第十七話 覚悟の芽生え

 アーキモル宮殿の通路に、一定のリズムで震える、やや間の抜けた低音が響いている。

 これはアントリオン族と共生する、別種族『タンダウロ族』の鳴声である。


 オケラの性質を持ち、またオケラと酷似した姿を持つ、地中に暮らす種族。

 彼らは日没から日の出まで、こうして『ビー』っと、背中にある小さな羽を擦り合わせる事で音を発するのだ。


 人類よりも魔物に近い彼らは、昆虫のオケラのように、テリトリーの主張や、つがいを求めて鳴く必要はあまり無い。

 ただ、こうして鳴く事が出来る環境にある事は、彼らにとっての平穏であり、喜びを歌うためだとも言われている。


 ちなみに結構うるさい。


 人によっては眠りの妨げともなるため、他種族に対して人畜無害なアントリオン族くらいしか、共生する者もないという。

 その鳴声がアントリオン族にもたらす利点といえば、夜中に寝ぼけて起きた時に『マジカヨ、マダ夜中ジャネーカ』と我に返る時に役立つとはいうが、その例は非常に稀である。


 重ねて言えば、共生と言いつつ、特に何もアントリオン達にプラスとなる行動はしない。

 だが、アントリオン族とタンダウロ族は、例外なく共に暮らしているのである。


 一説では、勤勉なアントリオンの民にとって、マイペースな自由人のタンダウロの民の生き様を目にするのは、ひとつの娯楽なのではないかとされているが、詳細は不明だ。

 それは魔界社会行動心理学者の中でも、解けない謎のひとつと言われている。


 それでも彼らは、自分でも分からぬまま、運命を共にしようとする─── 。




 ※ ※ ※




「そっかそっか〜☆

愛する女の子を救うために、殿下、チョーがんばってんだぁ〜」


「……お、おう」


 会談に招かれた女王の居室のひとつ『花藤の間』に、ビーっとこだまするオケラの声をBGMに、ペルモリアのキャピキャピした声が続く。

 ちなみに部屋名の冠となる『藤』の花言葉は『歓迎』とか『恋に酔う』だそうで、今の状況に一致し過ぎてる感が否めない。


「あー。一応、今のうちに言っておくが、ここにいるエリンとユニも婚約者だ。

それとドワーフ達の所にふたり、人界にもひとり、残して来た婚約者がいる」


 先に言っておいた方が、騒がれずに済むだろうし、残して来たソフィアやティフォにも、失礼がないようにしてもらいたいしな。

 ここは正直に言っておこう。


 ローゼンに関しては、通い妻状態だが、説明がわずらわわしいので置いて来た事にする。

 それにペルモリアが一夫多妻反対派なら、ちょっと静かになってくれるかも知れないし。


「え! 即位前なのに?

いち、にぃ、さん……六人も⁉︎

─── まじ、うっそ、超魔王じゃあ〜ん☆」


「……あ、うん。

えっと、引かないのか?(超魔王ってなんだ?)」


「全然! だってさぁ、フォーネウス陛下からは、より血統の近い女性からひとりだけって、定着したけどぉ。その前はバリバリよ?

全種族から嫁を娶るとか、昔は通例だったりしたしぃ〜。全種族とか、四十八人もいるんだから、ヤバ過ぎっしょwww」


「 ─── よ、よんじゅう……はち……ッ⁉︎

よ、よく体が持ったな……。

あ、いや、あっちの話でなく、全員を平等に愛するとか、相当マメじゃなきゃ暴動になるだろ?

……その前によくもまあ、全種族がそれぞれ応じたもんだ」


 俺なんか六人いるだけで、タジタジだ。

 うらやまましがられる事はあっても、実際のところ、皆の事を考えるとテキトーな事なんか出来やしないしな。


 その……大人な関係だって、おいそれと踏込み難いんだよ……彼女たちの心情を思うと……。

 むしろ普通よりも奥手というか、遅れてすらいる。


「全然! 魔王ったら、力の象徴。むしろ殺到して大変だったんだよ?

種族内で誰が嫁ぐかで、刃傷沙汰とかあったくらい♪ 今もさ、新魔王即位ってなると、バトルロワイヤルする伝統だけが残ってるとこもあるし」


「なにそれ、おっかねぇ……」


 全種族、各地から屈強な女が押し寄せるのか。

 色んな意味で身が持たなそうだ……。


 ちなみにどうでもいいが、キャピキャピした口調の中に時折『じゃ』って、老人口調が入る感じが、さらに脳を震わせる。

 と、ペルモリアは何かに気がついた様子で、バツの悪そうな顔をした。


「んー、したっけねぇ……。とりあえず、アマーリエの残した言葉に、その子の話ないけど?」


「ああ、それでいい。最終的にアマーリエの足跡を辿る事が、スタルジャを救う事になるらしいから……。 アマーリエは何て?」


「んっとね、確か……

─── 『兄となる者を支えなさい。それはやがて、大いなる闇のひとつを討ち払い、奇跡の光を呼び醒す』だったかな?」


 『大いなる闇のひとつ』だと?

 勇者とリディか? それとも帝国とエル・ラト教団の事だろうか?


 やっぱり抽象的だが、アマーリエの予言はそういうものだと、母さんも言ってたしな。

 その内、意味も分かるんだろう、驚く程の精度で。


 ただ、もうひとつ気になるのは『兄となる者』だって?


「…………」


「…………」


 それとなくロジオンの方に振り向くと、顔を真っ赤に染めて、帽子の縁をいじくり回している。

 急成長に合わせて新しく服を仕立ててもらったものの、帽子は間に合わず、未だ少し頭から浮き気味だ。


「あれ? もしかして『何のこっちゃ分からん』って感じッ⁉︎

アマーリエってば、ここに来るのが殿下だって、一言も触れてないんだもん。知ってたら子供らに調べさせて置いたのにぃ……ちょべりば」


「(ちょべりば?)……後出しになったが、それは越えられたっぽいな」


 そう言うと、ロジオンは目を一瞬合わせたあと、激しく泳がせてカクカクとうなずいていた。


「あ、殿下の兄になるかも知れないってことはぁ〜! イロリナ殿下の……。ムフッ、もしかして、ロジオンってぇ〜♪」


「黙れペルモリア。それよりお前だって、ロフォカロムに強い思い入れがあるみたいだが?」


 そう言えば、ペルモリアがいきり立った時に『永遠のダー』とか、ローゼンみたいな事を言ってたな。

 俺がロフォカロムの加護を受けてるのを知って、ブチ切れたわけだし。


 と、ペルモリアの頰がポッと紅くなる。

 外骨格が紅いけど、どうなってんだアレ?


「だってさ……チョーカッコよくない?

強くて、強くてぇ、あとケンカ強いし」


「強い以外の情報が皆無だな……」


 確かにロフォカロムは強かった。


 多分、あの隔離世界での擬似的な闘いじゃなかったら、もっと苦戦したんじゃなかろうか。

 攻撃範囲と威力がデカ過ぎて、現実だったら、俺は守るべきものが多過ぎて、身動きが取れなかったかも知れない。

 それは彼も同じ事だったみたいだが。


 勝負ってのは、つくづく時の運と、相性がモノをいうもんだな。

 一概に『これだから勝つ』とは言い切れない。


「ふーん、あなたは強い男が好きなのね?」


「そ! だって自分より強い男に、強引に迫られるとか、自分の前でだけ弱さを見せてくれるとか、グッと来るっしょ?

獣人族なら、この辺分かるっしょ?」


 エリンはそう切り返されて、ぶっきら棒に『ウン』とだけ答え、俺の方をチラ見した。

 すぐそっぽ向いたけど、顔は真っ赤だ。

 なんだこれ、クソ可愛い……。


「いや、お前女王だろ。こんだけ大家族がいる人妻だろ? 不義理じゃあないのか」


 そうロジオンが突っ込み難い所に触れた瞬間、ペルモリアはバンッとテーブルを叩いて立ち上がった。


「はぁっ⁉︎ 妾、結婚とか知らないし、付き合ったこととかないし!」


「「「 ─── へ?」」」


「いや、だってあなた、あの時『腹を痛めて産んだ我が子の命を、無下にする親があるか』とか言ってたじゃない……?」


「あ! そう言えば俺、思いっ切りお前の腹に攻撃を ─── ⁉︎」


 冷汗がダラダラ噴き出して、唇が緊張に油っぽくなる。

 俺、もしかしてとんでもなく酷い事を⁉︎



「ほほほほっ! 殿下ビビり過ぎぃ♪

─── てゆーか、この体は本体じゃないし」


「「「は?」」」


 彼女の目くばせに、オケラのチャールズが部屋の片隅にある、大きな仕切りのカーテンを開ける。


「「「 ─── うぅっ⁉︎」」」


 そこには体高四〜五metはありそうな、巨大な女王アリが、蠢く巨大な腹を壁の向こうに伸ばしてこちらを見ていた。

(※1met=1m)


 アントリオン族の姿を見慣れて来ていたとは言え、これ程巨大で、なまめめかしく動く白い腹をいきなり見た衝撃はデカイ ─── !


「だって妾、こんなお腹じゃし?

そうちょこまかと出歩けないもん〜☆」


 巨大な白銀の女王アリ本体が、大型船の錨のような大アゴをガシンガシンと打ち鳴らして、極明るい口調でそう言った。

 その動きに合わせて、今目の前にいる人型のペルモリアも、同じく口を動かして声がダブっていた。


─── 今までのは、操縦型のゴーレムだったのか!


 つまり、俺が闘ったペルモリアは、本体ではなく、遠隔で操られていた人形でしかなかったと言う事だ。

 道理で女王である彼女だけ、アリの下半身じゃなかったわけだ。


「……だ、だからな? じゃあ、一体どうやって、産卵して来たってんだよ、旦那も無しで!」


 流石は少年本部長、俺達の聞き難い所も、ズバッと切り込んで行くぜ!


「わっかんないもん。気がついたら女王だったし、産んでたしぃ。

ふつーの生物の生殖とは違うんじゃなーい?」


「「「…………」」」


 四人とも完全に言葉を失っていた。


 無から民を産み出す。

 これじゃまるで神じゃないか。


「驚いたっしょ? えへへ、この姿見ると、たいてーひくかんね。普段は隠してんだー☆

ロフォっちなんてさぁ、開口一番『きもっ』とか言ったんだよ? ひどくな〜い?

─── まあ、そんな正直なとこも、可愛いんだけどさぁ……ふふふ」


 ロフォカロム、永遠の反抗期みたいな奴だなほんと……。

 率直にも程がありやがる。


「……そ、そうね。で、でも、強い男が好きだって言うなら、そのロフォカロムもあなたも倒したアルさ ─── 」


「わーっ! わーなの、エリン、それはわーっなの、ね?」


 エリンの口を必死に塞ぐと、彼女も自分の発言の危うさに気がついたのか、会計時に財布を忘れた事に気がついた人みたいな顔をして、俺に拝むように手を合わせて『ごめ……』と囁いた。

 危ねぇ、絶対に興味持たれたくねえ。


「ま、まあそのなんだ……。今回のアマーリエの予言は、あまり直接的なものではなかったようだな……」


「 ─── それだ。

でも、かなり見えて来た気がする。何故、俺にこの魔界の旅をさせたかったのか……」


 アマーリエの足跡を追う。

 それは、フォカロムでロフォカロムに会い、セパルでセィパルネに会い、パルモルでペルモリアに会う流れだった。

 それは奇しくも、魔王の居る王都から、発見され難いルートと一致している。


 これはアマーリエが、俺達の現状を三百年以上前に見越して、移り住んでいたと考えてもあながち大きな間違いではないかも知れない。


「単純に魔界に来るだけでも、俺は魔王に連なる者としての自覚は、多少持っただろう。

でも、この勇者との争いの中で、魔王としての覚悟にまで至ったかと言えば、少し怪しい……」


 当たり前だ、約二十二年間、自分を人間だと思って生きて来たんだ。


 加えて初めての敗北、そこで受けた魔剣による精神的外傷トラウマの壁と、自信の喪失。

 アマーリエの予言という、目の前の希望が無ければ、もっと時間が掛かったんじゃないだろうか。


「ロフォカロムとの闘いで、マドーラやフローラの助けを借りて、本気を出す勇気をもらった。

セィパルネとの闘いで、感情を乗せ、想いで闘う経験を得た。

ペルモリアとの闘いで、守るべきもののために、雑念を払う覚悟を知った」


「……アル様が、魔王になるため……。

ううん、勇者から魔王の座を奪うのに必要な覚悟 ─── 」


 エリンが唾を飲む。

 ユニもロジオンも、テーブルに寝そべっていた満腹のミィルさえも、緊張した面持ちでこちらを見ていた。


「そうなんだよ、きっと。

今までだって、その時々で重要な人達が居てくれたり、紙一重のタイミングに恵まれて、ここまで来れた。

多分、俺が気づいていないレベルでも、たくさんの偶然があっただろう。

…………全ては覚悟に向かうために」


 思えばアマーリエの予言に触れたのは、南アルザスの緑の帯ランヤッドに暮らす、風の境界フィナウ・グイのエルフの里からだ。


 たまたま、シリルの『栄光の道』再開発の動きを、帝国が過敏に反応して閉鎖したから、あの里に辿り着き、アマーリエの予言に触れる事となった。

 たまたま、そこがアマーリエの立ち寄った里だったからだ。


 風の境界フィナウ・グイの一族は、古くに魔界から人界に渡り、あの地に流れ着いた。

 この広い世界での、彼らとの出逢い。


─── もうこの時点で、確率にすれば天文学的な数字だ


 沸き起こる確信と、数奇な運命の流れに、否応無く胸が熱くなる。

 と、その時、ペルモリアが『ふふふ』と笑い出した。


「ほんに、アマーリエの予言は恐ろしい。

まずはお詫びを殿下。実は、預かっておる予言はもうひとつ。

─── 殿下の口から『運命』と『覚悟』の言葉が出るまで言うなと……」


 ゾクリと鳥肌が立った。

 それはまさに今、自分が結論付けたばかりの言葉を、アマーリエが見ていたかのようなタイミングだ。


「流石にここまで予言の通りになると、妾でさえ粟立ちますわね。

─── 『高原にて、我が骸を拾いなさい。愛は叶えられ、世界に新たな柱が生まれる』」


「 ─── ッ⁉︎」


 高原ってのは、アマーリエの消息情報が尽きた『アスタリア高原』の事に間違いない。


─── 『我が』だと? そこにアマーリエの死体があると……!


「アマーリエは……死んだのか……」


「分かりませぬ。妾がアマーリエと顔を合わせたのは一度きり、殿下誕生の直後のみでございますゆえ」


 予言者アマーリエ。


 一番の謎は、なぜ、俺への予言にこれ程の執着をみせたのかだ。

 勇者の示唆した『天界を潰す』と言う事が、俺の思っている以上に、現実に近いのだろうか。


 乳幼児期に一目会っただけの俺に、彼女が入れ込むとすれば、それくらいの未来が見えていたのかも知れない ─── 。




 ※ ※ ※




「ん、……で? オメエ、そんなんが、一般のごかてーに普及すると、まじで、おもうか?」


「ご、ご家庭⁉︎ こ、こいつぁ、軍用の携帯食じゃぞッ⁉︎ わざわざ割高な保存食なんざ買わんでも、そこらの材料で飯作れば……」


「ばっきゃろうッ! この『首から上が大体ヒゲ野郎』めがッ!

そのあたまに詰まってんのは、毛根だけか?

ええ? おいッ!」


「ひ、ひげ……毛根……⁉︎」


「ん、軍にさいよーされれば、高値でもOK。で? 争いのほとんどない、魔界の軍は、高い金でウンと言ったのか? おおん?」


「そ、それは……!」


「っどーせ、まいかい、雨に濡れた、のらいぬみてーなツラして、おめおめ帰ってきたんだろーが!

─── 需要ときょーきゅーだ。いっぱんのごかてー目線から、うえに上げるって知恵はねえのか? あ? お? ぬ?」


「「「…………ショック‼︎」」」


「内地のおとーさんが、食べてみたいモノは? 有閑まだむが欲する、刺激的でふぁんしーなモノは?

─── あとは分かるな?」


「わ、わしは今まで……節穴、いや、もう穴そのものじゃった……のか⁉︎」


「ふ……っ、だが、ちゃくがん点は、おおいに見どころがある。オメエ、いつか空も飛べるはずだ……ぜ?」


「「「ティ……ティフォさまぁーッ‼︎」」」


「「「ティ〜フォッさまッ‼︎ ティ〜フォッさまッ‼︎」」」


「つ、次はワシじゃあ! み、見てくれティフォさま! さあ、ワシにも暴虐のぶれいくするーをッ‼︎」


「キサマ、何をゆうとるか! 次は儂の番じゃぞ! 罵ってくれ! さっきのやつみたいに『ゴミばっか作ってんじゃねえ』と責めながら、無理難題をふっかけてくれいっ!」


 ………………えっと、ナニコレ?


 朝もやの中、ペルモリア親衛隊の背中に揺られて、ソフィア達の待つドワーフ達の職人ギルド『ドワルフ・ツワルフ』に帰って来たところだ。

 結局飲み明かしたのか、酒臭い庭の真ん中で、ティフォを囲んだドワーフ達がやいのやいのしている。


「あ、おかえりなさい。どーでした? アリさんたちのお城は」


「おう、おはようソフィ。迷路みたいで凄かったよ。後はまあ、恒例行事になりつつあるけど、闘ってきたよ女王と。

……で、これは何の騒ぎだ?」


「ティフォちゃんが明け方頃に起きて、急ピッチで飲み始めちゃったんですよ。

で、勢い付いて、ドワーフの人たちに、最新技術と運用について語り出したら、みなさん燃えに燃えちゃったみたいです♪」


「はあ……。そう言えば、シリルのドワーフとか、鬼族とかにも似たような事してたな」


 なんかティフォって、ちょっと目を離すと、そこの人々に神格化されてんだよな……。


「おはようなのソフィ」


「おかえりなさい。皆さんもお疲れ様でした♪」


 ちょっと遅れて、ロジオンと赤豹姉妹も追いついた。

 エリンとユニは、兵隊アリの背中から降りると直ぐにソフィアに近づいて、何やら楽しげに話し始める。


 ロジオンは急に大きくなったせいか、闘いで疲れていたのか、それとも夜更かしが苦手だったのか。

 アントリオンの背中にまたがるなり寝始めてしまい、そのままドワーフ工房の宿直室へと直送されていった。

 あの後、ペルモリアは泊まって行くように言ってくれたが、こちらの様子も気になっていたので帰って来る事にした。


「それにしても、流石はティフォ様ね。パッと見は少女に群がる、ムキムキお爺ちゃんって感じだけど。よく見ればドワーフたちの目が心酔してるわ……」


「ただ罵ってるって、そういうのでは、ないみたいですからね。

彼らの企画の抜けを見つけたり、運用法にアドバイスしたりしてるみたいですけど、それが恐ろしいほど的確というか……。

あのみたいなポーズはなんなのか気になりますけど、説得力すごいんですよ。

『そう! 今までの君は、今死んだよ』とか連発してて怖いですけどね」


「なんか、新手の詐欺商法に群がる、無駄にノリのいい老人達みたいで心配なの」


「なに始めたんだか……」


 と、ティフォがこちらを見ると、ドワーフ達も俺達の存在に気がついたのか、駆け寄って来る。

 それらを踏み潰す勢いでティフォが飛び越え、俺にタックル気味のハグをぶちかます。


「ん。おかえり、オニイチャ。

─── スンスン、知らない女の、ふぇろもんの臭い、する」


「ただいま。あー、魔公爵ペルモリアのだ。女王アリだったからな。……言い方ひとつで、ヤバく聞こえるなそれ。

体は大丈夫か? 魔力足りないなら渡すぞ」


「ん、もーだいじょぶ」


 何をしていたのかと彼女に尋ねるが、軽くはぐらかされた。

 ふわりと、薔薇に似た彼女の匂いに、蟻達の蟻酸で痺れた鼻が癒される。


─── ザザザッ!


 ふと、周囲から慌ただしい衣擦れの音がして、何事かと顔を上げてみれば、ドワーフ達がひざまずいていた。


「え? なにこれ、何事?」


「「「おかえりなさいませ、アルフォンス会長様‼︎」」」


 は? 会長?

 なんでこいつら、俺の一部人界での肩書き知ってんの?

 困惑していると、ギルド長のグラベンが、俺に書類の束を差し出して来た。


「うわっ、細かい字でビッシリだな。これは魔人語だな……。ん? なんかの契約書か。

どれどれ……」



─── ドワーフ職人ギルド『ドワルフ・ツワルフ(以下、甲)』は


─── アルフォンス商会会長『アルフォンス・ゴールマイン(以下、乙)』に


─── 経営権及び、債務を譲渡し、これを継承する



 は? ドワーフ職人ギルドの経営権と、借金を俺が受けるの⁉︎


「いや、ちょっと待て。こんなもんにサインする気はねえぞ?」


「ははははは、もうすでに代理人よりサインはいただいておりますぞ‼︎」


「ファッ⁉︎ 代理人……⁉︎」


─── 代理人:ティフォ・ゴールマイン(続柄:妻および妹)


「代理人、これ無茶苦茶だろ! なんだ『妻および妹』って!」


「だめ? オニイチャ」


 う、ものすごく真っ直ぐに、俺を見上げてやがる……!

 こんな真剣な眼、オニイチャ人形を欲しがってた時以来か⁉︎


「いや、まずは相談をだな……って、債務譲渡まで含まれてっけど、借金あんのかお前ら」


「それならもう、ティフォ様からの出資で、今日中にでも完済出来ますわい!

しかも残りは好きにせえっちゅうて、ワシらの研究資金にもあてがってもらえてのう!

─── 今日日、こんな太っ腹な女将さんはおらん! 流石は会長、ええ女を娶ったもんじゃて!」


「……出資額は?」


「魔石払いで一括、二十億ギリム!

これなら新素材の開発はおろか、今まで滞っておった、ワシらのアイデアが全部まるっとこの世に産声を上げて余りある! 会長様には頭が上がらんですわい!

クラァッ! お前らも礼をせんか礼を!」


 早朝の庭に、ドワーフ達の野太い声で、礼の言葉が突き上げた。

 チュンチュンしてた小鳥達も、その声に一斉に飛び立ち、近所迷惑の言葉が頭をよぎる。


「いや、支払ったのがティフォなんだから、ティフォが会長でいいだろ?

それに、経営権と債務の譲渡までは、必要ないどころか、今後も背負ってく事になるだろ」


 債務の請負。

 今までの借金は返せたにしても、今後、何かしら大きな資金調達にも、関わってくる契約だ。

 ティフォがやったのは『出資』だ。

 貸し付けたわけでもなければ、返済義務の発生する金でもない。


 経営権もあるわけだから、利益から少しずつ回収できるだろうけど、正直金には一切困ってない。

 ティフォのポシェットの中だけでも、中央諸国数カ国の国家予算分は、魔晶石の形で持ってるわけだし。


「ん、近い将来、ぜったいに必要になる。ここのヒゲたちの力、ほんもの。

でも、こいつら、ただの技術者。つくりだす人には、あんしんがひつよー」


「まあそうだけどさ。なんで俺が会長なんだって」


「オニイチャの将来に、ひつよーだから。

近い将来、かならず。それは、目の前のことにも、たいきょくのことにも、大きなリターン、ある」


 真っ直ぐに見上げる紅い瞳に、朝日が差し込んで揺らぐように輝いていた。


 アマーリエの予言程ではないが、今までもこうして、ティフォやソフィアは、予言に似た妙に具体的な見通しを口にする事があった。

 今回もそうなのだろうか?


 ならば、俺から言う事はひとつだ。


「ありがとう。『俺のため』なんだな?

きっと大きな助けになるんだ、いつもありがとうな」


 彼女がドワーフ達に、色々とアドバイスしてたのも、俺に責任が余計に及ばないよう、彼らにげきを飛ばしていたのだろう。

 そうでもなきゃ、マナの流れを変えるなんて、激しい消耗の後に、こんな事するはずもないしな。


 ティフォの頭を撫でると、ぴょんと俺の首に抱き付いて、首筋に頭を埋めて来る。


 もう『』だって事は頭に無くなって久しいけど、こうして甘えられると、守りたいという愛しさが込み上げる。

 その愛おしいって気持ちは『』じゃなく、この世界に数少ない、寄り添える存在としてのありがたさと、少しの切なさ。

 ……ああ、これが家族になるって事なのかな。


「ん、これなら、ずっとオニイチャを守れる、から」


 その物言いに、何故か心の奥に、冷たい不安がよぎった。

 ふと、セパルの地下水路で、眠りにつく怪物を感じた時の、彼女の言葉が蘇った。


─── ずっと、起きなければ、良かったのに……


 『良いのに』ではなく、過去形の『良かった』だったのだろう。

 言い間違え? いや、あの時、ティフォの様子はどこかおかしかった。


「 ─── ティフォには……どんな未来が見えているんだ……?」


 そう問いかけると、彼女は少しだけ動きを止めた後、グッと強く抱き着き、小さな声で囁いた。


─── ……ずっと、いっしょ……


 それ以上の事を、彼女は語らなかった。

 聞きただす事も出来なかった。


 後にそれが、人生最大の後悔になるとは、この時俺は思いもしていなかった ───

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