第三話 世界を満たす光

 到着した日とは、打って変わって、鉛色の空が続く─── 。


 人魔海峡に渦巻く荒波は、その灰色の空を映して、くすんだ深緑色の海原を描き出している。

 北東から吹き付ける冷たい風に、時折小さな氷の粒が混じり、コートにパラパラと当たる音がしていた。


 今日は特にやる事がなく、何となく散歩に出たら、スタルジャもついてきた。

 今はふたりで街を眺めて歩きつつ、端の防壁近くまで来た所だ。


 敷地は大きくはなくとも、三種族合同で造られたと言うこの街は、何かしら目新しい。

 そんなフィヨル港の防壁には、点々と等間隔に並ぶ小窓があり、そこから魔界方面を見つめる数人の姿があった。


「おおっ、貴方はもしや、話題のでは⁉︎」


「……る、るーきーかいちょー⁉︎」


 何をしているのかと近づくと、防壁に居た職員らしき内のひとりが、興奮の面持ちで話し掛けて来た。


「ここの研究員の間で、もっぱらそう呼ばれてますよ! 

のっけからA級スタート、迷宮の暴走を食い止め、魔族を各地で撃破。アケルとシリルの救国の英雄にしてS級冒険者!

『ルーキー』って騒がれるより先に、どんどん名前を上げてくもんですから、あだ名が定まってないくらいでした!」


「そ、そう……。

……ん? 会長ってのはまさか……」


「アケル獣人族のアルフォンス商会会長からですね。なんかとんでもない魔道具を売り出した人物が現れたって、そっちはそっちで別人として話題になってたんです。

─── まさか同一人物だったとは」


 どうやら俺は、別々の人物として噂され、最近合体したらしい。

 もうね、どう呼ばれてるかとか、何でもいいけど『ルーキー会長』って、それだけで言葉が破綻してる感が凄いな……。


 他の職員も集まり、色々と根掘り葉掘り聞かれ、ちょっと戸惑ってしまった。


 初対面の人間に囲まれて、スタルジャはやや固まり気味だ。

 やっぱりまだ、人間には少し警戒心があるみたいだ。


「……ここで何をしてたんだ? みんなで魔界の観察してるのか?」


「人魔海峡を流れる、魔界からのマナと魔力の観測ですよ。

ここを観測する事で、人界の魔物の活性化とかが、ある程度予測出来るんです」


 そう言って見せられた物は、素焼きのような材質の薄い板で、細かいマスが彫られている。

 ひとマスひとマスに、針で引っ掻いて書かれた数字が、びっしりと並んでいた。

 観測したものを書き込む、表なのだろう。


 海からの湿った風と、天候の変化が激しいこの土地では、紙にインクよりもこうした板に刻む方が具合がいいらしい。

 彼らは『魔素観測員』と呼ばれる職で、人魔海峡のエネルギーを観測しては、こうして毎日記録をつけていると言う。


 元々、このフィヨル港は、魔界の動向を観測しつつ、人魔海峡の生態系の調査が目的の基地のようなもの。

 と言うのは建前で、アルザス地方の拠点として、言わば縄張りの為に選ばれた、人界最西の土地だったのだそうだ。


「今から二百年以上前に、ひとりの天才肌の職員がいましてね。

元々この観測は、魔力やマナを見る能力に長けていた彼が始めた、ただの暇つぶしだったらしいんです」


 でも、その記録が溜まってくる内に、人界の魔物被害報告と、人魔海峡のエネルギーの高まりとに共通点を見つけたそうだ。

 魔界から溢れるエネルギーが、多く流れ込んでくる年は、魔物の活性化や迷宮の暴走が起こりやすいと言う。


 うん、マドーラとフローラの言っていた、古代の巨城エイシェント・パレス暴走の証言と、しっかり一致している。


 世界各国のギルド支部は、ここの予測を元に、魔物や迷宮の監視を強めたりしているそうだ。

 単なる縄張りだった僻地の基地から、今や重要な予測施設として、各国の政府も出資しているらしい。


「へえ、なんかすごい話だね〜! 人間って、思いもよらない事から、思いもよらない事、よく思いつくよね!」


「記録にしてたのが良かったんだろうな。目に見えにくい、エネルギーを数値化するのも凄い発想だ。

始めた人も凄いけど、その精度を上げて来た研究者達も凄いよなぁ」


「そうだよね、積み重ねるものがあやふやだと、ちゃんとしたこと考えにくいもんね。

─── ねえ、精度を上げたので一番大きかったのって何かあったりするの?」


 スタルジャは流石エルフだけあって、学問のにおいがするものに、結構関心が高い。

 見知らぬ人間への警戒心も、その興味にすっかり吹き飛んでしまったようだ。


 顔色を明るくさせて、感心の声を上げる彼女に気を良くしたのか、彼らは持っていたゴーグルを勧めて来た。


「これは……?」


「ふふふ、それを着けて、観測場に立ってみて下さい。面白いものが見られますよ!」


 言われるまま、防壁の小窓の前に立ち、ゴーグルを掛けてみる。


「「─── ッ⁉︎」」


 その瞬間、思わずスタルジャとふたり、言葉を失ってしまった。


 ゴーグルにはめられている半透明の板は、茶色がかった黒い素材で出来ていて、視界はかなり暗いセピア色の世界になる。


─── その暗い世界に、蛍の光に似た粒が、満点の星空のように無数に浮かび上がっていた


 海流に漂う光、風と共に舞う光、海鳥の飛ぶ様子も光の粒子で再現されている。


 更に驚いたのは、荒々しく暗い海の水に関係なく、海中を行き来する生物の姿まで見える事だ。

 沖の方にはマナの湧き出るユゥルジョウフだろうか、海底から噴きあげる火山のような光の奔流ほんりゅうまで、しっかりと確認出来た。


 褐色の闇を背景に、黄緑色の光の粒だけで表現された、神秘的な世界。

 それは海も空も関係なく、マナや魔力の流れが絶え間無く流れ、そこに様々な生命が漂う光景が広がっていた─── 。


「……お、おお……っ!」


 間抜けな声を漏らしている自分に、ようやく気がついたが、恥ずかしいとかそれどころじゃない。


 海水の中を泳ぐ、魚や大型の生物のシルエットが、光の粒子を散らして行き交う。

 水が見えないだけに、泳ぐ姿は空を自由に舞うようにも見えて、何とも幻想的だ。


 その小さな光が吹き荒れる中、巨大な白い影が、ゆったりと大きく羽ばたくように沖を泳ぐ。

 ……クジラの仲間だろうか。

 周囲を細かい光の粒子が、薄い霧をくように、追従している。


─── こうして見ると、魚の群れは己の意思で動いている生物と言うより、海中を舞うエネルギーそのものにも見えてくる


 思わずゴーグルをつけたまま、スタルジャの方を見ると、彼女からも膨大な光の粒が舞い上がっていた。

 そして、その胸元には、一際多くの光を生み出している、小さな人型のシルエットが見て取れた。


 ……これはスタルジャの中にいる、ミィルの姿だな。


 表情までは分からないが、不思議とそこで寝ているのだと言う事だけは、一定の静かなリズムで脈動する様子からうかがえた。


「─── す、すごい……! こんな世界の中で、魔力の観測してたんだね!」


「ははは、最初は皆さん感動して下さいますけどね。毎日の業務となると、中々に苦行ですよ?

仕事上がりでゴーグル外しても、しばらくは酔ったようになったりしますしね」


「そうそう。肉眼でもなんかの小さい粒とかみると、気がついたら計測しようとしてたり。

ずっと屋外だから、ゴーグル焼けしてアナグマみたいな日焼けしたりねぇ。

新人さんなんか、慣れるまで夢でうなされたりもしますもん」


「た、大変なんだね……」


 職業病ってやつか。

 あー、確かにこの視界に長い事いたら、感覚がおかしくなってしまうかも知れない。

 それくらい、特殊な風景だもんな。


 妖精とか精霊はマナに敏感な存在だけど、もしかして彼らにも、こういう風に世界が見えているのだろうか?

 そう思うと中々に感慨深い。


 スタルジャが興奮しきりで、色々と質問するのを、職員達は嬉しそうに受けている。

 何だかんだ、この仕事が好きなんだろうなぁ、基本みんな早口で語っているし。


「時折、大きな光の塊が、海底で鈍く明滅するのが見えますか? それらはマナを元に生きる、大型海龍の姿なんですよ。

一日のほとんどは、マナの集まる場所で、ぼんやりと寝て過ごしているみたいです」


「うわー、うん。それ、いっぱいいるよ! 

それに、大っきな魔物みたいな影も、そこら中にいる!

……えぇ、私たち、この子達の上を船で行くんでしょ? 危なくないの⁉︎」


「ああ、海龍船なら問題ありませんよ。大抵の魔物なら、むしろ逃げていってくれますし、海龍同士はかなり穏やかです。ご心配いりません」


 興奮気味にあれやこれや質問するスタルジャと、職員達とを見比べてみると、彼女の持つ光の総量はまるで別物だ。

 それでも彼女は、大き過ぎる魔力を悟られないよう、俺と同じく魔力を隠しているはずだが……。


 光の粒の量と大きさ、その光量で魔力とかエネルギーの高さが分かるようになってるようだ。

 よく見ると、職員達の光と比べて、スタルジャの光は密度が高く、範囲も大きいが粒は小さい。

 魔力の隠蔽も、これで分かるって事か。


 魔力は俺にも見ることが出来るが、マナをこうして可視化するのは初めてだ。

 今までマナは感じるものだったけど、これがあったら、迷宮とか魔物とか探すのも簡単だろうなぁ。


「─── ね、これすごいねアル……わわっ⁉︎」


「ん、どうしたスタルジャ?」


「……ア、アルが真っ白な柱みたいになってて、何も見えない……!」


 あ、俺そう見えるん?

 隠蔽はしっかりしてるはずなんだけどな。


「え……? うわっ、これは確かに桁が違う! 

今ってもしかして、魔力抑える道具とか使ってます?」


「ん? ああ、隠蔽いんぺい魔術みたいなのは働いてるけど……」


「絶対それ、今解かないでくださいよ⁉︎ ゴーグルが破損して、最悪失明するかもしれませんからね!」


「─── !」


 自分の体を見ても、魔力の光は確認出来なかった。

 自前の魔力の光が、視界の邪魔をしないよう、カットされるらしい。

 余りにも高性能で、ちょっと、いや、かなり欲しくなってしまう。


「このゴーグルはマスラ南海の海域に生息する、アルビオステガって言うウミガメの眼、その瞬膜しゅんまくで出来てるんです」


「瞬膜って、爬虫類とかの眼についてる、透明なまぶたみたいなやつか?」


「ええ。アルビオステガは深海に暮らすせいか、眼はかなり退化しているんですけど、特殊な瞬膜を通して魔力を検知しています。

海流を掴んだり、餌を探すのに使ってるとか」


 そう言われて、ゴーグルを手に取ってよく見ると、確かに何だか皮っぽいな。

 触ると少したわむくらいには、柔らかさを保っているようだ。


「その瞬膜に、独自の加工と術式を施すと、魔力とマナの可視化が出来るようになるんです。

─── ただ、ある一定以上の魔力反応を見ようとすると、急激に凝縮・硬化して、破裂する事があるそうです」


「それで失明の危険性か。……隠蔽しといて良かったよ。危うく大事故だった」


「まあ、それこそ相当な高位な存在でも見ない限りは、大丈夫だとは言いますけどね。

……しかし、隠蔽してこれとは、この仕事も長いですけど、初めてですよこんな魔力の持主は」


 ちょっとこのゴーグルを欲しくなったけど、この敷地外では、使えないようになってるらしい。

 材料のウミガメも、超希少種でそうそう真似も出来ないそうだ。


 確かにこんな便利なのが流出すると、何に使われるか分かったもんじゃないもんな。

 軍事利用、暗殺、犯罪、色々だ。


 これは新しい術式のアイデアになるかも知れない。


 思わぬ所で、貴重な体験が出来たと、スタルジャとふたりホクホクな気持ちになれた。

 彼らにちょっとしたお礼をして、その場を去る事にした。




 ※ ※ ※




「アルフォンス、お前何かやったか?

ここの職員達が、急にお前の事を崇拝すうはいし始めたみたいだが……」


「た、大した事じゃない……よ?

ほら、観測員って吹きっさらしで一日中だろ? 寒い中、大事な仕事してるんだし、ちょっと足元の床に魔術印を……ちょちょいと、な」


 古い教会の礼拝堂、それを改修して造られた会議室に、私たち六人とギルドの職員たちが大きなテーブルを囲んで座ってる。


 ロジオンのいぶかしげな声に、アルがちょっと挙動不審。

 はぁ……時々見せる、ああいう子供っぽい顔も、好きなんだよなぁ私。


 とか思ってたら、私たち婚約者連合だけじゃなくて、ギルドの女性職員の何人かもうっとりしてる。

 ……ほんと、アルが致命的に鈍い男の子で助かった。

 そのせいで悶々ともしちゃうけど……。


「あれがちょちょいと、ね。

─── なわけあるか! 観測員どころか、魔術研究員まで、地面に這いつくばってうなってたぞ⁉︎」


 アルの言う『ちょちょいと』は本当。

 ただ、そのレベルが突き抜けてるせいで、騒動になっちゃったみたい。

 だから彼は、普段は必要じゃなければ、魔術で何かを残して行こうとはしない。


 ……多分、ゴーグルの世界を見せてもらった後で、テンションが上がってたんだと思う。


 彼は魔素観測員たちが張り付く、防壁の小窓の足元に、防寒の魔術印を刻んであげてた。


 風属性魔術をベースに、火属性魔術のニュアンスを入れて、すっごく複雑な術式を床石に彫り込んだ。

 私が見てもさっぱり分からない、難解な術式だったけど、彼は数秒頭を傾けて考えただけで思い描いてしまったみたい。


─── 風が吹くと、ほんのり温かい風に変わって、その場に留まる


 言葉にすれば簡単だけど、やれと言われたら、多分この世で出来るのは彼くらいじゃないかなぁ。

 魔力も何も使わずに、暖を取れる合成魔術が、ずっといつまでも発動するって。


 魔道具が発明される瞬間を見ちゃった。


「あれ、特許取ってあるのか?」


「特許? いやいや、ただの思いつきだから、そんなのないよ」


「─── アルフォンス、そういう所はしっかりしとけ。

あれは寒冷地とか、北部の貧困層の命を救う、立派な発明だ。

特許は金のためじゃねえ、偽物だの詐欺だの、事故だのを防ぐための技術保護のためだ。

後で魔術研究者を何人か充ててやる、ちゃんと技術的に書面に残して、特許出願させておけ」


「わ、分かった。ありがとうロジオン」


 アルが戸惑いながらお礼を言うと、ロジオンはニッコリと笑って、すぐに人を走らせた。


「お前と居ると、とことん物事の加減ってやつが、分からなくなるな」


「んー、そんなので驚いてたら、心臓いくつあっても足りないの……」


「ハハッ、確かにな!

あ、後なアルフォンス。あれの特許取れたら、ギルド主体で取り扱うからな。

特許使用料は、口座に勝手に振り込んでおくから、覚悟しておけ」


 ユニの言葉の通り、私はアルに出逢ってから、たくさんの『絶望』がひっくり返される瞬間を見て来た。

 うん、心臓なんていくつあっても足りないよ。

 ……今も彼の横顔を見て、すごく胸がドキドキしてるし……。


「と、まあ、その話はこれくらいで。

ここに集まってもらったのは、他でもない。

─── いよいよ、海龍船も到着、人魔海峡を渡る手段が全てそろった」


「「「─── !」」」


 アルの顔が変わる。

 そう、私たちが呼ばれたのは、魔界の旅について説明があるっていう名目だった。


「オレとウィリアム会長とで、魔界に最後に入ったのは、もう二十年近くも前になる。

だから現状は大きく変わっている可能性もあるから、今から話すのはあくまで想定の上での予定だ」


 二十年前は、魔王が偽物だなんて思いもしてなかったから、お忍びで生態系調査をして来ただけみたい。

 魔界側にも人界側にもお忍びでって、凄く動きにくそうだなぁ……。

 

「魔界に仮魔王のハンネスが居る以上、いきなり魔王城付近に向かうのは危険だ。

魔王城のある、王都ハルファレウスを避け、まずは岩礁がんしょう地帯の奥、フォカロムの街付近に上陸する」


「フォカロム……?」


 ロジオンはボードに地図を広げて、大きな大陸の南西の半島を指した。

 ……これ、魔大陸の地図なんだ!


「この半島の先がフォカロムだ。

この辺りならハンネスに悟られる事も無く、協力を得られる種族の伝手と連絡が取れる。

─── ここで魔界の七公のひとり、翼皇に接触を図る」


 ロジオンは、魔界で暮らした事があるって、アルから聞いた。

 

 アルのお爺ちゃんのお陰で、地方の有力者ともお友達になったんだっけ。

 詳しくは『ロジオンの名誉の為に』って、教えてもらえなかったけど、お爺ちゃんが小噺こばなし聞かせたからだって。


「フォカロムは魔界で、五本の指に入る港湾都市だ。行ったら驚くぞ?

そこらの人界の王都とは、歴史も文化もケタ違いだからな。

勇者一行に居たテレーズの出身地、水と商業の街ミルザシティは『世界の宝石箱』なんて呼ばれてるが……。

あんなもん、フォカロムに比べたら、せいぜい化粧箱だな」


 この旅に出るまで、魔族は魔物に毛が生えたような、野蛮な存在だと思ってた。

 でも、本当は穏やかで、文明度も知識も人界が不安になるくらい上の人たちだと知った。


 自分たちの立場が危うくなるから、人界の王たちは魔界と隔絶したって話も聞いたけど……。


 一体どんな所なんだろう?

 実は凄く綺麗だったりするのかな?


 人間たちの街は、大きくて綺麗な所が多いけど、歴史の長いヴァンパイアの街は、びっくりするくらい美しかった。


─── そんな所、アルと歩いてみたいなぁ


 そんなことを考えていたら、アルと目が合ってしまった。

 彼が微笑んでくれたのに、私は耳まで熱くなって、思わず目をそらしちゃった……。


 うー、エリンのから、どーしてもドキドキしちゃう。

 ソフィもティフォちゃんも、エリンもユニも、アルとちゃっかり進んでたなんて……!


 私は彼と居るだけで、胸がいっぱいになっちゃう。


─── それだけでも幸せだけど、やっぱり他の子がって思うと、焦っちゃうなぁ……


 何とかしないとって、最近頑張ってるけど、どーすればそういう雰囲気になるのか分からなくて緊張する。


「魔界の同行と現状を探るために、フォカロムにしばらく滞在する事になるだろう。

まあ、ここでは色々と楽しむといい、それも重要な魔界調査のひとつだしな!」


「「「おお〜っ!」」」


 あ、考え事してたら、みんなの歓声に入りそびれちゃった。

 その後も色々と説明があったのに、頭の中は魔界の街フォカロムで、アルとあーしたいこーしたいってそんなことばかり……。


 ……うう、私って、エロエルフ?


「─── と、まあ飽くまでこれは、現段階での予定でしかない。

後は魔界の現状と、ハンネスがどんな状態にいるかで、臨機応変に進めて行くしかないだろう。……いつでも退路は確保して行くくらいの気持ちで、情報収集が第一だ。

他に何か、聞きたい事でもあるか?」


 あうっ、なんか話が終わりそう……!

 どうしよう、全然頭に入らなかったよぅ。


「ロジオンが居てくれた事で、これだけ魔界が分かっているんだ。感謝しかないよ。どうかよろしく頼む」


「へへ、任せておけって。

─── 出発は一週間後だ、諸々の準備と手配は、各部署に通達する」


 拍手が上がった。

 椅子から立ち上がって、隣の人と握手する人たちまでいる。


 みんな魔界に関わることに、こんなにも情熱があったんだなぁ。

 そんな中で自分だけが浮ついてるって、ちょっと落ち込んでしまう。


「ん、新天地。海のみえるまち。リゾラバ。

オニイチャ、ティフォとデート。

─── なにもしないから、だいじょぶ、だから」


「……何も狙ってない奴が、いきなり『何もしないから』は言わねえだろ……。

でも、色々歩いてみたいよな。フォロカムの街かぁ、ただでさえ初めての街ってワクワクするのに、魔界だしなぁ~」


 あ、良かった。

 私、ダメじゃなかった─── !


 でも、いつもみたいにモジモジしててもダメ、ここは勇気出していこう!


「─── あ、あのさアル? フォロカムの街に着いたらさ……わ、私とも、で、でで、でーとして(ボソボソ……ゴニョゴニョ)」


─── 言っちゃった! そして、盛大に喉詰まらせちゃったーッ‼︎


 絶対聴こえて無いよね……。


 加えてアルもかなりニブイもんね……。

 うう、『何か言った?』みたいに聞き返されて、どうせ私テンパって『いいの』とか言っちゃうんだ……!

 うぅっ、私のバカッ、様式美……ッ!


 顔が熱い。

 大事なお話の最中に、デートのことばかり考えてた自分が、はしたなくて泣きそう。


 もういっそのこと【冬の女帝イ・シュレム】でも召喚して、永久に氷の中にでもいようかな……。


 と、そんな私に彼はニコッと微笑んで頷いた。


「─── ああ、いいよ」


「………………ッ⁉︎ …………〜ッッッ‼︎」


 卑怯だよ……ここでそんな表情するとか、絶対私、舞い上がるに決まってるじゃん!




 ※ 




─── で、気がついたら、防壁の近くまで走って来てしまった


 頰に細かい雪の粒が当たって心地いい。

 顔、真っ赤なんだろうなって、頰に手を当てた時、近くにいた魔素観測員の人に話し掛けられた。


「……ど、どうしました? 良かったらコレどうぞ」


「へ? 鼻紙?」


 鼻水出ちゃってたのかな⁉︎

 そう思って、思わず鼻に手を当てたら、鼻血が出てた。


 ……世界の一大事に、デートOKされて鼻血出すとか、私やっぱりエロエルフなのかな……⁉︎

 興奮で出た鼻血には、回復魔術が効きにくいって、私はこの時初めて知った。


─── でも、えへへ。アルとデートの約束しちゃったもんね……!


 段々と雪の粒が大きくなる中、鼻血塗れで『うへへ』って笑う私は、相当に気持ち悪かったと思う。


「あ、鼻紙ありがほう。助かりまひた」


「ははは、いや、お気になさらず。貴女のには、素晴らしい物を頂きましたから!」


 そういう彼の足元には、アルの作った魔術印がぼんやりと光って、ちゃんと働いていた。


 ……って、ちょっと待って!

 今この人、アルのことを『貴女の旦那様』って言ったよね⁉︎


「でゅふ、おうふッ! だ、旦那様とか……!」


「ああ、鼻栓が飛んだじゃないですか! ああ、血が……ッ!」


 もう一枚鼻紙をもらって、ようやく落ち着いた。

 今は彼とのデートに、胸がずっと温かくて、幸せな気持ちになってる。


(はぁ〜、そろそろ帰ろうっと♪)


 宿舎に戻れば彼が居る。

 そう思うと、緊張もするけど、今はどうしようもなく嬉しい気分だった。

 約束がひとつ出来て、少し自信が出てきたみたい。


「─── ッ⁉︎ な、なんだこの反応は……ッ」


「ご、ゴーグルを外せッ! 破裂するぞッ!」


 突然、魔素観測員の人たちが、慌しく怒鳴り声を上げた。


─── パァンッ! パパパァン……ッ‼︎


 外し遅れた人たちの顔で、ゴーグルが大きな音を立てて破裂した。


 顔を押さえて倒れたのは四人。

 悲鳴を上げて、その場でのたうち回ってる。


 すぐに清浄の魔術で、突き刺さった破片を取って、回復魔術をかけたけど興奮状態になってしまっていた。


「……こ、こっちに来るッ! 退避ッ! 本部まで緊急退避ッ!」


「あ、貴女も逃げて下さいッ! あ、あれはとんでもないバケモンだ!」


 ゴーグルをつけてなかった私には分からないけど、彼らは余程恐ろしい反応を見たのだろう。

 彼らには逃げるように言って、私は精霊を呼び出した。


 辺りには、冬の風よりはるかに冷たい、異様な魔力が迫ってくる気配が漂っていた───

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