第二話 祈りを捧ぐ

 風が一段と強まって、岸壁に打ち付けられる波の荒々しい音に混じり、かもめとんびの不安そうな声が時折、岬に流されては消えた。

 細く顔を出していた月は既に姿を消し、今は明け方の鉛色の空から、霧のような雨が吹き付けている。


 今日は陽光を拝める事は無いだろうと、荒れそうな海の様子に、漁師達も家で道具の整備の日にすると決め、この小さな港町は火を落としたように静まり返っていた ─── 。




 ※ 




「今ソフィちゃんは、同化されてしまい、魂の神格を穢されているです。

血、肉、何らかの神の一部を使った、呪術。いえ、神罰を利用した【神の呪い】でしょう」


 ローゼンの顔色は優れない。

 それがどれだけ大変な事なのか、アルフォンスとスタルジャ、そしてユニの三人は理解してしまった。


「スタちゃんの時は、魔剣傷が元になった精神的外傷トラウマに、過去の人格が刺激された結果、精神世界に閉じ込められてしまったですが……。

【神の呪い】は時に、同じ神ですら怪物に変えてしまう程の、強力な呪いなのですよ」


「…………!」


 ユニには、その言葉に反応できるだけの力は残されていなかった。

 愛する姉のエリンを失った悲劇は、未だ哀しみとして処理もされず、深く暗い喪失感の底にある。


 スタルジャは己が心の闇に囚われていた三ヶ月間を思い出し、その苦痛に喘ぐソフィアの姿を重ねて言葉を失う。


「やる、今すぐやる……!

─── ひと時でも苦しませたくないッ‼︎」


「……言うと思ったですよダーさんなら。

でも、ダメなのです。

今のダーさんとソフィちゃんは、契約が切れているわけではありませんが、契約の力が発揮出来ない程に、ソフィちゃんの魂が薄れてるですよ……。

元々、リディとやらはソフィちゃんと同じ神の化身。契約が強い向こうの方が、高位の神であるも同然、今のダーさんでは歯が立ちません」


「そ、それでも……ッ‼︎」


 立ち上がろうとするも、脚がフラつくアルフォンスを、スタルジャは抱き支えてゆっくり座り直させた。


「ダメだよアル。いつものアルらしくない……よ。

戦の準備は入念で、いつだって、いくつも作戦考えてるのがアルでしょ?

そうお師匠さんたちから教わったって、教えてくれたもんね」


「…………!」


「スタちゃんの言う通りなのです。街のやさぐれさんの喧嘩じゃないのです。

これは化身と化身の闘い、神々の闘いと言っても過言ではない……。

飛び込んだ所で、精神体を取り殺され、ダーさんが死ぬだけなのです」


「じゃ、じゃあ、どうすれば……!」


 ローゼンは下唇を噛み締め、それでも凛と強い口調で提案する。


「考えられる手立てはふたつ。

ひとつは『ソフィちゃんの神気を回復させて、ダーさんとの契約を再び高める』……

神気なら私の神気を少しずつ送れば、多少なり回復を早められるかも知れません」


「……それはどれくらいかかる」


「早くて……三年。長ければ十数年は要するかも知れ ─── 」


「その頃には……世界は滅んでる!」


「 ─── っ、現実的ではないかもですが、この路線で調べてみる価値はあるかも知れません」


 ローゼンがうつむく。

 神気は神々が持つ生命力そのもの。

 それを人界でどうにかするなどと言った話は、全く聞いた事がない。


「もうひとつは……どんな方法なのローゼン?

そっちは何とか考えてみるとして、今は他に考えられることがあれば、何だって話し合った方がいいと思う……」


 スタルジャの言葉に、ローゼンは軽く深呼吸をして、微笑んで見せた。


「……ちょっと私も張り詰めちまってたみたいなのです。ありがとうスタちゃん、こう言う時の客観的な言葉は助かるです。

ただ、もうひとつの方も、かなり危ういというか……」


「何だ? 教えてくれローゼン」


 それでも不安そうに口ごもるローゼンに、アルフォンスは必死な表情で乞うた。


「より、高位の神と契約を結ぶことなのです。

例えば時の神エイラ、陰の神ネイ。そして光の神ラミリア……。

大きな運命を背負えるダーさんなら、強く祈れば何処かで通じてくれる可能性が……」



「 ─── え、ソレ、あるじゃん!」



 ローゼンが『へ?』という顔をして、スタルジャを二度見した横で、アルフォンスは何処か渋い顔をしていた。


「と、時の神エイラってのは、何処で会えるんだローゼン……闇の神ネイでもいい。どこにいる? 教えてくれ」


「その二柱は分かりませんが、確かラミリアの神殿ならアルさんたちの行ったことがある、ダラングスグル共和国西部シノンカ遺跡に……」


「チェンジだッ‼︎」


「アル、ハウスッ‼︎」


 スタルジャの叱責にシュンとして膝を抱えるアルフォンスに、ローゼンは何やら一筋縄ではいかないものを感じ、優しい口調で問いただした。


 アルフォンスは今、冷静では無い。

 頭の中に残る、ムグラ達の信用ならない『特急便』の絶叫旅行。

 そして、ラミリアの予言……



─── 貴方は近い将来、大切な人達を失う



 それが現実のものとなってしまった今、更に何か告げられるのではないかと怯えてしまったのだ。


「 ─── なるほど、そんな事があったですか。

シノンカ遺跡に行ったとは聞いてましたけど、まさか光の神にまで加護を受けていたとは、予想外だったのです……」


「なんか……ラミリアの加護を受けるってのは、ただ事じゃないみたいだし。

ソフィは『クソ上司」って嫌ってるみたいだったから、頼ったらソフィに迷惑かかるんじゃないかとか……。

ああ、ごめん。色々あり過ぎて、頭が整理し切れてないんだ。もう、なんだか色んな事が怖くて……」


「いえ、分かるですよ。言える事と言えない事が混在してた上に、そんな予言を託されてたら、おいそれとは口に出来ないのです」


 と、青い瞳でジッとアルフォンスを見つめていたローゼンは声を上げた。


「あ、本当に契約されてるですね!

うっひょ〜、人類初じゃないですか⁉︎ うちのダーはとんだタラしですよコレ☆

うーん、今は微弱ですが、更新すればイケるかもですよ‼︎

…………んん? あれ? じゃあ何で今までは、私にその加護が見えなかったのでしょうか……」


 それまでローゼンには見えていなかったラミリアの契約は、今言われて初めて認識出来たのだと言う。


 そこでアルフォンスとローゼンはいくつかの仮説を立てた。

 その中でも有力だろうとされたのは、アルフォンスのである。


「今は全く、ダーさんから禍々しいものは感じねえのです。

もしかしたらソフィちゃんの契約の不備が、禍々しさを生んでいて、それが今までラミリアの加護を隠していた……?」


「ラミリアは『ずっと隠れていた』って奴が俺を狙ってて、それから俺を隠す為って言ってたけど、それがどう作用してるのか分からないな。

ハンネスと……初めて闘う事になった時は、この紋様をいじって、また俺を隠そうとしてくれていたみたいだったけど……」


 フィヨル港で勇者の魔力を感じる直前、アルフォンスは光の神ラミリアの白昼夢を見た後、縮んでいた紋様が再び首回りを一周する状態になった。

 しかし、結局アルフォンスは勇者の前に立ちはだかってしまい、それも意味が無くなってしまったのである。


「……分かった。現状ソフィを救うには、ラミリアの契約を更新するしか無いんだな?」


「なのです。おそらくシノンカ遺跡で、以前と同じように神殿に行けば、より通じやすくなるのです」


 どうやら、神には神の力を作用しやすい場所というものがあるようだ。

 ローゼンの言葉にアルフォンスはうなずいた。



「 ─── 俺、行くよシノンカ遺跡に」



 その言葉にローゼンとスタルジャが深く頷き、同行する意思を見せた。


「……ユニは……どうする? アケルで休んでいた方が……」

 

 ずっと顔色悪くうつむいていたユニは、ハッと顔を上げ、消え入りそうな声で答えた。


「私も……行くの。今は何かしてた方がいいし、ラミリア様にがあるから……」


 そうして、アルフォンス達は再びシノンカ遺跡へと訪れる事を決めた ─── 。




 ※ ※ ※

 



─── シノンカ霊王朝中央神殿ラミリア宮


 南マスラ国の港町で、ローゼンと相談した後、アルフォンスとスタルジャ、そしてユニの三人は一度ローゼンの研究室で湯を浴び、しっかりと睡眠を取った。

 以前、ラミリアはアルフォンスの魔力を利用して、この世界に顕現していた事から、少しでも彼の魔力回復を待ってからとなったのだ。


 アルフォンス達には焦る心もあったものの、ソフィアに掛けられた呪いは、『死ぬ事も出来ない』との勇者の言葉通り、今すぐに死に繋がらないとものだと判明した。

 それでもソフィアの苦痛を少しでも軽減するために、かつてスタルジャの眠った隔離空間へと彼女を寝かせて……。


─── そして、翌日の今日、彼らはこのシノンカ霊王朝中央神殿に訪れた


 以前と同じく巫女の鶴ムグラの案内で、アルフォンス達は再びダラングスグル大砂漠最西部地下に眠るラミリア宮の前まで来ると、巫女には仕事に戻ってもらった。

 以前とは違い、転位魔術で来れたお陰か、アルフォンスの心配事であった『特急便』にお世話になる事もなく、疲労はしていない。


「 ─── すっごい……」


 中央神殿に到着した時から、見慣れぬ荘厳な風景にユニの気分は多少、晴れたようである。

 スタルジャはユニと手を繋ぎ、時折説明をしたりしながら、彼女の気持ちをほぐしていた。


 かつてアルフォンスが近づいた途端に、目から血の涙をこぼした入口の女神像は、何ら変化を見せない。

 アルフォンスの禍々しい魔力が消えたからだろう、女神像の頰には前回の跡が少し残っているだけである。


「……これだけの遺物が残ってるとは、人の努力の賜物なのです」


 永く生きたローゼンには、逆にこれ程長く保存された過去の風景は感じ入るものがあるらしく、中央神殿に着いた時から嘆息ばかりである。


 だが、アルフォンスとスタルジャは、ここに以前来た時のソフィアやティフォの姿、表情。

 聖なる領域に入れず哀しげに『みゃおう』と鳴いていたベヒーモスの姿を思い出し、胸が締め付けられていた。

 そうなれば否が応でも、エリンの事も脳裏に浮かぶ……。


 ソフィアの倒れる瞬間、ティフォ、エリン、ベヒーモス。

 彼らの最後が目に焼き付いているアルフォンスとユニは、未だ涙さえ心が忘れてしまっている程に、現実を受け入れられていない。

 ……ユニにとっては、初めて来る場所で、エリンの事を思い出さずに済む事だけは良かったのかも知れない。

 そうして、それぞれの思いが募る中、彼らラミリア宮最奥の巨大なレリーフの壁まで辿り着いた。


「ここが……開いたですか?」


 そう言ってローゼンが触れたレリーフには、以前開いた辺りに、髪の毛一本程の隙間も見当たらない。


「……ここに来た時、体の紋様が熱くなって、勝手に開いたんだ……」


 そう言って、不安そうにレリーフに触れるアルフォンスに、ローゼンは小首を傾げて、何かを考え込んでいるようだ。


「以前ここに来た時は、一体どうして?」


「ここに来たのは……毎晩ラミリアに夢枕に立たれて困ってたランドエルフのふたりが、ラミリアに『信仰乗換えしてごめんなさい』しに」


「あ……それって、やっぱり祈りの強さだったんじゃないかなぁ?

ノゥトハーク爺とスクエァク、かなり追い詰められてたし」


「それなのです! さあダーさん、ここで早速お祈りして見るですよ!」


 アルフォンスは『そんな簡単にいくの?』と渋々レリーフの前で、自分の知っている宗教っぽい形に手を合わせて目を閉じてみる。

 そうして以前夢の中で見た、ラミリアの光を脳裏にイメージした瞬間……


─── ピシ……ッ!


 余りにも呆気なくレリーフに光の筋が入り、地響きを立てて左右に分かれると、光溢れる部屋が姿を現した。

 神殿内が光に照らし出され、完全に開き切ったレリーフが、ズズンと重苦しい音を響かせて停止する。


 ユニの唾を飲む音がひとつ、アルフォンスは意を決したように、その光の中へと足を踏み入れる ───


「あの……獣人って、そう言えば光の神に背く存在だって聞くけど……だいじょうぶ……なの?」


「はい? ああ、近代宗教、特に創世神話派が言い出した単なる差別なのです。

むしろ、懸命に真っ直ぐ生きる獣人さんたちは、好かれてると思いますよ? 毛並みとか、要素たくさんなのです」


「そ、そう……」


 ユニは普段、そんな事を気にかける事は無いが、流石にこの雰囲気と神気に、気圧されてしまったのかも知れない。

 何か覚悟を決めたような表情で、彼女も光の部屋へと踏み込んだ。


 床も壁も天井も認識出来ない、ただただ光が溢れる世界、その中心に近づいた時……



─── ……シャリイイィィ……ン



 金属の触れ合う、澄んだ高音が突如響き、全員が立ち止まった。

 刹那、途轍も無い神気が、熱を帯びて部屋を覆い出す。



─── 祈りを……捧げなさい……



 ラミリアの温かく柔らかな中にも、力強さを感じられる声が響いた。

 ローゼン以外の三人は、その場で膝をつき、祈りを捧げた。


「はわ〜ッ♪ アルちんがとうとうラミリアに祈ったよぉぉ〜ッ♡」


 全てを台無しにする底抜けに明るい声が響き、中心にあった大きな光が、人の形を成す。


 アルフォンスは『だからイヤだったんだ』と、吐き捨てるように呟いた所で、ラミリアに抱き着かれた。


 光り輝く白金の美しい髪、深い海を集めたようなマリンブルーの瞳、そして女性の美の究極を思わせる肢体。

 堪え難い程に美しい、美の女神の姿であっても、今のアルフォンスにはその距離感と明るさが面倒臭い事この上無かった。


「うっふぉ〜! アルちんアルちん、ラミリアの手に落ちたね♡」


「……くっ、これに頭を下げるのか」


 唖然としているスタルジャとユニの横から、ローゼンが数歩近づいた瞬間、ラミリアはアルフォンスから離れ、盾になるようにローゼンの前に立ちはだかった。


「な、なな、何故アンタがここにいるのさッ!

人類に手を出さないのがの誓いでしょ⁉︎」


「お会いするのは初めてですね。光の神ラミリア。ご心配なさらずとも、このローゼンは地上の成すことに手心は加える気は無いのです。

─── 本日は私の婚約者ダーさんの守護神、ソフィちゃんのことでご相談に上がったのです」


「ああ、そういうことなら……ってぁッ⁉︎

ちょ、ちょっと何やってんのさぁっ、アルちん⁉︎」


「そう言う事なんだよ……」


 振り返ってあんぐりと口を開けるラミリアに、ローゼンは持っていた包みを差し出す。

 それにもビクッと反応したラミリアに、ローゼンはいつもの張り付いたような笑顔を浮かべる。


「お近づきの印に、メルキア名物の『パーチェッラ』なのです。甘い物がお好きだとうかがいまして」


「た、食べ物で買収する気⁉︎」


「いえ、ご挨拶なのです。

……あとこちら熊耳印の『芋羊肝』、以前お気に召されたと聞いて、こちらもご用意したのです」


「わ、私は光の神だよ! く、屈したりなんか……しないんだからッ!」



─── 五分後


 

「ふえぇ、美味しい、美味しいねーコレ!」


 郷愁を誘う『芋羊肝』と、クリームや果物をソゥバの生地で包んだ『パーチェッラ』の先進的な甘味に、ラミリアはご機嫌だった。

 と、それらを楽しみながら、ラミリアはアルフォンスに振り向き、眉間にシワを寄せる。


「あ、そうだった! アルちん、ラミリア怒ってるんだからね!」


「へ?」


「フィヨル港でラミリア『逃げて』って言ったよね? なんで立ち向かっちゃうのさ勇者に!」


 アルフォンスが『ああ』と、思い出した横でスタルジャは頭を深々と下げた。


「ごめんなさい。それ、私が悪いの。アルは私を助けようとして、勇者との闘いを……」


 そう言い終わる前に、ラミリアは手を振り上げ、素早くアルフォンスとスタルジャを指差した。


「ぷんぷんっ!」


「「…………」」


 思わずアルフォンスが『うぜぇ』と言いかけるのを飲み込んだ時、お茶を啜ったラミリアは少し困った顔で切り出した。


「どうしてこう、人界の出来るヤツってのは、責任感強いんだ〜って、怒ってたんだけどねラミリア。

最近ちょっと悲しいこともあったしさ……。

……で、改めて人界よく見てみたんだ。 ─── うん、あれは仕方がないね」


「仕方がない? それは俺が弱いから……」


「それは全ッ然ちがうよアルちん。アルちんは多分今までの人界の適合者たちの中でも、最強最高最熱だかんね。

……時間を速めてるのがいるんだよ。想像以上に早くことが進んでるんだよね……」


「「「…………っ⁉︎」」」


「そ、それは帝国のハーリアか⁉︎」


 アルフォンスの問いに、ラミリアは『うーん』と困った表情を浮かべる。


「……ごめんね、今それを明かすとラミリアまた越権行為でバリバリってなっちゃうし、多分アルちんには聞こえないとおもうよ〜」


「…………『ずっと隠れてた』って奴の事か⁉︎」


 ラミリアはうなずく代わりに深く目を閉じて、沈黙してみせた。


「アルちん。オルちゃんのこと頼むね。

オルちゃんはね、今までの化身の中でも一番難しいことに挑んでるの。それは世界のために重要なこと。

…………オルちゃんを助けてあげて」


 今度はアルフォンスが深く頷いた。


「直接は助けてあげられないの、許してね。

アルちんに与えられる加護なら、今アルちんに目一杯あげるから……。

それでね、オルちゃんともっと深く契約を結べた時……

…………全部お話してあげられる」


「ラミリア様、と言うことはアルの契約更新してくれるの?」


「うん! 最初からそのつもり♪

─── あ、ほほ〜いっ☆」


 突如、アルフォンスの体が閃光を発し、壮絶な魔力と神気が爆発的に膨れ上がった。

 何度も何度も破裂音と光を発しながら、それは段々と中心に向かって凝縮されて行く。


 その圧力と衝撃波は、ローゼンですら『こ……これ、大丈夫なんです?』と呟いた程であった。


「でも、さすがはアルちんとオルちゃんだね。契約が切れ掛かってるのに、未だにしっかり繋がってるもん♪ 魔力と運命の器は、前に会った時とは比べ物にならないくらい成長してるし〜」


 既に光は全て吸収され、更新は終わったようだ。

 だが、アルフォンスはそのラミリアの声が耳に届いてはいても、返答するどころか、指一本自由には動かせなかった。

 高位の神との契約更新に付き物の、感覚の書き換えが高速で行われているためである。


「ローゼンちゃんとも会えて良かったよ。やっぱ神とはいっても、ちゃんと自分の目で確かめないと分かんないことあるから〜♪ いい子で良かった☆ アルちん達のこと、よろしくね」


「はい♪ 私もお会いできて良かったのです。新しき神々は、やはり人への愛が深いのです。

私に許された範囲内で、出来る限りのことをさせて頂くつもりなのです」


「ラミリアとローゼンちゃんは……見るだけ、ちょっと教えるだけしか出来ないから……。

同じ境遇の者同士、これからも仲良くしてね☆」


 ラミリアとローゼンが握手を交わす。


「ちょっと今後のこと、ローゼンちゃんと話したいなぁ〜♪

ねえ、ちょっとローゼンちゃん借りていい?」


 アルフォンスが動けない以上、スタルジャとユニが戸惑いながら頷く。


「そう言うわけで、ダーさんとこの部屋の外で待っていて欲しいのです。

ダーさんが動けるようになるのに、もう少し掛かりそうですし」


 スタルジャとユニは同意して、アルフォンスの脇と足をそれぞれ抱えて、光の部屋から出て行く。

 と、ユニが立ち止まり、ラミリアに振り返った。


「あ、あの……ラミリアさま……」


「う〜ん? なになに♪」


 ユニはどう話せば良いのかもどかしがるように、または、それを口にするのが許されるのか不安に陥ったかのように、胸の前で手を閉めては開いてを繰り返している。

 それを微笑んで見つめるラミリアに、ユニは勇気を振り絞って声を出した。


「……わ、私は……これから……。

や、やっぱり……な、なんでも……ないの」


 そう言って言葉を引き戻したユニの背中に、ラミリアは静かに優しく、一言を告げた。



「 ─── 勇ましく生まれる者はない、その顔を思い出しなさい」



 予言めいたその言葉は、誰であろうユニには何か合点がいったようである。

 ユニは振り返り、深々と頭を下げると、アルフォンスの足を掴み部屋から出て行った。


「さて、これで直接話せるねローゼンちゃん」


「まさか普通の会話しながら、念話で話しかけてくるとは思いませんでした。頭がこんがらがったですよ」


「あはっ♪ ごめんね〜☆

話し始める前に、ローゼンちゃんがどういう考えか知りたかったしさ〜。

直接情報送った方が、言葉にするより速いし」


「それもそうなのです。

─── で、確認したいこととは何です?」


 瞬間的にラミリアの空気が変わった。

 ローゼンはそっと眼鏡に指をかける。


「…………『プロトタイプの誓い』が何処まで本当か、確かめたくてね……」




 ※ ※ ※ 




 ダーさんがラミリアちゃんの加護と馴染んだ時、辺りは既に暗くなっていたです。

 ラミリア宮の前に広がる『聖泉』には、空に瞬く星々が映り込み、それは幻想的なものでした。


「では、始めるですよ。

ダーさんはソフィちゃんの後ろからしっかりと抱き止めていて下さい。

スタちゃんとユニちゃんは、両側からソフィちゃんの腰を支えて、泉に全身が浸るように」


 ザブザブと泉の中へと進み、ダーさんはソフィちゃんを後ろから支えたまま、中央の短い柱のような岩にもたれかかる。

 さざ波に揺れた水面は、映した星々をめちゃくちゃにかき混ぜた後、静かに元あるべき場所に再び映し出した。

 私はその近くに立って、ダーさんとソフィちゃんの魂の繋がりに、神気で干渉を試みる。


─── 申し合わせたかのように、泉の底が光を放ち、周囲の断崖を照らし出す


 どうやらダーさんがラミリアちゃんから受けた加護は、想像以上に強力なものだったみたいなのです。

 彼がこの力を使いこなせるのは、相当先になるかも知れませんが……今はそれでいいのです。


─── 本当にここに来てよかったのです


 もし、彼と出逢っていなかったのなら。

 もし、彼を好きになっていなかったのなら。


 新しき神々と近づく事はおろか、人類ももうどうでも良くなっていたと思うです。



─── もしかしたら、また私も闘う事になるかもですが……



 今まで見ないように、考えないようにして来たことが、一本の線に繋がった…………。


 私は見届けるのです、初めて愛を教えてくれたダーさんが、この後に待ち受ける世界のうねりをどう調律していくのか。


 すでに加護と一緒に、彼には神々の意思の写しが与えられた事でしょう。

 起き上がった時から、今までとは表情が違って見えているですから……。


─── 私はもう、いつ終わってもいい


 こんなに幸せな日々を、もし最後に与えられる運命だったというのなら、私の悠久の時間は無駄ではなかった。

 そう思えるくらい、彼と出逢ってからの時間はきらめいている。


─── 泉の光が一層強く輝いた


 その時、確かにダーさんとソフィちゃんの繋がりが、小さく細く脈を打っているのを感じ取れた。

 そこに神気を注ぎ込み、お互いの精神に強く働き掛ける ─── !


「ろ、ローゼン! アルが……」


「フフフ、寝オチましたね〜☆ 

楽しい話を持って帰って来ないと許さないのです♪」


「……これで……ソフィは助かるの……?」


 ユニちゃんが青ざめた表情で、ダーさんたちを見つめたまま呟くのが聞こえた。


「 ─── はい。世界が望んだ……運命なのであれば」


 泉の光は徐々に形を変え、神言で描かれた魔法陣を結び出す。

 それはふたりの鼓動を表すように、穏やかに明滅を繰り返していた。

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