第十六話 点と点
寝台で寝息を立てるスタルジャの頰を、母さんは愛おしそうに、震える指先で
スタルジャがどうして勇者に立ち向かったのか、どうして目覚めないのかを聞いた後、母さんはそうして彼女に触れたがった。
「スタルジャちゃんのお陰でね、この方星宮に澄んだマナが流れ込んでいるの。
私の体がどんどん良くなっているのも、スタルジャちゃんの力が大きいわ。
─── 本当にすごい子ね、私もアルも助けられたのだから……」
「絶対に俺は、直接彼女にお礼を言う。
この眠りからも、辛い過去からも、救ってやりたい」
『ダークエルフか……。そう言えばアマーリエは今頃、どこで何をしてるんだろうねぇ』
アマーリエ。
ダークエルフの預言者、これについても俺は両親に聞きたいと思っていた。
「魔王城にも来てたんだって?
実は風の
─── 『私の足跡を求めるのです。さすれば彼女は、宵の眠りから覚めるでしょう……』
何か思い当たる事はないかな?」
ラーマ婆から預かった、アマーリエの予言を伝えると、ふたりは懐かしそうに顔を見合わせた。
「……ふふ。アマーリエ、彼女らしい予言だわね。彼女は変わり者だったけれど、予言の力は本物よ。
運命への影響をも読み取って、言葉ひとつまで考え抜いて伝えるの」
『生まれついての予言者で、相当に苦労して来たみたいだったよ。大きな運命の予言は、すごく力を使うみたいでね、あんまり個人的な未来は口にしなかったんだけどねえ〜。
─── 何故か、アルくんのことについては、大盤振舞いだったなぁ』
「へ? 俺の事……?」
『んー、話すより見る方が早いかな。じゃあちょっと記憶見てみる?』
部屋の中央に黒い球体が現れ、父さん目線の記憶の映像が流れ出した─── 。
※ ※ ※
『ッシャオラーッ‼︎ まぁたいただきだぜぇ☆
すまねぇな~、今日はホンっト馬鹿ヅキだなぁ〜♪』
『クソッ、これで二十連続勝ち抜きか⁉︎
こんなんぜってー、イカサマだろテメェッ!』
『─── ああン? なんだよオッさん、オレは今、気分が良いんだ。それ以上、くだらねぇこと言わねえんなら、許してやるぜ?』
『このガキ……デケェ口叩きやがって……』
薄っすらと映像が見えて来るより先に、すでに声の方は、危ない雰囲気になっていた。
くっきりと見えるようになった時、球体には屈強な肉体を誇るリザードマンが、物々しい雰囲気で集まっているのが映る。
場所はどこかの
『ハッ! これだからトカゲどもはよ、オツムの血の巡りが悪りぃん─── 』
『おい、アマーリエ。こんな所で何やってる?』
父さんの声に、リザードマン達は一斉に振り返り、硬直している。
その隙間から、囲まれていた者が、椅子を後ろに傾けてこちらを覗き込んだ。
銀髪のショートカット、褐色の肌に漆黒の瞳、ダークエルフそのもの。
……これがアマーリエ⁉
いや、預言者だし、ラーマ婆の音の記録の声は、ミステリアスな淑女然とした感じだったのに……。
てっきりローブを目深に被った、謎の女みたいなのかと思っていた。
でも、リザードマンを掻き分けて、歩いてくるその姿は、何というか露出が多くアダルトな雰囲気の装い、二十代半ばって感じだ。
……控えめに言って、
『『『……あ、アマーリエ……ッ⁉︎』』』
彼らは口々にその名を呟いて、愕然としていた。
本人はこちらに向かって『へっへっ』と、悪どい顔をしながら、彼らの事などすでに興味が無いようだ。
『よお、オリアル! ひっさしぶりんこ♪』
『『『お、オリアル王子……ッ⁉︎』』』
『おお、
─── 借りてってもよいか?』
『『『は、はは〜ッ!』』』
リザードマン達は道をザッと開けたが、彼女と言い争っていた男は、怒りが収まらなかったようだ。
『おい、待てこのアマ! イカサマで巻き上げた金、返しやが─── モガッ』
背後から彼女に詰め寄ろうとして、仲間のひとりに、突如口を塞がれた。
『……ば、馬鹿野郎! ありゃ、アマーリエだぞ……! アスタリア高地の魔女だ!!』
『─── え……? へ?』
『くっそ……ダークエルフなんざ、他にまず居ねえのに、何で気がつかなかったんだ……俺たち』
黒っぽい鱗の肌でも、サッと顔色が悪くなるってのがあるんだな。
途端にその男も大人しく縮こまり、静まり返った店内。
父さんの横を弾むように歩いて、アマーリエは一緒に外へ出る。
『─── なんだその破廉恥な格好は。それと彼らに、意識をそらす魔術を使ったな?』
『硬いこと言うなって♪ こんな格好でもしなきゃ、遊んでもらえねえだろ?
ダークエルフってだけで、ビビられるんだしよぉ……』
『自業自得だ。そこかしこで暴れてれば、怯えられもするだろうし、いつかは危険な目に遭うぞ……。そういう自分の事は、予知する気はないのか?』
『ハッ! さらさら無いね。
これ以上長生きなんざしたくねえし、そんなくっだらねえことに、オレの貴重な力は使いたかねぇよ♪
─── それよか、生まれたんだろ⁉︎』
『おま……! アルファードはもうそろそろ二歳だぞ⁉︎
……手紙の返事も寄越さないで、どこ行ってた?
エルヴィも心配して─── 』
アマーリエはニヤリと笑い、父さんの胸元を掴むと、紫色の魔術印を宙に描く。
その瞬間、視界は激しく揺れ、高速で空に飛び上がっていた─── 。
すぐに場面は切り替わり、魔王城の一室らしき場所へと移動していた。
『─── え……っ、ちょ、待てよ。
これが……アルファードか……?』
『ふふ、可愛いでしょう? あなたの予言の通りになるかも知れないわね。すごく賢くて、驚かされてばかりなのよ』
『そうだぞーアマーリエ。生まれたばかりの頃は、それはもう……って、だからお前は何処で何してたんだ?』
俺の姿からいくと、あの悲劇が起こる、ほんの少し前の時期だろうか……。
彼女は父さんと母さんの言葉に、一切反応せず、幼い俺の前で立ち尽くしていた。
『…………どうしたの? アマーリエ』
母さんが彼女の顔を覗き込もうとした時、アルファードは握手を求めるように、グイっと彼女に向けて手を伸ばした。
彼女はそれに引かれるように、ふらふらと一歩ずつ近づき、目前でしゃがみ込んだ。
『『─── ?』』
困惑する両親の前で、突如アマーリエの肌が、褐色から白い肌へと変化する。
そして、一瞬にして神官のような、白いローブへ姿へと、衣服まで変わっていた。
アマーリエは片膝をついて、アルファードの手を取り、頭を深々と下げた─── 。
『おお……アルファード様。このアマーリエ、永く、永く、あなた様をお待ち申し上げておりました……』
『あー、あーいぇ』
『はい。わたくしは、卑しき“刻の傍観者”アマーリエにございます。
されど、残りわずかな天命を、あなた様の隆盛と栄華への祈りに、尽くしとうございます』
『んー。ん』
何故か会話が成り立っているかのような、ふたりの様子に、母さんも呆然としているようだった。
アマーリエはその後も、二〜三話しかけた後、アルファードの額の辺りに白い印を指先で描いた。
何らかの呪術だろうか、その印はすうっと光の塊に姿を変えながら、俺の体に吸い込まれていく。
『あ、アマーリエ? 今のは一体……』
『あン? あー、おまじないだ、おまじない』
立ち上がって振り返った時には、彼女はまたダークエルフに戻っていた。
『それは……だから、何の“おまじない”なんだ?』
『こまけぇこたぁイイんだよ。
まあ、あれだ“寝入りに足ビクンッてなって目覚めない”おまじないってヤツだよ』
『お前は私の息子に、何を望んでいるんだそれは……』
困惑する父さんの隣で、母さんは『あれ、焦るのよね』とか、妙に感心していた。
アマーリエはケタケタ笑いながら、母さんの肩を叩いて『だよなー♪』とか言っている。
と、彼女のローブの裾を掴んで、アルファードが見上げた。
『あー、あーと』
『あら! アマーリエにお礼を言っているのね! うふふ、えっらいわぁ〜♪』
─── ズキュウゥゥゥンッ‼︎
なんだ今の音は……。
父さんと母さんもキョロキョロしてる。
アマーリエはわずかに後ろにフラつき、肩を震わせて、首をすくめていた。
『か……かわ……』
『かわ? どうしたのアマーリエ』
『な、なんでもね……ぇ。何でもねえ……
─── うっふぉあッ⁉︎』
アルファードが手をつないで、ふりふりと握手をした瞬間、頰を赤らめたアマーリエがびくりと仰け反る。
『おい……お前、どこか体の具合でも悪いのか?
もしかして、さっきので魔力でも使い果たしたんじゃ─── 』
彼女はアルファードの前に再びしゃがみ、口元を押さえながら、魔力の光の灯る瞳で見つめる。
『……い、今でこれってことはよぉ、もう少し大きくなった姿は─── くっほぉッ⁉︎』
『─── おい、アマーリエ。お前まさか、ものすごく下らない事に、予知能力使ってやしないか……?』
『五歳でこれかよッ、七歳はッ⁉︎
くっはあぁ〜っ☆ て、天使じゃねーかッ! 魔王なのに、天使じゃねーかッ⁉︎ くそっ、なんだこれ、くそッ⁉︎
……あ、もーダメだ。これ、もうダメだ。
─── お姉さんちに行こーねアルくん♡』
アルファードを横抱きに抱えて、飛翔魔術で飛ぼうとする彼女を、母さんの影がいくつにも分かれて立ち上がり押さえつける。
『は、離せぇッ! オレはもう未来とかどーでもイイッ‼︎ 今すぐこの子を養うんだッ‼︎』
一旦、球体の映像がフェードアウトして、
『─── ようやく落ち着いたかしら?』
『チッ……すんませんっした……。あんまし、お宅のお子さんが可愛いんで、取り乱しただけですぅー。孤独なエルフの、悪あがきですぅ。反省してまーす……チッ!』
『……二回舌打ちしたぞこいつ。
まあ、うちの息子が宇宙一可愛いのは仕方がないから、連れ去り未遂の件は水に流そう。
─── しかしアマーリエ?
さっきから……いや、エルヴィラがこの子を宿した辺りから、どうもおかしいぞ。
やけにこの子に執着するではないか?』
『そうよ。あなたは今まで、余程の事が無ければ、個人的な予知なんてしてこなかったじゃないの。
……それなのに、この子の事を“史上最高の王になる”とか、今だってこの子の未来の姿を見ていたんでしょう?』
俺が生まれる前に、姉さんが聞いたって言う、予言の事か。
当の彼女は
『…………小せえ運命だとよ、予言しただけで未来が揺らいじまうんだよ。
─── でも、このデッケェ運命は、オレがはしゃいだって、構わねえくれぇなんだ』
『アルファードの運命が……デカい?
……そう言えばお前、魔界に来た目的は“道を整えるためだ”とか、最初に会った頃に言ってたが……。それと関係があるのか?』
人界のエルフが、わざわざ魔界に渡って
何だそれ、彼女は土木技師だったりすんの?
─── パサ……ッ パラパラ……
ぐるぐる巻きにされていた彼女は、力む様子ひとつなく縄を切り、スッと立ち上がった。
両親に驚く様子がない辺り、最初から彼女を抑えられるとは、思っていなかったのだろう。
『……ま、全部は言えねえよ♪
小せえ運命もたっくさん絡んで、大きな運命に繋がってるかんな。
─── それに、今のでここに来た
『目的? 仕事? おい、お前の言ってる意味がさっぱり分からんぞ⁉︎』
アマーリエは窓際に立ち、こちらを振り返ると、不敵な笑みを浮かべた。
『─── 二度目の船出、その時に偽りの光は現れず。巨鳥の巣に、始まりは温められている』
そう謎の言葉を残して、彼女はアルファードにデヘ顔で手を振り、空へと飛んでいってしまった───
※ ※ ※
黒い球体が縮んで消えると、部屋にいた誰もが静まり返っていた─── 。
「ご、ごめんなさい。なんていうか……イメージが違いすぎて、内容が入って来なかったの……」
「大丈夫。……それは俺も同じだよユニ。
色々と衝撃が強くて、ちょっと混乱してる」
誰もが口を閉ざし、皆それぞれに思う事を
と、あごに手を当てて、ジッと考え込んでいたソフィアが、口を開いた。
「アマーリエが最後に言い残した言葉ですけど、どう考えてもあれは─── 」
─── 二度目の船出、その時に偽りの光は現れず。巨鳥の巣に、始まりは温められている
「これからの私たちの事じゃないでしょうか。一度目の船出は、ハンネスたちの出現で中止、これから二度目の船出に臨みます。
その時に『偽りの光は現れず』……。今私たちが危惧している、ハンネスたちとの再遭遇は、今回起こらないと言っているようにしか─── 」
「「「─── ‼︎」」」
確かにそう指摘されると、あの謎めいた言葉は、俺達への予言に思えてくる。
「巨鳥の巣……上陸予定の街フォカロムは、七公爵のひとりだったよな。確か異名は『翼皇』って」
『あッ! ロフォカロム公爵の事だね。彼は大きな翼が自慢の有翼種族だよ。
フォカロムって街は、彼の領地のお膝元だよ。彼の名にちなんでつけられたけど、フォカロムの『ロム』は、古い魔人語で『巣』って言う意味なんだ……』
思わず声が出そうになってしまった─── 。
「翼の大きな領主の街……。上陸地点がその公爵の巣で、俺達にとっては魔界上陸の『はじまり』……‼︎」
これはかなり信憑性が出て来てしまった。
父さんは何かを思いついたのか、慌てて部屋を飛び出していった。
「…………。(巨鳥の巣で『始まりは温められてる』とか言うから、あたし、卵いいなぁしか浮かんでなかったにゃ……)」
「…………。(お姉ちゃん絶対『卵美味しそう』くらいしか、考えてなかったはずなの……)」
やがて、ガションガションと足音がして、父さんが持って来たのは、一枚の古地図だった。
魔界の世界地図だ─── 。
ロジオンの作った魔界地図とほぼ同じで、彼の冒険者としてのマッピング能力と執念に、今更ながら驚かされる。
『アマーリエが魔界に来たのは、アルくんの生まれる数十年前。最初に暮らしていたのは、ここフォカロム。
……で、次はここで、確か次は』
『違うわあなた。ここの次はここ─── 』
印がつけられていくのを見て、思わず鳥肌が立ってしまった。
─── その土地と順番は、魔界上陸から情報収集をする予定の、ロジオンの計画と完全に一致していたのだから……
全てはアマーリエの予知の通りだったのか?
三百年以上も前から、彼女は俺達の辿る運命を、明確に見通していた事になる。
『あの当時は、彼女が何を言ってるのかさっぱりだったけど、こうして今聞くと……。
─── この日のための予言だったんだね』
さっきから、鳥肌が立ちっぱなしだ。
『今なら勇者はいない』
『予定通り前に進め』
『道はすでに整っている』
そして……『彼女は、宵の眠りから覚める』
深く静かに呼吸しているスタルジャを見る。
宵の眠りが、この現状以外の何を指しているっていうんだ……?
─── 魔界へ行け
アマーリエが時を超えて、俺達の背中を押しているような気がしていた。
※ ※ ※
足元から突如、鋭い岩が
そこから飛び退いたアルフォンスの後を、一本、二本、三本……天井に届かんばかりに突き上げて、追跡するかのように新たな岩が発生する。
─── 【斬る】ッ‼︎
後方の壁に追い込まれた瞬間、巨石の槍が術式ごと斬り裂かれ、魔力の
その斬撃は、部屋の中央で両手をダラリと下げた、石鎧の術者へと迫った─── 。
しかし、石鎧の姿は搔き消えると、今度はアルフォンスの視界の隅に現れて、手の平を突き出す。
─── 【
小さな光の球が、紅蓮の焔をまとい、石鎧の五本指の先から連射された。
即座に反応したアルフォンスの手に禍々しい黒槍が現れ、迫る炎弾に向けてくるりと、穂先で円を描く。
五条の光の線がその円から放たれて、炎弾を吹き消すやいなや、アルフォンスは一瞬にして間合いを詰めていた─── !
─── 『来なさい【
石鎧の言霊に、狼の遠吠えの如き刃鳴りを響かせ、長大な片刃の曲刀が姿を現す。
猛烈な魔槍の連撃を、灰色の刃で正確に無駄なく、弾き、いなし、叩き落とした。
その流れるような動きから、石鎧はアルフォンスの槍の引き戻しより速く踏込み、その首へと刃を振り下ろす─── !
『もらったよアルくん! フハハ……うぐぅッ⁉︎』
その刃が触れるより速く、槍の引き戻しを回転に変えたその石突が、石鎧の
にこやかな蛙顔が、スローモーションで空中に仰け反っていく様を、アルフォンスは何とも言えない表情で眺めている。
『─── だから
直後、床に打ち付けられる、石鎧の重々しい音が、部屋に響いた。
※
『いやあ〜面目無い、やっぱりお父さん、アルくんに本気は出せないや〜☆』
「うーん、いや無理言ってごめん。体、大丈夫?」
父さんはは『全っ然へーき』と言いながら、長座したまま、両腕をブルンブルン回す。
まあ、ボディはゴーレムみたいなもんだしな。
特に壊れた所もなさそうで一安心だ。
「…………」
『プラグマゥの言葉が、やっぱり気になってる?』
─── 貴方は人として長く過ごし過ぎた……人ではボクを殺せません
……そりゃあ気になってるさ。
二十二になるまで、俺は自分がただの人間だと思って、なんら疑う事なく生きて来た。
プラグマゥを倒せたのは、ほぼアルファードの力、続けてハンネスに完敗。
俺には修練の前に、根本的な何かを変えなきゃいけないって、そんな焦りがある。
ローゼンのお陰で精神世界に行けて、自分が本気を出す事に、恐怖心を持ってるのは分かった。
ただ、それがロジオンの言う『殺す気概』なのかは、まだよく分からない。
魔王を継ぐはずだった父さんと闘えば、何かが分かるかもしれないと、相手をお願いしてみたけど……。
「魔族の闘い方って、何なんだ?」
『……うーん、そう言われると、どう答えてあげれば良いのか分からないけど〜』
「ロジオンは人界の者と比べて、魔族は『殺す気概がある』って言ったんだ。
命を取るか取られるかの闘いに、長く身を置くしかないかも……てさ」
実際、それを実践するべく、夢の世界の修練では、ソフィアやティフォの召喚した魔物と闘い尽くしてもみた。
でも、殺す技術の見直しにはなっても、それが『殺す気概』に繋がるのかは、さっぱり分からない。
『お父さんは、ずっと魔族だからねぇ。それに人界で人と関わったのは、剣聖くらいだからちょっと分からないなぁ〜』
「……今、俺に本気が出せなかったって言うけど、そういう闘いは今までにはあった?」
『ん? ああ、そういう事かぁ〜。うん、それなら分かるかもしれない♪』
そういうと、父さんは起き上がって、お茶を淹れてくれた。
『─── 魔族は血で闘い、人族は意義で闘っているんじゃないかな?』
「……血と……意義」
『我々魔族はさ、魔王から分け与えられた魔力を糧に生きるでしょ?
それと無自覚のうちに、自前の魔力を合わせて、他の魔族に分け与ってたりもするんだよ。
─── だから、それほど権力欲とか、名声欲とかはないんだ。だって最悪、お金が無くたって、仲間さえいれば生きられるからねぇ』
経済がそのまま命に直結していない。
命の最低保障がされているのなら、確かにそれ以上を求める必要は、無いかも知れない。
『だから、私たちが闘う時は、自分たちの命が失われるかどうかの時なんだよ。
魔界は種族の宝庫だからね、仲の悪い人たちもそりゃあたくさんいるけど、命を奪う事はそんなにないんだね』
「…………人間は大分、違う……かな」
『うん。アルザスが攻めて来ようとした時、私も人界流の心理はそれなりに調べたよ。
わずかな富の上乗せのために、弱者の命を奪ったりする。
……なかなかに生物として、正直に生きてるなぁとは思ったよね』
「でも、富とか大義が関わらなければ、驚くほど無頓着だったりするしなぁ……」
そう、大義が無ければ、殺しもしないが、助けもしない。
富を持たぬ弱者には、驚く程にあっさりだったりもするのは、これまでの旅でよく思った事だ。
『うん。だから人間は殺す理由が必要なんじゃない?
─── 私たちは、相手が自分の進むべき道に、必要かどうかで動く』
「……単に生きるために、殺すか生かすかって事?」
『そう。だから魔界では、ゼロではないけど、そんなに殺し合いは起こらない。
だって、殺したら分け合える魔力が減るんだよ? いきなり命が減れば、魔王に負担がいって、共倒れしかねないじゃない』
ああ、だから勇者は魔界から離れられないだけじゃなくて、魔界も守らなきゃいけなかったのか。
分配する先が減れば、自分が魔力過多で危ないもんな。
『─── でも、人界は違うじゃない?
自分に入る富が、あればあるほど美味しいなら、それを理由にできる。
いや、富だけじゃないね。その思想が根源になって『自分の思想に沿うか』でも殺す理由になるもんね』
「うーん、じゃあ人界の方が、殺すのに
『だからだよ。殺すほどでもない場合、殺すリスクがある場合は、悩むんじゃないかな?
自分の命に関わるかどうかの局面で、きっと多くの選択肢を、天秤に掛けてしまうと思うんだ』
「─── あ!」
何か分かった気がする。
俺に流れる血が魔族のものなのに、人間的な闘い方をしていると言うのなら、おそらくはそこなんだ。
もちろん人間的な、殺しに対してのリスク回避もあるだろう。
でも、俺の場合は……ちょっと違う。
殺せばいい時、俺は本気を出す事に不安を持っている。
だから、闘いの外の理由を探して、そうしなくて済むようにしていた─── 。
『まあ、それ以外にも、アルくんは優しくて真っ直ぐだからね。相手の力を出しきらせてあげたいって、どこかにあるんじゃない?
だって、ソフィアちゃんに選ばれた、適合者だしね〜♪』
「ハァ……。そっちの方はバグったままなんだよなぁ……」
せめて、本気を出す事に憂いが無ければいいんだけどなぁ─── 。
とか思った時、急に俺の左腕の感覚が弱まって、籠手に温かさを感じた。
『『パパぁ、ホンキ出したいの?』』
『うわっ、
ずっと大人しかったマドーラとフローラが、嬉しそうな声を出す。
あ、父さんに腕の事、話し忘れてた。
いや、籠手が喋るのもまあアレだけど、今喋ってる父さんの姿もなかなかだよ?
自分の手のように馴染んでるからなぁ、もう当たり前になってしまった。
それは、彼女達が頑張ってくれているからなんだよなぁ。
腕の話を父さんに聞かせてる間も、左腕にはふたりのうずうず感が伝わってくる。
『うぅ……アルくんの腕がぁ……ぐすっ』
「心配ないって、彼女達の籠手を着けてれば動かせるし、回復も早まるんだってさ。
……ああ、所でマドーラ、フローラ。話聞いてたのか?」
『『うん! ぜーんぶ、きこえてるよ♪
それにぃ、考えてることも、ちょっと分かっちゃうんだも〜ん♡』』
そっか、籠手を着けてちゃいけない場面もあるなこりゃ……。
全部筒抜けは、ちょっと恥ずかしい。
「じゃあ、さっきの『ホンキ出したいの?』って、嬉しそうに言ってたのも、俺の思考を読んだのか……?」
籠手がくすくすと笑ってる。
うん、外で下手にこんな感じで会話してたら、俺って相当に頭おかしい感じだな。
『『─── パパ、ホンキ出していーよー!
マドーラとフローラがね、そんくらい、ズバッとおたすけしちゃうの〜☆』』
嫌な予感しかしないんだが……。
でも、色々と考えがスッキリした気がする。
父さんと話せて良かったな。
─── ここが実家で、俺の家族がいるんだって、今は確かにそう思える
これも、アルファードと会えたおかげだろうか?
今は自分が確かに『偽物』なんかじゃないって、胸を張って思えるようになった。
俺が俺なんだって、その自信がようやく戻って来た気がする───
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