【幕間Ⅹ】 ローゼン

 初めて彼女と出逢ったのは、鬼族の少年ニギラの、治療の準備をしていた夜だった。

 気配も無く突然現れ、薬学の知識にはしゃぐ、ちょっとだと思った─── 。


 すぐその後に、俺とソフィアとティフォ、スタルジャを合わせた四人が、一瞬で敗北。

 更には夢の世界で、俺の武器の精達も含めた全員でも、敗北。


─── プロトタイプ


 太古の主神が生み落とした、制約を持たぬ無調整の生命、原初の種族モデル。

 『変な娘』から一転『ヤバイ奴』になった。


 でも、結局本当に強引な事や、無慈悲に命を奪うような事はせず、むしろ人の命を救う事への真摯しんしさが垣間見えた。

 人との関わりを避けながら、医の研究に心血を注ぐ彼女の姿を、いつしか『健気けなげな人』だと思うようになった。


─── 神界と人界の仕組み、そして神と人との過ち、そこから生まれた彼女の孤独な過去


 プロトタイプとしての彼女の話に、歩んだ過去の理不尽さや恐ろしさを感じ、同情してしまった。

 と言っても、俺は彼女を、憐れんだワケじゃない。


 それでも人類が、生きて進む事を願い、関わらない孤独を選んで来た彼女を尊敬した。

 言葉ではどこかねてはいるけど、彼女は『憂いを持つ優しい人』だと、そう思うようになった。


─── そして、鬼達から言われた『ありがとう』に戸惑う彼女が、可愛らしく映った


 所々で俺に結納を迫るのは正直閉口したが、それは無茶苦茶な願望を言う事で、現実を茶化しているのだと思った。


 素敵な女性だ。

 だから、冗談で結婚を迫る彼女に、まさか真剣な気持ちなんてないと、そう捉えていたんだ……。


─── だが、彼女は本気だった


 それは再会を果たした、俺の目覚めの瞬間に、分かった事だ。


 正直に言えば、彼女に女性としての魅力を感じた事は、何度もある。

 ただ、茶化して口説いてくる相手で、神と同等以上の存在で、こっちには婚約者五人もいるしで……。

 考えないようにしてたのが本音だ─── 。


「─── と、まあ、アルくんはそう思っていたと」


「はい……」


 ローゼンに手伝ってもらって、精神世界でアルファードと会った後、俺の部屋に婚約者連合が集結していた。

 ローゼンが『抜け駆け』と罵られるパターンかと思いきや、突入して来たソフィアの第一声は、想像の斜め上だった。


─── ローゼンちゃんと、なさい


 余りの言葉に『は? ローゼンをちゃんと翻訳? なにそれ?』と聞き返した自分も、たいがい斜め上の感性だと反省している。


 『 婚 約 で す 』と、顔をグイッと近づけるソフィアは、再会した当初の『切り刻み聖女』な剣幕があった。


─── 俺は今、婚約者連合から、ローゼンとも結ばれる事を迫られている


 ソフィアにローゼンをどう思ってるのかと聞かれ、今までを振り返っていた次第だ。

 浮気しまくって、女性陣に囲んで責められたみたいな話は聞いた事あるけど、婚約者の増員を迫られるのは聞いた事ない。

 うーん、何この状況……。


 確かにソフィアとティフォが、ローゼンに『婚約者〜』みたいな事を言ってたけど、何故彼女達の方がこんなに必死なのか分からない。


「アル様。ローゼンは倒れたアル様を救おうと、それは必死だった。

何も出来ないあたしは、見ている事しか出来なかったけど、そのあたしの胸が痛むくらいに。

彼女の気持ちも、汲んでやって欲しい……。

─── ローゼンがいてくれるなら、よりアル様も安全になるから、あたしは賛成よ」


「エリン……」


 エリンはかつて、勘違いからローゼンに挑み、ペットにされ掛けた。

 そのせいか、普段からローゼンにちょっと及び腰だったのに、今は自分の事のように必死な顔をしている。


「私も賛成なの。ティフォ様が連れて来た時、アル様を見てローゼンすっごく慌ててたの。

ペットにされてた時も、ヤな事はしてこなくて、甘やかされてたの。

─── ローゼンの言動はアレだけど、本当は優しくて寂しがり屋さん。寂しくてこじらせてるだけなの」


「ユニちゃん。ありがたいのですけど、その言い方は、ちょっと胸が痛いのです……」


 ユニの天然のビーンボールに、ローゼンが喘いでいるけど、彼女の言わんとする事は分かる。


「んー、オニイチャ。ローゼンは、今までずっとひとり。あたしも、ずっとひとりだった。

あたしは、オニイチャに拾われて、すっごくしあわせ。

……でも、もし今拾われてたとしたら、ティフォは、選ばれないの?」


「─── そ、そんな事はないッ!」


「あたしも、そーだったよーに、ローゼンにも、オニイチャしか、いない。

オニイチャに、うけいれられなかったら、ローゼンはこれからも、ひとり─── 」


 ローゼンが鬼たちの『ありがとう』を反芻はんすうしていた時の、嬉しさと寂しさの混じった、何とも言えないあの表情が浮かんだ。

 ……胸が酷く苦しい。


 これから彼女は、またいつか孤独になるのか……?

 人との関わりを諦めて来たローゼンを、鬼達に関わらせたのは、俺じゃないのか?

 今は彼女も受け入れてもらえているようだけど、もしまた過去の世界のように、人に巻き込まれたりしたらどうなる─── 。


 暗い場所で縮こまる、ローゼンの姿が頭に浮かんで、どうしようもなく切ない気持ちになってしまった。


「私もアルくんに振り向いてもらえなかったら、きっと荒れてたでしょうね。

万引き、カツアゲ、クッキーサンドを剥がして食べる……。そんな人生に落ちていたかも知れません」


「……最後のは何だ?」


「リディは……幸せそうに見えませんでした。ともに歩むパートナーであるはずの、ハンネスとの絆を、あまり感じませんでした。

─── 生み落とされる順番が違えば、私がそうたったのかと思うと、酷く心が痛むんです……」


 リディとハンネス。

 戦闘の呼吸は、合っていたようにも見えたけど、何かチグハグなものも感じられた。


 感情を与えられずに生まれて来たと言うが、そうだとしたら、あの悲痛な面影は一体なんだったんだろう。

 あの時リディは、ハンネスに強い依存と、別離不安を抱えているようだった。


 人は何度でも人生をやり直せるし、共に歩むパートナーだって選び直せる。

 ……でも、リディ達はどうだろうか。


 一緒に歩むはずの運命の相手が、自分に振り返らなかったら、使命を全うするまで孤独じゃないのか?

 いや、孤独は不安も恐怖も、そして自己否定さえも生む毒だ。

 まだ使命や、背負う運命があるだけに、人と同じようにモロくはないかも知れないが……。


─── じゃあ、すでに使命すら失ってしまっているローゼンはどうなる?


 また、胸が痛んだ。


 彼女に対して気持ちもある。

 ソフィア達の言いたい事だって分かる。

 ただ、心の何処かでくすぶる、いくつかのモヤのようなものがあった─── 。


「……ローゼンは大事な女性だ。

けど、皆んなも大事でさ……。スタルジャの事も心配で、なんだか今ここでその答えを言うにも、生半可な気持ちではいけない気がしてるんだよ俺……」


 ローゼンに気持ちを受け止めるにも、他に気を取られてて、失礼じゃないのかなと思う。

 スタルジャの気持ちだって、聞きたいしね。

 一夫多妻って、男の気持ちだけじゃダメなんじゃないかと、今まで五人と関係を結んで学んできた。


「アルくんは、スタちゃんが目覚めてから、ちゃんと話したいんですね?」


「ああ。ローゼンがそれで良ければ……だけど、どうかな」


「……私はそれでも、全然構わないのです。私の時間は、吐き気がする程、残されているのですから……ぐすっ」


 そう言いながら、彼女は涙をこぼした。


「……! ローゼン……?」


「─── あ、違うですよ?

ダーさんが、ほんとの本気で、真剣に考えてくれているんだなーって……。

ちょっと込み上げちまったですよ♪ こういうの、大事にされてるみたいで、慣れてないのです」


 エヘヘと笑いながら、微笑む彼女の青い瞳が、潤んでいるのがまた、胸に刺さる。


「……長くは待たせない。魔界の旅だって、君が居てくれたら、きっとすぐに─── 」


「私はご一緒しないのです」


「え?」


「私は人類の調律や、未来に関わることは出来ないのです。そこだけは変えられません。

だから、私はダーさん自身のヘルプをするですよ。

─── あなたが困った時、いつでも帰れる港になるです」


 プロトタイプの誓いか……。

 最後に死んだプロトタイプのふたりは、彼女の大事な仲間。

 それを殺したのは彼女自身だ。

 その誓いは、適合者の俺に加担すれば、大きく抵触する事になる。


「ダーさんから頂いた血の繋がりは、私の中に永遠に残るですよ。

だから、ダーさんがどこにいるか、すぐに分かるですし、いつでも駆けつけられるです。

私が手を下すのはご法度ですが、癒しとアドバイスくらいなら、港の女の範疇はんちゅうなのです♪」


 ローゼンはそう言って、ふくふくと頰を膨らませている。

 『港』とか、都合のいい女扱いみたいで、かなり抵抗のある言い方だが……。


─── だが、魔界に行けば、本当にスタルジャは目覚めるのか?


 いや、どれ程の時間が掛かるのか、無事に帰って来れるのかどうか、保証なんかない。

 ここまで告白してくれたローゼンを、これ以上待たせるのは、それこそ不誠実じゃないか?


─── 腹をくく


「……少しの間、ローゼンとふたりにしてくれないか?」


「「「……(コクン)」」」


 四人の婚約者達は無言で頷き、廊下へと向かう。

 部屋を出る時に、ティフォの『クッキーサンドを剥がすのは』とソフィアにブスリと苦言を刺すのが聴こえて、肩の力が抜けた。


 静まり返った部屋には、寝台の上に俺と向き合って座る、ニコニコ顔のローゼンだけ。


「ごめん、色々考えていてくれたんだな……」


「はいです」


 ちゃんと話そう。

 俺の気持ちも、不安もちゃんと。


「俺は適合者として、ハンネスに負けた。

今はまだ、勇者にも魔王にもなりきれない中途半端な男だ」


「はい♪ 始まったばかりなのです」


「……多分、こらからもっと運命は大きく動く。俺が生き残れる保証は無い」


「あなたの選んだことは、私の大事な人の意思。

そんな大きな事から、逃げない人を好きになったです。誇りに思うですよ♪」


「ロジオンを怒らせたみたいに、またいつかヘソを曲げたりするかも知れない……」


「ずっと真っ直ぐな道なんて、この世に存在しないのです。多くの英雄は、伝説を残すわずかな時間以外は、たいてい地味なもんです♪」


「……君以外に、すでに五人も嫁候補がいる」


「ひとりの伴侶でも苦労しますが、マンツーだからこその苦悩もあるですよ?

あんなにステキな五人となら、大抵のことは、楽しく超えられると思うです♪」


「俺、結構ヘタレだよ……?」


「プロトタイプの求婚を、真っ直ぐに考えようと受け止める人がですか?

五人を見れば分かるです。普段はヘタレでも、大事な時に、ちゃんと話せる人なのですよダーさんは♡」


「……プッ、なんだろうな、このやり取り」


「くすくす♪」


 なんか前にもこんなやり取りしたっけな。

 あの時はソフィアが俺みたいに弱音吐いて、俺が全部肯定したんだっけ。

 ローゼンにとっては俺だけだと、ティフォが言ってたけど、ある意味それは俺も同じか。


─── ローゼンの代わりなんて、この世に存在しないじゃないか


「……ダーさん。困らせてしまって、ごめんなさいなのです……。迷惑なら振っていただいても、構わないのです。

─── 私があなたを大切に思えた事が誇りですから、あなたに『こうあって欲しい』で困らせたくはないのです」


 寂しげに伏せたまつ毛の奥に、青い瞳が潤んで揺れている。

 ああ、この後に及んで、彼女はまだ俺への影響を考えてくれているんだなぁ。

 きっと、こうして人類を憂い、支えようと生きた結果なんだろう。


 彼女は怪物なんかじゃない。

 苦しんで悩んで、模索し続けて来た、人よりも人らしい存在なのかも知れない。


 それが分かった時、俺の中にあったモヤモヤが、スッと消えて行った気がした─── 。


「その心配はいらないよ。ありがとうローゼン、本当に君は優しいな……。

─── ローゼン、好きだよ。女性として」


「ふぁっ……ふわわわっ! ま、まさか、どストレートに告白されるとは……。

そ、想定外なの……です……あふっ」


「いきなり求婚した人が?」


「─── む? あ、やり返してるですね⁉︎」


 その前に君、すんごいネグリジェのままだけどな。

 恥ずかしがる場所が違うだろ。


 ふたりで吹き出して、しばらく笑い転げた後、俺は彼女の手を取った─── 。


「ローゼン。俺と一緒に生きてくれ」


「─── はい♪」


 こうして俺は、ローゼンと婚約を交わした。

 六人目の婚約者は、ソフィアより遥かに年上の、ちょっと規格外な少女だった。

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