第六話 動き出すタッセル

─── アケル北部州ペリステムに帝国軍が突如現れたのと同時刻


 タッセル北西部、アケル南部州との国境付近に今、タッセル王国国軍十八万が陣を張っている。

 その内、タッセル国内でもその名を知られた猛将バダク・アルアフラムは、その精鋭四万の軍と共に、最前線に構えていた ─── 。




 ※ 




「バダク閣下!」


「うーん? 何だ……」


 アケルへの帝国との挟撃作戦か。

 ……全くもって、余は気が乗らん。


 この我が王国の精鋭軍『砂漠の鷹サハ・サクア』を見よ。

 カスペラ王より授けられた、我が軍のみが許された黄金色の鱗、黒備の帷子で造られたスケイルアーマー揃えの雄姿を。

 盾は朝日と三日月を模した、我らがタッセルの紋章『栄光廻陽月円紋』が輝く。


─── 余の軍団こそがタッセルの剣

余の指揮こそがタッセルの威光


 ……それが、なあんだって獣人狩りなんぞ。

 やってられるかってーの、プンスカ。


 魔術も満足に扱えん、蛮勇のみの獣人族など、我が軍の虎の子『十字魔導師団』二万の前ではスズメに網を掛けるも同然。

 もう入れ食い状態じゃん? だって獣人ってアホ多いもん。


 でも、そんな事を余は愚痴こぼせんの。

 だって最高司令官じゃもんね……。


「アケルの使者より、我が国の最後通告の返答が来ました ─── 」


「うむ。読み上げよ……」


「 ─── 我が国アケルは、貴国の要求および、賠償の責は認めず。よって、『やれるもんならやればぁ?』って感じ…………との事です」


「え? 最後の方の言い方は、そなたがあおりを入れたものだな……?」


「いえ。ここにそのように書かれております」


「…………」


 あちゃあ。

 マジで書いてあんじゃん、大統領パジャルの署名までしっかりあるし。

 こりゃあ、向こうもビビり過ぎて、はっちゃけちゃったんだねぇ。


「…………よかろう。帝国との約束の時間まで、後どれくらいだ?」


「ハ! 後半刻後に迫っております」


「ならば……出立するは、今。 ─── 号令を掛けよ!

我らが『砂漠の鷹サハ・サクア』の足下に、悠々暮らせる獣は居らぬ」


 あ〜ぁあ、面ッ倒くっさいなぁ、もう。

 アケル軍だって、まぁだ旧式の帝国軍兵法だろうし、軍備だって維持してる程度じゃん。


 密林が守ってくれるとか、甘っちょろい考えだろどーせ。

 蹴散らした所で、じぇーんじぇん自慢出来ないじゃん? こっちは私財まで軍に入れて練り上げてるってのにさ ─── 。




 ※ 




「 ─── 報告しますッ!

アケル国境に敵を確認ッ! アケル正規軍ではなく、複数種が混じりあった獣人族の私兵団と思われますッ!」


「数は?」


「おそらく、八百〜千程度。こちらの存在に気づき、街道に集結し始めましたッ!」


 かぁ〜ッ、やっぱ獣じゃん。

 そんな見晴らしの良い所で密集とか、矢でも打たれたらハリネズミだよ?


「弓兵、両翼に分かれて展開。街道に押し固めよ。魔導師団、第五〜第四旅団にて、焼き尽くせ……」


「「「 ─── ハハッ!」」」


 さて、見晴らしのいい場所に移動するとするか……。

 移動中には終わっちゃうかもだけど。


 御者の兵が手綱をさばいて、櫓戦車やぐらせんしゃが動き出す。

 国境からは左右に広がって行く振動と、魔導兵二旅団が全身する音が聞こえて来る。


─── ラッパの音が響く


 始まったか。

 流石は我が軍の弓兵よ、静かなものだ。


 今頃、我が国とアケルとの間に、矢のスコールが降っておるであろう。

 獣人どもの悲鳴が、遠雷の如く空気を震わせておるわ。


 高台までもう少し、そろそろ魔導兵も詠唱を終える頃か。

 敵の数からすれば【火炎障壁フラム・ワゥル】で逃げ道塞いで【火炎弾フラム・ブレッド】の集中砲火あたりか。


 赤い魔術光がキレイなんだよね〜。

 肉の焼ける臭いは、あんま浴びたく無いんだけどさ、アレって体に付くと中々取れないし。


 そろそろ赤い光が、空を照らすかな?


─── ゴロ……ッ! ズドオオォォンッ‼︎


 一瞬空が紫に光って、世界が真っ白に染め上げられた。


「……? 何だ、遮蔽物しゃへいぶつでも多かったのか?

魔力消費の高い雷撃系を、こんな見晴らしのいい所で使うなど……」


 しかも今のって、中級魔術規模だったよね?

 そんな強力なの使ったら、魔力消耗大き過ぎじゃん。

 あんなの三回も撃てばジリ貧だけど?


「か……閣下! 国境方向……を」


 御者の兵が、真っ青な顔で余に振り返らせる。

 なぁによ、もう終わっちゃったの?

 あんな雷撃魔術なんか使えば、そりゃ一発だっての。

 後で魔導兵の旅団長叱らな……


─── ゴロッ! ゴロロッ! ズダアァァンッ


 振り返った瞬間、また世界が真っ白に染め上がる。

 くらむ目に見たのは、三発の雷撃が光の輪を残しながら、空に亀裂を刻み込む瞬間だった。

 しかし、その直撃した場所がおかしい─── !


「 ─── な、なな、何をやっておるのだ魔術兵どもはッ!

い、今の位置では、我が軍に直撃ではないかッ! 味方に雷撃を放つなど、混乱状態にでもされたのかッ⁉︎」


 従者が何か言っておるが、耳が雷撃の音で麻痺して聞こえん!

 少しずつ戻る視界で、軍の様子を見た時、余は文字通り頭が真っ白になっていた……。


─── 我が精鋭『砂漠の鷹サハ・サクア』の三分の一が地に伏して、残りは指揮すらままならず恐慌状態にあった


 伝令を待つまでも無く、ごっそりと見晴らしの良くなってしまった戦場は、余の目にもつぶさにその状況が見て取れる。

 稲妻の如き速さで駆け、爪で切り裂き、魔術を放つ獣人族の姿だ ─── 。

 

 獣人の肉体強化は知っている。

 だが、あんな怪物じみたものなどでは決してない……!

 戦場を飛び交う残像が、あれよあれよと我が軍の兵達を吹き飛ばし、または叩き潰した。


「も、もしや、あの新式魔道具とやらの力かッ⁉︎

我が軍にも取り寄せ、検分したではないか!

あれには魔力を使い過ぎ、連発は出来ぬという欠点が……!

─── それにさっきから何だ! 何故、ひとりの獣人が複数属性の魔術を使い分けておるのだ……ッ⁉︎」


 従者と護衛にそう叫んだ時、彼らが首を項垂うなだれているのに気がついた。


「な、なんだ……どうした? 返事を ─── 」


 同時に彼ら四人が崩れ落ちて、乾いた地面に朱が広がり、ドス黒い滲みを残す。

 彼らの胸元には拳大の大穴が、黄金色のスケイルアーマーごと、スプーンでしゃくったかのように開けられていた。


「 ─── あ〜あ、一回でまとめていけるかと思ったんだけどなぁ」


「だぁから言ったろ? 光属性は威力すげえけど、集中させんのがムズイんだって。

大人しく他の属性も使っとけや」


「やなこった! 光線かっこいいから、おれは光にこだわるのッ‼︎」


「……ガキかよ」


 こちらへと、二人の獣人が喋りながら、坂道を歩いて登ってくる。

 余に気付いても、怯えるどころか、ため息交じりに光線がどうとか……。


─── 今のはこやつの魔術だったというのか⁉︎


 光の神への信仰はおろか、そのほとんどが守護神契約すらせぬという獣人が、光属性の魔術だと⁉︎


 慌ててサーベルの柄に手を乗せる。

 それを見ても、ふたりの獣人は眉ひとつ動かさずに、未だ魔術談義に花を咲かせていた。


「エリン様の雷撃は神技だったけど、光系統の魔術の精度も激ヤバだったじゃねーか!」


「あんなもん参考にならねえだろ……。

次元が違い過ぎなンだって」


「 ─── き、きき、貴様らッ‼︎

何をぺちゃくちゃと……! 戦場への……相手への礼儀は無いのかッ、この獣どもめ……」


 開戦を揺るがした悲鳴は、矢に怯える獣人どもの声では無く、我が軍のものであったと⁉︎


 恐らく勝てぬ、いや、余はここで死ぬ。

 その最後がこんな腑抜ふぬけた終わり方など、余の軍人人生の誇りにかけて許さぬ!


 と、片方の獣人が、首の後ろで気怠げに組んでいた手を下ろした。


「ああ? あるわきゃねーだろ。

鹿を狩りに行ったつもりが、バッタしか居ませんでした〜って、笑い話にもなンねーだろ。

想像以上に歯応えなくて、練習にもなンなかったぜ?

─── 五月蝿えから寝とけ、くそ


 指先がスッスッと動き、宙に印を結ぶ。

 その瞬間、世の胸元に火が付いたような熱が走った。

 胸元を確かめようとするも、首が動かぬ。

 そして目の前は真っ青一色。


 何が起きたのか、手足の感覚すら失った世界で、声だけは出せた。


「…………? い、今何を……?

魔道具は、持って居らぬではない……ごヒュッ! ゲボッガハ……ッ⁉︎」


「魔道具? ああ、もうありゃおれらには要らねーのよ。今は外貨稼ぎの民芸品みたいなモンだわ」


「あー、まだオレらが魔術使えねぇって思ってんのかタッセルは。

─── いや、他の国には教えてねえンだっけか。流石、族長達はタヌキだよなぁ~」


 自分が倒れている事すら分からなかった。

 ふたりの談笑する声が、坂道を下って行く。


 撤退を叫ぶ事も、もう叶わぬ。

 いや、戦場の音はもう静まっていた ─── 。




 ※ ※ ※




「なるほどなぁ。本部から極秘情報として端的には聞いていたが……。

─── 勇者伝に帝国に、魔界の役割……そして勇者の悲願か」


 ガストンが腕組みして唸る。

 大体の事は食事の時にも聞かせたが、あそこには他にも色んな人達がいたから、全ては話せてはいなかったしな。

 ソフィア達と俺の七人、そしてガストンを呼び出して、全ての事を話した。


 結局いずれはガストン以外にも話す必要が出てくるかも知れないけど、今はただ混乱させるばかりだし、彼だけには教えておこうと考えた。

 マールダー南部のギルドの実力者であり、信頼できるのは彼だからだ。


 俺が『魔王の孫』ってのは、かなり驚いていたみたいだが、流石はガストン。

 しばらくどもりながら質問を浴びせかけて、話の筋が通ると、驚く程すんなりと受け入れてくれたようだった。

 全てを話し終え、今はやはり直面しているアケル情勢について、改めて話が進み始める。


「状況から考えるに、帝国の狙いは覇権の再構築。

魔族防衛への意識が各国から減って、協賛費は下がってる。更に世界全体の経済力が上がって来た今、資源が豊富とは言えない帝国は先細りだ。

─── ここらで一度大勝負ってのが、表向きの狙いだろう」


「そうだろうなぁ。今回のアケル侵攻に関しても、何故いきなりアケルなのかって言やあ、世界への見せしめってなモンだろ」


 そう、単に反帝国・反教団の背教国を許さないってんなら、真っ先にシリルへ宣戦布告した方が早い。

 最近まで経済援助を匂わせた懐柔と、教団を使った植民地状態もあったわけだし。

 『栄光の道』の再開発で、周辺国に富と新兵器をばら撒いているのはシリルなのだから。


 シリルを放っておけば、中央のパワーバランスが帝国と二分され兼ねない。


 いくら帝国要人の暗殺が、タッセルで起きたからと言っても、それがアケル主導のテロかどうかは証拠がなさ過ぎる。

 普通なら侵攻するのに最低でも二年は掛かりそうな程、帝国とアケルは離れているのに、それを埋めたのは ───



「 ─── 『ゲート』のお披露目ってヤツかねぇ……」



 ゲート、正式な名称が帝国から伝わっているはずもなく、ただそう呼ばれているそれは、突如として街のどこかに巨大な門が現れ、膨大な数の帝国軍兵士を送り込む現象。


 一週間程前、帝国は突如アケル北部州首都ペリステムに現れて制圧。

 その時に使用された召喚魔術に似た、詳細その他が一切不明のものだった。


 同時に周辺都市四ヶ所にも、帝国軍は現れたが、どうもそちらの方は本気では無かったようだ。

 獣人達と撤退戦を繰り広げながら、直ぐに移動を始めたそうだ。

 現在は陥落したペリステムに、全ての帝国軍を集合させ、沈黙を保っている。


「術の痕跡は残っていなかったんですか?

ペリステムまで押し返した後は、他の四都市は取り戻せたのですよね? 調査はしましたか」


「ああ、それはもうギルドの方で調べてある。

─── 術式は何も残ってねえし、何かが媒体にされた様子もない。

兵を置いたら綺麗さっぱり消えちまったらしい。ゲート近くにいた奴らは真っ先に殺されちまったから、予兆なんかも分からず終いだ」


「突然現れ、派兵して消える……か。

まずそんな魔術は聞いた事がないが、それだけの人数を一気に送るとなると、相当な魔力と痕跡が残るはずだが……。

─── それがどれだけの頻度で使えるのか、どれだけの精度で送れるのか、分からない事にはどうしようもないな。……背教国は気が気じゃないだろう」


 地理的な戦略、砦とか布陣の知識が、全く役に立たなくなる。

 しかも、送られて来るのは事実上、世界最強の帝国軍だ。


 これがシリルなんかの近隣国だったとしたら、まず何らかのトリックが疑われてしまうだろう。

 アケルまでのこの長距離が、疑いようのない悪夢なのだと、誰でも分かるのがイヤらしい。


「それだけの新戦略を持っていながら、何故今、わざわざ膠着こうちゃく状態を作っているのかしら。一気に総督府を叩き潰せば良いのに、どうして北部州ペリステムを……?」


 エリンの指摘も、もっともだ。

 北部州から総督府のある中央部州北部まで、それ程離れてはいない。

 送り込むとすれば、いきなり総督府を落として、大統領を押さえてしまえばいい。


「更に何か、世界に見せつける為の策略があるのか……。それともゲートには、何か発動条件でもあるのか。

エリンの言う通り、回りくど過ぎなんだよなぁ」


「もしかして、あの噂と何かあるんですかね?」


 ソフィアの言葉に、皆が顔を上げた。


「その噂ってぇのは『帝国に勇者ハンネスが復活して姿を現した』ってぇヤツか。

……今の所アケルじゃあ、そいつを見たってヤツはいねぇし、あくまで噂レベルでな。

─── もし、本当にそうだったとして、回りくどい作戦とどう関係があンだ?」


「……魔王はマナから魔力を生み出し、それを配る事で魔界全体が強化されます。

同じように……勇者は人々の希望が集まると、力が増幅される。そう言う能力があるんですよ、それぞれの適合者達には」


 『勇者は人々に希望を与える』そう言う存在だとは、勇者伝でも言われていた。

 結果的にそれは勇者に力を与え、調律の運命を乗り越えやすくする。


 そう言えばあの記憶映像でも、爺さんが人界の王達を諦めさせる為に勇者ハンネスと戦った時と、父さん達に襲い掛かったあの時とでは、勇者の強さは別物だった。

 ……あれは爺さんが仕組んだ勇者達を守るための『魔公将VS勇者』の八百長が、結果的に人々の希望を勇者に集める事になったからかも知れない。


「そうか……。勇者に希望を集める為に、わざわざ戦を伸ばして、いいタイミングで投入すりゃあ一石二鳥ってとこだ。

─── って、しっかしソフィア……オメェがそれを知ってるって事は本当に『調律神オルネア』だったんだな……。あっ、生意気な言いかたしてスンマセン、敬語の方が……いいっすよね?」


「ハァ……。そう言う小物丸出しな手のひら返しとか、ほんとギルマスはギルマスのままですね。

フフフ、今までと変わりませんよ。やってる事も、やる事も。

結局、私は私なのですから、ガストンさんも今まで通りでお願いします♪」


 ガストンは安心しつつも『いや、アルフォンスとくっつく前までは、修羅みてぇだったじゃねえか』と困惑している。

 他のギルドメンバーからも、俺と会う前のソフィアの話は耳にしたけど、もう軒並み殺伐としてたからなぁ……。


「所でガストンさんは、どーしてなの?」


 とうとうユニが突っ込んだ。

 最初から誰も触れないようにしてたんだけどな。


 頭には三角帽子、シマシマのパジャマを着て、膝にはマイ枕を乗せている。

 ヒゲ面、ガチマッチョの大男ガストンがだ。


「い、いや、だってよう!

アルフォンスが小声で『今夜ゆっくり話したいから部屋に来てくれ』なんて言うからよぉ。

てっきり俺ァ、久しぶりの再会だから、男同士ピロートークのお誘いかと……」


「なんで俺がガストンと寝なきゃなんねえんだよ! 話すとすりゃあ、酒だろ男は!」


「……嬉しかったんだよぅ。あんまし、仲良くしようとしてくれる冒険者は居ねえしよ?

なぁんか青春時代の、ダチ同士の夜みたいのに憧れがあンだよ……」


「たぶん、男の子同士の青春な夜でも、三角帽子にパジャマでピロートークは、まずありえないと思うの」


 ユニはガンガン核心突いていくなぁ。


「え? マジか……⁉︎ でも寝る時はパジャマだろ? 普通だよなっ⁉︎ アルフォンスだって帽子くらい被るよな? なっ⁉︎」


「……済まない。小さい頃は冷えないようにって被らされたけどな……。故郷は寒かったからさ。後、地方だとシラミ防止に被るとかは聞いたぞ? 大丈夫だ、ガストンひとりじゃねえから。俺は絶対に嫌だけど……」


「 ─── 俺ァ、マイノリティだったんか……」


 まさかこんな所で、カルチャーショックを受けるとは、夢にも思わなかった。


「ん、オニイチャは、たいてー、パンツにシャツな?」


「暑いの苦手なんだよ。冬でもさぁ、布団の中って、暑くなったりしない?」


「…………ほーん、アルフォンス、ティフォ。

そんな話が出来るってこたぁ、お前らはもう同じ寝所にって事だよな……?

─── くあーっ、結婚してぇッ‼︎ 同じ帽子被って夜一緒に寝てぇッ‼︎」


 またも触れづらいガストンの呻きが木霊した時、部屋の隅で光が走った。


「よう、ローゼン! 今日はコウモリじゃないのか?」


「だってぇ〜、ダーさんが人界に帰って来たですよ? 生身でナマでイキたいに決まってるじゃないですか。

─── うん? このとんがり帽子の大きな小人さんは誰です?」


「こんなデケェ小人居てたまるかよ……。

─── ああ、紹介するよ。バグナスのギルドマスターのガストンだ。

色々と世話になってるんだよ。こう見えて頼れる人なんだ」


 ガストンは突然現れたローゼンに呆然としつつ、なんだか恥ずかしそうに帽子を脱いで、脇にキレイに畳んだ。

 帽子くらい気にしなくていいのになぁ、それにこういう妙な所は丁寧なんだよなこの人。


「あー、えーっとガストンだ。アルフォンスの紹介の通り、バグナスでギルドマスターをやってる。

えーっと、どちらさんで?」


「ご丁寧にどうもなのです。私はメルキアのローゼンと言うのです。ダーさんの婚約者やってるですよ♪」


「あっ! もうひとりの婚約者かッ⁉︎

って、アンタ一体どうやってここに来たんだ? 転位魔術で来たって事は、前に一度、中央部州のこの部屋に来たって事だよな……⁉︎」


「いいえ〜。私のは記憶の座標じゃ無いのです。ダーさんのいる所がホームなのですよ☆」


 いやもう、卑怯なくらい超々高度な技術だよなそれ。


「ああ、そうだ。ローゼンなら分かるかも知れないな! 実は『ゲート』って現象を帝国が使っててな ─── 」


 分かる限りの事を伝え、ローゼンに尋ねてみる。

 彼女はビン底眼鏡を指でくいっと持ち上げ、何やら考え込んでいた。


「 ─── そんな高度な技術、聞いたことね!ですよ……。

しかも、そんな事象を起こすとなると、扱うエネルギーは膨大になるですね。

人類やそこらの持つ魔力では、まず不可能だと思うです」


「だよなぁ……何なんだろな、ホント」


 と、ふたりで頭を捻っていたら、急にガストンが立ち上がった。


……メルキア公国のローゼン‼︎

あの天才医術師にして、ヴァンパイアの……あのローゼンッ⁉︎」


「あら〜、流石に都会のギルマスともなると、物知りなのです。

そですよ〜、私がそのローゼンちゃんなのですよ☆」


 ローゼンがニヘラと、人見知りの引きつった笑顔を浮かべた時、集中力が途切れたのか、重厚な魔力と神気が部屋を押し潰した。

 ガストンの黒目が、グルンと上を向いて失神する。


─── ホント、いい人なんだけど、締まらないんだよなぁ……




 ※ ※ ※




─── アケル北部州、都市部から離れた、川沿いの街の教会


 中央部州のギルマス、ミシェルさんに聞いて、俺達は孤児院に訪れていた。

 何故、わざわざ戦地の近いこの街に来たのかと言うと、以前のアンデッド騒動の時の心残りがひとつあったからだ。

 孤児院のシスターに案内されて、子供達の遊ぶ部屋へと通された。


 ただ、子供達はみな外で遊んでいるらしく、この部屋に居たのは、小さなベッドでスヤスヤ眠る赤ん坊と、部屋の隅の方で机に向かっている女の子だけだった。


「 ─── ですわ。

以前の記憶は消えてしまったようで、今は『シンリィ』の名で暮らしています。

意識を取り戻したのは、事件から半年後でした。今はああしてよく絵を描いておりますけど、あまりお友達と遊ぼうとはしません……」


 シスターの指した先、ブラウンの長い髪の少女が、机に向かって黙々と何やら描いている。

 あの時、落ち窪んでいた目の周りや、やつれ切っていた頰は、年相応のふっくらしたものになっている。


─── 二年前、陥落したペリステムの街のとある屋敷で、アンデッド化した父親と地下室に居たあの時の娘だ


 父親はすでに魂までけがされていて、蘇生は不可能だった。

 彼女を匿おうとして力尽き、アンデッドになった後は、娘を隠した部屋の木戸を引っ掻き続けていたようだ。

 彼女は食料が尽き、見つけた時にはもう死の直前まで疲弊していて、魔術で回復はさせても意識は戻らなかった。


 彼女の生存を祈った父は、アンデッドとして娘の血肉を求め、その幼い心を恐怖で蝕み続ける事となってしまったのだ……。

 彼の想いは踏みにじられ、娘は心を壊し、今や父親の記憶すら残って居ないという。


「 ─── きっと、アルフォンス様の事や、ソフィア様の事も憶えて居ないでしょう……」


「いや、憶えて居なくていい。

辛い事を思い出させてしまうかも知れないと思って、ここに来るのも悩んだんだ……。

何も出来なくて済まない」


「いいえ! 何を仰いますかアルフォンス様!

貴方様からお送りいただいた寄付で、あの子も、ここの子供達全てが何不自由なく暮らせています。

─── 国をお救い下さっただけでなく、私たちにまで……。なんとお礼を申し上げれば良いのか……」


 アケルからダルンへ旅立つ前、後、旅の途中に何回か、この孤児院やペリステムの街の復興に、ギルドを通して送金していた。

 別にそうした所で、彼らの傷が癒える事はないし、どこまで支えになれるかは分からなかった。

 ただ、困窮して暮らすより、先立つ物があれば、心も前に進みやすくなると考えたから。


 里から出て来てすぐ、手持ちのお金が無かった時は俺も不安だったしね。

 お金さえあればいいって事はないけど、お金があれば選択肢は広げやすい。


「お話ししてみても、よろしいですか?」


「はい、ソフィア様。ぜひ、話しかけてやって下さいまし。

……記憶には無いかも知れませんが」


「その方がいいかも知れませんね。

下手に記憶を刺激しないように、初めて会う者として接しますね」


 そう言うと、ソフィアは少女の方へと歩き出す。

 そこに続くのはエリンとユニ。

 赤豹姉妹は、あの時彼女に回復魔術をかけ続け、医師に引き継ぎするまで世話をしてくれていた。


 ティフォはスタルジャと手を繋ぎ、ふたりとも何処か心細そうにしているようにも見える。


 ここは孤児院だ。

 形は違えど、親との辛い過去を持つ彼女達には、ちょっと思い出させるかなと、ギルドで待っているように言った。

 しかし、彼女達の願いもあって、今ここに居る。


「こんにちはシンリィちゃん。私はソフィって言うの。

─── あら、ステキな女の人の絵ね、お姫様でしょうか?」


「…………(コクン)」


「フフフ、お姫様が好きなのですね♪」


「…………(コクン)」


 ただうなずいているだけだが、それでも意思表示はしているし、二回目の時は少し、表情に和らぎが見えた気がする。


「シンリィちゃんは可愛いですから、もしかしたら将来、お姫様になれるかも知れませんね〜☆」


「…………ホン……ト?」


「はい☆ 世界はどこにステキな出会いがあるか分かりませんからね。

どこかで運命の王子様が見つけてくれるかも知れませんよ?」


「…………うふ」


 ソフィアは基本的に、俺達以外の人間には興味無さ気にする。

 ただ、子供にはやはり優しい目を向けるし、話しかける時は、女神のように穏やかだ(女神なんだけど)。

 シンリィは少しだけ笑って、また紙に向かって、手を動かし始めた。


「……元気そうでよかったの。ちょっと心配してたの。

アル様もそうだったのね、ずっと寄付してたの?」


 ユニが小声で話しかけて来た。

 純粋な彼女も、やはり胸を痛めていたんだろうなぁ、少し表情が曇っている気がする。

 努めて普通の顔にはしているが、そういう表情が読めるくらいには、彼女との絆を深められたのかも知れない。


「ほんの、少しだけだけどな。あの騒動で孤児になった子は、たくさん居るらしい。

全部の孤児院にってのはちょっと無理だけど、出来る限りの事はしても良いかなって」


「ありがとうなの……アル様」


「なんでユニがお礼を言うんだよ」


「ううん。私がみんなの代わりにお礼を言うの」


 そう言うとユニはクスッと笑った。

 彼女の表情は少し明るくなったようだし、おかげで俺も少し、肩の力が抜けた気がする。


 やっぱり俺も、なんか背負い掛けてんだろうな。

 こういう時、彼女達が居てくれると、気楽にしてもらえるから助かる。


「…………」


「あら、あのお兄さんが気になります?

フフフ、かっこいいでしょ? アルくんって言うんですよ♪」


「…………アル……」


 シンリィは緑色の瞳で、俺の方をジッと眺めた後、また絵を描くのに没頭し始めた。

 見つめられた時は、一瞬記憶でも蘇ったかとどきりとしたが、そうでは無いようだ。

 女性ばかりの中に、男は俺ひとりだし、大人の男は珍しいのかもな。


 結局、シンリィと会話が出来たのはソフィアだけだったが、様子を見る事が目的だったし、良しとしよう。

 少しシスターと会って、挨拶を済ませてから、孤児院を後にした。

 今の戦争状態を危惧して、孤児院では近々疎開しようと考えているそうだ。

 また何か協力してやれるのなら、してやりたい。


「それにしても、シンリィちゃんの絵、上手だったね。私、あれくらいの年の頃、あんなに描けたかなぁ〜」


「うん。上手だったの。ちょっとソフィに似てたの」


「え? 私に似てました? 王笏もってたし、ヒラヒラのドレス着てたし、シンリィちゃんもお姫様って言ってましたよ♪」


「あ、あれ王笏だったの? 私はソフィが持ってる杖みたいだな〜って思って見てたの」


 そう言われて見ればソフィアに似てたかもなぁ。

 でも、ソフィアの姿をあの子は見てないだろうしなぁ。

 小部屋に入った時には意識失ってたし。


 戦争か……出来ればあの子にはもう、辛い思いはして欲しくないなぁ ─── 。




 ※ 




─── 数時間後


「あらあらシンリィ、今日もたくさん絵を描きましたね〜。

またお姫様、上手になったのですね」


「…………」


「ふふふ。こっちの絵もステキだわ♪

─── あら? この絵は何かしら、ちょっと怖そうねぇ」


 シスターが目を止めた一枚の絵。

 そこには黒い髪で、真っ黒な鎧らしきものを身につけた男の絵が書かれている。

 眼は紅く、そして額には紫色の角が描かれていた。


「これは……角ね? 魔族かしら、怖いわねぇ」


 シスターがそう言うのを、シンリィは首を振って否定した。


「うん? 怖い人じゃあないんですか」


「…………アル……」


「え? 今日来て下さったアルフォンスさんを描いたんですか⁉︎」


 驚くシスターに、シンリィは頷き、もう一度『アル』とつぶやいた。


「フフフ、でもアルフォンスさんには、角は生えてませんよ? 確かに髪は黒で瞳も紅、確か鎧も真っ黒だとは聞きましたけどね。

……あら、知っていたの?」


「…………」


「ふふ、でも……角があると魔族だって思われてしまいそうだから、次は角がないアルフォンスさんを描いてみましょうか?

アルフォンスさんも喜びますよきっと」


「…………まぞく……じゃない?」


「そうです。とてもお優しい方ですよ、あのお方は」


 シンリィの片付けを見守ってから、シスターは次の子供の所へと移動する。

 彼女は棚に片付けられた、自分のお絵描きセットのカゴを眺めて、ひとりつぶやいた。



「……ゆうしゃ……さま」



 寝る用意に掛かる孤児院の寝室は、子供達の騒ぐ声で溢れかえり、彼女の呟きは誰の耳にも届かなかった ─── 。

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