不幸な笑顔④




夕樹は四限目の国語が終わると、早速動き出した。 小倖は見たところ、弁当らしきものを持っていない。 おそらく学食で食べるのだろう。

普段、夕樹たち三人も学食で食べることが多いため勝手は分かっている。


「小倖さぁーん! ねぇ、小倖さんっていつもお昼は学食を使ってる? よかったら、俺も一緒に行ってもいい?」

「・・・」

「その無言は、肯定と受け取っていいのかな? やった! ありがとう!」


夕樹は、拒否する間も与えないよう畳みかける。 小倖はどう考えたのかは分からないが、学食へと一緒に向かうことに成功した。


「夕樹、強引にいったなー!」

「あぁ。 一体どんな作戦なんだろうな」


二人が消えていった方を見ながら、春人と聖は話していた。 失敗組である二人としては、夕樹が最後の望みだ。


「俺たちはどうする? やっぱり見に行きたいよな」

「でも、気付かれないようにしないといけないぞ」

「あぁ、バレないようにこっそりと行こう」


こうして春人と聖も、二人の後を追うように学食へ向かった。 そんな二人よりも、夕樹と小倖は学食へ到着したのが当然早い。 それでも、もうかなりの混み具合である。

窓際の席を確保できたのは、かなりの幸運だったのかもしれない。


「サンドイッチの特売日かー。 通りで混んでいるわけだね。 小倖さんは何を食べるのか決まった?」

「・・・」

「日替わりのメニュー表がほしい? いいよ、持ってくるから」


小倖は何も話してはいないが、夕樹は率先して動いている。 何となくで予想して、先回りをしていく作戦だ。


「はい、持ってきたよ」

「・・・」


差し出したメニュー表をおずおずと受け取ると、小倖はそれに目を落とした。 夕樹は何一つ言葉を発さない。 相手を急かしてはいけないのだと分かっていた。


「しっかし、これだけ混んでいると大変だよね。 ・・・あ、決まった? どれ?」

「・・・」


小倖は不思議そうに首を傾げながらも、決まったものに指を差す。


「おぉー! 生姜焼き定食か、美味しそうだね! 俺はラーメンにしようかと思っていたけど、迷っちゃうな。 とりあえず買ってくるね、ここで待ってて!」

「・・・あの」


と、何か声をかけられたような気がしたが、夕樹はピューっと小走りで料理を取りにいった。 券売機で買うのは生姜焼き定食を二つ。 

ラーメンより艶とテカりに惹かれた、というよりは同じものを選ぼうという気持ちが勝ったのだ。


―――小倖さん、ちゃんとコミュニケーション取れてるじゃん。

―――ここまでちゃんと接したの、俺が初めてかも。


まともな会話はできていないが、意思疎通は言語でのみ行うわけではない。 夕樹からしてみれば、小倖は日本語の通じない外国人のようなもの。 言葉を交わせなくても問題はない。


―――でも、生姜焼き定食って意外だな。

―――サンドイッチは戦争だから、今日は定食系が買いやすくて楽だけど。


注文してしばらく、生姜焼き定食を二つ慎重に持ちながら夕樹は確保した席へと戻る。


「はい、どうぞ。 お金はいいから、俺が奢るよ」

「え・・・」


財布からお金を出そうとした小倖を、手で制しながら言った。


「ただ、ごめんね。 飲み物を聞くの忘れちゃって。 何がいい? ちょっと買ってくるよ」

「今度は、私が買うから」


首を横に振り小倖が立ち上がる。


「え? あ、いいよいいよ。 そんなに気を遣わなくて」

「・・・」


―――・・・あー、こういうのって、相手に甘えた方がいいのかな?

―――怖いもんね、ずっとタダで何かをもらうのは。


「分かった、じゃあお言葉に甘えて。 俺は麦茶でいいよ。 今度は俺が、ここで待っておくね」


小倖が頷いて席を離れると、それを狙ったかのように近くから声がかかった。


「夕樹ー」

「ん? ・・・うわッ、後ろにいたの!?」 

「お前ら、何でいい感じになってんだよー。 俺だけコミュニケーション取れてないって、おかしくね!?」


春人は教室で、一人無視され滑り倒したことを未だに気にしているようだった。 だがそのおかげで、少しずつコミュニケーションが取れているという可能性もある。


「小倖さん、思ったよりも接しやすいよ? ね? 聖」

「まぁ」


聖も笑わせることはできなかったが、手応えを感じた組である。


「それはお前らがおかしいんだ! つか、夕樹は女子を喜ばせる作戦かー。 上手くいきそうだなぁ・・・」


だが、それでも夕樹はここから笑顔にさせるのは大変だと思っていた。 数分後、小倖が飲み物を持って戻ってくる。 春人と聖は、静かにしていないといけなかった。 

人形のようにひっそりと、それでもしっかり耳を澄ませながら。 そんな二人を気にしないよう、夕樹は食事へと向き合う。


「いただきまーす! ・・・んッ、めっちゃ美味しい! 小倖さんと一緒のものを頼んでよかったー」

「・・・」

「ねぇねぇ。 前から思っていたんだけどさ、俺の夕樹っていう名前と小倖っていう苗字、かなり似ているから何か親近感が湧かない?」

「・・・うん」

「俺、自分の名前が気に入っているんだ。 小倖さんも“ユキ”って入っているし、綺麗な名前だよね」

「うん。 ・・・私も、気に入ってる」

「もしも俺たちが結婚したら、コユキユキでユキユキになっちゃうね!」

「・・・え?」

「いやいや、何でもないよ」


流石に自分も恥ずかしくなり、慌てて誤魔化した。 話をしていると、あっという間に食事は終わってしまう。


「ご馳走様。 今日は、奢ってくれてありがとう」

「え・・・。 ッ、うん! よかったら、また誘ってもいい?」

「・・・」

「やった! ありがと!」


小倖は返事をしなかったが、確かに頷いた。 それは次の誘いを、受け入れてくれるということだ。 教室へも一緒に戻ろうと思っていたが、ふいに背中を叩かれたためここで別れることにした。


「おい。 腕を出して袖を捲れ」

「・・・え? ・・・うん。 って、痛ったぁぁぁ!」


春人に言われるがままに腕を捲ると、皮膚を強くつねられ声を上げてしまう。


「誰が次の約束をしていいって言った? ズルいぞ」

「もー! 寧ろファインプレイでしょ!? 約束を取り付ける流れだったし」

「いや、今のはただの抜け駆けだった。 それに、何で俺は無視されたのに会話ができてんのさ!」


春人はどうやらご立腹のようである。 といっても、本気で憎んでいるわけではないのも分かっていた。


「春人はトップバッターだったし、あれのおかげでちょっとずつ心が緩んでいったんじゃない?」

「え? あ、や、やっぱりそうかな? いやぁ、はは、俺の手柄が大きいよな。 うんうん」

「・・・」


“やれやれ”と思っていると、聖がボソリと言った。


「中々手強いな。 惜しいかと思ったけど」

「笑わせるってなるとね・・・」

「じゃあ、今度は三人で策を練ってみるか。 勝負は引き分けっていうことで」


それを聞き、春人は少しだけ不満そうに眉をひそめた。


「引き分け、引き分けかぁ。 まぁ、それでいいか! 帰りのホームルームまでに作戦を考えるぞ」

「おっけ。 じゃあ教室へ戻るか。 そろそろ時間も、いい頃合いだし」



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