第九話 予言者の聲

 濡れた黒い敷石を灯台の光がなでると、小さな雪の粒が、微かに落ちて溶ける様を照らし出した。


 この雪が積もる事はないだろう。

 そのうち小雨に変わって、明日は暖かくなると、この土地の者ならそう気付くはずだ。


─── だが、そんな事も他所に、少女はただ薄ら寒そうな表情で、夜の海を眺めていた


 海に流れる川、そこに掛かる眼鏡橋の上で、白い息をふうと吐く。

 赤褐色の耳の先端をぴんと動かして、毛先に乗った小さな氷粒を、無意識の内に弾いて落とす。


 その背後に、いつの間にかもうひとりの少女が立ち、寂し気に溜息をついた。


「─── ユニ。こんな所にいたら、風邪ひくわよ?」


「お姉ちゃん……。大丈夫だよ、ユニだって魔術でヴェールくらい作れるの……」


「…………」


 再び沖の方を眺めるユニの隣に、エリンは並んで立ち、同じく遠くを眺めた。

 風は無く、ただ時折細かい氷粒が頰にかかる以外は、穏やかな潮騒しおさいだけの静かな夜だ。


「─── あの闘いのこと、悩んでるの?」


「……へへ。お姉ちゃんには、隠せないよね。ううん、アル様たちも気付いてて、そっとしてくれてるだけかな……?

─── うん、そうだよ……私、何も出来ないんだなぁって、何だか申し訳ないの……」


 あの時、エリンが獣化して飛び出すのを、ユニはただ、悔しさに涙をこらえるしか出来なかった。

 リディの放った呪縛に、最後まで抗えなかった自分を、彼女は責め続けていたのだ。


「……それはソフィも、ティフォ様も同じよ。あたしだって、飛び出すので限界だった。

あなたが何も出来ないんじゃない、みんな何も出来なかったのよ……」


 そう言って、エリンはユニに気付かれぬよう、下唇を噛んでいらつきを隠した。

 自分の無力さに、苦しんでいるのは、彼女も同じだった。


「それだけじゃないの。あのね、私はみんなの支えになりたいって、補助系の魔術とか、闘い方を極めたいって思ったの。

……でもね、それだけじゃあ、みんなを守れないのかなぁって」


「それだけって……?」


「みんなが傷つくより先に、私が相手を倒せるくらいの力は、必要なんじゃないかって。

今はね、自分で決めたことが揺らいじゃって、不安なの……」


 エリンは驚いていた。

 やや気弱な妹は、ただ己の無力さを、なげいているのだと思っていた。

 

 だが、実際には『闘い方の選択』に揺れていたのだ。


(……泣き虫で、ぶりっ子で、頼りないと思ってたのに。どう生きて行くか、この子なりに歩んでいたのね……)


「そうね。完璧な補助で守るか、今までを活かした攻撃を得るか。

ただ、中途半端じゃあ、これから先、アル様の助けになるのは難しいかも知れないわね……」


「うん。私たちはソフィとティフォ様みたいに、絆で高め合う守護神じゃないの。

でも、最近はアル様から力が流れて来てるでしょ?

だからこそ、今まで出来なかったこと、無理だと思ってたことを、やるしかないのかなって」


 ユニの言葉に、エリンはハッとさせられた。

 あの勇者戦で獣化出来たのは、魔王の力が高まったアルフォンスからの、力の分配が起点となったのではないかと思い至ったのだ。


「アル様との繋がり、魔王の力の分配……。

そうか……ただ魔力を高めるんじゃなくて、使い方から考えるのも、私たちの闘い方なのかもしれないわね」


「うん。もしかしたら、もっとアル様と強く繋がれるかも知れないの。

でも、なかなか思いつかなくて……。ユニは絶対みんなを守りたいの! スタだって、助けたい……っ!」


 そう言って、歯痒さに唇を噛みしめる妹を抱き寄せて、エリンは目に溜まった涙を隠した。


「知らないうちに、こんなに強くなって……。

ユニ、あんたはもう、立派な戦士だったのね」


「……フンだ。お姉ちゃんだって、最近やっと猪みたいに突っ込む癖が、治ってきたばかりじゃない。えらそーなの……」


「い、いつ私が猪だったっていうのよ!」


「ほら、スタとローゼン間違えて、勝負挑んだり……」


 エリンの耳が、へたりと力なく寝た。


「あれは辛かったにゃ……ペット生活……。あたしが悪かったにゃ……」


「お姉ちゃん……語尾。

─── くす、くすくす……」


「ぷっ、フフっ……」


 うつむいて肩を震わせていたふたりが、チラッと目を合わせて笑い出した。


「「あはははははは!」」


 ふたりしばらく抱き合って、そうして笑っていた。

 思えばあの闘いから、こうして笑うのは初めてだったと、ふたりは気がついた。


 同時に、長らく胸の奥にくすぶっていた、言い様のないモヤモヤがスゥっと晴れて行くのも感じていた。


 ……進むべき先が見えた。


 それだけで目標を見つけた獣人族が、驚異的な力と判断力を発揮するのは、種族の特性のようなものである。

 南部獣人族が、一致団結したあの時のように。


「これからは、もっと闘い方、ユニに相談するわね! もう妹じゃなくて、戦友だもの」


「うん。そうやって、あの女神ふたり組よりも、アル様と強く繋がるの……!」


「「繋がりYeah!」」


 完全復活だろうか。

 しかし、ユニはふと不審げに眉を寄せ、エリンの方を振り返る。


「……お姉ちゃん。さっきからね、何かひどく卓越されたニオイがするの……すんすん」


「─── 流石はユニね、ニオイ嗅師の才が、際立っているわ

そう、あなたの元気が出るかと、ギッて来たのよ」


 ユニの尻尾がゆっくりと、ムチのように左右に振れるのを尻目に、エリンは懐から白い布を取り出した。


「使用済枕カバーよ。正真正銘、アル様からおろし立て、ついさっき─── 」


─── バッ、バババッ!


 稲妻より速く、ユニはそれを奪い取り、港沿いの倉庫街へと消えて行った。

 一瞬にして奪われた枕カバーに、呆然としながらも、エリンは妹の復活を確信して微笑む。


 その日から、赤豹姉妹は独自の戦闘技能会議を、人知れず開くようになった。

 その成果が出て、新たな力を目覚めさせるのは、まだもう少し後の事である─── 。

 



 ※ ※ ※




「主人さまぁっ!」


「おおっ、ディアグイン、よく来てくれた!

お前には本当に世話になっ─── 」


「おばあちゃんがヘンなの! すぐ来て!」


 神龍ディアグインがエルフの里での用事を済ませ、巫師ふしラーマを連れて、飛んで来てくれた。

 だが、泣きそうな顔をしたディアに手を引かれ、屋敷の庭に連れて行かれた。




 ※ 




─── その日、魔術王国ローデルハットの国境兵達は、正体不明の超光速飛行物体の出現に、一時騒然となった


 ただ、すぐにその速度計算が行われ、何かの間違いだったのだろうと、報告が出される事も無かった。

 わずか二時間余りで国土を横断するという、馬鹿げた速度計算となり、当直の歩哨ほしょう兵の過労または飲酒が疑われた為だ。

(ローデルハット国土最長部:883kmet 1kmet=約1km)




 ※ 




「なんかね、白くなって、ぐったりしちゃってるの……。病気かなぁ……なおせる? 主人さま、なおせる?」


「─── 【癒光ラヒゥ】!」


 巫師ラーマを青白い光が包み込むと、パチリと目を開き、跳ね起きるようにして俺の手を掴んだ。


「おお……魔王しゃま、ご無事で何よりでこざいます! ディアの背中に乗っておったら、段々と意識が遠退いて……花畑の夢を見ておったですじゃ」


「よかったぁ〜! おばあちゃん元気になったぁ……」


「衰弱と低体温症と、極度な酸欠に脳貧血だな。

ディア、次から人を乗せる時は、時間かかってもいいから、鳩くらいの速度と高さにしておけ……な?」


 思わず全力の回復魔術使ったわ。

 高齢者を背に、まさか全力の飛行速度で来るとは……こっちの肝が冷えた。

 どうやら音速を超えたディアの背中で、当初は結界を張って備えたラーマも、途方も無い重力にブラックアウトしたらしい。

 ……そりゃ、当たり前だ。


「─── ⁉︎ ほ、これは……持病の腰痛とリウマチまで治っとる……! ありがたや、ありがたや」


 衰弱と体調を整える程度で良かったのだが、案の定、俺のポンコツ魔術はガチで仕事をしてしまったらしい。

 でも、ラーマ本人は、持病も治ってシャキッとご満悦だ。

 もう一度蘇生魔術を掛ける事態にならなくて、本当に良かった。


「まずはふたりに礼を言わせてくれ。

─── ありがとう、風の境界フィナウ・グイの民達のお陰で、俺達は助かった」


 ソフィア達も一緒に頭を下げると、ラーマが慌てて膝をつき、ディアもそれに習った。

 こっちも慌てて、ふたりを起こそうとすると、ラーマは俺の手を取った。


「魔王しゃまに頂いた命で御座います。あなた様の弥栄やさかを思わぬ理由が、どこにございましょう」


 今までも蘇生上がりの聖戦士が、妙な忠誠心を発揮してしまう事はよくあった。

 今回もそれかと思い、解放すべく言霊を選んで掛けてみたが、全く効果が無い。


 アマーリエの予言と、魔族の眷属としての誇りが、そうさせているのだろうか……?

 ……何ともやり難いので、色々お願いして、ようやく普通に話してもらえるようになった。


 場所を移して、みんなでディア達から話を聞く事にした─── 。


「─── エルフの禁呪……?」


「そうですじゃ。遥か昔、まだ多くの種族が地上におって、争いが絶えなんだ頃。わしらエルフ族は、敵方の守護神を、固く封印する秘術を編み出しましてのう。

ただ、神に手を掛けては、業が深過ぎるじゃろうと禁じ、代々族長家にのみ伝えられておりましたのじゃ」


「加護を失った所に、魔術のスペシャリストであるエルフが攻め込んだら、ひとたまりもないな」


「守護神とは言え、神ではありませんでな、業の話は欺瞞ぎまんでしょう。……人を殺し過ぎるから、そう言い伝えて、使用させないようにしたのでございましょうなぁ」


 俺が気を失った後の、ディア達の闘いは、ある程度ソフィア達から聞いてはいた。

 だが、こうして本人達に話を聞けば、驚く事ばかりだった。


「ディアが使ったって何だったんだ?」


「んー、そんなむずかしー事じゃないよ。

つよーい呪力がたっくさんで、動きにくそうだったから【蟲除け】の呪術を、かけまくっただけなんだよ〜☆」


「「「む、むしよけッ⁉︎」」」


 え、リディとハンネスって、虫だったの⁉︎

 ソフィアを見ると、唖然とした顔のまま、固まっている。


「これディアや。話が見えんじゃろ、ちゃんと説明して差し上げるんじゃ」


「えーっとね……」


 『のろい』と書いて『まじない』とも、ふたつの意味合いがあるのは、古代エルフ語でそうなっている。

 古代エルフ語は、神の言語に近いらしく、本来そういう真理があるのだろう。

 呪術とは本来、呪いを掛けて死なせるような、陰気臭いものじゃあない。


─── 言霊の働きと良く似た、プラスな働き掛けも多く存在する、想いの魔術だ


 例えば『好き』と、重い気持ちで言い続ければ相手は潰れてしまう事があるが、それは相手を『自分の思うようにしたい』と言う考えがそこにある時だ。

 そういう支配に似た想いではなく、相手が気持ち良くいられるような、純粋な気持ちで言葉を紡げば関係は改善したりもする。


 これはアーシェ婆の呪術講座そのままの下りだが、妙に納得した教えでもある。

 アーシェ婆の口から『好き』とか飛び出した時は、とうとう気が触れたかと身構え、燃やされ掛けたのは良い思い出だ。


「つまり……神威とか奇跡は、呪術に近い性質で、言霊みたいにそれぞれが持つ、独自の波長があると」


「うん! だからその波長を、じゃましちゃえーって」


 彼女が使ったのは、虫除けに使う、実にシンプルな呪術だった。

 それ単体では、流石にリディ達の神威を防ぐ事は出来ないが、特定の条件が整えば効果があるらしい。


「ママがね。昔、森に入った時に、虫除けいっぱい使ったら、波が重なって消えちゃったことがあるって教えてくれたんだよ!」


「─── ! だから、いくつもの呪印を積層型にして、海上で囲い込んでいたんですね⁉︎」


「うん、そだよ! ケルナムとフリアンおじが、そーしろって」


 何か色んな名前が出て来て困惑していたら、ラーマがディアの過去について、全て話してくれた。

 緑葉の輪転ダウッド・フォニウ─── 。

 エルフの魂は、森に宿る時期があると聞いたが、ディアの中には過去に果てた多くのエルフの魂があるそうだ。


 神聖の高いエルフ。

 その彼らの特性と、紡いで来た運命があったからこそ、勇者との闘いから生還出来たんだ……。


 もし、あの時に帝国の『栄光の道』封鎖が無ければ、彼らと出逢う事もなく、あのままディアは死んでいたかも知れない。

 全ては偶然が重なった、奇跡のようなバランスの出来事だった……。


─── 出逢いの運命は、やっぱりあなどれない


「ディアはもうね、誰にも居なくなってほしくないの……。でも、ディアは弱いから、みんなに助けてもらって、がんばったの!」


 頭を突き出して来たので、よしよしと撫でると、彼女は目を細めて喉を鳴らした。


 黄鱗龍イエロードラゴンの突然変異体、もしくは先祖返りではないかと、ラーマは思っているそうだ。

 普通、龍種は分かりやすく、体表の色で属性が決まっているが、ディアは氷と呪力が得意だという。

 思えばそれも、海上で勇者相手に出し抜く戦術をするのに、これ以上ない組み合わせに思えた。


「いや、ディアは弱くなんかない。みんなの教えてくれた事を、ちゃんと力に変えられたんだもんな。

ディアが居なかったら、みんな死んでいたかも知れない……。

─── そうか……皆んなで戦うって、大切なんだなぁ。ありがとう、勉強になったよ」


 彼女達の報告は、目から鱗が落ちるばかりだった。

 これは今後、俺達の闘いに、大きな変化をもたらしてくれるかも知れない。


 ……そしてもうひとつ、俺はラーマにどうしても聞きたい事がある。


「預言者アマーリエはだったんだよな?

……出来ればダークエルフについて教えて欲しい。

今、俺の大切な人が、ダークエルフになったまま、目が覚めないんだ……」


 ラーマは、スタルジャの様子が見たいと言うので、俺達は場所をスタルジャの寝室へと移した。




 ※ 




「これは……。完全に心の闇に、呑まれてしまっておる……」


「せめて意識を戻してやりたいんだ。何でも良い、何か思い当たる方法はないか……?」


 ラーマが難しい顔をして、うつむいてしまった。


 ダークエルフ化は、先天的に魔力が高く、心と魔力の繋がりが密なエルフに起こるそうだ。

 スタルジャは元々ランドエルフで、魔力は低いが、心との連携が高かったらしい。

 そこに俺の魔力の分配や、ミィルの同化が魔力の増幅を起こし、心の闇と繋がってしまったのだろうと言う。


「しかし、妖精を体内に駐在させるとは……。わしらエルフでも、聞いた事がないですじゃ。

精霊の縁者、ランドエルフとは、末恐ろしいものですのう。何としてでも、助けて差し上げたいが……」


 ラーマがスタルジャの顔を覗き込み、目に涙を浮かべて、頰を優しく撫でた。


「─── こんなに若い娘がダークエルフになるとは、どれ程の苦を背負って来たのか……。

わしにとっては、孫のような年頃。巫師のわしは、家庭を持たずに生きて来ましたで、スタルジャ様の事を思うと……切うごさいますなぁ」


「ああ、彼女は一族の為に、両親を奪った敵の人質にまでなった過去があるんだ。

……もう、苦労なんて必要ない。過去の痛手に縛られて、また彼女が苦しむなんて、そんなの俺が許さない」


「魔王しゃま……それ程までに、気をかけて……。

承知いたしました、このラーマ、全力で助力をいたしましょうなぁ」


 と、その時、スタルジャの中から、疲れ切った顔のミィルが飛び出して来た。

 胸に飛び込んで来たミィルを抱き留めて、俺の魔力をうんと分けてやる。


「ぷっはーっ! やっぱアルフォンスの魔力は、五臓六腑に沁みるね、喉越しが違うわぁ☆」


「一口目の麦酒か俺は。お疲れさん、ありがとうなミィル、無理はするなよ?」


「えへへー。大丈夫だよ♪ あたしがスタを救いたいんだ。無理なんて言葉、この妖精女王ミィルさまには、カンケーないねー☆」


 そう言って強がってはいるが、やっぱりまたやつれてるし、クマが凄い。

 魔力を送りながら、痩せてしまった背中を撫でていると、どんどん魔力を取り戻して覇気が立ち上がる。

 その光景に、ラーマが愕然としていた。


「ま、魔王しゃま……? そ、そちらの妖精さまは、一体……どこのどなたさまで……」


「うん? ああ、こいつがスタルジャの同居人、ミィルだよ。シリルから一緒に旅してるんだ。こう見えて妖精の女王なんだぜ?」


「くらッ、アルフォンス! 『こう見えて』はよけーだろ⁉︎ 

やあやあ、我こそは先代女王をフルボッコにした、妖精界の覇者ミィルちゃんだよ☆」


 俺に抱き着いたまま、親指を立てるミィルを無視して、ラーマは懐から取り出した水晶のアミュレットに魔力を注いでいる。


「なによなによーッ! スルーされたわよ、あたし。このばーさん、修正してやるわ!」


「─── しっ! 何か聞こえる。ミィル、静かにしろ」


 水晶が光り、中から澄んだ女性の声が、段々とクリアになりながら響き出した。


『…………です。分かりましたねラーマ?

それと……もし、貴女の前に、妖精の女王が現れる事があったら、これを伝えなさい……』


─── 私の足跡を求めるのです。さすれば彼女は、から覚めるでしょう……


 水晶の光が消え、女性の声もそこで途絶えた。

 ラーマは少し青ざめた顔で水晶を眺め、震える声で言った。


「こ、これはかつてアマーリエが残した、予言の声ですじゃ……。アマーリエの残した予言は多く、こうして声も残しておるのです。

ただ、抽象的なものばかりで、後になってから、それじゃと気づくものも多くてのぅ。

─── 今のはアマーリエが里を出る前の、最後に残した予言ですじゃ

この予言がなんなのか、今初めて分かりましたですじゃ……」


「妖精の女王は世界にひとりだけだ。それに会った時に伝える言葉が……『宵の眠り』だって?

…………どう考えても、今日この日の為の予言じゃないか……⁉︎」


 シリル人でもそうであったように、妖精の姿は普通見る事が出来ない。

 これはエルフも同じで、巫師ふしだからこそラーマはミィルが見えた。


 行き違い、取り違いようのない条件が、ここに揃っている。


 ロジオンの話には、姉さんがアマーリエと会って、俺の誕生を予言してたって内容があった。

 『私の足跡を求めなさい』とは、どう考えても『魔界に行け』って事だよな……?


 三百年前の予言者の声が、俺達の言葉を失わせる程に、求めていた予言を指し示していた。




 ※ ※ ※




「─── じゃあ皆んな、用意はいいか?」


「「「コクン!」」」


「ソフィ、思いっ切りやってくれッ‼︎」


 ソフィアが両手を広げ、閉じていた眼を開くと、凄絶な神気が吹き抜ける。


─── カカカカカカカカカカ……ッ‼︎


 ソフィアを中心に、膨大な数の不可視の斬撃が、格子状に全てを切り裂いていく。

 【斬刻む】奇跡の猛威の中、俺とティフォ、エリンとユニの四人で、呪術を展開しながらソフィア目掛けて走り出す─── 。


─── ギギギン……ッ! ……カカカ!


「「「─── ッ‼︎」」」


 呪術で相殺し切れなかった斬撃に、全員が吹き飛ばされる。

 四人が転がる周囲の土が、格子状に細かく刻まれ、土埃が視界を覆った。


「……大丈夫ですか⁉︎」


「ぐ……っ、まだ全部は、奇跡を抑え切れないか……」


「で、でも! だいぶダメージは減らせるようになったの!」


 興奮気味に立ち上がるユニの全身が、薄緑色の光に覆われて、傷の修復がされている。


「ローゼン殿。今のはどうであったか?」


「うーん、まだ奇跡範囲からは、周波数は外れ気味なのです。

─── でも、これだけ近くまで寄せられるようになったのは、大きな進歩なのですよ〜♪」


 夜切の険しい顔が、ローゼンの言葉に、ふっと和らぐ。

 全員の張り詰めた顔に、ようやく薄っすらと安堵の色がさして、俺達四人は地面にへたり込んだ。


 今、俺達は夜切の夢の世界で、ローゼン監修の元、リディの奇跡を打ち消す呪術の開発に全力を注いでいる。

 ディアから教わった【蟲除け】の呪術からヒントを得たローゼンは、すぐに俺とソフィア、ティフォの使う、奇跡や神威の持つ波長を調べ上げた。


─── 結果、そこには意思を具現化するための、神気による特定の振動が見つかった


 極わずかな波長の揺れが、どう奇跡を具現化しているのかは、全く分からないままだ。

 それでも、その波長は他の振動の影響を受けて、崩れる事は確認できた。


 つまり、ディアの言っていた、呪術で邪魔する方法は、本当だったという事─── !


 ただ、ディアは予め積層型に呪印を仕掛けていたが、次もその手が通用するとは限らない。

 だからこうして、その場で使える妨害方法を、体を張って総当たりしている。


 これが夢の世界じゃなかったら、もう何度ひき肉にされていたか、分かりゃしない……。


「ん、そろそろ朝だよ?」


「あら、もうそんな時間でしたか。

はぁ〜、皆さんお疲れ様でした! すごいです、本当に成功率上がってますよ〜♪」


「……うーん、先はまだ長いけどな。それでもこうして、確実に進んでる手応えがあるのは、凄く安心するなぁ。

─── 皆んなありがとう、またよろしく頼むよ」


「「「はーい♪」」」


 皆んなの返事が聞こえた直後、ぐわんと世界が薄れて、現実世界に目が覚める─── 。




 ※ 




「おはようなのです、ダーさん♡」


「─── うおっ⁉︎」


 今さっき夢の中でバイバイしたはずのローゼンが、至近距離で大きな青い瞳で見つめ、甘く微笑んでいた。


 彼女は普段、眼鏡を掛けているが、決して目が悪いわけじゃない。

 むしろ見え過ぎるくらいだが、いざという時のために、少しでも力を蓄えるための目隠しなのだそうだ。

 だが、再会した俺を『運命のダー』宣言して以来、こうして俺を見つめる時は、まつ毛が触れるんじゃないかって位に近づいて見てくる。


─── 本当に心臓に悪いから困る……


 慌てて飛び起きようとしても、ただ首に回してるだけの、彼女の腕はビクともしない。


 シースルーのネグリジェを通して伝わる高めの体温、そして俺の胸に押し付けられる、細い体に不釣り合いな程の感。


「……どうせ昨日も寝てないんだろ。何でそんな過激な寝巻き、着てるんだよ……」


「ムフフ。どうしてか、聞きたいですか……?」


 彼女は特に、眠りを必要とはしない。

 プロトタイプとは、その種族のモデルではあるが、人でもなければ神でもない。

 全く別物の存在だ。


─── 恐ろしい事に、現実世界で研究を続けながら、夢の世界にも存在できる


 だから寝巻きを着ているのは、本来の意義からは、大きく外れた無意味な行為だ。

 いや、俺だってそこまでアホじゃないよ、こんな無防備な格好で、男の寝所に滑り込む意味ったら……うん、困る。


「い、いや、いい。それより、何か用事があったんだろ?」


「フフフ。中々に想定通りの展開に応じないのです。……それはそれで、先々が楽しみなのです。

─── あ、そうそう

スタちゃんを救う為の、新しい提案を持って来たですよ。

早く教えてあげたくてここに来たら、ついダーさんにちょっかい出したくなっちまったです」

 

「─── 本当か⁉︎」


 ローゼンは、成功をひけらかすタイプじゃない。

 完全にデータがそろってから、サラッとあっさり、主観を排除した報告をする。

 その彼女が、今明らかにはしゃいでいるのだから、相当に喜ばしい結果なのだろう。


 嬉しくなって思わず抱き締めると、耳まで真っ赤にしてボーっとしながら、喉の奥で小さく『お……お……』と呟いていた。

 逆にこちらから想定外のスキンシップを取ると、彼女はこうしてよく、フリーズする事がある。


「─── は、波長の事を調べてたら、フッと思いついたです。だ、だからまだ提案どころか、手をつける許可を、引き出す段階なのです」


「うん? ああ、君の思い付きなら、まず俺には有意義だよ、いくらでも聞かせてくれ」


 小さくブツブツと『うほっ、ずるいです』とか何とか言って、眼鏡を掛けて振り向いた。



─── スタちゃんとダーさん、しちまいましょう



 『は?』と言うほかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る