第十五話 おかえり

 目の前にある扉が、大きくそびえているように感じて、ノックする手が躊躇ちゅうちょする。


─── こんなに緊張するのは、どれぐらいぶりだろうか……


 だが、俺は大事な話をしなくちゃいけない。

 けじめはつけなきゃ、男じゃないからな。


 それが果ては、ソフィア達の幸せのために、スタルジャのために必要なんだと自分に言い聞かせる。

 何度目かの躊躇の後、俺は意を決してドアをノックし、扉を開いた─── 。


─── 「ロジオン、俺が間違ってたッ!」


 開口一番そう叫んで、頭を下げる。

 恐る恐る顔を上げると、そこには……。


 ユニと、幼女型神龍ディアグインと、それぞれアイスを持ち、ぽかんとしているロジオンの姿があった。


「おお、アルフォンス─── !

ちょうどいい所に来たな、差し入れでもらったミルクアイスだ。食うか?」


「アル様、これ超美味しいの♪」


「主人さま、ニンゲンってズルいよね! ディア、こんなのはじめてたべた〜☆」


「─── ふぇぇ……?」


 こんな形で出鼻を挫かれるとは……!

 甘味に頰を緩める彼らの、邪魔もしたくはないし、このまま謝罪をするべきか真っ白になってしまった。


「……いいから食え。辛気臭え話は後だ!

お前、甘いのもイケるクチだろ?」


「お、おう……」


 んで、四人で仲良くアイスを食べた─── 。


「─── ハッハ! いいんだよアルフォンス。謝らなきゃいけねえのはオレの方だ。

長いこと寝てなくてな、お前を理解してやらなくちゃならねえのに、カッとなっちまってな。……済まなかった」


「ロジオン……」


 彼の気持ちも過去も知ってるだけに、そう謝られると、鼻がつーんとなってしまう。


「むしろ礼を言いたいくらいだぜ? 

ユニとディアがよ、お前が心配してるからって、オレの精神的外傷トラウマに一生懸命処置してくれてたんだ」


「─── ふたりとも……!」


「「でぇへぇ〜」」


 睡眠不足で削られる体力と精神力を、ユニが独自の魔術印で回復させる。

 ディアが時間魔術で、精神の体感時間を遅らせて、肉体の睡眠時間を相対的に伸ばす。


 今のロジオンには、これ以上ない対処だ。

 俺が落ち込んでる間に、ふたりがそんな事してくれてたとは、全く知らなかった。


 因みに彼の精神的外傷トラウマの事を、俺に打ち明けてくれたルーカスは、怒られたらしい。


「ルーカス、ひでぇとばっちりだ……」


「ガハハ! 大丈夫、よくあるこった。すぐその後に謝ったから問題ない。

─── しかし、アルフォンス。お前顔つきが大分変わったな、何があったんだ? 

あれから二日しか経ってないが……」


「ああ、俺の精神的外傷トラウマは解けたんだ─── 」


「─── なにッ⁉︎」




 ※ 




─── 二日前、アルファードに押し出された直後


 精神世界入口の暗い空間に降り立つ。

 なんだか背中が重いような、独特な疲労を感じて、深く溜息をついた。


─── なんだか、スッキリしたみたいなのです


『ああ……。会えて良かった。ありがとうな、ローゼン。君のお陰で『俺』に会えた……!』


─── ウフフ、ご自身がと、理解できたですかね〜♪


『アルファードは俺だ。間違いなく地続きの人格で、俺は俺が生きるために切り離された、アルファードの先だったんだ……』


 そう、間違いない。

 彼を抱き締めた時、彼の体温を感じながら、俺自身の体温にも気づいてた。

 記憶が消えてたんじゃない、勇者の呪いから目覚めた時、俺は記憶に区切りを入れたんだ。


幽星体アストラル・ボディの後遺症、俺に刻まれた精神的外傷トラウマも、だいたい分かった』


─── ほええ、すごいじゃないですか! 一体、なんだったです?


『俺は本気を出すのが怖い。悲劇に大きく関わった、魔王の力を解放するのを、本能的に恐れ続けていたんだよ。心の奥底で。

……それなのに、力が必要になってしまった』


─── ジレンマ……ですね


『怯えながら、望む。そんな時に強い『殺意』を向けられたら、何かが目覚めてしまう。

─── 幼い頃、何もできなかった痛手も、俺の奥底でうずき出してたんだろう』


 幼い俺にとって、何も出来ないまま、祖父と両親を失った敗北の経験。

 俺と記憶は繋がっていなくても、魂に刻まれた傷口は、あの時のまま残されていた。


─── アルファードの抱える負の感情は、その時のものだ


 でも、今の俺は少しだけ理解出来たし、その感情の在り処が分かっただけでも、いわれのない恐怖では無い。

 むしろ、幼い俺が守ってくれた今があるからこそって、自分に報いてやりたい気持ちが湧き上がっていた。


『しかし……流石に疲れたよ。なんだか背中が重い』


─── くふっ♪ 現実に戻ったら、マッサージしてあげるです……って、あらっ⁉︎


『ん? どうかしたか? 俺の背中、どうかなって─── 』


─── ちょっ、ここで何してるですか⁉︎ 一体どうやって⁉︎


 途端にふいっと背中が軽くなると、俺の隣に紅い何かが歩み出た─── 。


『ティ、ティフォ⁉︎』


─── ん、オニイチャの心の中、暗い


『俺が暗いみたいに言うなっ! どうやってここまで……。え? もしかして、ずっとくっついてたのか⁉︎』


─── お月さま、きれいかったな


─── どーやって、ついて来たですか⁉︎


─── オニイチャの血もらったの、ローゼンだけじゃない


 あ、俺こいつにも初対面の時に、血を吸われてたんだっけ……。


─── ああ……ダーさんとの、秘密の逢瀬おうせがぁ


─── だめだぞローゼン、ぬけがけは、としてゆるさん


『へあっ! こ、婚約……者⁉︎』


 俺の動揺で世界が揺れ出し、完全に暗転していった。




 ※ 




「─── なるほどなぁ……。そりゃあ、記憶を区切りでもしなけりゃ、心もすり減っちまってただろう。

……それを、幼い殿下がひとりで判断したってのが、何ともな……」


「本当の所は分からない。ちゃんと話せたわけじゃないからな。それでも─── 」


 それでも、前に進める地盤は出来た。

 精神的外傷トラウマとの付き合い方には、その発端となった出来事を、どうとらえ直すかなんじゃないだろうか。


─── 起きた事にどう感じたのか、どうしてそう感じたのか


 そう話すと、ロジオンは腕を組んで、ひたすらに何かを考えているようだった。

 しばらくそうしていた彼は、ひとつ深い溜息をついて、重い口調で口を開いた─── 。


「─── 三百年。そう、俺もお前と同じく、長いこと縛られて来たんだ。

…………大切な恩人を、自分の手の届かない場で、会うことも出来ないまま。

魔王さんは逝っちまった、でもオリアルは? エルヴィラさまは? 

……イロリナは、どうなっちまったんだってな」


 彼は人界に戻ってから、魔界に縁のあった種族に、助力を続けて来た。

 聖魔大戦後、連絡が途絶えた魔王一家には、面会を拒否され続けながら。


 なぜ、自分が拒絶されたのか分からないまま、ずっと魔王との約束を守り、今に至る。


 それは─── 暗がりにいる自分が、どこに居るのかも分からず、愛する人々とも切り離された三百年。

 大切な人達から、自分がどう思われているのかも分からずに……。

 暗闇の不安にまとわりつかれて来たんだ。


「─── ロジオン、会わせたい人達がいる」




 ※ ※ ※

 



─── 白い光が消え、足に硬い床を踏む重量感が戻った


 ケファンの森深く、方星宮。

 転位魔術の光が消え、俺と共に立つのは、ソフィア、ティフォ、エリン、ユニ、ローゼン。

 そして─── ロジオン。


 視界が開けた瞬間、ロジオンは『魔王城か⁉︎』と、その似ている風景に驚いていた。


『おや、アルファード殿下。そして、見目麗しい女性の皆様 ─── !』


「あーっと、この感じ、アハトか?」


『ご名答。流石であるな』


 義父さんの分身のひとりアハトが現れ、彼と話していると、ロジオンが愕然としていた。


「─── け、剣聖イングヴェイ⁉︎」


 あ、そっか。

 義父さんがこの世にいない事は、すでに話してあるけど、分身がいる事は説明してなかった。

 ロジオンは一度だけ、戦場で義父さんを見た事があるらしいしな、そりゃ驚くか。


『─── きゅう……』


「「「…………」」」


 ローゼンを口説き出した辺りで、アハトが急に気絶したけど、どうしてかは余り考えたくない。

 皆んな生温い目で一瞥いちべつして歩き出した。

 ただ、そんなやり取りのお陰か、ロジオンの緊張しまくった顔が、多少なり軽くはなったか。

 ……そう、彼は緊張している。

 

 三百年間、会う事を拒否された王族に会う。

 それは魔王に扮した、勇者ハンネスだったわけだが、刻み込まれた不安は簡単には拭えない。


「……大丈夫だよロジオン。父さんは前よりむしろ、人当たりが─── 」


『パパァーッ☆』


─── ガショーン、ガショーン、ガショーン


 突如廊下の向こうから、抑揚の無い気の抜けた声と、重苦しく慌ただしい足音がやって来た。

 肩に素体のままのの子マドーラを乗せた、鎧型石像のゴーレムの頭は、キャッチーな感じの蛙。

 ……父さんだ。


『アルくん、アルく〜ん! おかえり〜♪』


「ただいま、父さん。その子マドーラはどうしたの?」


『あ、この子はユリちゃんね! ティフォちゃんがね、ちょっと前に連れて来てくれたんだよ〜。緊急連絡用にってね、ありがとねー』


 俺が魔術王国に運び込まれてから最近まで、ティフォは俺の代わりに、各国の関係者を回っていた。

 その時に通信機能付きの子マドーラ達を、方々に配置していたそうだが、ここにも来てたのか……。


『可愛いだろ? エルヴィなんて“妹ちゃんができたみたいだわ”って、喜んじゃってさぁ!』


「そ、そう。幸せそうで何よりだよ……」


『手指を動かす練習にって、最近はユリちゃんのお洋服作りとか、がんばってるんだよ!

後で見てあげてね〜!

─── て、うん? そこの君は……?』


 父さんの視線に、ロジオンが帽子を取って、深々と頭を下げた。


「ご無沙汰しております。

…………オリアル王太子殿下」


 ロジオンの声は震えていた。

 かつての家族、かつての仮の父で、戦闘技術の恩師。


 姿は違えども、父さんの声と、俺との関係ですぐに分かったみたいだ。

 三百年ぶりの再会に震える声は、緊張か、涙か─── 。


『もしかして……もしかして君は……。

─── ロジオンかい⁉︎』


「…………はい」


『か、顔を上げて、よく見せて!

それにロジオン、そんなお硬い喋り方はダメだって─── 』


 ロジオンが顔を上げ、父さんと目を合わせると、肩を震わせて─── 、


「ぶはっ! ぎゃははははっ! なんだよオリアル、その格好は⁉︎

は、話には聞いてたが、もっと真面目な造りかと思っ……ぶははははッ‼︎」


『ちょ……っ、笑うことないだろ⁉︎

君だって最初は、寝そべった蛙人形の、ケロリン王子だったじゃないか……ぷっ!

─── はははははは‼︎』


 なんか心配して損したか……?

 いや、ロジオンは笑いながら、涙を流して時折嗚咽おえつを漏らしてる。

 ふたりは固く抱き合って、笑ったり泣いたりしていた。


 ……ようやく時間が動き出したんだ。


『おかえりロジオン。って、ここは魔王城じゃないけど、君の家族がいるんだから“おかえり”だね……』


「……た、ただいま。……くっ、うぅ……っ。

お、オレは……ずっと、あんたらに会いたくて……ぐすっ」


『元気そうでうれしいよ。ほら、エルヴィラにも顔を見せてやってよ! 彼女も心配してたんだ』


 父さんはボディのスリットから、鼻紙をロジオンに渡し、彼を落ち着かせていた。

 母さんのいる部屋に移動しながら、父さんとロジオンは、長い時間を取り戻すように会話を続けている。


 数年間と短くても、ロジオンは姉さんの弟、家族だったんだもんな。

 彼にとってその数年間は、一生モノの大切な時間だったと、言っていたくらいだ。


『─── え……っ、ロジオン……ロジオンなのね⁉︎』


 まだ覚束おぼつかない感じではあるが、母さんの回復もかなり順調だった。

 俺達の挨拶も早々に、ロジオンを母さんの部屋に招いた。


 変わらぬ彼の姿に驚いた母さんは、父さんの肩を借りて、必死にロジオンに手を伸ばす。

 彼は震える手で母さんの手を取り、ふたり小さく一言二言交わして、そろって嗚咽おえつを漏らした。


「俺達は別室で休んでるよ。三人でゆっくり話しでもしてよ」


『……ふふ、ありがとうねアルくん。アルくんが戻って来てから、うちは幸せな事ばかりだ』


「…………ロジオンの幽星体アストラル・ボディの事なんだけど─── 」


 ロジオンと母さんが泣いてる隙に、父さんにここに来た目的の確認を、そっと耳打ちする。

 すでに話はティフォから通してあったらしく、父さんの返事も早かった。


 父さんに協力を頼み、俺達はロジオンを残して、三人きりにして部屋を後にした。




 ※ ※ ※




「ダーさんのお母様は、とてもステキな方なのです……」


 別室に移動して、二時間も経っただろうか。

 ふと、会話の途切れた瞬間に、ローゼンがポツリとそう言った。


「だよね〜♪ それにすっごく優しいの、大好きなの」


 ユニが嬉しそうに、身を弾ませて同意すると、婚約者連合がそろってうなずく。

 母さんを助けた時、五人娘は母さんとよくコミュニケーション取ってたし、母さんもえらく可愛がってたからなぁ。


 それに、ロジオンの事があって簡単な紹介だけだったが、母さんはローゼンに対してもニッコニコだった。


 ……ローゼンはここに来るために、すっごい身なり整えてくれていた。

 髪を下ろして眼鏡外して、普通の格好してるだけで、育ちの良く朗らかな令嬢っぽい雰囲気になっている。

 関係を伝えてはいないけど、母さんのあの態度は、単に初対面の人物への社交辞令じゃあない。


─── ちなみに、彼女が何者かは、まだ話していない


 母親を褒められるのは、やっぱりちょっと恥ずかしいような、こそばゆいような感じがする。

 自分には母親が無いものと、そう思って育って来たからか、ここらへんの感情が何なのかはよく分からない。


 そうして、ひとしきり母さんの話が出て、会話が途切れた時、ソフィアがつぶやいた─── 。


「今頃、あの記憶映像を見ているのでしょうか?」


「ああ、ロジオンもそのつもりで来たし、つもる話はその後で、ゆっくりしたいって言ってたからな……。大きなショックを受けなきゃいいけど」


「「「うーん……」」」


 あの記憶は、衝撃が大きい。

 まだ家族の実感も何も無かった俺ですら、唖然とするしかない、激動の歴史だ。


「─── ロジオンなら大丈夫。

何が起きたのか、ずっと分からなかった事が、闇への恐怖を作ってしまったんだ。

……例えそれが辛い過去でも、見えない不安からは、からは歩き出せる」




 ※ ※ ※




─── エルヴィラの居室


 部屋の一か所に陽炎かげろうが立ち昇る。

 その発生源である右拳を、必死に握って抑えるロジオンの肩に、オリアルの手が添えられた。


『─── ロジオン、これは辛い過去だけど、終わりの悲劇じゃない』


 その言葉に振り返ったロジオンは、大きく息をひとつ吐いて、内に燃え上がる『憤怒の炎』を強引に鎮めた。


「オレ……オレは……! こんな事になってた時にオレは……。どうして魔界に残らなかった!」


「ロジオン、それは─── 」


 エルヴィラの声を遮り、ロジオンは自分の服の胸元を、震える手で握り締める。


「許してくれ……オレは、恩人の一番大変な時に、側に居なかった……ッ!

オレが居たら、魔王さんは……死なずに済んだかもしれな─── 」


「それは違いますよロジオン」


 エルヴィラは震える膝を手で押さえ、よろめきながらも、彼へと歩み寄る。

 思わず手を差し伸べようとするロジオンを、彼女は手で制し、彼の隣へと腰を下ろした。


「─── あれは一瞬のことでした。あの時、もっとも行動に覚悟を持っていたのは、ハンネスなのよ。だから、陛下も敵わなかった……」


「で……でもッ!」


『父上はお隠れになられた。私は体を失い、エルヴィラは倒れ、イロリナは時を止めた。

─── でも、アルファードは生き延びた。君もこうして生きている』


「あなたがこうして生きていてくれて、また会いに来てくれた。それは私たちの幸せ」


 目を見開いて、見つからぬ言葉を探すロジオンの手を、エルヴィラの手が掴んだ。


「でも……でもオレは何も出来なかった……」


「いいえ。あなたはこの手で、陛下の危惧きぐを、払い続けてくれたじゃないの。

人界に渡った、魔の眷属を守り続けていた」


 魔王フォーネウスとの約束、ロジオンが保護して来た、魔界出身の者たち。

 彼がその小さな体で、ギルド本部長まで登りつめたのは、その活動の功績もある。


『我々魔族は与え合う存在。例え魔界を離れた者たちだとしても、家族も同然なんだよ。

─── 君は大切な僕らの家族を、たくさん守って来てくれたんじゃないか』


「…………」


「むしろ私たちは、あなたにお礼を言う立場なのよ? 守り続けてくれてありがとう。あなたが生きていてくれて、ありがとうロジオン」


「……! お、オレ……は……」


 夫婦は目を合わせて、くすりと笑うと、ロジオンの顔を覗き込む。


「イロリナも生きています。ハンネスと闘って、その力が『魔王』には程遠いと、分かったでしょう?

─── あの子は生きている」


『……体の時間は止められていても、思念は動いているらしいからね、きっとあの子の支えは君の存在になってる』


「……イロ……リナ……」


「あなたに掛けられた呪いを薄めるために、寿命と魔力を削ってまで、人生を捧げようとしたくらいですもの。私の娘です、一途さは保証するわ!」


 頰が染まるロジオン、やや寂しげな微笑みを浮かべるオリアル。

 

『鍵の継承がされた時、もしあの場でイロリナの持つ魔力の器が完全だったら……。

あの子が選ばれていたかも知れない。そうなっていたら、真っ先に殺されてしまっただろう』


「─── ッ⁉︎」

 

 結果的に、ロジオンに【共命法】の秘術を使っていた事で、イロリナは救われた。

 その事実が、心の奥底の何かを、一気に取り払うのをロジオンは感じていた。


「分け与えて救い、救ったことで自分も救われる。……あの子は魔族の鏡ね」


『君がいたから、私たちに希望がもたらされたんだよロジオン。

それにさ、悲劇が起きた事は、もう取り返しがつかないけど、アルくんを見てごらん。

あんなにたくさんの婚約者に慕われて、私たちに幸せを運んで来てくれたんだ。

……幸せは、何かを乗り越えた先に、紡がれていくんじゃないかな』


─── スゥ……スゥ……


 ロジオンの首がかくりと倒れ、部屋には安らかな寝息だけが、静かに流れていた。


『…………よかった。やっと眠れたんだね』


「ふふ、こうしていると、本当にただの可愛らしい子供なのに」


『ははは、本人が聞いたら荒れそうだ。

─── でも、本当に良かった。生きていてくれて、こうしてまた顔が見られて……』


 ロジオンを挟んで、夫婦は手を取り合う。

 まるで我が子のいる幸せを、噛み締める家族のような光景が、そこにはあった─── 。




 ※ ※ ※




 大広間の片隅で、魔導人形の『ユリちゃん』と、二匹の黒く小さな魔物が遊んでいる。

 黒い魔物の片方はベヒーモス、そしてもう片方は、三頭の狼ケルベロスだ。


 ケルベロスはかつて、赤豹姉妹ペット化の代わりにローゼンに充てがわれた、生贄……愛玩動物。


 普段はローゼンの中で過ごし、結構上手い事、仲良くしていたらしい。

 魔物は魔力を糧に生きるのだが、ローゼンの星に匹敵するエネルギー量のせいか、最初出て来た時は別種の巨獣と化していた。

 今は子猫サイズに小型化して、きゃっきゃと戯れている。


『─── で、アルくん? そ、そこのお嬢さんなんだけど……。

ローゼンちゃんだったっけ……。その、ど、どど、どちらさまかな?』


 ロジオンが眠りにつき、改めて両親と話すために集まると、父さんがローゼンの事を尋ねた。


「改めまして、私の名はローゼン。ローゼン・ブラドバルク・シュルクト・エンネと申しますです。

─── アルフォンスさんとは、良いお付き合いをさせていただいているです」


『ひっ……!』


 特にローゼンに変化はない、ただ言葉を発しただけで、父さんはソファにかくんと座り込んでしまった。

 母さんは最初から車椅子に座っていたけど、目を見開いていた。


「ローゼン……ちゃんでいいかしら?」


「はいです」


「あなたは─── プロトタイプね?」


「はい、私はブラド神族のプロトタイプなのです」


 父さんが長く息を止めていたかのように、どはぁと息を吐いて、目頭を掴もうとするもゴチンと鈍い音を立てていた。

 痛々しい程に動揺してるなぁ、表情はニコニコ蛙のままだけど。


「─── 父さんと母さんは、プロトタイプを知ってるの?」


『うん。ちゃんと姿を見た事はないから分からないけど、先代にはひとりお友達がいたみたいだったよ。うーん……そっちは何族のプロトタイプだったか。

話には聞いてたけど、これ程とは……。

─── あ、ごめんねローゼンちゃん』


「ふふふ、お気になさらずなのです♪

流石はクヌルギアの王太子夫妻、私の力が隠しきれなかったのです」


 流石は魔界の王族、両親はローゼンの事を見抜いたらしい。

 父さんの方は緊張しているが、母さんははしゃいでいるようだ。


「でも、会えて光栄だわ! こんなに可愛らしい方だったのねぇ♪

……ねえ? ウチの子と『良いお付き合い』ということは、もしかして……?」


「はい……婚約させていただいているです///」

 

 そう。

 精神世界から戻った後、色々あって俺とローゼンはそういう事になった。


「あらあら、まあ! アル、あなたってホントにワールドワイドねぇ〜☆」


「ははは……」


「どこかしら? ウチの子のどこが良かったのか、教えていただいてもいいかしら?」


 う……これは恥ずかしい。

 親の目の前、婚約者連合の前で、そのやり取りは恥ずかしい……!

 ローゼンは頰を染めてうつむき、モジモジしながら、素直に答えてしまった。


「深い知識と力を、人のために。優しくて、強くて……。それに、私のような存在を『原初の美しさ』だと言ってくださって……♡」


「くはっ☆ ごちそうさまだわ! これはごちそうさまだわぁ〜!

ようこそ、クヌルギアス家へ、ローゼンちゃん。

─── ハッ! あなた、今日はお祝いよ! 私も久しぶりに、お酒でも飲んじゃおうかしら⁉︎」


『ええ? お酒はまだ……いや、少しならかえって発散になるかなぁ、うーん』


 真っ赤になったローゼン、なぜか一緒にモジモジしている婚約者連合。

 父さんもようやく落ち着いて、母さんはさらに元気になっていた。


「─── ところでスタルジャちゃんは?

姿が見えないようだけれど……」


 父さんが少しうつむいた。

 母さんの体調を思って、言ってなかったのかな。

 でも、今の母さんの様子を見るに、スタルジャの事も、大事に思ってくれているようだ。


 うん、家族なんだし、ちゃんと話そう……。


「……スタルジャは─── 」


 俺は床に魔法陣を描き、彼女の眠る亜空間を展開させた。

 母さんは父さんの肩を借りて、スタルジャの元へと歩いた─── 。

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