第5話
加藤稲海。今年から大学生で、事務所バイトさせてくださいと押しかけてきた。彼女が高校生の時ちょっと縁があって知り合ったのだが、これがなかなかのじゃじゃ馬で、すらっとした体格の何処にその力があるのか疑わしくなるほど力が強い。髪型はポニーテールなのに、全くポニーらしい可愛さは皆無だ。事務所の内のものの管理はいつの間にか彼女にされていた。
「それでその羅地くんの悩みって何なんですか?」
稲海に今日であった羅地修斗少年のことを話し、来客用のソファーに寝転がり、俺がいない時に来るかもしれないからその時はよろしくと頼むと、彼女はそう聞いてきた。
「羅地少年の悩みは目が良すぎることだ」
「……目が良すぎることが悩みなんですか?」
「ああ、そうだよ」
少年は公園で俺と話していた時、2メートルは離れていた俺の瞳孔の変化が見えていたのだろう。俺の眼球を凝視していたわけでもないのにその変化を捉えることができることから推察すると最低でも3.0の視力。しかも少年が深く悩むほどとなるとそれ以上の数値なのは間違い無いだろう。
「目がいいだけでそんなに悩むものですかね……」
「おいおい、稲海。文系の学生だろ。よく問題で筆者や考えを述べよ。とかやってるんだったらわかるんじゃないのか」
「そんなこと言われても、テストとかの問題と違って目がいいだけじゃ……」
「ただ目がいいんじゃない。異常なほど目がいいんだよ」
ま、他人の感覚なんて普通は分からんわな。
「そう言う総一郎さんは彼の気持ちわかるんですか」
「いや、正確には分かんねえよ」
よく「みんな辛いから」とか「みんな同じ気持ちだよ」とか言う奴がいるけど、アホか。そいつらは、何もわかっちゃいない。痛みも楽しさも嬉しさも苦い思いもそいつ感じてそいつの中から生まれるものだ。他人にはわかってやることなんて不可能だ。ただ——
「ただ、想像することはできる。例えば……。これ何色に見える?」
俺はスマホで検索した色を見せる
「何色、水色じゃないですか」
「ブッブー。この色は瓶覗きと言います。次この色は?」
「黄色!」
「残念。サフランイエローです」
「細か!そんなの黄色でいいじゃないですか」
「まぁ、専門家じゃない普通の人ならそれでいいんだがな。羅地少年にとってはそうじゃないんだ。普通の人には同じ色に見えるものでも彼にとっては明確に違うものなんだよ。俺たちの1センチだけど彼にとっては1メートルかもしれない。感覚の八割は視覚が占めていると言われている……。その視覚が常人より優れているとなると、見えている世界が別ものなのかもしれない」
人は感覚器官からの情報を受け取り脳が世界を作りだす。しかも、人は見たいものしか見ようとしない。同じ世界で生きているのに俺たちは自分たちの脳が作り上げた違う世界をみている。
そのため、人と人違いが生まれる。
「…………」
稲海はいまいち理解してない顔をしていた
「もっとわかりやすく言うと、俺やお前はペーパーマ○オの世界で羅地少年は最新のゲーム機のマ○オの世界で生きてるようなものだ」
「なるほど」
ニュートンは今まで誰も意識していない落下という現象を見ていたから、万有引力を思いつき。
ガリレオも室内を照らすランプを見ていて振り子の原理に気が付いた。
歴史的な発明や発見は只人とは違う視点をもつ人が行ってきた。
それは偉大なことではあるが、孤独なことでもあった筈だ。
孤独だと気付かなければそれまでだが、気づいてしまったのなら孤独だと知りつつ耐えねばならない。怖いだろうけどと寂しいだろうけど向き合って前に進まなければならない。
優れた才能を持つものは孤独感をも持っているものだ。
「それじゃ、総一郎さんは羅地くんの悩みをどう解決してあげるの?」
「解決なんてできないよ。俺が教えるのはのは目の使い方だけ。結局は自分で落とし所を見つけるしかないものだよ、こういうことは」
孤独感ではなく、才能の方に目を向けてやればその優れた才能を発揮できるはずだ。
それと個人的なことだが。とてつもない才能を持っている彼と一緒にいれば、退屈しないような気がするのだ。
「さすが年長者ですね」
「……ねえ、稲海。俺って年取ってるように見える?まだ28だからおじさんじゃないよね……」
「さぁ?あっファ○リーズ買っておきましたよ。使いますか?」
「それは暗に、加齢臭がすると言ってるのかな?」
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