第十話 守護神契約

 褐色のつややかな肌を、ぬるま湯で絞った布で拭く。


 眠り続けるスタルジャは、ソフィア達が毎日清拭してくれているが、俺も気がついたらこうしてせめて顔位はと拭っている。

 肌の乾燥を防ぐため、彼女の健康状態を見るため、そして少しでも関わっていたいという気持ちからだ。


─── まぶたがピクピクと、わずかに痙攣した


 夢を見ているのだろうか?

 うなされる事は無いが、彼女の中で何らかの処理がされている。

 彼女の意識が、奥底にでも確実に息づいている証拠だ。


「じゃあ……始めるですか?」


「ああ。頼むよローゼン」


 ベッドの隣に置かれた椅子に座る。


 ローゼンはスタルジャの額に、宝石の埋め込まれたサークレットをそっとはめた。

 彼女の作った魔道具だ。


 奇跡の波長を調べていたローゼンは、守護神の契約にも、独自の波長がある事を見つけ出した。


 魔術による契約と、守護神の契約は、根本的に違う。

 魔術による契約はそれを履行する為に、術式でペナルティをつけたり、強制力を持たせるだけだ。

 力を分け与えたりは出来るが、魂に深く繋がるような、運命に影響する契約は出来ない。


 それに対して守護神の契約は、運命すら変える程の、深い魂の結びつきが発生する。


─── 守護神とされる、高度に研ぎ澄まされた魂の持主以外、普通の人にはその契約は不可能だ


 これから俺は守護神として、スタルジャを契約者に、守護神契約を結ぶ。


「魔王としての『魔力の分配』は、ご存知の通りスタちゃんにも行われているです。

その繋がりは一方的ですが、契約に似て、かなり深い所に繋がってるですよ。そこを利用するです」


「そう言えば、魔力は魂の器に溜められるんだもんな……。魔力を人に渡す魔術ってあるけど、あれって結構大それた事だったのな」


「本来、魔力の譲渡だけでも、一般的には高度な技術ですからね〜♪

それを無意識にやってしまう魔王の特性って、それだけでも驚異的なんですよ?」


 椅子に座る俺の両肩に、ソフィアが後ろから手を置いて、うふふと笑う。

 守護神でもない俺は、これから彼女に、契約の誘導役をやってもらう。


 守護神と契約者は、深く魂にその絆で結ばれる。

 ミィルを媒体にした、夢の世界の構築が不可能だと分かった今、スタルジャの精神世界にアプローチするために試す価値はある。


 ソフィアはオルネアとして、ひとりの適合者としか契約出来ない。

 そして、ティフォを始め、普通の守護神では、相手の意識が無ければ契約出来ない。


─── 魔王の力で、スタルジャの奥深くに魔力で通じてる俺だからこそ、契約締結の可能性があった


「じゃあ早速、ダーさんの『守護神契約』始めるですよー。契約自体は、経験者のソフィたんに任せれば、問題ないです。

後は勝手に分配される魔力を、このサークレットが、守護神契約の波長に換えてくれるです」


「アルくん、何もしようとしなくていいです。頭の中にスタちゃんの事をイメージして、そこに集中してて下さいね」


「分かった─── 」


 頭にスタルジャの姿を思い浮かべる。

 ……浮かんだのは、シリルの妖精王宮殿で、初めて踊った夜の彼女だった。


 月明りの下、共に歩むと誓った時の、嬉しそうな彼女の笑顔がはっきりと浮かぶ。

 あの顔は忘れられない─── 。



─── 其は命運の栄賛えいさん、魂のちぎりなり……【 受 諾 せ よ 】



 ソフィアの声と共に、肩に置かれた手を通して、温かな何かが全身を駆け巡る。

 その圧力が、上がったり下がったり、こそばゆい感覚が体内の奥底で感じられた。


─── 直後、膨大な数の風景が、頭の中を流れていく


 これはスタルジャの記憶だろうか……。

 一瞬にして流れていくそれらの中に、彼女の感情が温かく冷たく、柔らかく鋭く俺の中に触れていく。

 様々な人々の顔が、景色が浮かび、彼女を形作るものが垣間見えた最後に─── 、


─── 彼女の両親の温かな笑顔と、俺の笑顔が浮かんで、光の中に消えた


「……終わりましたよ。確かにアルくんの守護神契約は、スタちゃんと結ばれました。

あれ、アルくん……?」


 頰に涙が伝っていた。

 何が悲しいとか、そういうのはない。

 ただ、涙だけがポロポロと溢れた。


「俺ってさ……あんな顔で笑うんだな……」


 最後に浮かんだ俺の顔は、自分の思っている印象とは、どこか違っていた。

 スタルジャからは、ああ見えているのかな。


「……ふふ。アルくんの笑顔は素敵ですよ?

スタちゃんだって、早く生アルくんが見たいに決まってます」


「そうだと……いいけどな」


「─── 無事、完了したですね?」


 自分ではよく分からないが、ソフィアは自信満々に、契約が結ばれているのが見えていると言う。


 ローゼンはウキウキした様子で、無地の加護カードを取り出し、スタルジャの手に持たせた。

 その手に、透き通った結晶のようなものを、そっと触れさせる。

 成人の儀に使われる『マナの雫』を、擬似的に作ったものらしい。


 儀式の流れで行けば、これで契約が確定して、加護や能力を授かる。

 人によっては、同時に魔力も跳ね上がったりするわけだが……。


 スタルジャの体から、青白い魔力の光が、そよぐように吹き出した。

 その魔力の高まりが余りに強大で、建物の危険を察知したソフィアが、結界でスタルジャを覆う。


─── ドム……ンッ‼︎


 球体状の結界の中から、強烈な閃光が発せられ、空気が大きく揺れた。

 音も遮断するソフィアの結界でなければ、今のでこの屋敷は崩壊していたかも知れない。


 光が収まると、結界の中では粉々に砕けたベッドの瓦礫の上に、仰向けに寝たままのスタルジャの体が浮いていた。


「これは……相当な強い契約ですよ? スタちゃんの魔力が、アルくん並みに……」


「…………これ、大丈夫なの……か?」


 結界が解かれ、浮いていたスタルジャを抱き上げると、彼女の手に握られていた加護カードがパシュッと光った。


「あ、加護が書かれたみたいなのです。どれどれ〜♪ あっ…………」


「何だよ? どうなったって?」


 ローゼンは加護カードを、後ろ手に隠すようにして、後退っていく。


「うぐっ、ほ、ほら。女の子の個人情報なのです。殿方のダーさんは、遠慮するとこなのですよ……」


「いやいや、ちゃんと契約出来てんのか、確かめないとダメだろ⁉︎」


「そうですよローゼンちゃん。独り占めはいけないんですよ?」


 それでも渋るローゼンに、久々の触手発動で身動きを奪う。

 いや、普通なら彼女にそんな事しても、簡単に触手を引き千切られるだろうが、動揺していた彼女は『ひゃうん♡』と甘い声を出して縛られた。


 その手からスタルジャの加護カードを取って、内容を確かめる─── 。



◽️スタルジャ


守護神Ⅰ【※※※※※】

守護神Ⅱ【すごい半端者】


加護Ⅰ【※※※※※※】

加護Ⅱ【すごいヒモ】



「─── ブフォッ⁉︎」


「は……はぁッ⁉︎ この『Ⅱ』の方が俺なのか⁉︎

前々から思ってたけど、これ誰が書いてんの? 何でこんな攻める姿勢なの⁉︎」


「「ぎゃははははははッ‼︎」」


「オイそこのふたり、笑ってんじゃねえッ‼︎」


 ローゼンも俺から隠そうとしてくれてた割に、ソフィアが崩れると、決壊するかのように笑い崩れた。


 『すごい半端者』の『すごいヒモ』って何だよ……。

 確かに勇者でも無ければ、魔王でもないんだけどさ。

 これじゃあ、ただの甲斐性無しじゃねーか!


「ぶひっ、ほ、ほら……取りようによっては『凄い』って、高評価の意味かも知れないじゃないですか。

ひ、表記が……ぷぎっ、紛らわしいだけで……ぷがっ」


「ブタ鼻鳴ってんよ?」


「キヒッ、ダーさんは、ヒヒ……。は、初めてのウヒッ、守護神契約なのですヒヒ……。

こ、これから……あ、だめ、フヒヒヒヒ」


こらえかた気持ち悪いよ?」


 もう何しても笑いにしかならないふたりを、廊下に転がしておく。

 粉々になったベッドを、何とか魔術で再構築して、スタルジャを寝かせた。

 ……誰の屋敷か未だに聞いてないけど、どえらい高級品なのは分かるし、怒られるのは嫌いだ。


 スタルジャは安らかな顔で、すうすうと寝息を立てている。

 もう、魔力は馴染んだのか、さっきまでのような爆発的な圧力はもう無い。


─── でも、これでスタルジャと繋がれたんだよ……な?


 俺には守護神や加護を、判別する力は無い。

 彼女から流れ込んだ、記憶や感情も、特にくっきりとは残ってない。


 ただ、胸の奥には、気苦労が重なった時に残る、気怠い疲労感のようなものだけが残っていた。




 ※ ※ ※




 くつくつ……。

 うれしい音、甘酸っぱいにおいと、鍋の音。


 目がさめたら、私はパパお気に入りの、ロッキングチェアで寝ちゃってたみたい。


「……ん、あれ? ママ?」


「ふふ、やっと起きたわね。こっちにいらっしゃい、そろそろ出来上がりよ。味見してみる?」


「え! もしかして、ベリージャム⁉︎

するする! 味見するーっ!」


「本当に好きねぇ〜。ふふふ、じゃあね、まずは手を洗ってらっしゃいなスタルジャ」


「はーい」


 ベリージャム! ママのつくるベリージャムは、里一番だってみんな言ってる。

 私もママのベリージャム、だいすき!


─── コンコンコン……コンッ


 パパはまた、農具のお直しをおねがいされたみたい。


「パパ? こんどはだれから、おねがいされたの?」


「…………ああ。ヘイロンが結婚するからな、道具を分けてやりたいって、ファム爺さんから頼まれた」


「んふふ〜♪ けっこんかぁ〜、ステキだなぁ!」


「─── まだ早い……いや、ずっとうちに居てもいいんだぞ、スタルジャ」


「ええ〜、私だって、花嫁さんになってみたいもん! ……でも、パパとママとずっといっしょも、いいかも……」


─── スタルジャ、パパのお仕事のじゃましちゃだめよー?


 パパは、寂しそうに私を見上げていたけど、ママの声に気がついたら、また作業に戻った。

 パパはクワにはまっちゃった石を、叩いて外そうとしてるみたい。


 ずいぶん古い道具みたいだけど、パパがお直しすると、いつもピカピカになる。

 ……私はそれを見るのもすき。

 仕事中のパパは、あまりおしゃべりしてくれないけど、そういうのもかっこいいと思う。


 でも、今はとにかくジャム!

 おけで手を洗って、すぐママの所にもどった。

 

「はい、どーぞ。お試しくださいな。ふふふ」


 ママがヘラからこそぎとったジャムを、さじにのせて、ふぅふぅして差し出してくれた。

 

「─── あむっ」


「どーお?」


「はぁ〜♡ おいしいっ! ママのジャムだいすき!」


 ママはしゃがんで、私を抱きしめてくれた。

 お日さまにあてたお布団みたいに、やわらかかてあったかくて、やさしいイイにおいがする。


「大好きよ、スタルジャ。ずっと一緒よ……」


「えへへ。うん、ずっといっしょ!」


 抱きしめられたママの肩の向こうに、閉めっぱなしの鎧戸が見える。

 古い戸だから、すき間ができてて、外の光がもれていた。


 ……あれ? 私、いつから寝てたんだろう。

 今日は一日、なにしてたんだっけ……?


「あ、ねえママ。今日はパンをやく?」


「そうね。今夜はパンにしましょうか」


「それなら私、ヒエン豆つんでこよーか」


 お豆のパンは、パパの大好物だもんね♪

 畑からつんでくるのが、私の仕事。


「あなたは、お家にいればいいのよ」


「え、でも……」


「大丈夫。ここに一緒にいればいいの」


─── カンカン……カンカンカン……


 パパ、まだがんばってる。

 私も何かしてあげたいんだけどなぁ。


 そう思って、パパの方を見ると、パパも手を止めてこっちを振り返った。


「…………もう遅い、お家にいなさいスタルジャ」


「はぁい」


 もう遅いのかぁ。

 どれくらい寝てたのかな、私。


 あれ? そういえば、最近いつ畑にいったっけ……。

 昨日はだれと遊んだっけ……?


─── あれ? さっき、鎧戸の隙間から、光が見えてたよ……ね


 窓の近くに寄って、すき間から外を見る。

 やっぱり外は、まだ明るいじゃん。


 どうしてパパは、もう遅いだなんて、うそをついたんだろ……?


「あれ……あのお兄ちゃん、ニンゲン……⁉︎」


 道をはさんで向こう側に、人が立っていた。

 黒い髪で紅い眼、体が大っきくて、ちょっとカッコいい……でもニンゲンだ。


 この里にニンゲンがいるなんて!

 私初めて見る……。


 そのお兄ちゃんが、こっちに向かって必死に何か叫んでるけど、声が全然出てないみたい。


─── カン……カンカン……カンッ


 パパのカナヅチの音の方が大きくて、お兄ちゃんが何を言ってるのか、ぜんぜん分からない。


 でも……何だろう、あの人。

 あんなに離れてるのに、すき間からのぞいてる私に向かって、話しかけてるみたいに見える。


 それにあの人……初めて見るのに、どこか懐かしい感じがする─── ?


「ねえママ? あそこにニンゲンのお兄ちゃんがいるよ」


 そう言って振り返ろうとしたら、ママはいつの間にか私の後ろにいて、私の両肩に手を置いた。


「お外はダメって言ったでしょ……。

それにニンゲンは……絶対に─── ダメ」


「……ど、どうして?」


 ママの声が、なんだか怒ってるみたいに聞こえた。


─── カン……。ガンッ、ガッガッ……


 なんだかママの顔が怖くて、振り返れない。

 さっきはあんなに、温かかったママの手が、今はすごく冷たく感じる。


「ニンゲンは怖いの……。

─── 忘れたのスタルジャ……?」


 え? 私、なにを忘れたんだろ……?

 ニンゲンなんて、初めて見たのに─── 。


「ま、ママ─── ッ⁉︎」


 後ろから私の肩をつかむママの手。

 その内の指が二本、へんな方向に折れ曲がって、紫色に腫れ上がってる─── ⁉︎


 綺麗な爪が割れて、私の服に血が滲んでる。

 胸がドキンと激しく痛んで、動けない。


─── ガンッ、ガッガッガッガッ、ガキッ


 パパの金槌の音が、どんどん激しさを増して、胸が締め付けられる……。

 まだ石を取ろうとしてるの? なんだかすごく恐ろしく聞こえて、私は身動きが取れなかった。


 でも、それ以上にママが怖い。


「ま、ママ……。その手……どうしたの?

す、すぐに手当……しなくちゃ……!」


「…………いいのよ。もう、遅いわ……」


 私の肩に何かがポタポタ垂れて、服を濡らしていく。


─── 黒ずんだ赤が、私の服にみるみる広がっていた


「い、いや! イヤァァ……ッ‼︎」


「やっと……思い出した……? 

冷たい子ね、あなたは。

お外に行くなって意味、思い出したかしら?」


─── ガンガン、ガキッ、ガン……ガランッ


 金槌を床に放る音がして、急に静かになった。

 パパの深い溜息、続けて咳込む声が聞こえた。


「…………ゲホッゲホッ……。

─── もう……ダメだ……ゲホッゲホッ」


 その瞬間、頭の中にある光景が浮かんだ。

 自分のお腹に突き刺さった槍を、何とか外そうとして、力尽きたあの日の父の姿─── 。


─── そうだ……ふたりはもう死んだんだ


 ふたりは……私の目の前で、殺された─── !


 頭が混乱する、目がぐるぐる回る、吐気がして胸が詰まって息が出来ない。

 その私の頰を、母の血塗れの手が添えられて、無理矢理振り返らされる。


 顔の左側が、酷く腫れ上がった、赤黒く変色した顔。

 男達に目の前で蹴り殺された、あの忘れたくて、忘れたくない、最期の母の顔そのままに。


『……お外に出たら、あなたを守って、いけないじゃない─── 』


 死ぬ。

 また、人が死ぬ。


 私を守って、人が死ぬ……!


─── 大切な人が、奪われる…………ッ⁉︎


「うあっ、ああ……ッ

─── ああああああああああああ……‼︎」


 部屋は再び、暗闇に飲み込まれて、真っ暗になってしまった─── 。




 ※




 夢……これは夢か……?


 ロゥトの集落だろうか、ランドエルフの農村の風景に、よく似た場所に立っていた。


 空気や風は感じられず、これが現実世界ではないと、すぐに分かる。

 その判断力や、冴えた感覚があるこれは、夢ではない。


 夜切の夢の世界にも似ているが、それよりも現実感が無く、なにかが歪んでいる気がする。

 風景がどこか平坦な感じのする、そんな無音で曖昧な、空気感の無い世界だ。


─── ここはやっぱり、ロゥトの集落に間違いない


 少し歩き回って、すぐにそれが、確信に変わった。


 見覚えのない建物もあるが、俺の知っている家も、いくつか見られる。

 そして、俺が滞在している間に築いた、作業小屋や水路なんかが無い。


 ……これは、過去の風景。

 馬族『月夜の風狼家』に襲撃される前の、スタルジャの故郷の姿だ─── !


 ロゥトで俺達が滞在したのは、襲撃に焼け残った、スタルジャの家だった。

 彼女の実家の位置は、しっかりと頭の中に残っている。


─── 彼女に会えるかも知れない!


 だが、その希望はすぐに絶たれた。

 彼女の家の周囲が、闇に覆われていて、近づく事すら出来なかった。


「…………! ………………‼︎」


 スタルジャの名を呼び、語りかけようとするが、声が一切出ない。


─── アルフォンス⁉︎ でかしたーッ‼︎


 急に聞き覚えのある声が響いた。


「ミィルかッ⁉︎」


『そんな大声出さなくても、聞こえてるよー!』


 不思議な事に、スタルジャに向けた声は出ないが、ミィルに向けた声ならば出るようだ。


「ここはやっぱり、スタルジャの精神世界なのか?」


『─── そう。アルフォンスが結んだ契約で、すっごく深い所に、足がかりができたんだ』


「でも、スタルジャの所に近づけない……!

彼女に声が届かないんだ!!」


 いや、聞くまでも無い。

 何故、こうなってるのかは、俺自身が何故か、ちゃんと理解していた。


『まだ、契約が浅いんだね……』


「……ああ、でも、でも……ここまで来れた……!」


 ローゼンとソフィアに助けてもらって、守護神契約を済ませた夜、唐突にここに繋がった。

 『効果があった』その事実が余計に、この手が届かぬ状況を、酷く焦りといら立ちへと変えている。


『─── 大丈夫だよ

ここまで繋げてくれたんなら、あたしももう少し、スタをつつけるかも。

ありがとうね……アルフォンス』


 ミィルの気持ちが、嫌という程伝わってくる。

 それは、スタルジャを通して、ミィルとも繋がっているからだろうか。

 普段感じにくい、ミィルの温かな気持ちが、スタルジャを慈しむ気持ちが伝わる。


─── その時、目の前の闇が形を変え、景色に変化が訪れた


 その光景に愕然としながらも、中心にあるその姿に、俺の胸が高鳴った。


「─── スタルジャ‼︎」


 漆黒の円の上には、スタルジャの見て来たであろう過去の辛い記憶が、いくつもダブって繰り返し再現されている。


─── その中心には、眼を閉じて耳を塞いで立つ、彼女の姿があった


 何度も、何度も、彼女の名を呼び、語り掛けるが、こちらに気がついていないようだ。


「……どうすればいい、教えてくれミィル!」


『うん……。今はまだ、どうにも出来そうにないね……』


「…………クソッ‼︎」


 目の前に彼女がいるのに、俺はまた何も出来ないのか……⁉︎

 ここ最近、どうしてこう、歯痒い思いばかりさせられてしまうのだろう?


 スタルジャの体が、数回びくんと動いて、表情が歪んで行く。

 ……今正に、彼女は闇から、辛い過去を見せつけられているのだろう。


─── 世界にノイズが走る


 今日はここまでらしい……。

 俺の体が急に軽くなり、意思とは別にその場から、引きずり出されるようにして離された。


『アルフォンス、大丈夫。もっと契約を強くすればいいんだよ……。

─── 起きたらさ、スタにたくさん話かけてあげてよ。諦めないで、何度でもスタが大事だってさ、何度でも何度でも……教えてあげてよ』


 ミィルの泣き出しそうな声が響く中、俺はスタルジャの精神世界から、切り離されてしまった。


─── 眼を開いたら、自分のベッドの中だった


 この高鳴る胸の苦しみは、俺の悔しさなのか、それともスタルジャの苦痛か。


 少しでも近づけた喜びよりも、彼女の苦しみを救ってやれない、如何ともしがたい歯痒さが残されていた───

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