第二話 フィヨル港

 常緑樹の林を抜けると、湿った冷たい風が吹き付け、思わずコートのえりを引き上げた。

 冬本番が目の前の、この厳しい寒さにも、目の前の光景に心は晴れやかだ。


 澄み切った空の青色は、抜けるように濃く、急なグラデーションを、遥か向こうの大陸に投げかけている。


─── 海だ


 プラグマゥとの死線から三日明け、全く人の気配のない山野を越え、切り立った岸壁に出る。

 その足元には、深い藍色の海が広がっていた。


 どの海も目に飛び込んだ瞬間に、胸を打つ雄大さがあるけれど、どの海も雰囲気は違う。

 人魔海峡は色が深く、荒々しいうねりと、激しい白波が所々で起きる人を拒むような厳しさがある。


「─── あれが魔界なの……?」


 ユニの不安そうな声が上がると、ソフィアはうふふと嬉しそうに語り出す。


「そう! そうです。魔大陸アディリアオス、アルくんの生まれた地ですね♪

ちなみにアルファード・ディリアス・クヌルギアスの奏名かなでな『ディリアス』は、初代魔王のお名前で、大陸名の元になってるそうですよ」


「へえ、流石ソフィ、よく知ってるんだな」


「うふふ。アルくんを探し求めている時に、少しでも知識が欲しかったんですよ……。

魔界に密航したろうかとも思ったんですけど、流石にキビしくて、魔術王国ローデルハットの国立図書館で活字だけでもと読み漁りました!

もうね、アルくんに繋がりそうな物に、片っ端から触れてましたから♡」


「ソフィ……その頃から重篤じゅうとくなアル様マニアだったの」


 奏名はクヌルギア王家だけが持つ、ご先祖様の加護を願うものらしい。

 その奏名は、代々祖父から同じものを受け継ぐならわしで、姉さんと俺は同じ奏名をもらっている。


 初代魔王ディリアス。

 魔界を忘れた俺がその名を持って、魔界を取り返す闘いに臨むと言うのも、なんだか思わせぶりな偶然だ……。


─── あの大陸に、俺の姉さんがいるのか……俺の生まれた地、父さんや母さん、爺さんのいた地


 そして、かつては胸焦がれた勇者ハンネスもそこにいるんだ……。


 スタルジャは呆然と海を眺めて、立ち尽くしている。

 無理もない、彼女は初めて海を目にしているのだから。


「な、何あれ、超でっかいじゃん! え、嘘、どこまで続いてるの? 本当に全部、塩水なの⁉︎」


 俺が初めて海を見た時と、一言一句同じ感想で、思わず吹き出しそうになる。

 うん、卑怯なくらいデカイよなぁ、海って。


「このまま崖沿いに半日も進めば、合流ポイントの『フィヨル港』があるはずだ。

地図で行くと、砂浜は無いみたいだけど、波打ち際まで降りられる所がありそうだ。

とりあえず進もうか」


「うん! 行こ行こ♪」


 冬の岸壁沿いは寒さが厳しく、開放的とは行かないが、魔力で保温されてる中で眺める海の景色はまた格別の味わいがある。


 スタルジャは俺の手を繋いで、弾むように歩き出す。

 エリンによる婚約者達の逢瀬おうせ暴露の後、スタルジャはずっとベッタリだったが、海の力は凄い。



 

 ※ ※ ※




『『ぁ〜☆』』


「─── ゥごふぅ……ッ⁉︎」


 ロジオンの出迎えに気を取られ、脇からの音速タックルに、全く気がつかなかった。

 マドーラとフローラふたりに、アームロックを掛けて動きを封じるも、ふたりは『あははー、辛辣しんらつゥ。やっぱりパパだ♪』とか喜んでいる。

 前パパがどんな人物だったのか、気になる所だ。


「速かったじゃねえか! 帝国のアホ共がホドール封鎖だの、栄光の道を検問するとか言い出した時は、どうなるかと思ったぜ」


「おお、ロジオン待たせたな。緑の帯ランヤッドを抜けて来たんだよ。むしろこっちの方が速かったみたいだな」


緑の帯ランヤッドをか! あそこはエルフの呪術が張られてたろ、よくもまああんな所通って来たじゃねえか‼︎

─── 疲れたろ、すぐに何か作らせる。まずは宿舎でホコリ落として来い。話はその後だ」


 そう言ってロジオンが一歩下がると、代わりに三十代くらいの女性が前に出て、一礼するとニコリと笑った。


 フィヨル港。

 またの名を『アルカメリア冒険者ギルド協会南アルザス海域フィヨル港湾調査観測所』と言う。

 ……アルカメリア出発の時、手続きで何度か書いたが、持つ筆が震えるくらい長い名前だ。


 魔界へは人魔海峡を挟んですぐだが、アルザスから海峡に出られる箇所は、ここフィヨル港と『アルザス帝国海軍港』しかない。


 アルザス北部と、南アルザスには漁港があるが、岩礁がんしょう地帯に囲まれているため、魔界へのルートは限られている。

 だからこそ、帝国は魔界の情報を独占出来ているのだが、外洋へのルートが南アルザスの一部に限られてしまう。


 つまり、アルザス帝国は、海を使った貿易には、恵まれていない立地にある。

 海運が見込めない以上、帝国が進めて来た『栄光の道』は、陸運に繋いだ正に希望だったわけだ。


 ここフィヨル港は、ギルドという独自の立ち位置にある団体だからこそ、帝国も認めざるを得なかった観測所みたいなもの。

 魔界に渡る事にこそ、聖魔大戦の真実を知る世界も帝国も目を光らせているが、魔界のエネルギーバランスの崩れが、迷宮の暴走に関わるとなれば話は別だ。


 普段からこの港は、人魔海峡の生態系や、魔力量を測る事で魔物研究に貢献している。

 

 宿舎に案内されながら、街を見回す。


 街自体はそれ程大きなものではないが、海岸沿いの岩場に造られた街を、ぐるりと囲う積石の防壁は圧巻だ。


「ずいぶん古い建物が多いね。あの教会みたいなのって、何の建物なんだろ?」


 ウキウキした様子でスタルジャがたずねると、案内役のギルドの職員は、嬉しそうに説明を始める。


「よくお気付きですね♪ あれは八百年程前に建てられた、海神信仰の祭殿だったんです。

歴史的価値も高いので、今は補修維持を兼ねて、ギルド職員の研修施設となってます」


「へえ、すごい! 八百年も前の建物なんだ〜! じゃあ、ここって昔から街だったの?」


「はい。とは言っても、ここをギルドで管理するようになったのは、聖魔大戦の後なんです。

その前の数十年間は、誰もいない廃村のような状態だったそうです。

─── でも、なんと! その前は魔人族とエルフ族、そして人間の三種族で暮らしてたとか♪」


 何故、住人達が居なくなったのかは、正確には分かっていないらしい。

 ただ、大きな地殻変動で海域に変化が起き、暮らしを維持する事が難しくなったと言う説が濃厚だそうだ。


「……亜人排斥前か。八百年の時間の割に、残ってる建物が多いんだな、何だか感慨深い。

地殻変動が起きたって事は、地震とか災害もあったんじゃ無いのか? よく無事だったな」


「建造物の構造、材質がかなり特殊なんですよ。この地域は地震が多い土地で、地震の少ない中央諸国とは工法が違うんですけど、ここはそのどちらとも似つかない技術で造られているんですよ〜!」


「……もしかして、魔界の工法か?」


 ギルド職員はえらく驚いた様子で、口元に手を当てたまま、物凄い早口で喋り出してしまった。

 ……どうやら彼女は、かなりの建築フェチらしい。

 これは突いちゃいけない部分を、やっちまったか。


「…………で、一説によれば、その頃魔界と人界は交流が盛んで、ここに魔界出身の亜人種が住み、人間と合同で街づくりをしたんじゃないかと言われているんです!

あー……でも、アルフォンスさん、よく魔界の建築だとお分かりになりましたね?」


 方星宮ほうせいきゅうとか、父さんの記憶で見た魔界の風景に、どこか似てたからな……とは言えない。

 適当に濁したが、勢いづいた彼女のマシンガントークのお陰で、簡単に話題は流れていった。


「─── あ、まだまだ話したいのに……着いちゃいましたね。ここが皆さんの宿舎になります。

お部屋はまた他の職員がご案内しますので、どうぞごゆっくりなさってくださいね」


 この後は、ロジオンと食事会となるそうだ。

 俺達は部屋に荷物を置き、湯を浴びる事となった。




 ※ 




「あら? アルくん、その腕輪は……?」


 部屋でくつろいでいると、ソフィアが隣に座り、俺の左腕につけていた銀の腕輪に気がついた。


「─── これはほら、アネスのだよ。プラグマゥとの闘いの後、また大きくなったんだ」


「あ、ティータニアの作ったアレですね。アルくんが色々経験する度に、成長して行くって言ってましたもんね。ちょっと見せてくれますか?」


 彼女に親指程の太さの、ズシリと重い銀の腕輪を渡すと、何かを確かめるように調べ始めた。

 最初は人差し指に丁度だった指輪から、次は親指用のサイズに、そして今は腕輪サイズになっている。

 どんな大きさになっても、何かしら俺のサイズに合っていて邪魔にならない辺り、まるで本人の意思で形を変えているようにも思えた。


 平べったい腕輪の表面には、緻密な模様がびっしりと刻まれていて、吸い付くような感覚がある。

 模様の意味は全く分からないが、何処か蜘蛛を思わせる、放射線状のパターンが目立っていた。


「─── これは……だ〜いぶ、魔力が秘められていますね」


「うん。注意深く見ないと、分からないんだけどな。俺の魔力とか、倒した敵の魔力とか、コツコツ吸い上げてるみたいだ」


「…………あ、ブラドくんも、くっきりして来てますね。まだ魂とは言えない感じですけど」


 そう。

 ブラドの意識も、指輪の中で魔力に支えられながら、かなり安定している。

 まだ意思の疎通までは出来ないが、時折、彼の気配が指輪の中で高まる事があった。


「ティータニアは、これが後々俺の助けになるみたいな事を言ってたけど、実際はなんなんだろうな?」


「うーん……単なる魔道具とか、魔力貯蔵と言うよりは、アルくんの運命の因果を整えようとして……る?」


「へ? 俺の運命に関わりあんの⁉︎」


 ソフィアは腕輪を手の平に乗せたまま、しげしげと寄り目になって観察していたが、やがて目頭を押さえて溜息をついた。


「─── 今はまだ成長中で、この子が何になろうとしてるのか、正確には分かりませんね。

ただ、永らくアネスさんと共に、シリル最大のユゥルジョウフを調整して来た、聖剣の力は健在のようです。

……運命の流れを整えようとする、すっごい御守りみたいな物だとすれば、近いでしょうか」


「うーん。まあ、まだコイツも成長過程って点では、俺と同じって事か。

ありがとうソフィ、何となくだけど、向き合い方が分かった気がするよ。御守りだと思っておこう」


 ソフィアから返された腕輪は、俺の手首に吸い付くような感触で、元通りにはまる。

 最初は重いと思ったのに、今ではこれがあるのが当たり前な気さえしてくるから不思議だ。




 ※ ※ ※




「─── 『人として、長く生き過ぎた』ねぇ……」

 

 プラグマゥの言葉を反芻はんすうして、ロジオンは串焼の串の先を、プラプラとさせて呟いた。

 こういう何気無い仕草に、こども本部長の実年齢を感じさせる、渋いおじさまフレーバーが込められていて困る。


 夜の食事会で、セオドアとアースラの事を彼に聞かせると、魔公将そのものの事についてはむしろ良い反応だった。

 ただ、プラグマゥが俺に求めた『魔族の闘い方』については、悩ましい顔をする。


「オレも人間辞めて久しいからな、以前と今とでどう闘い方が違うのかは、だーいぶおぼろげだ。

ただ、冒険者たちの闘い方を見て『甘さ』みたいなもんは感じてたよ。

そうか……お前たちの話で、ようやくそれが何なのか分かったぜ。

─── あれは冒険者のレベルの甘さじゃねえ、殺す事への気概の甘さに、オレは引っかかってたんだな」


 ロジオンは、魔界で名が広まった程の冒険者。

 自分に呪いを掛けた怨讐の怪鳥ディアル・ドードーを追って、魔物の闊歩かっぽする魔界中を旅して来た叩き上げだ。


「なあロジオン。『殺す気概』って、一体何なんだ? ただ殺すのとは違うのか」


「それは何とも言葉じゃ難しい。命を取るか取られるか、その選択肢しかねえ闘いに、とことん身を置くしかねえわな」


「……命を取るか、取られるか……」


『『わたしたち、ガチでパパをりにいってみよーか?』』


 ジュースの入ったグラスを、両手で持ったマドーラとフローラが、にこにこしながら血生臭い事を言う。


「いや、本気度とか、そう言う事じゃないと思う。それに今更、俺がお前達に本気で殺しに行けると思うか? それこそ無理だ」


『『ぱ、パパぁ♡ ……ガチャッ、ジャラッ』』


 ふたりとも飛び出そうとして、椅子にくくり付けられた腰の鎖で、ビーンってなってる。


 こいつらスキンシップの沸点が低過ぎだからな、食事がひっくり返されたら事だと思って、拘束しておいて正解だった。


「混乱系の魔術で、前後不覚の殺し合いなら? ユニ、精神系の魔術も出来るの」


「あー、多分俺に精神系は掛からないし、掛かったとしても覚えが無けりゃなぁ……。それに、本気出したら、マールダーがヤバイ」


「うーん、残念なの……」


「いや、魔術で感覚をいじるってのは、いい案だと思う。他でも使えそうだから、それはそれでまた相談させてくれ」


 ユニは何だか嬉しそうに『えへへ』と笑う。

 うん、最近赤豹姉妹もズンズン強くなってるけど、特にユニの補助系魔術の取扱いは、神懸かった領域にまで来てる。


 どうしても俺は、精神に働き掛ける類いの魔術は、本能的にレジストしてしまう。

 なら逆に、ポジティブな働きの術式で、感覚に操作を加えてみるならイケるかも知れない。


 こういう時に、補助系のスペシャリストであるユニが居るのは、本当に心強い。


「後は夢の世界で、魔物でも召喚してみますかね〜。なるたけ殺伐さつばつとした子でも」


「それも手だな。今夜から早速やってみるとしよう」


 ソフィアの言うがどんだけなのか、ちょっとおっかないが、出来る限りの事はしないとなぁ。


「ん、それと魔石の記憶、そーいうつもりで、とりこんでみる?」


「魔石の記憶って……。ああ、魔力吸収する時の、頭に流れるやつか。

そう言えば、魔物の記憶の風景は見てたけど、確かに心を理解するためにやろうとした事は無かったな」


「魔石の記憶? それにって何の事だ?」


 ロジオンに夜切の夢の中での特訓と、魔石をまとめた魔石球から魔力を得る時に起こる、魔物の記憶の断片が流れる話を聞かせた。


「ああン⁉︎ 何だそりゃ! お前ら寝てる間にも修練してんのか⁉︎

しかも、本気でやり合える世界だと? なるほどそりゃあ強くなるわけだ……」


 驚くロジオンの脇で、魔導人形姉妹が、何やら目を輝かせているのが気になる。

 こいつらのいる所で、夢の世界の事は、言うべきじゃなかったか……。


「それに……魔石の記憶とはな。魔石から魔力を得る方法は聞いた事があるが、記憶まで取り込んでるのは初耳だ。

─── 魔族の中には、そう言う能力があるものも居るとは、聞いてはいたが……」


「……え? これ、魔族の能力だったのか」


「ん、そーじゃない。それはティフォの加護。血から記憶、もらうのと同じ。

ほんとーは、誰でも持ってるけど、そーいうもんだって思ってないから、誰も気づかないだけ。

んー、オニイチャは、あたしとのけーやくで、そこらが、び・ん・か・ん」


 なるほどね。

 子蜘蛛が母蜘蛛を食べて、記憶をもらうとか、最初に説明してたな。

 と、ロジオンがまた頭を抱えて突っ伏した。


「─── アルフォンス。

あのな……今後のためだ。包み隠さず、お前の身に起きてる事を全部言え。

お前、ソフィ……オルネア様と契約してんだよな? で、ティフォとも契約してるってのか」


 あー、ティフォが異界の神だってのは話したけど、俺と契約してるとは言ってなかったな。


 かなり抵抗があったものの、彼に俺の加護の記載されたカードを見せる事にした。



◽️アルフォンス・ゴールマイン


守護神【光輝く無数の触手とヘタレ聖女】


加護【光輝く無数の触手とヘタレ聖女】


特殊加護

事象操作【斬る】【掌握】

肉体変化【触手たくさん】

触手操作【淫獣さん】【一人上手】

蜘蛛使役【蜘蛛の王】

光ノ加護【光在れ】



「あ、何だこれ『※※※聖女』がまた変わってる……」


「ちょっ、ヘタレって何ですか、ヘタレって⁉︎ 何でこのカード、私をあおってんですか!」


「─── ブフォッ! あ、アルフォ……ブフッ! と、とりあえず『勇者』の片鱗が……ぷふっ、全く見当たらんが……せ、説明を……だ、ダメだ! だはははははッ」


 何だろう、今の俺なら『殺す気概』を理解出来そうだけど、人間やめそうだからこらえよう。

 全部話すか……。

 いや、話さないと今後何が起こるかわからないし、ロジオンに隠しても仕方がないしな。


 でも、言いにくい所もあるなぁ……。

─── よし、ここは勢いと雰囲気で押し流す!


「……『ヘタレ聖女』ってのはソフィアだ。色々あって、ちゃんとした名前が出て来ない。

それは俺が至らないからか、魔王候補者でもあるからか、理由は分からん。

だが、不甲斐ない俺にも、彼女の加護は確実に『調律者』への道を示してくれている」


「アルくん……」


「それと『無数の触手』とか、まあ触手関連の表記はティフォだ。触手と聞くと禍々しいが、索敵、戦闘、魔力感知に自律行動と、性能は破格で何度も救われてる。

実体化する加護なんて、そこらの神じゃ出来ない」


「デュフフ……オニイチャったら♡」


 女神ふたりがピンク色の神気を渦巻かせ、ロジオンが戸惑っている間に、サラッと言いにくい所を言ってしまおう。

 勢いで何とかなるだろ!


「─── あ、そうそう『光輝く』って部分は、ラミリアってのだな。

お、この串焼バカ美味だな! スタルジャ、そこの小皿取ってくれないか?」


「ん? ああ、これね。はーい♪」


「ありがとう♪

これ確かアザラシ肉だったよな! 結構、獣臭あるけど、美味いねコレ♪」


「─── ちょっと待てえええぇぇっ!」


「「「─── ビクッ!」」」


 やだ、こども本部長ったら、凄い剣幕……!


「き、聞いた事ねえぞ……! 真の神で人に加護を与えるのは、調律神だけだろ?

それが……ら、ラミリア⁉︎ 最高神の一柱が何で……ッ⁉︎」


「あー、落ち着こうぜ?

『これにはね……深いわけがあるのよ……』って、本人は言ってたぞ?」


「納得出来るかッ! 何だその『ワケありババァの言い訳』みたいな説明は⁉︎」


「アハハッ! 上手いこといいますね、ロリポンさん」


「ロジオンだッ! いい加減オレの名前くらい憶えろ! 人に興味持て! ソフィア、てめぇ本当にオルネアかお前⁉︎」


「ほらぁソフィ、だから名前憶えないのは良くないって言ったろ? そりゃあロジオンだって怒るよ」


「オレがヒートしてんのは、そこじゃねぇッ‼︎」


  なんかすっごく怒られた。

 こども本部長なのに、超恐いの。


─── 十数分後


「……分かった。納得はいかねえが、大体分かった。

つまり、お前は勇者で魔王で、世界初のラミリアとの契約者ってんだな?」


「…………はい」


「生き延びた魔王の孫は、調律神オルネアの加護を受けて、光の神ラミリアからも援助された。

その援助ってのは……

─── このマールダーの裏で暗躍する、何者かがいて、お前は幼い頃から狙われてた。それらから守るためだった。そう言う事だな?」


 俺がうなずくとロジオンは串をくわえて、先をプラプラ上下させながら、しばらく考え込んでいた。


「─── 何故、今まで黙っていた……?」


「すまない。隠すつもりは無かったんだが、事情が事情で、まだ全部繋がってないんだよ。

ハンネスの事は、分かり切ってる問題だけど……ラミリアの言葉は、ちょっと抽象的過ぎてな」


「……それもそうか。確かにその辺も考え出すと、身動きは取りにくいな。

誰が敵か分からんからなぁ……。お前、随分とややこしい運命背負わされたもんだな」

 

 そうなんだよなぁ。

 俺の出生を知る旅から一転、シノンカ遺跡でラミリアに抽象的な予言をされて、今度は憧れだった勇者と闘う事になった。

 彼女の言っていた危険な人物ってのが、勇者の事なのかすら、ハッキリとはしていない……。


 『大切な人を失う事になる』ってのは、未だに胸の中で、重苦しく響いてる。

 ラミリアの予言が本当なら、俺に待ち受ける運命は、かなり過酷なものになりそうだ。

 

「分かった。ハンネスの件は、問題が明確な分、ギルドも動きやすい。すぐにハンネスから動き出すとも思えんし、焦らずにこのまま考えて行こう」


 ギルドもバックアップしてくれるってのは、本当に心強い。

 ロジオンに相談して良かったと、しみじみ思う。


「……ただ、そのラミリアの件については、今はまだオレの胸にしまっておく。

─── 何がどうなるのか見通せない以上、下手に話が広がらない方が、お前も動きやすいだろうしな」


「ありがとう。そうしてくれると助かる」


 流石は本部長だ。

 さっきまで怖かったのに、もう冷静に物事を考え始めてる。

 ……俺自身、人に話せて少し肩の荷が下りたような気がした。


「まず、今は魔界がどうなってんのか、ハンネスの野郎が、何してやがるかが重要だ。

勝てるかどうか、見てみなきゃ分からねえ。

ダメなら戦略的撤退、いけるなら殺す。

エルネアの加護を一度解放しない限り、お前が魔王になるのも難しいだろう。

─── まずは、魔界で情報収集しかねえ」


「そうだな。今、分かりもしない事を考えても仕方がない……。よろしく頼むよロジオン本部長」


「フフ、まあ任せておけ。今はお前の後ろにギルドがついてる。

お前がハンネスに勝てなきゃ、もう誰も敵わねえだろうしな。オレも全力で支えるから、思いっ切り暴れろ!」


 不敵に口元を吊り上げて、ロジオンがニッと笑う。

 やっぱり熱いなぁこの人は。


「んじゃ、小難しい話は終わりだ。

おーい、酒だ、飛び切り上等なやつ持って来てくれ!」


 その夜は、緑の帯ランヤッドのエルフ達の話から始まり、冒険譚ぼうけんたんに花が咲いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る