第7話

「このマグカップの直径は?」

「飲み口の厚みも合わせる?」

「いや、なしで」

「だったら、89ミリ」

 俺は定規をもち、マグカップの直径を測った。

「……正解」

 羅地少年がうちに来てから3ヶ月がたった。

この3ヶ月羅地少年には、俺がいるときは色々教え、いないときは課題を出す生活をしていた。

「次は、あそこにある本棚の高さは?……木材の厚みも含めろ」

 少年は本棚を見上げる。

「1922ミリ」

「じゃあ、今の俺とお前の距離は?」

「6084ミリ」

「正解」

 ぶっちゃけ正解かわからんけど、多分あってるだろ。

「総一郎、右の鼻の穴から鼻毛が三本でてる」

「マジで?……本当じゃん」

 鏡で自分を確認すると確かに出てた。

 羅地少年が特別なのかもしれないけど、子供の成長ってはやいな。

 俺のこと呼び捨てにしてるし……。

 俺が初めに出した目の使い方の課題である、「長さの測定をミリ単位でしろ」なんて無茶振りをもうできるようになっているみたいだ。完璧に自分の中に物差しを持っている。

 稲海にいった例え話は適当に言ったのだが当たっていたみたいだった。

「じゃあ次は、ナンバーバルコミュニケーションのテストな」

ナンバーバルコミュニケーションとは言葉以外でのコミュニケーションのことで、顔の表情や身振り手振りのことだ。そういう無意識の行動、しぐさにはその人の心理状態が推測できる。

 俺は立ち上がって腕を組んで見せた。

「拒否と緊張」

ポケットに親指を入れる。

「不安や自信がない」

羅地少年は即答する。

 椅子に座り片方の膝に足首を乗せる。

「自己顕示欲が強い」

これまた即答。スポンジみたいに教えた仕草の心理の知識を吸収している。

 うちに来たばかりの頃はあまり人を見ず、地面ばかりみて話をしていたのに、しっかりと見るようになっていた。ただ漠然と見るだけじゃなく、観察ができるようになっている。

「目線が左上を向いてるから過去の映像を思い出してる」

「……正解」

 今のは問題のつもりじゃなかったがのだけど……。

「羅地君すごいですね」

 静かにテストの様子を見ていた稲海は感心しているようだ。

「ああ、十分に視線に思考が付随してる」

「じゃあ、僕もやっと総一郎の手伝いがてぎる?」

 羅地少年には探偵業を手伝ってもらう約束だか、何も知らない状態では手伝いもクソもないので基礎の基礎ができたらなと言ってあったのだ。

 今テストした分では大丈夫とは思うが——

「——依頼がないからなぁ」

万引き犯を捕まえる依頼とか向いてそうなんだか、昨日やったばかりだ。ていうか、人のいい店長の店盗まれすぎだろ。フェイクのでいいから監視カメラもっとつけろよ。

「それだったら、ちょうど総一郎さんに相談しようとしたいたことがあったんですよ」

「なんだ?」

「大学の友達なんですけど、最近私物がよくなくなっているらしいんですけど……」

「その子がうっかりしていただけじゃないのか?」

「いやその子、あかねって名前なんですけど、すっごいしっかりしていて風紀委員長みたいな感じの凛々しい子なんです。だからただ無くしたとは思わなくて……」

「盗まれた可能性があるということか……。

うん、ちょうどいい感じの依頼だな。もし単純にうっかりしていただけだとしても、大学は人が多いから人間観察の練習にもなる。どっちに転んでも悪くない」

「じゃあ明日、月曜日に羅地君が小学校終わって……あれ小学校はもう夏休みでしたっけ?」

「明日から夏休みだよ」

「そっか。だったら朝からでも大丈夫?」

 羅地少年は「大丈夫」と頷いた。

「羅地君が事務所に来た後、二人で私が通ってる大学に来るってことでいいすか?」

「俺はそれでいいよ」

「僕もそれでいい」

「ではそういうことでよろしくお願いしますね」

「了解。……あっそうだ」

「どうしたんですか」

一応テストに合格したわけだし……

「おめでとう羅地少年、君はこれから羅地助手見習いだ」

「はい!」

 羅地助手見習いは満面の笑みで元気よく返事をした。

 羅地助手見習いは探偵になりたいわけじゃないだろうが、彼の才能は探偵に向いている。きっと俺のように一流の探偵になるだろう。

「羅地助手見習いって長くないですか?」

「いいんだよ、正確性が重要なんだから」

 

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