第十六話 点と点

 寝台で寝息を立てるスタルジャの頰を、母さんは愛おしそうに、震える指先ででた。


 スタルジャがどうして勇者に立ち向かったのか、どうして目覚めないのかを聞いた後、母さんはそうして彼女に触れたがった。


「スタルジャちゃんのお陰でね、この方星宮に澄んだマナが流れ込んでいるの。

私の体がどんどん良くなっているのも、スタルジャちゃんの力が大きいわ。

─── 本当にすごい子ね、私もアルも助けられたのだから……」


「絶対に俺は、直接彼女にお礼を言う。

この眠りからも、辛い過去からも、救ってやりたい」


『ダークエルフか……。そう言えばアマーリエは今頃、どこで何をしてるんだろうねぇ』


 アマーリエ。

 ダークエルフの預言者、これについても俺は両親に聞きたいと思っていた。


「魔王城にも来てたんだって?

実は風の境界フィナウ・グイって、エルフの里を通して予言を預かってるんだ。

─── 『私の足跡を求めるのです。さすれば彼女は、宵の眠りから覚めるでしょう……』

何か思い当たる事はないかな?」


 ラーマ婆から預かった、アマーリエの予言を伝えると、ふたりは懐かしそうに顔を見合わせた。


「……ふふ。アマーリエ、彼女らしい予言だわね。彼女は変わり者だったけれど、予言の力は本物よ。

運命への影響をも読み取って、言葉ひとつまで考え抜いて伝えるの」


『生まれついての予言者で、相当に苦労して来たみたいだったよ。大きな運命の予言は、すごく力を使うみたいでね、あんまり個人的な未来は口にしなかったんだけどねえ〜。

─── 何故か、アルくんのことについては、大盤振舞いだったなぁ』


「へ? 俺の事……?」


『んー、話すより見る方が早いかな。じゃあちょっと記憶見てみる?』


 部屋の中央に黒い球体が現れ、父さん目線の記憶の映像が流れ出した─── 。




 ※ ※ ※




『ッシャオラーッ‼︎ まぁたいただきだぜぇ☆

すまねぇな~、今日はホンっト馬鹿ヅキだなぁ〜♪』


『クソッ、これで二十連続勝ち抜きか⁉︎

こんなんぜってー、イカサマだろテメェッ!』


『─── ああン? なんだよオッさん、オレは今、気分が良いんだ。それ以上、くだらねぇこと言わねえんなら、許してやるぜ?』


『このガキ……デケェ口叩きやがって……』


 薄っすらと映像が見えて来るより先に、すでに声の方は、危ない雰囲気になっていた。

 くっきりと見えるようになった時、球体には屈強な肉体を誇るリザードマンが、物々しい雰囲気で集まっているのが映る。


 場所はどこかの酒舗しゅほだろうか、様々な人種が入り乱れた、喧騒溢れる店内だった─── 。


『ハッ! これだからトカゲどもはよ、オツムの血の巡りが悪りぃん─── 』


『おい、アマーリエ。こんな所で何やってる?』


 父さんの声に、リザードマン達は一斉に振り返り、硬直している。

 その隙間から、囲まれていた者が、椅子を後ろに傾けてこちらを覗き込んだ。


 銀髪のショートカット、褐色の肌に漆黒の瞳、ダークエルフそのもの。


 ……これがアマーリエ⁉

 いや、預言者だし、ラーマ婆の音の記録の声は、ミステリアスな淑女然とした感じだったのに……。


 てっきりローブを目深に被った、謎の女みたいなのかと思っていた。

 でも、リザードマンを掻き分けて、歩いてくるその姿は、何というか露出が多くアダルトな雰囲気の装い、二十代半ばって感じだ。

 ……控えめに言って、な雰囲気で、お近づきになれなそうな人。


『『『……あ、アマーリエ……ッ⁉︎』』』


 彼らは口々にその名を呟いて、愕然としていた。

 本人はこちらに向かって『へっへっ』と、悪どい顔をしながら、彼らの事などすでに興味が無いようだ。


『よお、オリアル! ひっさしぶりんこ♪』


『『『お、オリアル王子……ッ⁉︎』』』


『おお、葦原あしはらの戦士達か、相変わらず勇壮な者達ばかりだ。ちょっとそこのダークエルフに用があってな。

─── 借りてってもよいか?』


『『『は、はは〜ッ!』』』


 リザードマン達は道をザッと開けたが、彼女と言い争っていた男は、怒りが収まらなかったようだ。


『おい、待てこのアマ! イカサマで巻き上げた金、返しやが─── モガッ』


 背後から彼女に詰め寄ろうとして、仲間のひとりに、突如口を塞がれた。


『……ば、馬鹿野郎! ありゃ、アマーリエだぞ……! アスタリア高地の魔女だ!!』


『─── え……? へ?』


『くっそ……ダークエルフなんざ、他にまず居ねえのに、何で気がつかなかったんだ……俺たち』


 黒っぽい鱗の肌でも、サッと顔色が悪くなるってのがあるんだな。

 途端にその男も大人しく縮こまり、静まり返った店内。


 父さんの横を弾むように歩いて、アマーリエは一緒に外へ出る。


『─── なんだその破廉恥な格好は。それと彼らに、意識をそらす魔術を使ったな?』


『硬いこと言うなって♪ こんな格好でもしなきゃ、遊んでもらえねえだろ? 

ダークエルフってだけで、ビビられるんだしよぉ……』


『自業自得だ。そこかしこで暴れてれば、怯えられもするだろうし、いつかは危険な目に遭うぞ……。そういう自分の事は、予知する気はないのか?』


『ハッ! さらさら無いね。

これ以上長生きなんざしたくねえし、そんなくっだらねえことに、オレの貴重な力は使いたかねぇよ♪

─── それよか、生まれたんだろ⁉︎』


『おま……! アルファードはもうそろそろ二歳だぞ⁉︎

……手紙の返事も寄越さないで、どこ行ってた?

エルヴィも心配して─── 』


 アマーリエはニヤリと笑い、父さんの胸元を掴むと、紫色の魔術印を宙に描く。

 その瞬間、視界は激しく揺れ、高速で空に飛び上がっていた─── 。


 すぐに場面は切り替わり、魔王城の一室らしき場所へと移動していた。


『─── え……っ、ちょ、待てよ。

これが……アルファードか……?』


『ふふ、可愛いでしょう? あなたの予言の通りになるかも知れないわね。すごく賢くて、驚かされてばかりなのよ』


『そうだぞーアマーリエ。生まれたばかりの頃は、それはもう……って、だからお前は何処で何してたんだ?』


 俺の姿からいくと、あの悲劇が起こる、ほんの少し前の時期だろうか……。

 彼女は父さんと母さんの言葉に、一切反応せず、幼い俺の前で立ち尽くしていた。


『…………どうしたの? アマーリエ』


 母さんが彼女の顔を覗き込もうとした時、アルファードは握手を求めるように、グイっと彼女に向けて手を伸ばした。

 彼女はそれに引かれるように、ふらふらと一歩ずつ近づき、目前でしゃがみ込んだ。


『『─── ?』』


 困惑する両親の前で、突如アマーリエの肌が、褐色から白い肌へと変化する。

 そして、一瞬にして神官のような、白いローブへ姿へと、衣服まで変わっていた。


 アマーリエは片膝をついて、アルファードの手を取り、頭を深々と下げた─── 。


『おお……アルファード様。このアマーリエ、永く、永く、あなた様をお待ち申し上げておりました……』


『あー、あーいぇ』


『はい。わたくしは、卑しき“刻の傍観者”アマーリエにございます。

されど、残りわずかな天命を、あなた様の隆盛と栄華への祈りに、尽くしとうございます』


『んー。ん』


 何故か会話が成り立っているかのような、ふたりの様子に、母さんも呆然としているようだった。


 アマーリエはその後も、二〜三話しかけた後、アルファードの額の辺りに白い印を指先で描いた。

 何らかの呪術だろうか、その印はすうっと光の塊に姿を変えながら、俺の体に吸い込まれていく。


『あ、アマーリエ? 今のは一体……』


『あン? あー、おまじないだ、おまじない』


 立ち上がって振り返った時には、彼女はまたダークエルフに戻っていた。


『それは……だから、何の“おまじない”なんだ?』


『こまけぇこたぁイイんだよ。

まあ、あれだ“寝入りに足ビクンッてなって目覚めない”おまじないってヤツだよ』


『お前は私の息子に、何を望んでいるんだそれは……』


 困惑する父さんの隣で、母さんは『あれ、焦るのよね』とか、妙に感心していた。

 アマーリエはケタケタ笑いながら、母さんの肩を叩いて『だよなー♪』とか言っている。


 と、彼女のローブの裾を掴んで、アルファードが見上げた。


『あー、あーと』


『あら! アマーリエにお礼を言っているのね! うふふ、えっらいわぁ〜♪』


─── ズキュウゥゥゥンッ‼︎


 なんだ今の音は……。

 父さんと母さんもキョロキョロしてる。


 アマーリエはわずかに後ろにフラつき、肩を震わせて、首をすくめていた。


『か……かわ……』


『かわ? どうしたのアマーリエ』


『な、なんでもね……ぇ。何でもねえ……

─── うっふぉあッ⁉︎』


 アルファードが手をつないで、ふりふりと握手をした瞬間、頰を赤らめたアマーリエがびくりと仰け反る。


『おい……お前、どこか体の具合でも悪いのか?

もしかして、さっきので魔力でも使い果たしたんじゃ─── 』


 彼女はアルファードの前に再びしゃがみ、口元を押さえながら、魔力の光の灯る瞳で見つめる。


『……い、今でこれってことはよぉ、もう少し大きくなった姿は─── くっほぉッ⁉︎』


『─── おい、アマーリエ。お前まさか、ものすごく下らない事に、予知能力使ってやしないか……?』


『五歳でこれかよッ、七歳はッ⁉︎

くっはあぁ〜っ☆ て、天使じゃねーかッ! 魔王なのに、天使じゃねーかッ⁉︎ くそっ、なんだこれ、くそッ⁉︎

……あ、もーダメだ。これ、もうダメだ。

─── お姉さんちに行こーねアルくん♡』


 アルファードを横抱きに抱えて、飛翔魔術で飛ぼうとする彼女を、母さんの影がいくつにも分かれて立ち上がり押さえつける。


『は、離せぇッ! オレはもう未来とかどーでもイイッ‼︎ 今すぐこの子を養うんだッ‼︎』


 一旦、球体の映像がフェードアウトして、簀巻すまきにされたアマーリエの姿が中央に現れた。


『─── ようやく落ち着いたかしら?』


『チッ……すんませんっした……。あんまし、お宅のお子さんが可愛いんで、取り乱しただけですぅー。孤独なエルフの、悪あがきですぅ。反省してまーす……チッ!』


『……二回舌打ちしたぞこいつ。

まあ、うちの息子が宇宙一可愛いのは仕方がないから、連れ去り未遂の件は水に流そう。

─── しかしアマーリエ?

さっきから……いや、エルヴィラがこの子を宿した辺りから、どうもおかしいぞ。

やけにこの子に執着するではないか?』


『そうよ。あなたは今まで、余程の事が無ければ、個人的な予知なんてしてこなかったじゃないの。

……それなのに、この子の事を“史上最高の王になる”とか、今だってこの子の未来の姿を見ていたんでしょう?』


 俺が生まれる前に、姉さんが聞いたって言う、予言の事か。

 当の彼女は微塵みじんも反省していない様子で、深く溜息を吐くと、面倒臭そうに言う。


『…………小せえ運命だとよ、予言しただけで未来が揺らいじまうんだよ。

─── でも、このデッケェ運命は、オレがはしゃいだって、構わねえくれぇなんだ』


『アルファードの運命が……デカい?

……そう言えばお前、魔界に来た目的は“道を整えるためだ”とか、最初に会った頃に言ってたが……。それと関係があるのか?』


 人界のエルフが、わざわざ魔界に渡って

 何だそれ、彼女は土木技師だったりすんの?


─── パサ……ッ パラパラ……


 ぐるぐる巻きにされていた彼女は、力む様子ひとつなく縄を切り、スッと立ち上がった。

 両親に驚く様子がない辺り、最初から彼女を抑えられるとは、思っていなかったのだろう。


『……ま、全部は言えねえよ♪

小せえ運命もたっくさん絡んで、大きな運命に繋がってるかんな。

─── それに、今のでここに来たは果たしたし、またオレぁ仕事に戻るかね』


『目的? 仕事? おい、お前の言ってる意味がさっぱり分からんぞ⁉︎』


 アマーリエは窓際に立ち、こちらを振り返ると、不敵な笑みを浮かべた。


『─── 二度目の船出、その時に偽りの光は現れず。巨鳥の巣に、始まりは温められている』


 そう謎の言葉を残して、彼女はアルファードにデヘ顔で手を振り、空へと飛んでいってしまった───




 ※ ※ ※

 



 黒い球体が縮んで消えると、部屋にいた誰もが静まり返っていた─── 。


「ご、ごめんなさい。なんていうか……イメージが違いすぎて、内容が入って来なかったの……」


「大丈夫。……それは俺も同じだよユニ。

色々と衝撃が強くて、ちょっと混乱してる」


 誰もが口を閉ざし、皆それぞれに思う事を反芻はんすうしているようだ。

 と、あごに手を当てて、ジッと考え込んでいたソフィアが、口を開いた。


「アマーリエが最後に言い残した言葉ですけど、どう考えてもあれは─── 」



─── 二度目の船出、その時に偽りの光は現れず。巨鳥の巣に、始まりは温められている



「これからの私たちの事じゃないでしょうか。一度目の船出は、ハンネスたちの出現で中止、これから二度目の船出に臨みます。

その時に『偽りの光は現れず』……。今私たちが危惧している、ハンネスたちとの再遭遇は、今回起こらないと言っているようにしか─── 」


「「「─── ‼︎」」」


 確かにそう指摘されると、あの謎めいた言葉は、俺達への予言に思えてくる。


「巨鳥の巣……上陸予定の街フォカロムは、七公爵のひとりだったよな。確か異名は『翼皇』って」


『あッ! ロフォカロム公爵の事だね。彼は大きな翼が自慢の有翼種族だよ。

フォカロムって街は、彼の領地のお膝元だよ。彼の名にちなんでつけられたけど、フォカロムの『ロム』は、古い魔人語で『巣』って言う意味なんだ……』


 思わず声が出そうになってしまった─── 。


「翼の大きな領主の街……。上陸地点がその公爵の巣で、俺達にとっては魔界上陸の『はじまり』……‼︎」


 これはかなり信憑性が出て来てしまった。

 父さんは何かを思いついたのか、慌てて部屋を飛び出していった。


「…………。(巨鳥の巣で『始まりは温められてる』とか言うから、あたし、卵いいなぁしか浮かんでなかったにゃ……)」


「…………。(お姉ちゃん絶対『卵美味しそう』くらいしか、考えてなかったはずなの……)」


 やがて、ガションガションと足音がして、父さんが持って来たのは、一枚の古地図だった。


 魔界の世界地図だ─── 。


 ロジオンの作った魔界地図とほぼ同じで、彼の冒険者としてのマッピング能力と執念に、今更ながら驚かされる。


『アマーリエが魔界に来たのは、アルくんの生まれる数十年前。最初に暮らしていたのは、ここフォカロム。

……で、次はここで、確か次は』


『違うわあなた。ここの次はここ─── 』


 印がつけられていくのを見て、思わず鳥肌が立ってしまった。


─── その土地と順番は、魔界上陸から情報収集をする予定の、ロジオンの計画と完全に一致していたのだから……


 全てはアマーリエの予知の通りだったのか?

 三百年以上も前から、彼女は俺達の辿る運命を、明確に見通していた事になる。


『あの当時は、彼女が何を言ってるのかさっぱりだったけど、こうして今聞くと……。

─── この日のための予言だったんだね』


 さっきから、鳥肌が立ちっぱなしだ。


 『今なら勇者はいない』

 『予定通り前に進め』

 『道はすでに整っている』

 そして……『彼女は、宵の眠りから覚める』


 深く静かに呼吸しているスタルジャを見る。

 宵の眠りが、この現状以外の何を指しているっていうんだ……?


 

─── 魔界へ行け



 アマーリエが時を超えて、俺達の背中を押しているような気がしていた。




 ※ ※ ※




 足元から突如、鋭い岩が槍襖やりぶすまのように、高速で突き出した。


 そこから飛び退いたアルフォンスの後を、一本、二本、三本……天井に届かんばかりに突き上げて、追跡するかのように新たな岩が発生する。


─── 【斬る】ッ‼︎


 後方の壁に追い込まれた瞬間、巨石の槍が術式ごと斬り裂かれ、魔力の残滓ざんしょうとなって散る。

 その斬撃は、部屋の中央で両手をダラリと下げた、石鎧の術者へと迫った─── 。


 しかし、石鎧の姿は搔き消えると、今度はアルフォンスの視界の隅に現れて、手の平を突き出す。


─── 【炎指連弾フラム・クアロー


 小さな光の球が、紅蓮の焔をまとい、石鎧の五本指の先から連射された。

 即座に反応したアルフォンスの手に禍々しい黒槍が現れ、迫る炎弾に向けてくるりと、穂先で円を描く。

 五条の光の線がその円から放たれて、炎弾を吹き消すやいなや、アルフォンスは一瞬にして間合いを詰めていた─── !


─── 『来なさい【頂を喰らうものヴェイ・ヴェルテクス】』


 石鎧の言霊に、狼の遠吠えの如き刃鳴りを響かせ、長大な片刃の曲刀が姿を現す。

 猛烈な魔槍の連撃を、灰色の刃で正確に無駄なく、弾き、いなし、叩き落とした。


 その流れるような動きから、石鎧はアルフォンスの槍の引き戻しより速く踏込み、その首へと刃を振り下ろす─── !


『もらったよアルくん! フハハ……うぐぅッ⁉︎』


 その刃が触れるより速く、槍の引き戻しを回転に変えたその石突が、石鎧の鳩尾みぞおちを打ち上げていた。

 にこやかな蛙顔が、スローモーションで空中に仰け反っていく様を、アルフォンスは何とも言えない表情で眺めている。


『─── だから出そうよ父さん……』


 直後、床に打ち付けられる、石鎧の重々しい音が、部屋に響いた。




 ※ 


 


『いやあ〜面目無い、やっぱりお父さん、アルくんに本気は出せないや〜☆』


「うーん、いや無理言ってごめん。体、大丈夫?」


 父さんはは『全っ然へーき』と言いながら、長座したまま、両腕をブルンブルン回す。

 まあ、ボディはゴーレムみたいなもんだしな。

 特に壊れた所もなさそうで一安心だ。


「…………」


『プラグマゥの言葉が、やっぱり気になってる?』



─── 貴方は人として長く過ごし過ぎた……人ではボクを殺せません



 ……そりゃあ気になってるさ。

 二十二になるまで、俺は自分がただの人間だと思って、なんら疑う事なく生きて来た。

 

 プラグマゥを倒せたのは、ほぼアルファードの力、続けてハンネスに完敗。

 俺には修練の前に、根本的な何かを変えなきゃいけないって、そんな焦りがある。


 ローゼンのお陰で精神世界に行けて、自分が本気を出す事に、恐怖心を持ってるのは分かった。

 ただ、それがロジオンの言う『殺す気概』なのかは、まだよく分からない。


 魔王を継ぐはずだった父さんと闘えば、何かが分かるかもしれないと、相手をお願いしてみたけど……。


「魔族の闘い方って、何なんだ?」


『……うーん、そう言われると、どう答えてあげれば良いのか分からないけど〜』


「ロジオンは人界の者と比べて、魔族は『殺す気概がある』って言ったんだ。

命を取るか取られるかの闘いに、長く身を置くしかないかも……てさ」


 実際、それを実践するべく、夢の世界の修練では、ソフィアやティフォの召喚した魔物と闘い尽くしてもみた。

 でも、殺す技術の見直しにはなっても、それが『殺す気概』に繋がるのかは、さっぱり分からない。


『お父さんは、ずっと魔族だからねぇ。それに人界で人と関わったのは、剣聖くらいだからちょっと分からないなぁ〜』


「……今、俺に本気が出せなかったって言うけど、そういう闘いは今までにはあった?」


『ん? ああ、そういう事かぁ〜。うん、それなら分かるかもしれない♪』


 そういうと、父さんは起き上がって、お茶を淹れてくれた。


『─── 魔族は血で闘い、人族は意義で闘っているんじゃないかな?』


「……血と……意義」


『我々魔族はさ、魔王から分け与えられた魔力を糧に生きるでしょ?

それと無自覚のうちに、自前の魔力を合わせて、他の魔族に分け与ってたりもするんだよ。

─── だから、それほど権力欲とか、名声欲とかはないんだ。だって最悪、お金が無くたって、仲間さえいれば生きられるからねぇ』


 経済がそのまま命に直結していない。

 命の最低保障がされているのなら、確かにそれ以上を求める必要は、無いかも知れない。


『だから、私たちが闘う時は、自分たちの命が失われるかどうかの時なんだよ。

魔界は種族の宝庫だからね、仲の悪い人たちもそりゃあたくさんいるけど、命を奪う事はそんなにないんだね』


「…………人間は大分、違う……かな」


『うん。アルザスが攻めて来ようとした時、私も人界流の心理はそれなりに調べたよ。

わずかな富の上乗せのために、弱者の命を奪ったりする。

……なかなかに生物として、正直に生きてるなぁとは思ったよね』


「でも、富とか大義が関わらなければ、驚くほど無頓着だったりするしなぁ……」


 そう、大義が無ければ、殺しもしないが、助けもしない。

 富を持たぬ弱者には、驚く程にあっさりだったりもするのは、これまでの旅でよく思った事だ。


『うん。だから人間は殺す理由が必要なんじゃない?

─── 私たちは、相手が自分の進むべき道に、必要かどうかで動く』


「……単に生きるために、殺すか生かすかって事?」


『そう。だから魔界では、ゼロではないけど、そんなに殺し合いは起こらない。

だって、殺したら分け合える魔力が減るんだよ? いきなり命が減れば、魔王に負担がいって、共倒れしかねないじゃない』


 ああ、だから勇者は魔界から離れられないだけじゃなくて、魔界も守らなきゃいけなかったのか。

 分配する先が減れば、自分が魔力過多で危ないもんな。


『─── でも、人界は違うじゃない?

自分に入る富が、あればあるほど美味しいなら、それを理由にできる。

いや、富だけじゃないね。その思想が根源になって『自分の思想に沿うか』でも殺す理由になるもんね』


「うーん、じゃあ人界の方が、殺すのに躊躇ちゅうちょはなさそうだけど……」


『だからだよ。殺すほどでもない場合、殺すリスクがある場合は、悩むんじゃないかな?

自分の命に関わるかどうかの局面で、きっと多くの選択肢を、天秤に掛けてしまうと思うんだ』


「─── あ!」


 何か分かった気がする。

 俺に流れる血が魔族のものなのに、人間的な闘い方をしていると言うのなら、おそらくはそこなんだ。

 もちろん人間的な、殺しに対してのリスク回避もあるだろう。

 でも、俺の場合は……ちょっと違う。


 殺せばいい時、俺は本気を出す事に不安を持っている。

 だから、闘いの外の理由を探して、そうしなくて済むようにしていた─── 。


『まあ、それ以外にも、アルくんは優しくて真っ直ぐだからね。相手の力を出しきらせてあげたいって、どこかにあるんじゃない?

だって、ソフィアちゃんに選ばれた、適合者だしね〜♪』


「ハァ……。そっちの方はバグったままなんだよなぁ……」


 せめて、本気を出す事に憂いが無ければいいんだけどなぁ─── 。

 とか思った時、急に俺の左腕の感覚が弱まって、籠手に温かさを感じた。


『『パパぁ、ホンキ出したいの?』』


『うわっ、籠手こてが喋ったッ⁉︎』


 ずっと大人しかったマドーラとフローラが、嬉しそうな声を出す。

 あ、父さんに腕の事、話し忘れてた。

 いや、籠手が喋るのもまあアレだけど、今喋ってる父さんの姿もなかなかだよ?


 自分の手のように馴染んでるからなぁ、もう当たり前になってしまった。

 それは、彼女達が頑張ってくれているからなんだよなぁ。

 腕の話を父さんに聞かせてる間も、左腕にはふたりのうずうず感が伝わってくる。


『うぅ……アルくんの腕がぁ……ぐすっ』


「心配ないって、彼女達の籠手を着けてれば動かせるし、回復も早まるんだってさ。

……ああ、所でマドーラ、フローラ。話聞いてたのか?」


『『うん! ぜーんぶ、きこえてるよ♪

それにぃ、考えてることも、ちょっと分かっちゃうんだも〜ん♡』』


 そっか、籠手を着けてちゃいけない場面もあるなこりゃ……。

 全部筒抜けは、ちょっと恥ずかしい。


「じゃあ、さっきの『ホンキ出したいの?』って、嬉しそうに言ってたのも、俺の思考を読んだのか……?」


 籠手がくすくすと笑ってる。

 うん、外で下手にこんな感じで会話してたら、俺って相当に頭おかしい感じだな。


『『─── パパ、ホンキ出していーよー!

マドーラとフローラがね、そんくらい、ズバッとおたすけしちゃうの〜☆』』


 嫌な予感しかしないんだが……。


 でも、色々と考えがスッキリした気がする。

 父さんと話せて良かったな。


─── ここが実家で、俺の家族がいるんだって、今は確かにそう思える


 これも、アルファードと会えたおかげだろうか?

 今は自分が確かに『偽物』なんかじゃないって、胸を張って思えるようになった。


 俺が俺なんだって、その自信がようやく戻って来た気がする───

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