不幸な笑顔③




聖は授業中、板書が終わり退屈な話が始まると、窓側の席の小倖に目を向ける。 彼女は熱心に、ノートに書き込んでいた。


―――女子を落とすなんて、ハードルが高過ぎる・・・。

―――女子慣れしていない俺には尚更。

―――それに三人の中で一番俺が、小倖さんの席から遠いし。

―――不利過ぎる・・・。

―――・・・まぁ、春人みたいに自ら話しかけにいって、滑りたくはないからな。

―――三限目の化学の時間に、一気に終わらせるか。


聖は先程の春人の惨状を思い出していた。 一人で盛り上がり、一人で滑る。 おそらくは相当の長い期間、馬鹿にされ続けると予想するのが自然だ。


―――ある意味、物凄い勇気だよな。

―――俺は慎重にいくか。


次の科目は化学。 理科室へ移動し、班ごとにグループを組むのだが、その時は小倖と同じ机だ。 教室よりは大分話しかけやすいし、アクションも起こしやすい。 それを狙った。


「おい聖、今はお前の番だからな?」

「分かってるよ」


休み時間に念を押され、心の中で嘆息しながら理科室へと移動した。 エタノールなのか、薬品の匂いがプンと香る。 そして机に上げられている椅子を下ろす時に、チャンスは到来した。

小倖が椅子を下ろそうとして、筆記具を落としてしまったのだ。


「大丈夫、俺が拾うからそのまま椅子を下ろしていいよ」

「・・・」

「少し汚れてしまったね。 丁度ハンカチを持っているから、拭いてあげるよ」

「・・・」


聖は拾い上げた消しゴムやシャーペンを、一つずつ丁寧に拭いては筆箱に収めていった。 当然、その様子は春人と夕樹も見ている。


「ちょ、あれやり過ぎじゃね?」

「喋り方がいつもの聖と違い過ぎる。 緊張でもしているのかな?」


小声で二人はひそひそと話していた。 それに気付いていない聖は、全てを終えると満足気に笑う。


「・・・どうも」


小倖はそれだけを言っただけだが、聖は確かな手応えを感じていた。


―――やった、春人は全く話しかけられなかったのに!


幸運は授業が始まっても続いた。 実験のため、道具を班ごとに持ってくる必要がある。 聖は早々にアルコールランプを取ってきたのだが、小倖はまだ戻ってきていなかった。 

どうやら棚の上のビーカーに手が届かないようで、背伸びをしている。 それを逃すわけがない。


「はい。 気付けなくて悪かった、俺がこれを取りにくるべきだったね」

「・・・」

「このまま持っていこうか?」


尋ねたが、小倖は首を振るとそれを机まで持っていった。


―――・・・何も持っていかないのは、マズいと思ったんだな。


悠々と歩いて戻ると、また満足気に微笑んだ。 実験が始まる。 なのに、誰も動こうとしない。 小倖と自分を除いた二人の男子も、何もしようとしなかった。


「あれ、やんねぇの?」

「いや、やるけどさぁ。 実験って面倒じゃん」

「そうそう。 汚く使ったら、後で洗うのも面倒だし」

「そんなの誰だって一緒だろ?」


二人は机につっぷし、全くといっていい程やる気がない。 先生もチラチラとこちらを見ているため、流石にこのままではマズいと思った。


「先生も見ているぞ?」

「そんなに言うならさぁ、聖がやってくれよ。 俺らは見ているからさ」

「はぁ? 面倒だからって人に押し付けるなよ」

「じゃあ、小倖さんがやればいいんじゃね? こういうの好きそうだし、俺たちは空気だと思ってくれればそれでいいから」

「ふざけんな。 やりたくないならやらなくていいけど、そしたら邪魔だからそこにいるなよ」

「・・・ちッ」


二人は舌打ちをしたが、渋々と実験をし始めた。 小倖も多少戸惑っていたようだが、作業に移る。 作業は順調だった。 

だがアルコールランプに火を点けた瞬間、隣の班の一人が小倖にぶつかってしまう。 聖は慌てて彼女の肩を支え、こう言った。


「火を使っているんだから気を付けろよ! もし髪の毛にでも引火したら、冗談では済まないんだからな」

「あ、あぁ、悪い・・・。 小倖さん、ごめん」

「・・・」


そんな様子を、春人と夕樹も密かに見守っていた。


「聖の奴、頼もしいところを見せる感じの作戦か?」

「そうだね。 普段なら絶対あんな風には言わないから、相手も戸惑っているよ」

「当の小倖さんはどうなんだ? よく分かんねぇ」

「全くの効果なしっていうわけじゃ、ないと思うよ」

「いや、班が同じっていうだけでズルいだろ! 俺なんて、俺なんて・・・」

「気を取り直しなよ。 でも、このままだと聖が勝ちそうな気もするね」


当然聖は二人が話しているのを知らないわけだが、自身でも中々にいい感じだと思っている。


―――女子慣れしてなくても、俺ちゃんとやれるじゃん!


そして実験が終わり片付けをしていると、いつの間にか隣に小倖が立っていた。


「・・・あの」

「ん?」

「・・・色々と、ありがとう」


小さく頭を下げると、小倖はそそくさと戻っていった。


―――・・・何だよ。

―――急に喋られると、何かくすぐったいじゃねぇか。


笑顔にさせるというのが勝利条件だ。 彼女は笑ったわけではない。 それでもまともな言葉を引き出したことに、聖は改めて手応えを感じた。 とはいえ、自分の番はこれで終わりだ。


「聖でも無理だったかー。 惜しかったけどなー」


休み時間になって、春人がそう言った。


「それでも『ありがとう』って言ってくれたぞ。 完全に無視されていたお前とは違ってな」

「え、ま、マジで・・・?」

「“笑顔”っていうのは無理だったけど。 やっぱりかなり難易度が高いと思う。 夕樹、いけるのか?」


それを聞いた夕樹は、自信満々な様子で笑っていた。


「ふっふっふ! じゃあ次は俺がいってくる! 俺は、昼休みの時間を全部貰うよ!」



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