おんなじおんなじ

増田朋美

おんなじおんなじ

ある日、杉ちゃんと蘭が、買い物に行くために、ショッピングモールへ行った時のことであった。ちょっとのどが渇いたので、フードコートへ行くと、隣のテーブルで、制服を着た、高校生と思われる女性たちと会った。

「あれえ、お前さんたち、高校生だよな。学校は?」

と、杉ちゃんが聞くと、

「今日は、オンライン授業だったんです。それが終わって、今こうして休憩しているわけでして。」

と、生徒の一人が回答した。そういえば政府が、オンライン授業の充実とか、そういことを言っていたな。外出禁止時間を設けたりしていたから、その間に学力が遅れてしまわないために、学校がインターネットを介して授業をするようになったんだろう。世間では、発疹熱に感染者が10人以上出ると、外出禁止のサイレンを空襲警報みたいに鳴らす県もあるらしいので。

「なるほど、そういうわけか。学校も進んできているんだねえ。そうやって、学校へ行かなくても授業ができちまうんだからな。」

「まあ、良いところもあれば、悪いところもあるだろうよ。」

と、杉ちゃんと蘭は顔を見合わせた。

「まあ、それはいいや。ところでお前さんたち、なんで三人で固まっているの?オンライン授業だったら、一人一人が見ていたら、それでよいことじゃないの?」

「杉ちゃん変なところを気にするんだな。」

蘭は、杉ちゃんを変な顔で見た。

「ええ、まあ確かにそれはそうなんですけど、一人でやってても、モチベーションが落ちるし、うっかりして大事な所を見落としたりすることもあるから、二人以上で見るようにと、学校の先生が言っていたんですよ。」

と、別の高校生が答えを出した。

「なるほど、学校の先生が言いそうなこっちゃな。まあ、これも世の中の流れだな。よし、頑張れよ。」

杉三は、カラカラと笑った。

「大変な世の中になって、一苦労かもしれないですけど、オンライン授業で、頑張って勉強してください。」

蘭がそういったところに、注文は何ですかとウエイトレスがやってきたので、三人の高校生たちは、その場を離れていった。

「まあ、やっぱり高校生だよな。一人でいるのは大嫌いで、誰かと一緒にいたいっていうの?高校生らしい言動だよね。大人になったら、常にだれかと一緒になってのは、障碍者だけだぜ。」

杉ちゃんは、ウエイトレスが立ち去ってから、そういうことを言った。

「本当だ。でも、高校生はそうじゃなきゃな。」

と、蘭は杉ちゃんに言う。

「本当は、高校生が、きゃあきゃあ騒いでいるのが正常な世の中なんだよ、杉ちゃん。」

ほかにも、パソコンを相手にしている人はたくさんいた。時には隣の人に迷惑をかけるんじゃないかと思われるほど、すごく大きな声でしゃべっている人もいたが、それを注意する人もいなかった。もはや、そういう仕事形態は、当たり前になっているのだから。


杉ちゃんたちが、ショッピングモールから帰ってきて、杉ちゃんが、食料を冷蔵庫に入れたり、蘭が、本日の買い物額を、家計簿に書き込んだりしていると、

「おーい杉ちゃん、風呂貸してくれ。最近暑くてしょうがないからさあ。ちょっと汗を流させてもらえないかなあ。」

と、玄関先から声がする。

「あーあ、華岡か。こんなご時世で、よく風呂にはいりたいなんて言えるな。」

と、蘭は大きなため息をついた。

「いいよ、入れ。」

杉ちゃんがそういう前に、華岡はもう部屋に入ってきていた。

「じゃあ、風呂貸してくれよ。あーあ、久しぶりに汗を流して、良い気持ちになれる。」

と、風呂場へ行く華岡を見て、蘭は華岡のやつ、風呂くらい毎日入れとつぶやいたが、華岡はどんどん行ってしまった。

「さて、カレーを作るか。華岡さんがお風呂に入ってすることと言えば、まずこれだ。」

杉ちゃんは、冷蔵庫から、ニンジンと玉ねぎを取り出して、さっさと包丁で切り始めた。それを牛肉のぶつ切りと一緒に、お鍋の中へ放り込んで炒め始める。しばらくすると華岡も、お風呂に入って上機嫌なのだろうか。お湯の中で、もうこりゃ、花が咲くよ、ちょいなちょいな、なんて気持ちよさそうに歌い始めた。

「ということは、華岡のやつ、事件が解決してそれで風呂に入りに来たのかな?」

「いや、どうかな。上機嫌でも、うわべだけってときはこれまでに何回もあったぞ。」

蘭がそう言うと、ルーを割り入れながら、杉ちゃんが言った。

杉ちゃんがご飯をお皿に盛りつけて、カレーをかけて、テーブルの上に置いた時と同時に、あーあ、いい湯だったと言いながら、華岡がもどってきた。

「もう、五十分も風呂に入って、良くのぼせないよな。そんなに長風呂で、よく平気でいられるな。」

蘭がそういうと華岡は、

「おう、まったくだ。うちのアパートのユニットバスなんて、全然体も心も休まらないんだから、ここの広い風呂では、ゆっくり入らせてくれ。」

と、カラカラと笑った。

「ということは、事件が解決して、その記念の長風呂だったわけ?」

と杉ちゃんが聞くと、

「いや、違うんだ。事件が解決しないから、少し離れようと思って、こっちに来させてもらったんだよ。」

と華岡は答えた。つまり真逆だったのである。

「じゃあ何?捜査に行き詰って、その気晴らしにここに来たわけ?」

蘭がそう聞くと、華岡はそうなんだと言って、頷いた。

「へえ、どんな事件なの?」

と、杉ちゃんが聞くと、

「だ、だからねえ、、、。テレビのニュースなんかでも、流れているから、もうとっくに知っているだろうかと思うんだけどさ、ほら、高校生が、同級生をカッターナイフで刺して殺したという事件。いまそれを担当しているんだよ。」

と、華岡は答えた。蘭もその事件については、テレビのニュースで何度か見たことがある。確か、富士市内の高校生が、放課後に同級生の男子生徒を教室に呼び出し、いきなりカッターナイフで首を刺したというものであった。それに気が付いた教師が、救急車を呼んだが手遅れで、男子生徒は、運ばれる途中に死んだとニュースで言っていた。もちろん杉ちゃんの場合は、テレビも新聞もないので、そのような情報は、何も知らなくて当たり前なんだけど。

「しかし、恐ろしい事件だな。同級生を、カッターナイフで刺し殺すなんて。」

蘭は腕組みをして考え込んだ。

「それで、逮捕した女子高校生なんだが、どうも家庭環境が良くなかったらしい。今時珍しく、パソコンを持っていなかったという話だ。それはどう見てもおかしいだろ?今時にパソコンがないというのは。」

と華岡は言ったが、

「まあでも、僕の家みたいに、テレビもパソコンもない家だってある。そんなものなくたって、僕たちは幸せだよ。テレビなしでも生活できるよ。」

と杉ちゃんはまた笑った。

「いや、そうなんだけどさ、杉ちゃんみたいな特殊な例ではなく、今の若いやつってのは、そうもいかないだろう。ほら、よくあるじゃないか。同級生とオンラインゲームのやりすぎで、ケータイ代が14万もかかって怒られたりとか。でも、それくらいしないとな、若い奴は生きていかれないんだよ。」

杉ちゃんの発言に華岡は言った。

「俺のところに来る若い奴らは、みんな同じことを言うよ。でも、それも確かにそうなんだが、そういう電子機器が若い奴に本当に必要なのは、オンライン授業とか、在宅勤務とか、そういうときくらいなもんだよな。それ以外のことでは、正直に言うと、あまり良いものではないような気がするんだよ。警察にいるとさあ。そう思っちゃう。なんのために、電子機器ってあるのかなって、考えちゃう。」

「確かにそうかもしれないけど、使い道はないとしても、今の若い女の子は、それをもっていなきゃ生きていかれないよ。僕のお客さんにもたまにいる。四六時中、SNSをチェックしていないと気が済まないという女の子。」

華岡がつづけると蘭も付け加えるように言った。華岡はそうだなあと思わず頷いた。

「そうなのかもしれないけどね、俺は、パソコンとか、スマートフォンなるものが、あんまり好きじゃないな。あの事件を起こした女子生徒だって、オンライン授業が開発されなければ、普通の女の子としていられたと思うんだ。」

「それ、どういう意味かなあ?」

と、蘭が言うと、華岡は、カバンの中から一枚の写真を取り出した。

「これが、事件を起こす前の彼女だよ。普通の高校生って感じがするだろ?」

確かにその写真には、かわいらしい感じの高校生が写っていた。制服に身を包み、カバンをもって、高校生らしい雰囲気を与える、女子生徒だった。

「へえ、こいつが、同級生の男子生徒を刺殺したのか?」

「そうなんだよ、俺たちが学校から通報があって、学校へ駆けつけたとき、凶器のナイフを持っていたので、犯人は間違いなく彼女であることははっきりしている。彼女は、まるで勝利の女神みたいに立っていたぞ。」

「へえ、そうなのか。ちょっとそれは怖いな。」

「で、その彼女の足元で、被害にあった男子生徒がぶっ倒れていた。それは俺たちも見ているからはっきりしている。彼女も自分がやりましたと自白したので、彼女の犯行であることは疑いないんだ。なあ、どうだ?こんなかわいい感じの高校生がだぞ、同級生の男子生徒を刺殺するなんて、あり得るかな。俺はとてもあり得ないと思って、泣きそうになった。」

「まあ、そうかそうか。あんまり事件のことをベラベラとしゃべっても、仕方ないから、ほら、とりあえずカレーをたべろ。」

杉ちゃんは、しまいには頭を抱えてしまう華岡に、そういうことを言ってカレーを食べさせた。そういう切り替えが早いのは、杉ちゃんならではであった。

「それにしても、怖い事件だよな。高校生が殺人をするというのは怖い。」

蘭は、今日ショッピングモールで会った、かわいらしい感じの高校生たちを見て、とても、彼女たちと事件を起こした高校生とが結びつかず、頭をかじって、大きなため息をついた。どうしても、そんな事件が起きたなんて受け入れられなかった。杉ちゃんのほうは、テレビも新聞も読んでいないから、放置してしまうようなところがあったが、蘭は、何とかしなきゃなと思ってしまった。華岡のように事件にかかわるわけではないけれど、報道やそのほかのメディアで、情報が入りすぎてしまうというのは、今のひと特有のことなのかもしれない。


その数日後、蘭のもとに一人の女性客がやってきた。昨年入れた、バラの花が、色が薄くなってきたので、入れなおしてほしいという用件であった。

蘭は、了解して、彼女を仕事場へ案内した。そして作業台の上に寝てもらい、背中を出してもらう。そして、彼女の背中に入っている、バラの花が確かに色が薄くなっているのを確認して、針とのみを取って、バラの花を真っ赤な薔薇に変貌させた。手彫りであるから、ものすごくいたいはずなのに、彼女は、学校の先生に殴られた時のほうが、もっと痛かったと言って、平気な顔でいた。

作業が終わると、彼女はありがとうございました、と礼を言って、洋服を着た。そして、二時間突いてもらったお礼にと言って、二万円を蘭に支払った。

「はい、確かに受け取りました。ありがとうございます。」

と、蘭が言うと、

「こちらこそ、ありがとうございます。先生に彫っていただいて、本当、うれしいです。」

という女性。本当は、入れ墨に生きがいを持ってもらうなんて、やってほしくないなと蘭は思うのだが、そうなってしまう女性はとても多い尾が現実だった。中には、女性だけではなく、男性も少なからずいる。

「先生、またお願いしてもいいですか?また花の色が薄くなったら、きれいにしていただきたいんです。ちゃんとお金も払いますし。だって、この花を背負っていることで、私は生きているという実感が持てるんですよ。」

「そうですか。そんなに大事なものなんですか?」

と、明るい顔でいう彼女に、蘭は聞いた。

「ええ、そうです。だって私は、学生のころ、ちゃんと愛情をもらってきませんでした。学校の先生も変だったし、親だって、無力な人でしたしね。だから、望んだものを手に入れられなかったので、世の中を生きていくのが、ちょっと辛いんです。そういうわけで、いつも見守っていてくれていた、先立った恋人が好きだった薔薇を背中に入れておくっていうのが大事なんですよ。そりゃね、誰かに頼るってのは悪いことだってのは、私も知ってますよ。でも、私は、あの、好きだった彼に、見ていてほしいという気持ちがまだ捨てられない。だから、体に彼の好きな花を入れておくっていうのが大切なんです。」

と、彼女はにこやかな顔で答えた。

「そうですか、そんなに大事にしてくださるんだったら、バラの花も喜んでくれると思いますよ。大事になさってください。」

と、蘭が言うと、彼女は蘭から渡された、領収書を手帳に挟んで、

「あの、この間、同級生を殺害した高校生がいましたね。私も、テレビで彼女の供述内容を見て見たけれど、まあ、未成年だから今は無理ですよ。でも、将来先生のところに通ってくれればよいのになと思いました。彼女にも、私のような気持ちになってほしいの。私を守ってくれる人が何もないって、絶望していた時も確かに私はあったけど、バラの花を入れてくれたことで、彼がいつでもいてくれるような気がするもの。花じゃなくてもいいのよ。龍とか、朱雀とか、そういうものを体に入れることで、いつでも大事な人が一緒にいてくれる、そう思えるようになるのよ。」

といった。確かに、龍も朱雀も、人間を守ってくれる神に仕える動物である。日本ではあまり偶像崇拝は快く思っていない人が多いが、海外ではよくあることだし、蘭のもとへやってくる女性たちは、口をそろえてこのセリフを言うのだ。蘭は、これを不思議だなあと思うのだが、入れ墨をする人は、みんなこの気持ちがあるんだろうなと感じるのであった。

「あまりにも寂しいんだったら、こういう風に、具体的な画像を体の一部にすればいいのよ。そうすればその彼女も事件は起こさなかったかもしれないわ。」

まあ、それはそうなんだけど、学生が入れ墨をするのは、禁止されている。成人すれば法律で違法ということはないものの、悪いもの、いやなものという見方は、現在でも強い。入れ墨をよいとしているのは、アイヌ民族か、沖縄のハジチくらいなものである。

「あの高校生は、寂しかった、あの彼と別れるのは寂しかったって自供しているそうね。あたしも時々思うもの。いくらオンラインがどうのと言っても、寂しいのは変わらないわよ。ああ、こんなこと言っても仕方ないわね。もう起きてしまった事件だし。ほかに、類似した事件がないといいけど。じゃあ、先生、また来るからね。その時は、よろしくお願いします。」

と、壁にかかっている時計を見て、その女性は鞄を持って、仕事場を出ていった。


次のお客さんが来るまで時間があった。蘭は、休憩もかねてテレビでも見るか、と居間へ行き、テレビのスイッチを入れた。テレビは、例の同級生殺害事件の特集番組をやっていた。まったく、こんなにしつこく報道して、そっとしてあげればいいのにと蘭は思ったが、ほかに面白そうな番組もやっていないので、蘭はそれを見ることにした。

番組では、例の男子生徒を殺害した女子生徒が、とても貧しい生活で、パソコンを買うことができず、オンライン授業を受けることができなかったという事実を報道していた。なんで学校側が援助しなかったのかとか、彼女の親は援助しなかったのかとか、テレビの中では評論家と言われるえらい人たちが、、次々と論戦を交わしていた。首に、十字架のネックレスを下げた、白髪頭のおじいさんが、こういうことを発言した。

「彼女はパソコンを持っていないということを、クラスの誰にも言えなかったのではないでしょうか。それで、誰もが彼女を助けようとも思わなかった。唯一、被害にあってしまった、男子生徒さんが、彼女にパソコンを貸してやったりして、オンライン授業を手伝ってやっていたそうですね。でも、それでももともと持っていた、彼女の劣等感を埋めるということは、できなかったんでしょうね。」

なるほど、と蘭はおもった。

「日本はみんなと同じものを持っているというか、誰かと同じような髪形をしているとか、、そういうところに喜びを見出す傾向がありますけれども、そういうことはもうやめたほうが、いいんじゃありませんかね。」

テレビの中で、外国人と思われる評論家が、そういうことを言っている。蘭は、さらにその会議に見入ってしまった。たしかにおんなじおんなじと古き良き時代はそういっていたが、今はそのようなことはあまり良いとは言われない時代になっている。

でも、こんなことをテレビで言っても、何をすることができるのだろう。華岡のように、事件にかかわっているわけでもなく、ただテレビを見たり、新聞を見たりするだけなのだ。こんなのを見ても仕方ないと思い、蘭はテレビを止めた。

新聞にも目を通すと、同じような記事が描かれている。スマートフォンやパソコンを持っていないことが、こんな大事件に発展してしまうのか。おんなじ、おんなじということは、どうしてそんなに重大なのだろう。新聞によると、女子生徒と、パソコンを貸していた男子生徒は、非常に仲が良かったということだ。それが、男子生徒が、ほかの生徒にパソコンを貸したことで、亀裂が生じてしまい、彼女が、男子生徒を刺殺したということも書かれていた。こんなことを書いて、と蘭は思ったが、ほかに話題はないらしく、しばらく新聞はその記事ばかりだった。こんなに報道して、杉ちゃんみたいに、自分が切り替えが早くできたらいいのになと蘭は思った。でも、切り替えができなかった。あの女子生徒は、自分のやったことに対して、後ろめたいとか、そういう気持ちがあるんだろうか。それとも、男子生徒に対して恨みの念だけだろうか。蘭は一つ、ため息をついた。

何もできないな。

と思いながら、蘭は新聞を置いた。次の客が終わったら、また杉ちゃんがやってくるんだと思いながら。

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おんなじおんなじ 増田朋美 @masubuchi4996

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