第8話

 次の日、約束通り俺と羅地助手見習いは稲海が通うK大学にやってきていた。

「それにしてもあっついなぁ」

 流石に7月ともなると暑く、湿気った空気が体にまとわりつくようで不快だった。午前9時でこの汗の量だ、気温が一番高くなる正午から2時には絶対外にいたくはない。

 羅地助手見習いはさすがの子供というべきか、はじめての同行で気合が入っているようで暑さなんか屁でもないようだ。

 稲海からは相談者のあかねさんと一緒に食堂にいると連絡があった。

「羅地助手見習い、見取り図覚えた?」

「覚えた」

 3ヶ月内で教えていた記憶術も使えているようだ。

「結構結構、じゃあ行こうか」

 大学の校門から入ってすぐにある校内の見取り図で食堂の場所を確認して向かう。

 流石にこの日照りの中外にいる大学生は少なかったが、子供がいるのでそこそこ目立っていた。校内は冷房が効いていおり涼しかった。

 食堂は閑散としておりすぐに稲海は見つかった。

「こっちこっち」

 稲海が手を振って俺たちを呼ぶ。

 その隣で立っているいる女性がアカネさんだろう。服装は清潔感があり、長袖を羽織っていた。確かに立ち姿もスッとしていて稲海が言っていたように凛々しい印象を受けた。

「はじめまして、川口茜といいます。今日はわざわざ大学までご足労いただきありがとうございます」

 茜さんは淑やかに頭を下げた。

「はじめまして、探偵の丹波総一郎と——」

 俺は隣にいる羅地少年の背を軽く叩いた。

「——じょ、助手見習いの羅地修斗です」

「あなたの真剣な悩みを羅地の練習とさせて貰うのだから足を運ぶのは当然ですよ」

 お互い軽く挨拶をした後席に座った。

「稲海から簡単には聞いてますが、あなたの口から詳しい話を聞かせてもらえませんか?」

 彼女はおそらくですけどと前置きをして話しはじめた


「2ヶ月前ほど前、傘がなくなったのが最初でした。でも傘なんてよく盗まれるもの出し、ビニール傘だったんでしょうがないかと思いました。

次に気がついたのは1ヶ月前だと思います。大学の講義を受けよう筆記用具を出そうとしたときいつも使っているシャーペンがないことに気が付いたんです。そのシャーペンはお気に入りで、前の講義の場所に置き忘れたかと思って戻って探してみたのですがありませんでした。

その次はタオルが無くなりました。その日は必修の体育があったので汗を拭こうとしたら、持ってきたはずのタオルがなかったんです。もちろん私が学校に持ってきていなかったと思い、帰って家の中を探しましたがありませんでした。私は今まで忘れ物は片手で数えるほどしかしたことがありませんでしたが、大学に入って一人暮らしを始めたので疲れてるのかなと思い、このときまではそこまで気にしていませんでした。

 でも5日前、水筒が無くなったんです。学生課にも行ってみたんですがそう言った遺失物はないと言われまして、もしかしたら盗まれたのかなって不安になってきたんです。だから探偵事務所でバイトしてると聞いていた稲海に相談することにして今に至ります……」

 なるほど、茜さんがただ忘れているという可能性もゼロではないが、盗まれている可能性の方が高そうだ。

 さて、この相談事を特に解決することは難しくないだろうが……。俺がただ解決するだけだと意味がない。羅地助手見習いが目を使い犯人のを見つけ、自信をつけてもらいたいところだが——

「その話、聞かせてもらったたわ!」

少し離れたところで座っていた女性がバンッと机を叩いて立ち上がり、こちらに歩いてきた。

 いや、勝手に聞いちゃダメでしょ。

「……げ」

珍しく顔を顰めた稲海に尋ねる

「彼女は?」

「名前は千晶真由。なんか私をライバル視してるみたいでやたやと突っかかってくるんです」

 千晶真由は俺たちの目の前まで来ると薄い胸を張り

「茜さんのその依頼私が見事解決してみます」

 と宣言した。

「はぁ、何言ってんの。あかねは私達に相談してくれたの。関係ない人は引っ込んでて」

「別にいいじゃないですか。茜さんにとっては単純に問題が解決する確率が上がるのだから。それに私が解決する前に稲海さんが解決すればいいだけの話じゃないですか」

「私はあかねが真剣に悩んでるのに、あんたが軽い気持ちででしゃばってきて欲しくないの。そもそも——」

二人の口喧嘩を聞いてると一ついい案を思いついた。

「それじゃあこうしよう。二人にはそれぞれで茜さんの依頼を解決してもらう」

「総一郎さん!?」

 稲海が文句を言おうとする言葉を被せる。

「——取り敢えず聞け。確かに軽い気持ちで他人の悩みを解決しようなんてのはいただけないが解決する確率が上がるのは確かだ。それに競い合う方がいい結果が出やすいのも事実。だから二人でやってもらう」

稲海は納得はいってない顔をしているが頷いた。

「稲海には羅地助手見習いと一緒に頑張ってもらう。二人対一人になるが千晶さんはそれでいいか?」

「それでいいです。子供一人くらいついたところでなんも変わりません」

「すいませんが茜さんもそれでいいですか?二人ともダメだったとしても自分が責任を持って解決するんで」

「はい、それで大丈夫ですよ」

 茜さんはにっこりと笑い了承してくれた。

「茜さんの今日のいつまで講義ありますか?」

「えっと四時限までです」

「そうですか、じゃあ今日の5時までには解決しろよ。はいスタート」

 合図を聞くと同時に二チームは思い思いの場所に駆け出していった。

 羅地助手見習いはもう少し茜さんに聞きたいことがあったようだが稲海に引っ張られていった。

「……いっちゃいましたね」

「両方ともすごい速度で走ってったな」

「二人とも運動神経抜群ですから……」

さて、俺は残った茜さんともう少し雑談することしましょうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る