらでもいいので端に座ってください。そうすれば貴方を見る場合顔を必ず左右なら動かす必要がありますから、目を皿にしてる二人なら気づくかもしれません」

「なるほど……。お二人はどうするのですか?」

「羅地助手見習いと一緒に教室の外にで待ってますよ。終わったらまた案内して下さい」

「わかりました。では行ってきます」

いってらっしゃい、と教室に入っていくのを見送った。

 歩いてきた講師だとおもわれる40代男性に人に俺が軽く会釈すると、羅地助手見習いも軽く俺の後ろに半身を隠しながら会釈した。いかにもシャイな感じな子をイメージさせる悪くない演技だ。

 演技力は探偵に必須の技術だ。

 警察手帳を見せれば情報を得られる警察とは違い、探偵は情報を入手するために別人になりすます場合があるのだ。

講師の方も会釈を仕返して教室に入った。

 始業を知らせるチャイムがなるのを確認した後、俺は羅地助手見習いとはじめの食堂に戻った。

「調査のは順調か?」

「全然……。どうすればいいかわかんない」

項垂れる羅地助手見習いに俺は問うた。

「羅地少年……探偵とは?」

「……疑うもの」

「推理の基本は?」

「消去法」

 羅地修斗へ探偵について初めに教えたことだ。

 全てを疑い事実を積み重ね、あり得ないことを排除する。そうすれば自ずと答えは出てくる。

 困ったら基本に立ち返る。大事なことだ。

「今わかってることは?」

「茜さんの荷物が無くなったこと。茜さんが嘘をついてないこと。なくした場所はこの大学ってことだけ……」

 盗まれた。という言葉を使わなかったのは合格だ。盗まれた可能性がゼロではない以上、その言葉を使うべきではない。誤った言葉は誤った推理に繋がる。

「盗まれたと仮定した場合、盗んだ可能性がある人は今どのくらい絞れてる?」

「盗んだ人はこの大学に在籍している生徒の可能性が高いことと、……おそらく女性」

「どうして?」

「もし大学が関係ない人なら、わざわざ大学で盗む必要がない。茜さんが大学に行っているうちに茜さんの家に忍び込めばいいだけの話。大学の講師を排除したのも、同じ理由。講師なら茜さんがどの講義受けてるか、家はどこか調べることができるはずだから」

「女性だと思った理由は?」

「更衣室の扉が写っている防犯カメラに男の姿が無かったから」

 水筒やシャーペンとは違いタオルは机の上に置くことはないだろう。大学内は涼しく実際茜さんのは長袖だった。茜さんはずっと目の届くとこはないカバンを置いていた。たがらカバンの中にあるタオルを盗むのは難しいだろう。タオルを使う機会または茜さんがカバンから離れる機会は必然的に運動をするときになり。体育か部活のときかだ。茜さんは部活はやってないと言っていたから可能性があるのは体育の時間帯。

 更衣室に忍び込む男はいなかったということは、女性が入った可能性はある。

 茜さんに聞いたところ体育の実技は男女混合らしい。授業中に近くに置いてタオル盗まれる可能性はあるが女子の荷物はかためて置いてあるから、そこに男が行くのは目立つ。故に女性というわけか。

 行動についてはずいぶん推理できてる。次は犯行心理について考えればいいのだが……

犯罪者の心理は単純だが、周りの人が理解するのは難解だ。

 好きだからと理由で殺した。とかこの文だけでは意味不明だ。好きなのに何で殺すんだよってなる。

 羅地助手見習いは目も頭もよく、心の機微にも気づけるが、子供だから複雑な心理というのは想像しづらいかもしれない。 

「よく推理できてるな」

しばらく観察していれば羅地助手見習いなら犯人を特定できるだろう。

「うん……でも今日中に見つけられる気がしない」

羅地助手見習いは弱音を吐く。

 問題はそこだ。犯人がいたとして、今日大学にいるかどうかはわからないのだ。

 だが俺は今日大学にいると思っていた。

「羅地助手見習い、まだ推理できるところ、考えなくていけないところがあるぞ」

「推理する必要はあるだろうけど、考えること?」

「まぁヒントをやろう。仮に推理通りの人物を見つけられたとして、どうする?」

「そんなの……ああそっか。そういうことか。どうしよう」

 羅地助手見習いは頭を抱える

「犯人だという証拠があるかわからない……」

「そうだ」

たとえ犯人が茜さんの物を持っていたとしてもしらばっくれる可能性があるのだ。

 私物にいちいち名前を書いていないだろうから「これ俺が買った物だ」と主張されたらどうにもできない。

まぁ、悩みたまえ若者よ。その悩んだ分だけ力になるのだから。

 

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