不幸な笑顔⑤
それから休み時間等に作戦を練り、帰りのホームルーム前の時間を迎える。 小倖の前に立つと、机を移動させスペースを作り上げた。 出来上がった場所に夕樹、春人、聖の順で並ぶ。
「はい、どうもどうもー! いやぁ、アツはナツいねぇ」
春人が満面の笑顔から始めたのは、コントのようなもの。 “夏は暑い”をもじった、使い古された言葉だ。 夕樹がそれにうんうんと頷いている。
「暑いねぇ。 今は春でもなく夏でもない、中途半端な時期だけどね」
「おい、そこは突っ込むところだろ!」
「それにこれからは梅雨の時期で、じめじめする季節・・・。 嫌だねぇ。 って、聖どうしたの? さっきからバッグをずっと漁って」
聖は小道具として持ってきたカバンを、漁りながら呟いた。
「いや、キュウリを探しているんだけど・・・」
「はぁ? キュウリ!?」
「入れておいたはずなんだけどなぁ・・・」
「いやいや、どうしてキュウリなんかが必要なの?」
「この後、カッパに会いに行く予定だから」
カッパとは頭に皿を持つ全身緑の日本古来から伝わる妖怪で、キュウリが好物だと言われている。 一方春人は、一人『アツはナツイ』と言い続けていた。
「また聖がおかしなことを言い出した。 というか、帰りは雨が降るかもしれないよ? だから河へ行くのは、止めておいた方がいいって」
「大丈夫。 俺にはカッパがあるから」
「カッパ・・・? カッパに会いに行くのにカッパ・・・。 って、それはレインコートのことだね! 紛らわしい」
「夕樹、キュウリを今持っていたりしない?」
「いや、今は学校だし、きゅうり(急に)そんなことを言われても・・・」
基本的に駄洒落路線で構成をしていた。 たまにチラチラと小倖の方へ目を向けるが、笑った様子はない。
ただ朝春人が一人芝居をしていた時に比べると、視線はこちらへ向いているだけマシ、というべきだろうか。
「なぁ、見て見て夕樹! あそこにコンドルが、勢いよく突っ込んどるんだけど!」
「え、あ、今度は春人かぁ。 うわぁ。 あれは突っ込んどるんじゃなくて、もうめり込んどるんね・・・」
教室中からは、冷ややかな視線が集まっている。 それでも、三人はめげずに挑戦した。
「って、聖はいつまでキュウリを探しているんだよ!」
「キューカンバーはあったんだけど」
「いいじゃんそれで! ていうか、それはキュウリを英語で言っただけだから!」
「そうなの? てっきりスイカバーの一種かと」
すると今度は『めり込んどるめり込んどる』と言っていた春人が、目を輝かせた。
「え、酢イカがなんだって? 酢イカと言えば、よっちゃんイカだよな」
「もう何を言っているのか訳が分かんないよ!」
打ち合わせでは、夕樹のこの言葉で終了のはず。 だが小倖は、クスリとも笑う様子を見せなかった。 三人はひそひそと相談するが、特別にいい案は浮かばない。
「「「あ、ありがとうございましたー!」」」
退散する三人に注がれる視線。 そこに小倖のものも含まれていたことを、三人は知らなかった。 春人は悔しそうに歯を食い縛る。
「やっぱり無理かー! 5時間目の授業中、勉強もせずにネタを頑張って考えたっつーのに・・・」
「んー。 ネタ作りを春人に任せたのがいけなかったのかなぁ・・・」
「はぁ!? 何でそうなるんだよ!」
春人と夕樹のやり取りに我関せず、聖は一人落ち込んでいた。
「みんなの前で滑った・・・。 恥ず・・・」
とりあえず二人は、そんな彼のことを今は放置することにする。
「どうする? もうこのまま諦める?」
「諦めたくはないけど、もう笑わせる方法なんてねぇんだよなぁ・・・。 何か、いい案でもあるか?」
「あったらとっくに笑わせているよ。 でもまぁ、確かにここで諦めたくはないよね。 ここまで頑張ってきたんだし」
「それに、頑張ったことによって小倖さんのイメージも変わったしな」
「うんうん! 思ったよりも話しやすいし! 小倖さんの根は、暗くないんだよ!」
「俺は一言も話してはいないんだけどな?」
それでも春人も、少しずつ進展はしていると思っていた。 小倖に目を向けるが、姿勢よく座って前を向いている。
―――・・・他に笑わせる方法、か・・・。
考えてみるも、普段から笑わせキャラでもない春人にいい方法は思い浮かばなかった。 それでも諦めたくはない。 ここで諦めたら、今までのことが無駄になる。
それに勝手なことだが、楽しいと感じている自分もいた。
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