第九話 恥ずかしいやら気持ちいいやら

 龍人族の男の眼、その瞳孔が縦に細く絞られた瞬間、その巨体からは考えられない速度で飛び出した。


─── 狙いは俺の隣にいるマドーラ


 守る義理があるのやら無いのやら、ただ自分の手をニコニコ顔で握ってぶんぶん振ってるコレを、見捨てるのも寝覚めが悪い。


「……シェアアアアァァァーッ‼︎」


 龍人が気合と共に、輝きを発する程に闘気で強化した槍で、強烈な突きを放つ。


─── カァン……ッ ガキッ!


 夜切を納めたままの鞘で、槍の先を打ち落とし、地面にかかとで押さえ込む。

 龍人は眉間にシワを寄せ、渾身の力で槍を引き抜こうとするが叶わず、怒りに染まった眼で睨みつけた。


「……グッ、アンデッドか⁉︎ 剣技を使うとは、相当な上位、どこの地獄から連れて来おったァッ‼︎」


 槍を諦め、腰の後ろに提げていた、剣鉈けんなたのような片刃の剣─── ファルシオンを抜き放つ。

 マドーラは『パパ〜』とか言いながら、俺の腰に飛びついて来たが、引き剥がせる気が全くしないので無視して置く。


「……おい、俺達は敵じゃない。話を聞け!」


「─── ‼︎ 人語を話すとは、面妖な!

さては、油断を誘っておるな? その手には乗らんぞ!」


 ファルシオンを振り回しながら、更に腰にさしていた長身のダガーを抜き、嵐のような猛攻で迫る。

 そのひとつひとつが、溜息の出る程に正確な、急所への理に適った攻撃。

 相当に修練を積んだ猛者だと、この数秒間で分かるだけの、巧妙さも兼ね備えていた。


─── でも、ダグ爺に比べたら、プロと乳幼児くらいの開きがあるなこれは


 攻撃をかわす度に、腰にしがみつくポンコツ人形が、キャッキャしていて煩わしい。

 盾にしてやろうかとも思うが、多分引っぺがせないだろうしな……。


「……いいから落ち着け、武器を仕舞えって!」


「ぬぅおおおッ‼︎ 我らが悲願、この命に替えてでも、こ─── 」


─── ドゴォ……ッ!


 ファルシオンを振り切った脇腹へと、拳を持ち上げ気味に突き込む。

 体を直角に曲げ、わずかに浮き上がると、喉をキュッと言わせて男は地に沈んだ。


「話をッ、聞ッけえええぇぇぇーッ‼︎」


「「「─── ッ⁉︎」」」


 上空に向かって、手加減無しの【火炎弾フラム・ブレッド】をブッ放す。

 黒い炎の塊が、核を白い閃光を瞬かせ、上空で複数回爆発を起こしながら突き進んだ。


 足下でうずくまっていた龍人が、浅く荒い呼吸で俺を見上げる。


「─── そ、其方……もしや……魔王か……⁉︎」


「魔王なら……話を聞くのか?」


 明らかにさっきまでと表情が違うが、わずかに震えるばかりで、言葉をつぐんだままだ。


 仕方なく俺は髑髏どくろ兜を外し、角の隠蔽いんぺいを解く。

 視界の上部に紫水晶の角の先端、その内部に紅い炎を揺らめかせているのが見える。


─── ザザ……ッ‼︎


 森に身を潜めていた、残りの龍人達が姿を現し、片膝をついて顔を下げた。


「「「お待ちしておりました、魔王様ッ‼︎」」」


「─── え? そういう扱いなの……?」


 森の奥で、何かの鳥が、けたたましく鳴いた。




 ※ ※ ※




『え……う、嘘……ッ! ぱ……ぱ?』


「いや、あのな? 君らの言う『パパ』だけど、パパじゃな─── ゲフゥッ⁉︎」


 森の奥、一際大きく霊木とも言えそうな、幹が異様に太い樹がそびえていた。

 遥か天辺に、申し訳程度に伸びた枝葉が見え、ただただ巨大な樹の中腹を削って住居が造られている。


 そこに長老がいるとの事で通された部屋に、マドーラを白髪、薄桃色の銀の瞳にした少女がいた。


 出会い頭はさっきの通り、俺を見るなりわなわなと震え、声を掛けた瞬間に魔力のジェットを掛けてタックルをかまされたわけだ。


『ひどイ、ひどいよパパ! 場末の女にうつつを抜かしテ、こんな可愛い娘を三百六十四万七千二百三十五日と二時間三十二分八秒コンマ零四秒も放ったらかすなんテぇぇっ! うわあぁぁぁン』


「げほっ、えらい具体的な数字を挙げられるくらいには、余裕あるじゃねえか……。

いや、残念だけど俺は君のパパじゃない。イシュタルじゃないんだって─── うぶぅッ!」


『パパぁ〜ッ!』


「マドーラ! お前は自重しろ!」


 龍人達は入口の前で『長老のタックルを切ったぞ』とか拍手してる。

 ダグ爺にもその疑惑はあったけど、こいつら龍人は、揃いも揃って脳筋種族か─── !


 落ち着くのを待とうとしたが、一向に二体とも鎮まる様子がないので、弱めの【針雷ニード・スンデル】で強制的に冷静(フリーズ)させた。


『─── そうですよネ……。いくら魔王とは言ってモ、流石に一万年ハ、生きられませんよネ』


「期待に添えなくて済まないな」


『いエ、いいのでス。それよりモ……。

─── マドーラ、ようやク、正気に返ったのネ』


『ウン! パパがね、情け容赦無く、超々高熱の業火でいー具合に温めてくれたの。

おかげで酸化油が飛んだみたい♪』


 マドーラの片割れ、フローラは溜息をつきながらも、能天気な相方の頭を撫でて微笑んでいた。


 どうやらマドーラがおかしくなったのは、ここに放置されて、かなり初期段階だったらしい。

 龍人族は丁度、住む所を追われた直後で、この地にあった迷宮に避難。

 当初は二体と友好的に暮らし、魔物を倒して生活していたが、マドーラが暴走して扉の前でサーチ・アンド・デストロイモードに。


 更に龍人族の魔力の影響を受けて、迷宮が急激に成長してしまい、閉じ込められていたそうだ。

 以来、龍人族は魔物相手に、何世代にも渡って『打倒マドーラ』を掲げて修練を積んで来たが、ことごとく玉砕して来たと言う。


 そんな中、魔導人形姉妹を造った、魔王であれば何とか出来るんじゃないかと、勝手に救世主魔王神話を造ったりして待っていたらしい。

 結構壮大な話だと言うから、暇とは恐ろしいものだ。


『龍人のみんナ、良かったネ! これでお外に出られるヨ!』


「「「…………」」」


 龍人達はうつむいて皆黙りこくってしまった。


「ん? どうしたんだ、何か問題でもあるのか?」


 そう尋ねると、俺と剣を交えた龍人族のリーダー、エッカルトが頭を掻きながら答えた。


「……いやその、わしら、ずっと打倒マドーラでやって来てたでしょう?

いざね、その時が来てみたら、外出るのおっかねえなぁ、社会出るのヤダなぁ……て」


「君らはダメな貴族の、夢見がちな三男坊かなんかか?」


「「「ははは、上手いこと言うよなぁ!」」」


「他人事みたいに言ってんなよ⁉︎」


 いや、ちょっとその気持ちも分かるけどね?

 俺だって里を出る時、期待もあったけど、不安も大きかったしな。

 ……ティフォがいなかったら、最初の村ペコに辿り着くまでの五ヶ月間で、気が狂ってたかも知れない。


「それに、世界は大きく変わってると聞いた。

今更、新天地を求めて彷徨さまよったとしても、一族を養っていけるかどうか、そこが問題でしてな……」


「…………まあ、そうだよなぁ」


 彼らはこの地で、昔ながらの生活を続けながら、自前で武器作成の為に独自の製法なんかも編み出していたらしい。

 ただ、それは迷宮ならではの技術であって、外の世界では通用するかどうかも怪しいと言う。


 だいたい、龍人族はかなり希少種族だ。

 今では人里離れた山岳地帯や、深い森のどこかに少数部落が点在しているだけだとも聞いている。

 元々が龍に近く出生率は相当に低いし、より新鮮なマナを大量に必要とするために、繁栄が難しい種族なのだ。

 ある意味、ここの環境に保護されていたと言ってもいいのかも知れない。


「─── それなら問題無いじゃろう。ギルドで保護を約束しよう」


「「「─── ‼︎」」」


 龍人達が道を開け、入口に立った人物にルーカスが駆け寄る。


「おおっ、ウィリアムズ! 無事であったか!」


「それはこっちの台詞じゃて、ルーカスよ。

……お前さん確か、手脚を失ったハズでは無かったか」

 

「ははははっ、なに。常識はずれな新人がおってな! この通り生き延びたわ!」 


 そう言ってルーカスがこちらに目線を向けると、そのにこやかな老人も、眼鏡を鼻の上にずらして目を合わせて来る。


 見事な白髪を後ろに撫で付け、顔の下半分を覆う短く刈りそろえられた白髭。

 辛子色の麻のシャツの上に、黒い魔獣皮の胸当、その上から羽織るくすんだブラウンのマント。


 アルカメリア冒険者ギルド協会会長ウィリアム・ボルドウィン─── その人だった。


「その角、闇の如き深い黒髪、そして燃えるような紅い瞳……魔王か」


「お初お目にかかるウィリアム会長殿。バグナスギルド所属、アルフォンス・ゴールマインだ」


「何とッ⁉︎ あの『ルーキー』だと言うのか、確かにソフィアと、赤髪の少女も連れておるが……」


「彼無くしては、ここに辿り着く事はおろか、儂は冒険者を引退しておった。

お前さんもここでノンビリしとったわけではなかろう? 

お互いに話さねばならぬ事が、沢山あるようだなウィリアム」


「うむ、それにもまずは、旅の疲れを癒す方が先じゃろう。済まぬが龍人の、彼らに湯浴みをさせてやってくれんか。

今後の話も含めて、その後に話そう」


「おお、そうであったな! 魔王様にこの『龍人境』の秘湯をお見せせねば!」


 龍人達が慌ただしく去っていく中、ウィリアムは俺の手をガッシリと握り、労いと感謝の言葉を掛けてくれた。

 背が低くがっしりとしたウィリアムの手は、ドワーフのようにゴツく、その安心感でようやく俺は達成感を得る事が出来た─── 。




 ※ ※ ※




 竹きの簡素な屋根の向こうに、黄昏に染まる活火山が見える。


 時折緩やかな風が吹き、湯気が湯面を撫でて、空へと流れて行く。

 やや青味がかった白濁した湯は、浴槽に貼られた深緑の鉄平石と相まって、より心を落ち着かせる効果があるようだ。


「おほっ、最初は風呂で酒なんざ、のぼせっちまうかと思ったけどよ、こりゃあ堪んねえなぁ〜」


 大衆浴場は経験があっても、露天風呂が初めてだというセオドアは、かなりはしゃいでいた。

 しかし、今は薄っすらと笑みを浮かべ、沁み入るような温かさに、ゆったりとリラックスしている。


「ルーカスの旦那もどうだい? 米から造った酒なンだとよ。親父どのの秘蔵らしいぜ」


「ほお、その器で米の酒と言うと、鬼族のものか?」


「流石は世界一の冒険者だな。メルキアの鬼族からもらったんだ。

普通に呑んでも美味いが、露天湯で呑むのは格別だって聞いてな、やってみたかった」


 ルーカスはふむふむと、上機嫌で頷き、セオドアから受け取った盃を口に当て喉を鳴らす。


「くっはぁ〜! なんと切れ味の良いことか。アケルにも米の酒があったが、またあれとは違う上品な広がりがあるな!

……なるほど、温かい湯に浸かり、冷たい酒を呑むのもまた格別だ」


 この迷宮最下層は『龍人境』と呼ばれているらしい。

 セオドア曰く、魔界の風景で似た場所があるらしく、マドーラやフローラの記憶が元になっているのだろうとの事だ。


 まさか迷宮の奥で、火山を観ながら露天温泉に入るなど、夢にも思わなかった。

 龍人族は清潔好きが多く、湯を好むとは知っていたが、こうして見ると浴場の造り込みにもかなりのこだわりを感じる。


 あれからすぐに、龍人達に促されて、この温泉にやって来た。

 今はセオドアとルーカスの三人で、のんびりと旅の疲れを癒している所だ。


「ルーキーを『』と呼んでいるようだが、セオドアはどういう関係なのだ?

流石に親子ではなかろうに」


「んあ? 親父どのったら、親父どのなんだよ。俺ァ、魔公将だからな」


「ブッ! ……げほっ、がほっ!

─── 魔公将ッ⁉︎ 本当にいたのか、げほっ」


「おおい、大丈夫か? 親父どのが魔王だってのは、あっさり受け入れてたじゃねえかよ。魔王の隣に魔公将がいたって不思議じゃねえだろ?」


「そ、それはそうだが……。いや、ルーキーが魔王だと言うのも、すんなり納得した訳ではないぞ⁉︎

『後で話す』と言われたから、ムズムズしとるが、黙っとるだけだ」


 ルーカスのストレートな物言いに、俺とセオドアは思わず笑ってしまった。

 そりゃそうだよな、俺だってまだ、何処か夢見心地な部分がある気はしてるし。


「しっかし、マドーラのコピー能力ってのもスゲえよなぁ。魔力の質も無詠唱魔術も、魔王そのものって感じだったぜ?

闘ってみてどうだったよ、親父どの?」


「そうだな、能力のコピーは凄いが、魔力量はそれ程でも無かった。それに中身はマドーラだからな、途中で気を抜かれ無きゃ、かなり苦労しただろうが……」


 そう、吹き飛ばされた俺に、冷凍魔術で追い詰めておきながら、最後にマドーラは追撃を掛けては来なかった。

 今、冷静に考えてみれば、あの胸元で拳を握るポーズは、どう考えても『ガッツポーズ』だ。

 あそこで調子こいたからこそ、俺の火炎魔術をまともにくらったわけだ。


「一万年前の親父どのか。流石に記憶にはねえが、本物は相当にバケモンだったんだろうな」


「魔術体系も、武術の組立も大分違うだろうしな。ただ、剣技の点で言えば、確実に今の方が進化はしてるだろ。

マドーラの剣にも、多少アラは見えたからな」


 なんせ一万年だ。

 武器の性能の違いもあれば、立ち回りも変わってくる。

 例えばさっきの龍人エッカルトのファルシオンもそうだが、片刃の直剣は引き切りには向いていない。

 刺突にその殺傷力が活きるわけで、防具の発達した現代では、むしろ攻撃範囲に制限がつく。


 それを力や闘気で補っていたとしても、やはり染み込んだ武器の扱いは、実戦に現れる。

 だからこそ、動きを読む事もできた。


「そんなモンかねえ。ルーカスの旦那はどうだったよ、親父どのの闘いを見たかったんだろ?」


「ふむ。─── 正直、桁が違い過ぎて、どうしようもないと、あの時は思った。

だが、今はあれだけ高みを目指しても良いのだと、残りの人生を賭してみたいとも思っておる」


 そう言って、ルーカスは俺の方へと向き直り、頭を深く下げた。


「心より感謝する───

儂は今まで、亡きパートナーの為に剣を振るって来た。もうそれにしか、心が燃える事は無いと、そう思い込んでおった。

だが、今なら分かる……。

─── 天で待っておるアイツも、ワシ自身の想いで振る剣の音の方が、心地よかろう」


「…………ああ、きっと、そうだな」


 セオドアがルーカスに酒を継ぎ足し、三人で盃を傾けた。


「パートナーと言えばよお、親父どのもすげえよな。五人だぜ、五人。それも個性も違けりゃあ、種族も違うんだぜ?

俺ァ、アースラひとりでも、愛想つかされねえように手一杯だってのによ」


「そう、それよ! あの『聖なる男日照り神』とまで呼ばれたソフィアを、どうやって落としよった?

中央の貴族どもが、財産投げ打ってでもモノにしようとしておったのだぞ⁉︎」


「ソフィアとは……幼馴染みたいなもんだったんだよ。十年ぶりに再会して、お互い必要だって確認した感じだなぁ。

─── って言うか、ソフィアの肩書きは一体いくつあるんだ? 今言ったやつとか、もう悪口だろそれ⁉︎」


「がははははッ‼︎ 冒険者ソフィアの肩書きなら、メジャルナ地方にも響いてたぜ。

『ミンチ聖女』とか『血生臭尼僧』とか、後は『即席大虐殺』とかな。

男への辛辣な噂だと『返血の恋文』とか『質屋送り』なんてのも聞いたぜ?」


「……『質屋送り』?」


「それなら儂も聞いた事がある。なんでもソフィアを取り合って、貴族の息子二人が貢ぎに貢いだが、相手にされず。

質屋にまで通い出して、最後は奴隷商に売られるまでに、焼け焦げていったとな」


 あの他人への興味無さっぷりは、見事としか言いようが無いもんな……。

 しかし、物で振り向かないものを、身売りしてどうするつもりだったのか。


「それがあれだけ、親父どのにベッタベタなんだからよ、大事にしねえと方々から狙われるぜ? いや、大事にしてても、頭に血の登った野郎が出てきそうなモンだがな」


「おっかねえ事言うなって。それに色々片付いたら、身を固めるつもりだ、下手な事はする気もな─── 」



─── ドッパァァ……ン!



 言い掛けた時、斜面の上の方で激しい水音がして、桃色の蒸気がキノコ雲を作って立ち昇って行った。

 あれは確か、女湯だったな……ソフィアか。


「……聞かれたか」


「さ、流石にこの距離じゃ聞こえんだろ⁉︎

もし聞こえたとしたら、さっきの肩書きトークはマズいでは無いか……⁉︎」


「こ、こりゃあ、今夜は寝かせてもらえねえんじゃねえか?

─── もげるまで」


─── ドパ、ドッパァァ……ン!


 セオドアの下ネタに、再び桃色の間欠泉が沸き上がった。

 何だか熱っぽい神気が、火砕流のように押し寄せて来る。


「「「…………」」」


「ち、ちと流石にのぼせて来たようだ。儂は先に出ておるよ!」


「……おう、俺も煮えて来ちまった、親父どのお先!」


 ふたりは慌てて出て行ってしまった。

 うん、このピンク神気のねばっこさに、俺もちょっと怖くなって来た。


─── ぶく……ぶくぶくぶく……


 ん? ひとりきりになった湯船に、泡ぶくが立ち始めた。

 ……ガスかな? 


─── ぶくっ、ボゴボゴボボボ……ザバァッ‼︎


『『パパーッ♡』』


「ま、マドーラとフローラッ⁉︎」


─── ガッシィ……ッ!


 魔導人形ふたりが、水面をジェットで走り、俺の両脇にしがみつく。

 体のぽにょんとした感触が……何で魔鋼が、こんな柔肌になってる⁉︎


『『たっくさん、サービスするネ♡』』


「い、いらん! もう出るところ……うを!

─── そ、そこはだめ……ッ‼︎」


『パパの体……すっごく大っきい……』


『パパのからダ……すっごく硬イ……』


「ひいっ、なでなで止めなさい!」


 上気した顔に小悪魔の微笑みを浮かべ、ふたりの手が別の生き物のように、体を這い回る。

 身を固めて急所を死守するも、ふたりの力はすっごく強い……。


『ふふふ、じれったいの……きらい?』


『フフフ、強引なノ……嫌?』


「ど、どっちも答えようがねえだろそれ⁉︎」


『……じゃあ、コレで強引に……シテあげる』


『……ならァ、これで焦らして……あげル』


 俺の脳が危険を察知して、視界下半分にモザイクが掛かる。

 逃げようにも、がっちりホールドされた上に、底が滑って踏ん張りが利かない。

 しかも、魔術妨害の結界まで張られていた。


─── 危ない! 俺の貞操が危ない!


 その時、上空から紅い彗星が降り注ぎ、小悪魔人形ふたりを弾き飛ばす。


「ん、抜け駆けは、死罪。廃品かいしゅーに、まわしてやろーか……ぽんこつども」


「ティフォ! た、助かっ─── ッ⁉︎」


 ティフォが女湯から飛び込んで、助けに来てくれた。

 ……だがしかし、彼女の浮いてる位置取りは、非常にヤバイ! 


 彼女も入浴していたわけで、そのまま飛んで来たわけで、そんでもって顔の前で尻を突き出してふよふよ浮いてるわけで!

 

 こ、これはマ、ママ、マンマミーアッ‼︎


─── ビシュウゥ……ゥゥ……ン……


 その時、湯面に魔法陣が浮かび、転位魔術が発動された。

 そして現れるソフィア、スタルジャ、エリン、ユニの全裸娘四人の姿!


 頭の中にピンクの霧が立ち込め出すのを、頭を振って正気に戻す。

 幸い、ティフォ襲撃のショックで、魔術妨害の結界は薄れている。


─── 三十六計逃げるにかずッ‼︎


 足下で繰り広げられる、壮絶なキャットファイトから目を背け、俺は飛翔魔術でその場を飛び去った。

 生まれて初めて、生まれたままの姿で飛ぶ空は、恥ずかしいやら気持ちいいやらで大変だった─── 。




 ※ ※ ※




「それじゃあ、今後の話し合いを始めるとするかのう……その前に、

─── 何でお前らそんなにボロボロなんじゃ?」


「「「何でもない……です」」」


 五人娘と魔導人形ふたりの声がそろう。


 事情を知ってるセオドアとルーカスは、しらこい顔して、端の方に座っていた。

 大人ってずるいと思った。


「なら良いんじゃが……。取り敢えず、ここにいる皆が一番気にしているであろう事からじゃな……。

─── アルフォンス・ゴールマインよ、お前さん一体何者なんじゃ?」


「俺か……、俺は─── 」


 魔導人形と龍人族は、もう俺の正体を知っているからいいとして、問題はギルドの長に全てを話すかどうかだ。


 だが、俺の気持ちはもう固まっている。

 魔界に渡るにしてもそうだし、勇者の企みが人類に関わる以上は、ギルドに全てを話して協力を仰ぐ必要がある。


 ギルドは唯一、帝国と教団相手に、対等の立場で運営されて来た存在だ。

 俺はここで全てを話す事にした。



─── 俺が魔王の孫である事


─── かつての聖魔大戦の真実


─── 勇者を止めなければ、人類存亡の危機が訪れる事


─── それを止めるために、俺がかくまわれていた事


─── これから魔界を目指す事



 そして…………。



─── 俺が調律神オルネアに選ばれた、適合者……つまり『勇者の候補者』である事



 三百年前、魔界で起きていた出来事もそうだが、俺が勇者の候補者である事実は、その場にいた全員が騒然となった。


「勇者であり……魔王……⁉︎

─── ふたつの世界の適合者が、ひとりに選ばれるなど、前例が無い事じゃ……!」


「先代の魔王の継承がされる段階で、鍵がふたつに分かれた。

そして、勇者であるハンネスを、何故かエルネアが魔王として任命した。

このふたつが、このややこしい運命を、生み出したんだろう……」


「……聖魔大戦が帝国の茶番であった事は、ギルドの上層部でも知られた事実じゃが、まさか勇者ハンネスがそのような……」


 やはりギルドは、史実を押さえていた。

 ギルドは単に依頼をこなす便利屋ではなく、依頼を通じて世界のバランスを保つ、第三者委員会の顔もあるそうだ。


 だが、流石にあの日起きた事までは、知る由も無い。

 それでも、現魔王に関しては、怪しむ者も今までに何人もいたと言う。


「実は私も現役時代に、何度か魔界へ足を運んでおるんじゃ。聖魔大戦の遥か以前から、冒険者をやっておったロジオンと共にな」


「ロジオンが……聖魔大戦前から生きてるってのか⁉︎」


 ロジオン……あのこども本部長が⁉︎

 いや、確かに只者ではないオーラを持ってはいたけども。


「ああ見えて、四百歳近く生きとる。聖魔大戦の流れも体験しておるし、当時の魔王フォーネウスと、その家族とも交友があったそうじゃて。

……だからこそ、ロジオンは今の魔王がおかしいと、ずっと言い続けておったよ。

─── あれは本当のオリアルなどでは無いと」


 魔王崩御、そして父さんに成りすました勇者の即位。

 その頃から突然、人界と距離を置くようになったクヌルギア王家に、父さん達を知っているロジオンは疑問を感じていたらしい。


 しかし驚いた……まさか父さんの知り合いが、まだ生きていたとは……。


 と、言うよりもロジオンが、あの姿でそんな長生きだったとは。

 その理由は、その昔に魔界で起こった事故が原因らしいが、詳しくは本人に聞けとウィリアムは説明を避けた。


「うーむ、聖魔大戦の真実、帝国の目論見、そして勇者の企て。

これはかなり情報の扱いに、神経を張り巡らせねばならんな、世界が揺れかねん─── 」


「ロジオンを中心に、対策チームを編成する必要があろう。ウィリアムよ、その他に世界の支部の中からも、選りすぐりを集めるしかあるまい。

その辺りは儂やロジオンで出来るとして、中央諸国の有力者への根回しは、お前さんにしか出来ん」


「もちろんじゃて、本部に戻り次第、調整につぐ調整じゃな。

アルフォンスよ、よくぞ話してくれた……いや、よくぞギルドに居てくれた!

─── 人界のサポート、このウィリアムと、アルカメリア冒険者ギルド協会に任せい‼︎」


 ウィリアムの言葉が余りに頼もし過ぎて、ちょっとホロっと来てしまった。

 人に話せる、人に理解してもらえるってのは、本当に心が広がるもんだな。


 ウィリアムとルーカスと、それぞれ握手を交わすと、龍人族にも何だか熱いものが込み上げているのを感じられた。


「ありがとう─── 、正直かなり困惑していたんだ。これ程、心強いものはない」


 アルカメリアに来て良かったなぁ。

 何だかまたひとつ、自分の帰れる場所が出来たような気がして、胸が熱くなる─── 。

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