第八話 再始動

 明け方の薄暗い部屋の中で、私は私の適合者の寝顔を見つめて、頰を緩めていた。

 あの時のアルくんが、こんなにも逞しく、ステキな男性になるなんてね……。


 キラキラアルくんとの何度目かのから数日後、私は彼と契約を結んだ。

 まだまだ感情の起伏に慣れていなかった私は、契約を『結婚』と履き違えるほどに舞い上がって、彼を驚かせていたみたい。

 でも、あれは私にとっての初恋に変わりはないし、ずっと運命を共にしたいと願っていたのだから、あながち間違いじゃなかったと今なら思える……。



─── それからはキラキラアルくんの時間は進み、もう大人アルくんは現れることはなかった



 再び襲撃を受け、離れ離れになった時、彼の気配が全く掴めずに絶望した……。

 ……でも、こうしてまた一緒に居られるようになった。

 離れていた時間は、もしかしたら彼の大切さや、その存在をより大きくするエッセンスだったかも知れない。


 そっと彼の頭に触れて、撫でてみる。

 サラサラとした艶やかな黒髪が、柔らかく私の指先を包み込む。


「アルファードくんと、お話し……終わったのですね……」


 彼はもうアルくんの過去の一部になってしまったのだろう……。



 そしてイングヴェイさんが『自然に任せよ』と言った時の、あの寂しげな表情の意味が今ならよく分かる。

 イングヴェイさんにとって、アルファードくんは魔王フォーネウスの忘形見であり、三百年の刻を過ごした戦友だったのだから。


 思えばイングヴェイさんとは、お別れも出来なかったな……。

 あの時、私に穏やかな時間を与えてくれたこと、そして束の間の家族でいてくれたこと、改めてありがとうと伝えたかった─── 。



─── ぎゅっ



 その時、撫でていた私の手を、アルくんが掴んだ。

 スッとまぶたが開いて、紅い瞳が私を求めるように見つめると、ニコリと微笑んだ。


「あ……起こしちゃった?」


「いいや。夢を見ていたんだよ。懐かしい夢を」


「夢……?」


 彼は私の手を握ったまま、体をこちらに向け直して、少し頰を赤らめながらこう言った。


「初めまして。俺、アルフォンスって言うんだ」


「……くすっ。

初めまして、私の名前はソフィア。

─── 私と契約してくれますか?」


 ふたりで昔を思い出して、くすくすと笑い合うと、彼は細めた目で私を見つめて言う。


「 ─── もちろん」


 こんなに幸せで良いのだろうか。

 私たちに課せられた使命は、途方もなく重いというのに、そのふたりの運命の証である契約が、婚姻の指輪のようにきらめいている。

 彼と私の指に光る指輪を目で確かめて、私はつぶやいた……


「あなたは人界の適合者。私の大切な聖騎士パラディン


 彼の握る手がぎゅっと強まって、私たちはその繋がりに微笑ん……



─── カ……ッ!



「あ……これはヤバイです ─── 」


 直後、私と彼の繋いだ手が輝いて、限りなく薄くなっていた契約が急激に深まり始めた。

 慌てて最大級の耐久性の結界で覆ったものの、私との契約で膨れ上がった彼の魔力は、爆発的に噴き出して……


─── 建物を半壊させていた


 すっかり外壁が吹き飛んで、朝もやの風景が、裸で呆然とする私たちを出迎えている。


「 あ、あわわっ! ……【物質復元アートフェル】ッ!!」


 彼の言霊と共に重苦しい音を立てて、何事もなかったように壊れた建物が治り、再び薄暗い部屋へと戻った。

 すすけた顔を見合わせて、ぶふっと噴き出しかけた時、ドアが強く叩かれた。


『アル⁉︎ 大丈夫ッ⁉︎ 今の音はなに ─── ⁉︎』


「ん……ッ! た、タージャか? あ、いや何でもない、寝ぼけたんだ。騒がせてすまない。心配ないよ……」


 スタちゃんは『なぁんだぁ、良かったぁ』と言って、部屋に戻って行ったみたい。


 私も彼も一糸纏わぬ姿、彼女に見られてしまったらどうしようとドキドキしてしまった。

 そんな中、彼は私の頰についた煤を、指で優しく払ってくれた。


「見られちゃったらどうしようかって、ドキドキしちゃった……」


「うん。でも、俺はその前からドキドキしてるんだけど ─── 」


 頰に触れていた彼の手が、私の耳の後ろに回されて、顔と顔が近づいた。


「あ……っ♡」


 昨日のことが夢じゃなかったと、私は再び情熱の中で確認することになった。




 ※ ※ ※




「うーん、しかしこれはなぁ……」


 テーブルに置いたカードを眺め、ため息混じりに呟く。


「何が足りないってんですかねぇ……」


 ソフィアも腕組みしながら難しい顔をして、ため息交じりだ。


 彼女はあの日以来、ふたりきりの時だけは敬語を使わなくなったんだけど……。

 それが他に人が居る時に発せられる彼女の敬語を、むしろドキドキして聞くようになってしまった。


「でも、だいぶソレっぽくなってるよ?

前はホラ……色々アレだったし、守護神の項目も無理矢理一文にしてたのが別れるようになって、分かりやすくなったし」


 スタルジャの指摘の通り、前進はしてるんだけどなぁ。


 昨日、ユニがローゼンの元へ旅立った。

 今はソフィアとの契約更新で、何が起きたのかを元に、今後の方針を話し合おうとソフィアとスタルジャに集まってもらっている。

 ユニが旅立つのを待ったのは、彼女の覚悟を揺らさないためだ。



─── ティフォの加護【触手】が復活してる



 これが彼女からの加護なのか、俺がその能力を継承してるだけなのか……。

 ティフォが生きているとすれば、もしかしてエリンも ─── 。


 そう期待しても、確かめようがない以上、ユニに下手な事は伝えない方がいいと判断した。

 スタルジャはその報せを聞いて、涙を浮かべて喜んでいたが、やはり何がどうなってるのか分からずに宙ぶらりんらしい。


 …………そしてもうひとつ問題なのは、俺の更新された加護カードの内容だ。

 これからの方針を決めるのに、まずはこの与えられたものの中から、冷静に戦術を組み立てていく必要がある。



◼︎アルフォンス・ゴールマイン


守護神Ⅰ【光の神ラミリア】

守護神Ⅱ【触手】

守護神Ⅲ【調律神オルネア】


加護Ⅰ【大いなる光の使徒】

加護Ⅱ【触手がいっぱい】

加護Ⅲ【オルネアの騎士】


特殊加護

事象操作【斬る】【掌握】【神雷】【絶対防御】

肉体変化【触手】【神疾】【神眼】【超再生】

触手操作【淫獣さん】【一人上手】

蜘蛛使役【蜘蛛の王】

光ノ加護【光在れ】【希望の光】

魔界ノ王【ヘーゲナの炎】【ツゥプセノムの雫】【アーキモルの笛】



 小さい加護カードにビッシリ並んだ文字は、もう何者なんだか分からない。

 ただ、ラミリアの加護がハッキリしたのと、何より大きいのは……


「一瞬やったぜって思うんだけど、よく見たら『オルネアの聖騎士パラディン』じゃなくて『騎士ナイト』なんだよなぁ」


「神の化身として覚悟を決めたからか『ヘタレ聖女』ってのが消えたのは良いんですけどね。

……問題は大きいですよコレ。

─── クソ上司が上に来てるのは、ちょっとだいぶ割と、許しがたいですね……」


「あ、そっちが問題なんだ」


 騎士と聖騎士の違いは何かと聞けば、騎士はその剣を預けると決めた家臣のようなもの。

 聖騎士はそれに神の使いとして、その裁量と権限を与えられたものらしい。


 ソフィアとの加護から得たのは、新たに五つ。



【神雷】

天界のエネルギーを裁きの雷に変えて操る


【絶対防御】

己と指定した者をあらゆる害意より保護する


【神疾】

物理的な限界を超えた速度を宿す


【神眼】

真実を見抜く聖なる瞳


【超再生】

完全に絶命しない限り瞬時に再生する



 今まで魔術で自動的にやってたものといくつか被るが、その性能は真なる神の加護だけあって破格だ。

 超再生は幽星体アストラル・ボディにも適用されるらしく、【絶対防御】と合わせれば勇者の魔剣の脅威も大分減らせるだろう。


 それとラミリアの加護だな。

 新たに受けたのは【希望の光】と言うが、これは世界にとって希望となるであろう正解を、ひらめきとして授けてくれるらしい。


「アルファードが守ってくれてた【魔王の意思】は魔王としての運命に関わる正解だったけど、【希望の光】は世界の希望に関わる正解か……なるほどなぁ」


「なにか思い当たることがあるんですか?」


「ソフィの精神世界で、君のいる場所だとか、君の戻し方が何故か分かってたんだ。

あれはどっちの加護なのか分からないし、もしかしたら君との契約がそうさせたのかも知れないけど。

─── それにひとりで色々やってた間も、直感に従って物事は進んでたんだ」


 思えばラミリアと契約更新した瞬間から、この不思議な意思は始まっていた気がする。

 冷静に振り返ってみれば、この数週間の俺の動きは、最短距離を強引に突き進むかなり異常な状態だった。


「この【アーキモルの笛】ってのは、七魔侯爵ペルモリアの加護ですよね?」


「うん。ロフォカロムは炎だし、セィパルネは水だったから、てっきり土系の力だと思ったんだけどなぁ。あれは中々……」


 魔界にまだいた頃、それとなく試してみた事がある。

 耳鳴りを呼ぶような嫌な音がしたかと思ったら、蟲系の魔物がわんさか出て来て、ターゲットの魔獣にあっという間に群がってて怖かった。


「しかし、ロフォカロムは【日照り神】だったけど、ちゃんと【ヘーゲナの炎】って真面目な感じに修正されたな。

─── まあ、その辺は良いとしてだ……」


「「…………」」


 俺達の視線が、部屋の天井に流れる。

 俺の体から発しているに実体化した悪霊達が、グルングルン回り続けていた。



「 ─── 悪化してんじゃねーかッ‼︎」



「これ多分、抵抗力弱い老人子供が直視したら、死にますね♪ すごい邪気です☆」


「ごめんね……だいぶ慣れたけど、何日か前までは気分悪くなったりしてたよ私……」


「それは……なんかごめん」


 今までのカオスな加護カードから、多少なりそれっぽくなったと言うのに、俺の禍々しい魔力は更に邪なものになってしまった。

 今までがスラム街の闇だとしたら、今は口に出せない団体の組長の地下室くらいヤバイ。


「うーん、これはもしかしてアルくんが魔王関係の使命を進めないと、ダメかもわかんないですね〜。私はにぎやかで好きですよ? 魑魅魍魎ちみもうりょう系は♪」


「アルファードとは融合出来たけど、魔界の使命を持ってるってのは変わらないもんなぁ。

ソフィとの契約が乱れてるのは、深くなっても変わらないのか……。ガッチリ隠蔽しないと、外にも出れねえよこれ……」


 ソフィアは楽しそうに、近くに飛んで来た悪霊をツンと指先で突く。

 彼女の神気に触れた悪霊は『ギャアアアアムッ』って断末魔を残して消え去った。

 最近、たまに手持ち無沙汰な時に、彼女はこうやって遊んでたりする。


 と、自分の腰のバッグをゴソゴソし始めたスタルジャが小首を傾げた。


「あれ? 私の加護カードもちょっと変わってる!」

 

 俺の加護が変化して、スタルジャとの守護契約も変わったらしい。

 確か前回は守護神Ⅰが伏せられてて、守護神Ⅱは【すごい半端者】。

 加護は守護神Ⅰもやっぱ伏せられていて、加護Ⅱは【すごいヒモ】って、酷く失礼な事が書かれてた気がする。


 さて、今回は……



◼︎スタルジャ

守護神Ⅰ【※※※※※】

守護神Ⅱ【オルネアの騎士】


加護Ⅰ【※※※※※※】

加護Ⅱ【すごいヒモ】



「メインの守護神が未だに伏せられたままだな……。って、は変わんねえのかよ!」


「女神の騎士なのにヒモって、なんだかすっごくダメそう……」


「このカードの文言、どの神が担当なんでしょうねえ。誰彼かまわずケンカ売ってく根性は評価しますけど、もし会ったら表裏ひっくり返してやろうかと思ってますよ」


「「…………怖いよぅ」」


 なんか白い服着て杖ついた白髭のお爺さんに『早く遠くに逃げろ!』って、ソフィア押さえながら叫ぶ絵面が浮かんじゃった……。


「それはともかくとして……

─── クソ……ラミリア様から何か頼まれごとでもあったんですか?」


 ラミリア宮で普通に話しながら、彼女は念話を飛ばすという器用な方法で、俺にだけ話せる限りの事を話してくれた。

 それも今となっては、俺だけに教えてくれたのも、アルファードとの融合に集中させたかったのかなとも思うが ─── 。


「ん? ああ、もう良いかな。ラミリアはまず、俺とソフィの契約がしっかりと結び直される事を最優先にって、その前提でさ……」


 俺はふたりにラミリアからの念話の内容を伝える事にした。

 殺戮の理由と共に。




 ※ 




『 ─── “ずっと隠れていた”存在は、おそらく勇者の狙いと、交差して行くだろう』


 天界の神々は、地上の事を全て見ているわけでは無いらしい。

 ただ、地上の大きな流れを見ている中で、それが大きくズレ始めた時、そのポイントが何だったのかを見極めているのだそうだ。

 今現在、勇者の動きは世界のバランス崩壊どころか、破滅へと確実に導く事になるのは明白。

 

 …………だが、それ以外にも何かが動いている。


 それが何者なのかは、ラミリアでも完全には把握出来ていない。

 ただ、地上の流れを見ていたら、遥か古代からこの世界の流れになるように、何かが動いている。


 狡猾に、確実に、破綻に向かう流れを、明らかにひとつの意思が誘導している可能性が高いのだと言う。

 どうやってそんな強力な一手を打ち続けているのか、それだけの存在にも関わらず、その正体は神々にすら掴めてはいない。

 それはここ数百年で、ようやく天界が掴んだ、不自然な存在なのだという。



『 ─── あいつはもう、自分を隠し切れないよ。そこまで事を動かしちゃったから』



 ラミリアはそう言った。

 最近の急速な時代の流れは、明らかにその存在が、詰めの段階に入った証拠なのだと。

 勇者を止める事はもちろんだが、その存在を消さない限り、この世界の破綻は必ず起こるだろうと。



『─── そろそろ出て来る。その前にアルちんにはやって置いて欲しい事があるの。

これは……アルちんにしか出来ない事だから』



 俺には、勇者すらどうにも出来ないと言うのに、神々でも尻尾すら掴めない強大な存在などに、一体何が出来ると言うのか……。

 そう戸惑う俺に、ラミリアは光の神の加護とは違う、とあるひとつの加護と提案を与えた。

 まず、その加護の方は今回確かとなった【希望の光】だ。


─── 世界の希望に向かい、正しい選択が降りてくる


 その説明は、ソフィアの精神世界でハッキリした。

 なんだか分からない確信みたいなものが、頭をよぎって、選択肢のひとつとして出てくる。

 ラミリアから出された依頼に、かなり大きな抵抗を感じていた俺にとっては、この加護は強く背中を押すものだった。



『アルちんにはね、魂を出来るだけ確保しておいて欲しいんだよ。肉体と魂を保存して、来たるべき時に、戻してあげて欲しい ─── 』




 ※ 




「魂を保存する……? 一体なんのためにですか?」


「それはこれから勇者がやろうとしている事に大きく関係するらしい。

その辺をラミリアにはかなり濁されたから、ハッキリはしないが……

それを阻止するために俺は動いて ─── 」



「聖剣ケイエゥルクス。天界の門の鍵なのです」



 突然耳元でそう声が上がり、後ろから何者かに抱き着かれた。


「ロ、ローゼン……⁉︎ いつの間に!

って、あっ! どこいじってんだ!」


「お久ですダーさん☆ お疲れ様だったのです。

ああ……これまた、一段とこっち側の存在っぽくなったですね〜♡」


「『こっち側』ってなんだよ! 俺は血吸ったり、太陽浴びて弱ったりしないよ⁉︎

─── それよりローゼン、今天界の門の鍵って……」


「おや? ダーさん生息子じゃなく…………」


「ねえ! 教えてローゼンねッ‼︎ ねッ⁉︎」


 とりあえず言葉を遮って事無きを得た。


 真っ赤になったソフィアから『ぷっしゅー』って蒸気が上がり続けているのを、スタルジャが不思議そうにチラ見している。

 ローゼンはぷく〜っと片頰を膨らませた後、チロっと人差し指の先を舐め、俺の頰にチョン付けしてから話を始めた。

 流石にそこらにうとい俺でも、ぷっしゅーってなる……。


「以前、鬼族の里でお話しした通りなのです。

聖剣ケイエゥルクスは自分たちの不安定な運命を逆恨みした、ヴァンパイア……ブラド神族の一部が創ったもの。

─── 天界への門を開け、そして『浄化システム』を発動させる鍵」


 聖剣ケイエゥルクス、確か父さんの記憶映像の中で、勇者が持っていた青白い刃の古い剣。

 あの時、途切れ途切れで勇者の語っていた事と言えば…………


「聖剣を起動させ、そこから現世界の人類を半分まで減らすです。それがスイッチ。

旧天界から残されたシステムが発動して、世界は『殺戮の天使』たちによる、大浄化……殺戮が行われるですよ。

彼らが動き出して、抗えた世界は存在しないのです」


 頭の中にシモンの実家、ツェペアトロフ家の寝室にあった天井画が浮かんだ。

 あれはどう見ても、天界からやって来る天使達に、怯える人々の絵画だった。


「ダーさんは一体どれ程の魂をストックしたですか?」


「……ちょっと待ってくれローゼン、もしかして俺がラミリアに頼まれた事を知ってたのか?」


「はいです♪ ラミリアちゃんは私にこれからダーさんがやろうとする事を、そっとしておいてやってくれと言ったです。

私はプロトタイプ、かつて何度も人類の崩壊を止められず、仲間の暴走すら止められなかった役立たず。

ラミリアちゃんは、私がダーさんの行動に敵対することを心配してたです」


「…………」


「ダーさんが『詮索しないでくれ』って言った時は、ああこれか〜と。

ラミリアちゃんも心配性なのです、私がダーさんを疑うなんて有り得ないのですよ♪」


「 ─── 十万だ。このアネスの……指輪でも無いし、腕なんだけどな、この中に十万の命が保存されてる。肉体は隔離空間で修復して保存してある」


「「「…………」」」


 彼女達ならちゃんと話せば分かってくれただろう。

 もしかしたら罪の無い人々の殺戮すら手伝ってくれたかも知れない。


「わざわざ殺してから保存したのは、既に死んだものとしてカウントさせる為だ。

……そして俺はそれを、アルファードの負の感情を埋める為に、彼の破壊衝動に沿って殺した。

─── 命を利用した事には変わりがない」


 俺の罪悪感はそこにある。

 後で生き返らせるとは言え、人の命をダシにアルファードと向き合ったのだから……。


「……辛かったですねダーさん。でも、彼らも救われたですよ」


「え?」


「アルザス帝国の使っている『ゲート』は、おそらく超古代文明で使われていた、大規模転送の禁呪なのです。

─── 莫大な魔力の代わりに、人の肉体や魂で穴埋めするのですが、ダーさんが殺して来た人々の多くは、その媒体に使われる予定だったと思うのです」


「「「 ─── ⁉︎」」」


 ローゼンは俺の殺しの後を調査していたらしい。

 そして、俺達から聞いていたゲートの話から、失われた転送の秘術を思い出し、それとの関連性を洗っていたという。


「あれは大掛かりな準備が必要なのです。人柱もすぐに選べるわけではなく、術に最適なにえを決めてから、完全に決定されるまで時間が掛かる……。

ダーさんはそれを先回りして、一度殺してたわけですから、術はリセットされてるです。蘇生の見込みもあるなら、魂まで奪われる人柱になるよりは百万倍はマシです」


「…………そ、そうだったのか……」


 肩の荷が少しだけ降りた気がした。

 いや、ひとりで十万人殺すとか、自分でも狂気の沙汰としか思えないんだけど……。



「 ─── 二十七億七千六百万人」



「ん? なんの話だ?」


「かつて私が看取って来た世界のうちの、最大人口なのです。あの時はまだ鍵は掛けられて居らず、天界の神々の戦争が元で、浄化システムが始動。地上では大規模な世界大戦が勃発。

…………それが浄化システムのボーダーを超えて、殺戮の天使が派遣されて終了」


「……ひ、人の手で十四億近くも人が殺されたの⁉︎」


「間接的に、なのですけどね。大規模な気象兵器……天気を操る魔術を乱用しちまったです。

その使用は今の世界で言う国際法で禁止されてたですが、一国が一線超えちまえば、みんなやっちまえってなもんで。

……それそのものの被害というより、環境の揺り返しで生態系から気候まで破茶滅茶になっちまってゴールなのです」


 そこまで大規模な戦争が起きたのなら、いくらプロトタイプが何人も居たとして、どうにもならないんじゃないだろうか?


 と、急に『ピッ!』と聞き慣れない音がして、ソフィアの目の前に、光の数字の羅列が浮き上がった。


「 ─── 十六億六千九百万人。

今の世界人口で考えれば、その世代の方が文明が進んでいたということですね?」


「今とは魔術の基盤が違うですし、特定の宗教的な思想が強かったですが、その教えと気候への干渉技術のおかげで、作物を始めとした様々な生産性が発展してたですよ。

だから人口増加は伸びましたけど、結局はその恩恵を与えていた、気候への干渉が命取りだったです」


「なるほど、この世界も稲作と芋の普及で大きくなったと言われてますからね。

……しかし、アルくんがストックした魂で考えると、かなり心細いものですね。八億と三千四百五十万人が半分とすれば。なぜラミリア様は、そんな少ない数をストックに?」


 確かに何かが起きて、一気にそんなに人口が減ったとして、十万やそこらを足した所でどうなると言うんだろう?

 いや、それ以前に、勇者や『隠れていた存在』とやらは、どうやってそれ程の人々を殺す気なのか。


「さあ……? 私もラミリアちゃんから直接聞いたわけではありませんし、神の口から世界を滅ぼしかねないシステムの情報は語れないと思うですよ。もしかしたら、ダーさんに与えた加護と何か繋がりがあるかも知れませんですね」


「うーん、なら言いませんねあの人は。前にアルくんに口滑らせて、ガッツリ越権行為の罰受けてましたから。あれ、超痛いんですよ……」


 それを確か君、話の信憑性高めるために、俺の前でやったよね?

 マジでヤバかったんじゃん!


「それに、人口が大きく減るのは、一定の速度ではないのです。

何かでごっそり減ったりすれば、その原因に付随する何かで、残りの人々はサクサク減ってくものなのです」


「あー、そっかぁ。残った人も無事じゃ済まないよね……そんな被害あったら。

……ユニの結界とかでなんとかできないかなぁ」


「「「うーん……」」」


 なんだか話が大掛かりになって来て、分からなくなってしまった。

 ラミリア達、天界の神々の疑いが本当なら、相手は勇者とは別に、この流れを揃えて来てる可能性だってあるしなぁ。


「少ない材料で考えても仕方がない。

聖剣ケイエゥルクスは義父さんが勇者から取り上げて、その後何処かに隠したっていうし、そうそう勇者も見つけられないだろ?

……それよりも、俺達は勇者とリディのふたりを確実に倒す事を考えよう」


「そうですね。下手に視野を広げ過ぎたら、どれも手から溢れてしまうかもしれません。

まずは戦力の増強と戦術の見直しですね」


「 ─── ティフォとエリンが居てくれたらなぁ……」


 スタルジャの言葉に、全員沈み込んでしまった。

 慌ててスタルジャはローゼンに話しかける。


「あ……っ。ご、ごめんね……。そ、そう言えばユニはどうしてるの? 弟子入りしたんでしょ?」


「ふ……ふふ。彼女ならもうバッキバキになるべく、私のコーチングに食らいついていますよ。

お披露目する日が楽しみなのです……ふふふ」


 ローゼンの眼鏡が光る。

 改造手術とかしてねえだろうな……ユニ大丈夫かなぁ。


「マドーラとフローラはどうだ?

教えてくれた分の材料は魔界で集めたけど、足りなかったらいくらでも言ってくれ」


「そっちも大丈夫なのです♪

途中からは本人たちも回復した機能で、手伝ってくれてますから、そんなに時間はかからないですよ〜。

本人たちも早くダーさんに会いたいって、念を込めてるです☆」


「……直す事に集中してくれよ、なんか怖いから」


 魔剣で破損していた俺の左腕の幽星体アストラル・ボディは、ふたりのお陰でほぼ元通りになっていた。

 自分を追い込んでアルファードと対話するのに、あの子達がいると色々親切を働きそうなのでローゼンに、元のボディに戻すべく預けている。


「戦力と言えば、アルはどうなの?

夜切たちと話ができなくなっちゃったんでしょ……」


「ああ、ソフィとの契約が一度切れ掛けてから、鎧も着られてない。

契約を更新したら戻るかと思ったんだけどな」


 ソフィアと結ばれて、禍々しい魔力が戻ってからすぐに呼び掛けたけど、反応は無かった。

 折れてしまった夜切も、何処かに寝かせてやりたいが……踏ん切りはついていない。


「ん? アルくん、それはいつの話ですか?

契約は浸透に時間がかかりますから、今もアルくんの能力は伸び続けてますし。そろそろ大丈夫じゃないですかね♪」


「え、そういうもんなの⁉︎」


 言われてみれば、初めて契約更新した時も、【斬る】奇跡を起こせるようになるまで時間掛かったしな。

 今回の更新は特大だから、もしかして時間が掛かってるだけなのか?



「 ─── 【着葬クラッド】……」



 想いを込めて言霊をつぶやく。

 直後、久々のあの感覚が戻り、俺の体が青白い光に包まれる。


「……やった! 応えてくれた!

良かったぁ、無事だったんだなお前……」


 思わず骸骨兜の頰を撫でる。

 だが、スタルジャは怯え、ソフィアは笑い、ローゼンは感心してる。


「え? なに? なんか変なの俺⁉︎」


「アル……酷く禍々しくなってるよ……?」


「あははははっ! 流石ですアルくん!

色んな部分でバーベキューできそうですよ☆」


「へ⁉︎ そんなトゲトゲしてんの⁉︎」


「ふーむ、銀の手を内包して、左手のデザインを変えて来ましたですね……!

炎槌ガイセリックは、魔鋼と呪術の性質を完璧に理解されてるですよ……これは最早、芸術なのです」


「ごめん、気になってるの性能とか仕様じゃないんだわ、見た目なんだわ」


 水と光の合成魔術で鏡面を作って、自分の姿を見てみた。

 色んな魔神とシオマネキを合体させたようなのがそこに立ってた……。


「よ、鎧さぁ……ほどほどにね? ほどほど。

これじゃ国境越えられないどころか、人里出れないからね⁉︎」


『ゴメンナサイ……ヌシサマ。チト、ガンバリ……スギタ。

─── スキ……カト、オモッテ……』


「「「喋った⁉︎」」」


 鎧はバキバキと生々しい音を立てて、デザインを変更してくれた。

 前と同じくらいスッキリはしたけど、やっぱり左腕はアネスの指輪のせいかゴツくなる。


『……ズット、シャベリ……タカッタ。

ミンナモ、イマ、ヌシサマト……シャベリタクテ……イキリタッテル』


「 ─── は⁉︎ まさか……!」


 ズダ袋に向けて、呪いの武器達に話しかけた瞬間、一斉にがなり立てるような声と共に……

目の前に人の姿をした武器達が現れた───

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