第九話 相棒

 ダラングスグルの新拠点の俺の部屋は今、人口比率がとんでもない事になっていた。

 ソフィア、スタルジャ、ローゼンの三人はもちろん……


─── 黒髪に黒い瞳、白髪にグレーの瞳の双子

砂漠の国タッセルの衣装に似た、それぞれ黒と白の民族衣装は所々シースルー。

ククリの双剣【明鴉あけがらす宵鴉よいがらす



─── オレンジ色の髪にクリッとしたとび色の瞳、眼の下にはのような黒いメイク。

黒いフード付きマントにシマシマのソックス。

拷問のナイフ【バリアントダガー】



─── 薄水色のショートカットに、銀色の瞳で切れ長な吊り目の、妖艶な美女。

高身長で太腿上まで深いスリットの入った黒いタイトなドレス。

悪魔の爪【魔槍フォスミレブロ】



─── つややかに輝く長い銀髪に片目を隠した、やや垂れ眼のはんなりとした貴婦人。

胸元の大きく開いた白いシルクのドレス。

無限の魔矢【夢想弓セルフィエス】



─── 狼の被り物と尻尾を付けた、筋肉質で長身の美女。

ビキニ姿の肢体のいたる所に、古代語の刺青が彫り込まれている。

狂戦の呪い【魔斧ケーリュニヴル】



─── 白髪で目元を覆った細身の少女。

シンプルな白い貫頭衣に裸足、手首足首には、縛られた荒縄を引き千切ったままのようにぶら下がっている。

傾国の波動【魔杖ケーリュアガルデ】



 六人が俺を至近距離で囲って、鼻息荒く立っている。


「……言いたい事が色々あるのは分かる。

でもちょっと待とう、なんでお前ら人型で外に出られて ─── 」


全武器「「「ふおおおおッ‼︎」」」


「ひ、ひいぃぃ〜ッ! あ、熱いッ、やめ……」


 全員一斉に飛び掛かり、顔をグリグリ押し付けながら、シャツ越しに思いっきり息をハァ〜ってしてくる。

 こそばゆいし、地味に熱い。


ソフィア「主従の愛ですね……美しいです♪」


ローゼン「達人は『武器と心通わせる』と聞いたことあるですが、顕現けんげんまでさせる人は、流石に初めて見るですよ」

 

スタルジャ「あの押し付けて『ハァ〜』ってするやつ、何であんなに熱いんだろうね?」


 三人の呑気な会話に、放置されてる絶望感が募る。


 抵抗しようにもコイツらアホみたいに力強いし、ひとりオデコを押して引っぺがしても、次が来るからラチがあかない。

 仕方なく触手で全員ふん縛って吊るし上げた。


 なんか思ってたのより、ちょっと縛り方が恥辱を煽る感じになっちゃってるが、この際もうどうでもいい。

 『ハァ〜』ってされた後が、すうすう冷えて不快だし。


斧「ウオオオッ! リーダー! 次のあっしの戦場はどこっスか⁉︎ 叩き割るっスよッ‼︎」


「予定は無い、落ち着きなさい」


双剣「「だんなーっ☆ なんだって、斬りたい斬りたい♪」」


「なんだって斬るんじゃない、落ち着きなさい」


弓「絞って下さいまし。主様、ワタクシを絞って下さいまし……」


「弓の弦の事だね? 落ち着きなさい」


槍「早くオレを抱けよッ! 竿握って暴れてるのが主様だろーがよぉッ⁉︎」


「槍だよね? 言い方ぞ? 落ち着きなさい」


ダガー「あっ、主様……ボク緊縛される側は……初めて……。毒液漏れちゃう……」


「いつもは拷問する側だもんね。落ち着きなさい」


杖「あは〜、先生ぇ〜♪ 私未だに使われてないですよ〜?」


「お前の力は危険過ぎんだよ! 落ち着きなさい」


 疲れる、一通りバッサリ行くだけで疲れる。

  武器としてはこれ以上ない程に優秀で、俺には勿体ないくらいなんだけど、この本体の性格がそろいもそろってちょっとなんだよなぁ。



─── でも、また会えたな、コイツらとも



 ソフィアがリディの手に落ちて、彼女達が沈黙した時は、本当に悲しかった。


ダガー「ふぐぅ〜、ボク……もう主様に使ってもらえなくなっちゃう……って、寂しかった……グスっ」


 いつも狂気じみてた、あのバリアントダガーが泣いている。

 それにつられたのか、ひとり、またひとりとつぶやいて泣き出す。


槍「オレ……褒められたの、初めてだったからよぉ。もう……どこにも行きたくねぇんだよ……。

アンタ以外に……触られたくねぇ……よ」


「フォスミレブロ……。

─── ああ、俺もだよ。お前達と繋がりが切れた時、恐怖と喪失感で打ちのめされた」


 俺は触手を緩めて、彼女達を床に降ろした。

 行動はアレだが、こいつらなりに慕ってくれての事だと思うと、胸にぐっと来る。

 武器とここまで心通じ合えるなんて、対話を志して来た者として、幸せ者だと思えた。


「これからもよろしく頼むよ、皆ん─── 」


全武器「「「ふおおおおッ‼︎」」」



─── ビッシィ……ッ!



 前傾姿勢で突っ込んで来るのを、再び触手で縛り止める。


ダガー「チッ、流石はボクの主様……お見通しか……」


「伊達に対話して来てないからな。話が進まねえから、このまま行くぞ?

─── なんで実体化してんのお前ら」


全武器「「「ぎゃーぎゃー」」」


「あーっ、ひとりずつ話せひとりずつ!」


 そう言うと彼女達はシーンとして、小首を傾げてる。

 分かってなかったのかよ……。


 と、ソフィアが手を挙げていた。


「夜切ちゃんとは話したんですけどね。魔界のドワーフさんたちとの飲み会で、もう姿現してましたよね。アルくん、見えてないフリしてたんじゃないんですか?」


「あ。あれ現実だったの? ……俺、とうとう頭おかしくなったのかと思ってた」


「まあ、夢の世界で毎晩会ってて、ある日いきなり現実にも現れたら、流石にそう思うかも知れませんね〜♪ 最初はだいぶ薄かったですし」


 うん、正直言うと見えてた。

 でも透けてたし、特に何かしてくる感じもなかったから、放っておいたんだけど……。


「完全に実体化してるよな……これ」


「はい。多分……アルくんの魔王としての『魔力分配』が作用してるんじゃないですかね?

海皇セィパルネをやっつけた辺りから、魔力量と分配量、うなぎ登りでしたし。

─── 彼女たち、妖精化しちゃったのかもしれませんね~」


 ティフォが『』だった頃に、触手の動きで意思を読み取ってコミュニケーション取ってたら、ガセ爺に褒められた事あったな。

 『武器や道具にもそうであれ』って、そこには人の心と魔力が宿って、やがて精霊が生まれるとか言ってたけど……。 


「アル、もうひとり、話したい子がいるみたいだよ!」


 そう言ってスタルジャが指差した所に、俺は目を奪われた……


『『……主様よ……聞こえるか……?』』


「 ─── 夜切ッ‼︎」


 思わず駆け寄った。

 ふたつに折れた夜切の刃が、仄かな青白い光の中で静かに浮いていた。


「良かった! 生きてたんだな夜切……」


『『ふふ……元より生きてなどおらぬが……。それでも流石に……こたえたわ』』


「ありがとうな……俺を守ってくれて……。お前がいなければ俺は今頃……。

再生は出来そうか? 俺のなら、魔力でも生命力でも、いくらでも使っていいぞ!!」


『『流石に無理じゃ……』』


「 ─── !」


 【物質復元アートフェル】の魔術での修理は、あれから何度も試みた。

 でも、芯鉄の折れた夜切は、まるで最初からそうだったと言わんばかりに、術式を受け付けなかった。

 ソフィアに復元の奇跡もやってもらったが、神気との相性が悪くて、ただ熱を持つばかり……。


 夜切の自己再生能力に望みを持っていたが、それもダメだとなると─── 。


「ガセ爺ならどうかな……。俺は刀を打った事が無いし……下手な事は出来ない」


 折れた刀は治せない。

 芯鉄は溶接が難しく、焼きが入って鋼の質が変わってしまうからだ。

 くっ付いたとして、それはもう武器としては役に立たないと聞いている。


『『ドワーフの御爺か……無理じゃろうな。御爺は神業の持主であるが、そもそも刀はやって居らぬ故……』』


「畑が違うか。鬼族は? 彼らも刀を持ってたよな。妖刀だってあったし ─── 」


『『あの里には……そのような鍛冶場は無かった』』


 彼らの製鉄技術はそれ程高くは無かったし、農具なんかの生活用品を打っていた程度だった。


 折れた刀を治せる技術があるとすれぼ、それは俺の知ってる鉄や鋼の知識を超えている。

 つまりガセ爺以上の知識を持った人物だ。


 ……人界では有り得ないだろう。


 夜切をガセ爺からもらった時、彼の書斎で刀の事は調べたけど、工程も技術も頭おかしいとしか思えない奇跡の技だった。

 あれは一朝一夕では、絶対に扱うのは不可能だ。


「そんな……」


 夜切は愛刀だ、呪いの武器しか持てないのを抜きにしても、俺にはもうコイツしか……。

 あの時、夜切が守ってくれなければ、今ここに居なかっただろう。

 今までの事全部引っくるめて、もう夜切はただの剣以上の存在だ。

 声が聞こえてしまっただけに、折れてしまったと気づいたあの時よりも、焦燥感に襲われる。



─── その時、夜切が微笑んだ気がした



 浮いている夜切の刃が、結露を寄せて青白く輝いて見えた。


『『……これ程の想い……刀冥利に尽きる……な』』


「…………夜切……俺は……」


『『ひとつだけ……今の主様なら、出来るやも知れぬ事が……ある』』


 そして夜切はある提案をして来た。

 俺には、それがどれだけ可能性があるのか分からなかったが、想いはひとつだ ───

 

「─── 今すぐ行くぞ、そいつを探しに……!」




 ※ 




─── バグナス領首都ポートメリア


 久し振りに訪れた港町に、俺はどこか違和感を覚えた。

 ここは冒険者となってから、しばらく過ごした街だが、別段外観には何か変わった様子は無い。

 強いて言えば、時折、街行く人々の後姿に、ティフォとエリンを重ね、胸が苦しくなるくらいだ……。


「アルくん。もう少し人の居ない所に移動しますか……?」


 俺が何を思っていたのか、ソフィアには伝わってしまったらしい。

 夜切を治す手立ての為に、この街に戻って来たものの、目当ての場所はまだ開いてはいない。


 スタルジャはこの街が初めてだったから、色々と案内でもしようかと思ったが、本人は魔道具製作用の道具や素材を吟味したいからと、ひとりで行ってしまった。

 この港町は南部の貿易路の中心にあって、色々と掘り出し物があったりするし、ひとりであれこれ考えながら見て回りたくなるのはよく分かる。


 ギルドに顔を出そうかとも思ったが、気を遣わせてしまいそうだし、ソフィアとぷらぷらした後、少し早めに待ち合わせ場所に戻って来た。


「……いや、タージャはこの街は初めてだからな。ここで待っていた方がいい。

それとは別になんだけど……

─── 何か風景に違和感があってさ……」


「違和感……?」


 ソフィアの顔も寂しそうに見える。

 考えてみれば、ティフォとエリンが居なくなってから、こうしてふたりで街に出たのは初めての事だ。


 俺は魂のストックとアルファードとの対話に必死だったし、ソフィアは多少街には出ていたが、色んな人達と会うのに忙しかった。

 喪失感の強い時に、人々の行き交う姿を見るのは、こうも面影を探してしまうとは思わなかったな……。


 ただ、俺の感じている『何か』は、そういうものとは違う。

 これは何なんだろう……?


「おまたせ〜」


 スタルジャが戻って来た。

 どうやら魔道具製作用の道具関係で、良いのが見つかったらしくホクホク顔だ。


「そろそろ時間だね。行こっか」


「ああ、そうだな。

─── しかし、やっぱり信じ難いなぁ、本当にあそこに行けば夜切は助かるのか……?」


 そうして俺達は街の裏通りにある、その場所へ向かう事にした。




 ※ 




「あ〜い♪ いらっしゃいまっせ〜☆」


 相変わらず鼻に掛かった声で、給仕が出迎えてくれた。

 流石は客商売、俺の顔を憶えていてくれたらしい。

 彼女はニッコリ笑って『お久しぶりです〜』と言ってくれた。


 ここはガストンと出会った日に、歓迎会だと連れて来てもらった居酒屋。

 居心地が良く、料理の腕もいいこの店には、バグナスで暮らしていた間、結構通ったもんだ。


「いち、にい、さん、しい……九名ですね〜」


「ああ、いきなり大所帯で済まない」


「な〜に言ってんですかぁ〜♪ みんな美人さんばかりで店も華やぐってもんですよ〜‼︎」


 さっきまで三人だったのに、給仕さんは九人だと言い出したが、別に怪談とかじゃない。

 俺とソフィアとスタルジャ、そして六人の実体化した呪いの武器達だ。

 ……うん、やっぱ怪談だな。


 俺達は夜切の指示通り、店で今一番旬なものを頼みまくり、酒を全員分頼んで呑み始めた。


 武器達は『実体で酒を呑むのは初めて』とかなりテンションが高い。

 実体じゃない状態でどう呑んだのかは聞かないでおく。


 そうして、きゃいきゃいと盛り上がって来た所で、魔槍フォスミレブロが串を人数分掴んで立ち上がる。


「恒例! 主様ゲ〜ム♪」


「「「わ〜☆」」」


 俺達はそれぞれ串を取り、そっと手の中で串に書かれた数字を確認する。


「「「主様だ〜れだ☆」」」


ダガー「あ……ボクだ……♪」


 拷問ナイフのバリアントダガーが立ち上がり、う〜んと考える。

 ……のっけからヤベェ奴に当たっちまった感は否めないが、ルールだから仕方がない。

 このゲームは『主様』と書かれた串を引いた者は、一から八までの数字から無作為に選び命令をするらしい。


ダガー「うーんとね……二番がぁ……四番のぉ……」


 うっ、俺四番じゃねーか……。

 杖のケーリュアガルデが、ピクリとして目元を覆う白い髪が揺れた。

 二番は彼女か。


ダガー「唇……」


 く、くちびる……?

 ケーリュアガルデがそっと舌先で唇を湿らす。


ダガー「……と、歯茎の間に、カラシを塗る♪」


 やっぱりバリアントダガーは置いて来るべきだった。

 ケーリュアガルデは溜息混じりにうつむいた後、頰にえくぼを浮かせてニコッと微笑み、二番と書かれた串を掲げる。

 俺は四番が書かれた串を、ヤケクソ気味に突き出した。


杖「くす、くすくすくす〜。行きますよ〜先生♡」


「……マジで? あがっ⁉︎」


 あごをグイッと持ち上げられ、彼女の細く冷たい指が、俺の唇をむいっとめくる。


─── ぬりゅ〜っ、ぬりぬり……


 時折『ぷふっ』と鼻から笑いをこらえる音を立て、カラシを塗り終えると、彼女は頰を染めて俺を見下ろす。


杖「先生ぇ〜、終わりましたよ〜くすくすくす」


「ぬ、むおお。こりぇは意外と……らいじょうぶ……な……。

─── ⁉︎ ぉわ……おわははははへはひッ‼︎」


 刺さってる⁉︎ これ、小さい何かがびっしり刺さってるだろッ⁉︎

 そう錯覚する激痛と熱感が、口の周りの粘膜を蹂躙じゅうりんする。


 荒くなる息が、さらに喉の奥まで激痛をもたらして、激しく咳込む。

 顔の皮を取り外して洗いたい、そんな欲求に駆られた ─── !


「み、みでゅ……げほぉっ! みでゅを……‼︎」


杖「……口すすぐのは……無しの方向……。飲むのは……あり」


「ぶぐふぉっ⁉︎ (鬼かキサマッ⁉︎)」


 震える手と口で、麦酒のカップをあおり、口の中のカラシを流し込む。

 炭酸の発泡が更に痛みを招くが、んな事言ってらんない。

 涙目になるわ、気道がヒリヒリして不安になるわで一気に気持ちが青暗く落ち込む……。


「麦酒……おふぁわり、くだふぁい(おかわり、ください)……」


「は〜い☆」


 唇がマヒしてて、口元が上手く動かないが、給仕さんを呼び止めて、空になった麦酒のおかわりを頼む。


「あ、私も!」


「オレも〜♪」


「「うちらも〜」」


「あっしも☆」


 次々に手が上がり、結局全員がおかわりを頼んだ。

 カラシ流すのに、一気飲みするハメになった俺と、なんで同じタイミングで空になってんだろこいつら……?


杖「じゃ……次行く……」


 バリアントが串を集めて、また全員が各々串を引く。


「「「主様だ〜れだ☆」」」


「あ! 私だ〜♪」


 おお、次はスタルジャか、彼女なら危険は少ないだろ、うん。

 大体これ、痛い目に合わせるゲームじゃないしね?

 十人もいるんだから、俺が連続で指名される事なんか、そうそうないだろ ───


「じゃあねぇ、んっとね、五番が七番に〜」


 んん⁉︎ 俺七番だけど⁉︎

 いやいや、そろそろ大人な感じの命令を……。

 ちなみに五番は明鴉らしい、表情が急にキラキラし出したし、素直なやつめ。


「優しく……」


 優しく?

 良かった、未だに唇は感覚が死んでる。

 流石はランドエルフ、自然に優し ───


「アツアツのグラタンを食べさせる♪」


「なあ『アツアツ』は要らなくね? 優しくふつうのモン食べ ─── 」


「は〜い☆ 焼き立ての『ぐらぐらグラタン』お待ちどう〜! 火傷には気をつけて下さいね〜」


「 ─── ⁉︎」


 焼き立ての出来立てかよッ⁉︎

 何よ、その名は体を表す感じのグツグツ具合は‼︎


 いつ頼んだんだよ、グラタンは時間かかるだろ⁉︎

 アマーリエか? アマーリエの予知能力使ったのかもしかして!


「うち五番だ〜☆ 食べさせちゃうぞーっ♪」


 明鴉は大きめのさじを持って、アンダースローから突き出すようなフォームで、ブンブン素振りしている。

 コイツこそ『優しく』とか『ゆっくり』とか、一番不向きなヤツじゃねぇかッ‼︎


 スタルジャは、話の途切れてた俺に『ん?』とニコニコしてる。

 天然なのか、分かっててその笑顔なのか、確かこの人『草原から来た死神将軍』って呼ばれてたような……。

 俺は色々諦めた心持ちで、七番の書かれた串をテーブルに放り投げる。


「えへー♪ あ~んしてね☆」


「ねえ君、『ふぅふぅ』は? って主様言ってたよね?

ほらそれ、グッツグツ煮え立ってるよね? 不適切な温度じゃ無いかなぁ……

─── あつッ! 既に、ち、近いよちょっと!」


「んー? 『ふぅふぅ』ってナニ?」


「ああ、熱い物とか食べた事無いもんな、知らなかったか。あのな『ふぅふぅ』って言うのは

─── ホッヒォッ⁉︎ あふぅいっ‼︎」


 『言うのは』の『は』の口が開いた所で、白い悪魔が白い悪夢を放り込みやがった⁉︎


 高速で舌をホロホロ転がすが、圧倒的熱量の前に、体がどうにもブリッジしたがる。

 腹筋で無理矢理姿勢を戻して、仰け反る体に抵抗!


 涙目で麦酒に手を伸ばし、口中に流し込むが、ねっとりホワイトソースの底力は凄いよね?

 熱い塊が通るのを喉が閉まってブロック、舌で冷たい麦酒とスクリューさせて熱を奪う。


 飲み込みはした。

 飲み込みはしたが、唇はカラシでビーンだし、上あごの前歯の後ろ辺りがジンジンしてる。

 カラシの後にアツアツとか、死神将軍この上ないだろ……!


「すぃわふぇん、おふぁわりくらふぁい(すみません、おかわりください)」


 そう言って給仕さんに、空になった麦酒のカップを掲げると、ニコッと微笑みを返してくれた。

 それに続き、またみんなが一斉に挙手をして、次々におかわりを主張する。


「私も!」


「私も〜」


「あっしも☆」


「「うちらもーっ♪」」


「 ─── も」


「‼︎ よッ‼︎ 確保ォッ‼︎」


 ソフィアが立ち上がって指差した人物を、全員が寄ってたかって床に押さえつける。


「な……ッ! なな、何するで御座るか⁉︎」


 突然の事に狼狽うろたえた男は、バタバタと暴れるが、スタルジャの完璧な押さえ込みと、武器達全員の包囲で逃げられる隙は無い。

 俺はただれた口腔関係を回復魔術で治し、男の視線の先にしゃがみ込んだ。


「 ─── あんたに聞きたい事がある」


「せ、拙者に……? そ、その前に……

な、なぜ、拙者の姿が見えているで御座るかッ⁉︎」


 ん? そう言われて見れば、こんな捕物騒ぎだってのに、他の客達は誰もこちらに気がついていないようだ。

 それどころか、いつも店内全ての客に気を配って見ている給仕すら、今はこちらを見ていない。


 この男はずっと、他の客達が注文する時に便乗して頼んでいる。

 それが届くと、何食わぬ顔で自分の座っている隅っこの席に持って行っていた。

 ……でも、誰も文句を言う様子はなかった。


「もしかして……俺達だけに、見えてるのか?」

 

 男がピクリと反応を見せた時、ソフィアが口を開いた。


「そうでしょうね。彼は何らかののようですから ─── 」




 ※ 




 鬼族が着るような、袖の大きな前合わせの衣裳。格好は夜切の『胴着、帯、袴』と、一揃え同じパーツだが少し雰囲気が違う。


 長い髪を後ろでひとつにまとめ、前髪が細くひと束、鼻の高さまで垂れている。

 こけた頰に無精髭、見た目の年齢は三十代後半から四十代といった所だろうか。


─── 男の名は『シュウギ』


 数十年前に、魔界の遥か西方、鬼族達の居た地域『修羅の国』と呼ばれる世界からやって来たらしい。

 その男が今、目の前に並んだ料理をつつき、目を細めて酒を呑んでいた。


「つまり、あんたは『鍛師かなちの神』って、刀鍛冶の守護神なんだな?」


「その守護神とは何なのか分からないで御座るが、刀工達に神通力を与えて、鋼の神々と結びつけて来たのは確かに御座るよ」


「……わ、渡に船過ぎるだろ……」


 なんて都合が良いんだ!

 これも運命の力の為せる業なのか⁉︎

 余りの偶然に唖然としていると、ソフィアが囁くように教えてくれた。


「……実は守護神って、そこらにいっぱいいるんですよ。流石にこのマールダーで、西方の国の守護神に出会える事は少ないですけど。だからこそ夜切ちゃんは憶えていたんですね〜♪」


 守護神とは神に近い精霊族、神族、魔神族の三種族の内、人々に加護を与えられる存在の総称なのだそうだ。

 彼らは神聖が高過ぎて、違う次元に存在しているが、その世界はこちらと重なって存在しているらしい。


 こちらからは、まず見える事は無いが、力が強く、こちらの世界に働き掛けている者達は、見える事もあるという。

 例えば精霊術の時に現れる、精霊の姿のように。


「見る側と見られる側の、双方の力が高く無いと見えないんです。精霊術の時とかは、術式で高められた魔力を媒体に、存在を一部顕現けんげんさせてるワケですが……。

─── 今のアルくんは、アルファードくんを受け入れた事で神格化が進んでますから、素で見えちゃうんですね〜♪」


「じゃあ……肉体まで再現してたダグ爺とかって、本当に高位だったんだなぁ」


 ダグ爺達の凄さが、やっと理解出来た気がした。

 それが四人もそろってるんだから、そりゃあ初めて聞いた時にソフィアが驚いていたはずだ。

 と、ここまで分かった所で、ある事に思い至った。


「……もしかして、街で感じてた違和感って」


「視えるようになったから、ですかね〜☆

彼らは単に姿が見えないんじゃないんですよ、仕組みとして存在がかけ離れた彼らを人々が認識出来ないだけ。もし見える事があっても、見てたことを忘れちゃいますから」


「拙者はギリギリ、見えるか見えないかくらいの存在。自分で好きな料理を頼む事も出来ず、誰かが注文した時に『拙者も』と、一発入魂で相乗りしてたで御座る♪」


 そう言ってシュウギは、以前から頼みたくて仕方がなかったという『マナダコの半ボイル』を、冷やした米の酒で合わせてフクフクとしている。

 確かにここに初めてガストンとやって来た時も、俺達の注文に『拙者も』が聞こえて困惑したが、その印象がヤケに薄かったのは彼が認識出来ていなかったからか ─── 。


「体調とかのきっかけで、時々思い出しちゃう人もいるみたいですけどね。

『昔、変な奴とよく遊んでたのに、誰も憶えてないって言うんだ』とか『小さい頃、内にはもうひとり家族がいたはずなのに』とか、怖い話になっちゃってます」


「うーん、結局は見えないはずの存在を見ちゃった話だから、怖い話と言えばそうだけどな」


「実は私も、精神世界から目覚めてから、時々街で薄っすらと見えかけることがあったんだけど……それだったのかぁ。……お化け見ちゃったのかなって、見なかったフリしてたよ私……」


 スタルジャも自分の過去を受け入れて神格化してるし、俺の守護契約で力が注がれているはずだから、見えていてもおかしくはないだろう。


「ところで、何か拙者に用事でもあったで御座るか?」


 シュウギはお目当ての酒と肴の組み合わせにニコニコ顔だ。


「 ─── 実はこれを治せる人を探しているんだ」


 そう言って夜切を喚び寄せて、彼に見せてみた。

 彼は目を見開いて、夜切の柄を検め、折れた半分の刀身を光に透かすようにして見入っている。


「これは……

─── の作で御座るな……⁉︎」


「おおっ! 流石は夜切、有名なんだなホントに」


『……だから……そうだと言ったであろう……』


 夜切が青白い光を発してそう言うのを、シュウギはニコニコして覗き込んでいた。


「……こいつを助けてやりたいんだ。

何とかならないか? もしくは何とか出来そうな人物に心当たりがあれば教えて欲しい……」


 彼はテーブルに置かれた夜切を見つめながら、盃をちびりと舐めて微笑んだ。


「この地上でこれを修理出来るとすれば、この拙者しか居らぬで御座ろうな♪」


「ほ、本当か⁉︎ 頼む! 彼女を治してやってくれ!」


 彼はそれぞれの袖の中に手を入れて、その中で腕を組むと、静かに言い放った。



「 ─── 断る」

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