第九話 勇者物語

 スライムの王、霧の女王を失い、魔王フォーネウスは怒りました。


 初めて勇者を、敵だと考えたのです。

 それまでは、弱い人族のただのひとりだと、気にする事もありませんでした。

 怒った魔王フォーネウスは、勇者の生まれた村に、恐ろしい魔物達を送り込みました。


─── 勇者はそんな事を知るはずもなく、旅を続けていました


 次にたどり着いたのは、密林の国。

 そこに居たのは、魔公将の不死の夜王、この世の全ての死者と悪霊の王でした。


 密林の国は、アンデッドに溢れかえり、噛まれた者もまたアンデッドになる、地獄のような終わらない夜に覆われていました。


 密林の国に住む獣人達は、魔術が使えません。

 暗い闇に怯えて、皆んな小さく縮こまるしか、ありませんでした。


『不死の夜王は、夜そのもの。夜を倒す事なんて、出来るはずがない』


 そう言って、獣人達はもう諦めてしまっていたのです。


 不死の夜王の夜は深く、聖女シルヴィアの祈りも、大魔導士リディの聖なる灯も、闇を切り開く事が出来ません。

 勇者は獣人達の住む場所を、ひとつひとつ光の結界で包んで、これ以上襲われないようにしてあげました。


 でも、勇者には不死の夜王を見つける事が出来ません。


 だって、夜は夜、お日様のお休み、正体なんてありません。

 影を光で消したって、光が消えてしまえば、また影になってしまうのです。


 勇者は考えました。

 四人の頼れる仲間たちと、諦めずに一生懸命、考えました。


『皆んな、手をつなごう!』


 勇者はそう言って、楽しい歌を歌いながら、仲間と手を繋ぎ、獣人たちも招きました。

 最初は勇者たちの五人だけ、それがどんどん増えて、獣人や動物たちも加わって大きく大きく広がって行きます。


 夜王の城の近くで始まった、手つなぎの輪は、大きな大きな輪になります。

 その輪を包もうと、夜王の闇も広がり、どんどん大きくなって行きます。


 やがて、密林の国の端っこまで、その輪っかが広がる頃には、闇は薄く伸ばされていました。


 皆んなの楽しげな歌に隠れて、勇者は闇の真ん中まで進むと、そこには夜を広げようと頑張りすぎた夜王の姿があったのです。


 夜王は夜を広げるのに夢中で、勇者の事に気がつきませんでした。

 夜王には、皆が仲良く楽しそうに歌う、明るい世界が分からなかったからです。


 勇者には討ち取られても、夜王は最後まで夢中で、自分が死んでしまった事さえ分かりませんでした。


 そうして密林の国は光を取り戻しました。

 皆が仲良く手を繋ぎ、歌う宴はいつまでも続いていました。


 希望に満ちた密林の国を後に、勇者たちはまた旅に出たのです。




 ※ 




「……パルスル、絶対興味ないですよね。他人の宴とか」


「ああ、あいつの場合、最後まで研究に没頭してて、気づかなかった……まであるな」


「獣人族が敵を前に諦めるなんて、あり得ないわ。死なば諸共、一人一殺、玉砕覚悟で闇に突っ込んで行ったはずよ?」


「うん、そうそう。闇が薄まって、夜王が見えた途端に、皆んな我先に殺到して作戦台無しにしてると思うの……」


「「「こりゃあ、勇者戦ってないわ」」」


─── ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ……


「ひっ! どどど、どーしたのティフォ様⁉︎

と、とんでもない殺気にゃ⁉︎」


「あのくそじじぃ……よみがえらせて、またコロス!」


「ああ、ジュドーの事か。ティフォ、珍しく苦戦してたもんな」


 パルスルの配下の剣士に、ティフォは自分の覚悟が不安になったんだったな。

 赤豹姉妹は加われなかったせいか、なんだかバツの悪そうな顔になってしまった。


「ぬー、あんな胸くそ悪いたたかい、クソ親父いらい」


「あー、でもあれでほら、その……ティフォとはより深い仲って言うか……。俺の覚悟伝えられたんだし……な?」


「オニイチャの覚悟……? ティフォよくおぼえてない……。ねえオニイチャ、もう一度きかせて……?」


 膝の上から、熱っぽい表情で俺を見上げる。

 体を捻って振り返るそのラインが、ドキッとする程に大人っぽくて、いつものティフォには見えなかった。

 その艶やかな唇が、震え気味にわずかに開いて───


 って、これ絶対覚えてるだろ。


 やっと勇気を出せた、俺からの告白だったんだし。

 忘れられてたまるかっての。


「でっはあぁぁっ‼︎ 続きだ続き、読むからな!」


「むふん♡ オニイチャかわいい……」


 くそっ、顔が熱い……ッ‼︎




 ※ 




 魔族との苦しい戦いが続いたある日、勇者に嬉しい事がありました。


 勇者の幼馴染、カルラが冒険に加わったのです。

 カルラは幼い頃から良く遊んだ、可愛らしい女の子でした。

 勇者が旅立ってから、カルラはずっと勇者の事が気になっていて、飛び出して来てしまったのです。


 最初は危険な旅だからと、カルラが仲間に加わるのを止めましたが、彼女は諦めませんでした。

 でも、カルラは小さな頃から、不思議な力を持っていて、戦いをだいぶ軽くしてくれたのです。


 その力は大魔導士のリディにも、何なのか分かりませんでしたが、勇者の仲間は大歓迎でした。

 それにカルラはおしゃべりが得意で、いい宿屋を見つけて来たり、安く武器を手に入れたりと大活躍。

 勇者もその内、カルラを認め、信頼するようになったのです。


 そして、とうとう勇者たちは、最後の魔公将、賢剛王のいる火山の国にたどり着きました。


 最強の魔公将、魔王フォーネウスの次に強い賢剛王は、悪魔のようにズル賢く、剣の腕は剣聖とも互角。

 しかも、賢剛王の住むお城は、火山の中にあって簡単には近づけず、手下の魔物たちは剣も魔術も効きません。

 近づけば火に焼かれ、何も出来ませんでした。


 カルラだけは不思議な力のおかげで、火にも強く、魔物たちとも戦えました。

 それでも彼女だけでは、どうする事も出来ません。


 どんなに考えても、戦い方が思い浮かばず、流石の勇者たちも困り果ててしまいました。


 でも、そんな時カルラは勇者のために、何処からか不思議な水の衣と、水の精霊の武器をひとつずつ持って来ました。

 カルラは賢剛王の瘴気でおかしくなった、火の精霊のお友達の、水の精霊からそれらを借りて来てくれたと言うのです。


 水の衣に守られて、水の剣を持った勇者は、他の四人を置いて、火の魔術が効かないカルラとふたりで賢剛王の城に向かいます。


 武器や魔術が効かなかった、賢剛王の手下たちは、水の精霊の武器で簡単に倒す事が出来ました。

 賢剛王の手下たちは、闇の力で操られていた、小さな火の精霊たちだったのです。


 賢剛王もそれはそれは強い魔族でしたが、水の衣が攻撃を跳ね返し、水の剣は簡単に賢剛王に傷を負わせられました。

 数回、剣を重ね、勇者は傷ひとつ負うことなく賢剛王を倒すことができたのです。


 勇者は大喜びで仲間たちの所に戻り、その話を聞かせてあげました。


─── でも、リディはその話を信じませんでした


『賢剛王が火の魔族だなんて、聞いた事がない。火の精霊が水の精霊のお友達だなんて、嘘に決まってる!』


 勇者はそんな事を言うリディに困ってしまいましたが、カルラは引きません。


『なによ、自分がちょっと賢い魔術使いだからって、ヤキモチを焼いているんだわ!

勇者には、私さえいれば、ランバルドもシルヴィアもテレーズも……。

─── リディ、貴女だって要らないのよ!』


 その言葉に怒ったランバルドとリディ、テレーズの三人は、何処かへ行ってしまいました。

 シルヴィアはそれでも仲間のままでいてくれましたが、不思議な力で傷も治せるカルラに、すっかり落ち込んでしまいました。


 半分になってしまった勇者一行は、それでも旅を続けます。


 魔公将たちを全て倒した勇者は、いよいよ魔界にある、魔王フォーネウスの魔王城へと向かう事にしました。

 今まで戦って来た魔物たちと、魔界の魔物とは、比べ物にならない程強く危険な島です。


 仲間はバラバラになってしまったのに、勇者は順調に魔王城へと向かう事が出来ました。

 水の衣と水の剣の力と、カルラの不思議な力で、魔物たちを簡単にやっつけられたからです。


─── そして、とうとう魔王城の最後の部屋、魔王の間までたどり着きました


 でも、そこにあったのは───

 倒したはずの賢剛王の姿でした。


『フハハハッ! ふと手に入れた力に溺れ、仲間を捨てるとは情け無い。

そんな腑抜けで勇者とは、人族も随分と見下げた種族らしい。

─── そんなだから、大事なものも守れない』


 賢剛王は部屋の壁に、何処かの風景を映し出しました。


 すっかり燃えて崩れた家と、畑と、お花畑。

 そこに倒れている、見るも無残ないくつもの死体。

 勇者はそれを見て、立っている事も出来なくなってしまいました。


─── それは、勇者の育った、お父さんとお母さんたちの暮らす村だったのです


 賢剛王が指を鳴らすと、水の衣と剣は、音もなく消え去ってしまいました。


『良くやったぞ、これ程の恐怖と絶望、さぞかし魔王様もお喜びになられるだろう。

さあ、お前はもう休んで良いぞ……

─── カルラ、お前の情報は実に役立った』


『お褒めに預かり、光栄です賢剛王様。

私たち家族の事、よろしくお願いしますね』


 カルラはそう言って、勇者の近くによると、こう囁きました。


『あなたみたいな間抜け、魔王様どころか、賢剛王様に敵うわけないでしょ?

せいぜい、最後まで絶望して、魔王様のごはんになっちゃいなさいね』


 勇者がその後に見たのは、大きな大きな鋭い剣を、賢剛王が振り下ろす瞬間でした─── 。




 ※ 




「…………なんぞそれ⁉︎」


「ティフォ、どうどう。俺も子供の頃は、ここが大嫌いでさ。いっつも読み飛ばしてたよ。

童話の割にえぐいよな……」


「え、絶対死ぬじゃん! 勇者絶対死んでるよ? これ……」


「「「………………」」」


「ま、まあ、今普通に世界があるだろ? 安心して続きを読もう。もう少しだからさ」


「「「はよ! はよぉッ‼︎」」」


 森の中に足を踏み鳴らす、皆んなの激しい音が、バタバタと響き渡る。


 続きを読み始めると、一斉に静かになるのは、笑うのをこらえるのが大変だった。




 ※ 




 勇者が気がついたのは、魔王城でも魔界でもなく、アルザス王国近くの夜の浜辺でした。


 起き上がるだけでも全身が痛み、潮風が傷にピリピリしみていましたが、不思議と大きな怪我はありませんでした。


『お父さん……お母さん……。皆んな、ごめんなさい……』


 悔しくて悲しくて、勇者は泣いてしまいました。

 すると、勇者の背中を何かが弱々しく撫でたのです。


─── それは、全身に大怪我を負った、ボロボロの聖女シルヴィアの姿でした


 魔力も失い、起き上がる力すら残っていないのか、震える手で勇者の背中をさすっていました。


 勇者は訳が分からなくなって、声も出ませんでした。

 シルヴィアには闘う力はありません。

 癒す奇跡と、人を守る奇跡しかありません。


 賢剛王と、恐ろしい魔物のいるあの魔王城から、一体どうやってふたりここまで来たのか、分かりませんでした。


『ごめん……なさい。勇者……さま。私の力では……ここまでが……精一杯……で。

傷を……癒しま……しょう、今……ああ……もう魔力が……ごめ……なさ……』


 シルヴィアは死んでしまいました。


 勇者はボロボロのシルヴィアを抱いて、大声で泣き叫び続けました。

 悲しくて、申し訳なくて、ただただ泣きました。


 気がつくと、いつの間にか近くにはランバルドとリディとテレーズの三人が、俯いて立っていました。


『……間に合わな……かった……』


 リディが泣き崩れると、皆んなシルヴィアを囲んで泣き出しました。


 勇者を支える事を、最後まで諦めなかったシルヴィアは、三人に何度も魔術で連絡を飛ばしていたと初めて知りました。


『最後、ここにいるって、シルヴィアから連絡が来た時……『後はお願いします』って……』


 シルヴィアは皆んなにこう伝えていました。


─── 勇者は皆んなの希望です。例え魔王に敵わなくたって、生きてさえいれば、皆んなは希望を持つでしょう。

でも、彼は人間です。無理に戦わせようとはしないであげて下さい。

彼が希望を持てるように、しばし支えてあげて欲しいのです


 その言葉に、勇者は目が覚めました。


 確かに家族を失って、とても辛く悲しいけれど、自分が諦めたら……

 もっと多くの人々が、辛く悲しい想いをしてしまう事になる。


 シルヴィアが命をかけて守ってくれたのは、そんな多くの人々だけでなく、勇者である前に、ただの人である自分の事もだと分かりました。


『僕はもう負けない。少しでも世界に希望が繋がるように、少しでも皆んなが誰かを守りたいと思えるように。

魔王にはもちろん、自分の弱さにだって負けたくない!』


 その想いは、三人だって同じでした。

 そしてもちろん、それを教えてくれたルヴィアだってそうだったはずです。


 四人はシルヴィアの手に手を重ね、再び世界に希望を取り戻すために闘う事を誓いました。


─── その時、四人の心に、オルネアの声が響きました


『勇者よ、よくぞここまで、希望を集めました。

─── 貴方を、正式な『オルネアの聖騎士』と認めます』


 その瞬間、皆んなの体が輝き、ものすごい力がみなぎるのが分かりました。

 世界の希望の力が、闘う力となって流れてきたのです。


 それぞれの手には、眩く光る神界の武器が現れ、勇気を引き出しました。


 そして、オルネアの言った通り、最後の希望はひときわ大きく、魔界まで真っ直ぐに照らしています。


『勇者と、四人の希望の戦士たちよ。世界の希望を、あなた方の奇跡を信じるのです』


 四人? すでにシルヴィアが欠け、三人のはずです。

 皆んなが不思議に思った時、シルヴィアの体が大きく光り、むくりと立ち上がりました。


 照れ臭そうに笑うシルヴィアを、勇者は思わず抱きしめていました。


『ありがとうシルヴィア。君が最後まで僕に希望を与えてくれた。僕はその希望を、君や皆んな、世界にお返しすることを誓うよ!』


 勇者と四人の仲間たちは、再び強い絆で結ばれました。

 光と希望に満ち溢れた彼らの前に、もう敵う魔物も魔族もありません。


 あの賢剛王ですら、重ねた剣は砕け散り、吐いた火は当たる前に消え、突き進む勇者たちを一歩も止められませんでした。


─── しかし、魔王フォーネウスは、そんな勇者たちをさらに凌ぐ、まさに魔王だったのです……


 戦士ランバルドを吹き飛ばす力、大魔導士リディを手玉にとる魔力、聖女シルヴィアの祈りをかき消す絶望的な瘴気。

 魔王との闘いの音は海を越え、アルザス王国と、世界にまで響いていました。


─── 最初に散ったのは、ランバルドでした。


 皆んなを守り、勇気付けた歴戦の強者は、一番前で魔王に立ち向かい、散りました。


─── 次に散ったのは、リディでした。


 強大な魔術の神秘を操り、苦難を払い続けた大魔導士は、尽きた魔力の代わりに命を捧げ、散りました。


─── その次に散ったのは、テレーズでした。


 豊富な経験と戦術で、いつも闘いを有利に進めた冒険者は、勇敢にも囮となって、散りました。


 三人が命をかけて繋いだ希望でしたが、残ったふたりも、すでにボロボロでした。


─── 聖剣の刃はこぼれ、シルヴィアの魔力も尽き、いよいよお終い……


 魔王フォーネウスの絶望の炎が迫るのを、シルヴィアは盾になろうとしました。

 勇者はそれを引き戻し、自分の背中を盾に、シルヴィアを守ろうとしました。


 未来のために誰かを守りたい。

 最後まで、ふたりは希望を捨ててなど、いなかったのです。



─── ……がんばれ……



 勇者の背中では足りず、炎に崩れ落ちるふたりの耳に、小さな声が聞こえました。

 不思議なことに、炎はふたりに火傷ひとつ、つけてはいません。


 勇者とシルヴィアは、今の声に聞き覚えがありました。

 旅を始めた最初の頃に助けた、小さな子供の声です。



─── ……がんばって!



 魔王フォーネウスの剣が襲い掛かった時、再び声が聞こえました。

 いつか助けた村人の声でした。


 魔王フォーネウスは怒り狂い、次から次へと一撃必滅の技で、襲い掛かります。

 でも、その度に聞こえる声は増え、勇者たちは傷ひとつ負いません。


 やがて聞こえる声は、夏の夕立のように、ざあっと勢いを増し、数え切れない程の声になりました。

 ふたりの傷は癒え、疲れは嘘のように消え、聖剣は再び輝きを取り戻したのです。



─── がんばれッ‼︎


─── がんばって!


─── がんばれ!



 ランバルドたち三人の声が、最後に大きく響いた時、勇者の聖剣は太陽よりも明るく輝く、巨大な光の刃となっていました。


『世界は希望を取り戻す! 消え去れ、魔界の王フォーネウスよ!』


 流石の魔王フォーネウスも、最後はその光の一撃に顔色を変え、目を見開きました。


 勇者の光の一撃は、魔王フォーネウスを魔王城ごと叩き斬り、魔界に渦巻く瘴気の闇をも吹き飛ばしました。

 魔王の断末魔は、世界に轟き、闇を掻き消して行きます。


 天井の切れ目から、陽の光が射し込み、魔王城の床を照らし出しました。


─── 勇者が魔王フォーネウスに勝ったのです


 世界は喜びに包まれ、希望の光がマールダーに降り注ぎました。


 アルザス王国に戻った勇者は、世界から祝福を受け、その栄光をたたえられました。

 各地に残った魔族達も、魔王の力を失って、人々に追い払われて行きました。


 勇者は世界の王様たちから、王様にならないかと誘われましたが、どれも断わってしまいました。

 勇者はその後、世界の幸せを見て回る旅に出ましたが、どこに行ったのかは誰も分かりません。


 もしかしたら、今もどこかで、希望を生み出す闘いをしているのかも知れません─── 。




 ※ 




「─── めでたし、めでたし……」


「う、うう……シルヴィア、健気だよね……」


 スタルジャは初めて読むらしいから、感動してるのはいいとして、意外にもソフィアとエリンまで感じ入ってる様子だった。


「獣人族は勇者物語って、子供の頃に読んだりするのか?」


「いいえ。多分、夜王のくだりが受けないだろうと思うわ……。

なよなよした話だって、聞いてはいたけど、あたしは悪くないと思ったわ」


 うん、獣人族には確かに評価されないかもな。

 もう少し大人用の勇者物語とか、聖魔大戦記とかに出て来る、ランバルドの武勇伝とか受けそうだけどな。


「うんうん、私も良いと思うの。諦めないで闘い方を考えたり、未来のために危ない事もやるって、斬新な感じなの。

─── ちょっとアル様っぽいなーとか、思っちゃった」


「へえ、ユニ、あんたもそう思ったの? あたしも何となく、勇者とアル様重ねてたわ」


「へへへ、実はアル様、オルネアの加護受けてたりして〜♪」


 ……当たってんよー、それ当たってんよー。

 結局、ここまで俺の加護の事や、ソフィアの事は姉妹に話せてないんだよなぁ。


 いや、明日には着くであろう、実家の両親の話で、全部判明するってんだから、その時にちゃんと話そう。


「で、でもさ! なんで勇者とシルヴィア、くっつかなかったのかな〜?

あの流れだと、お互いその気になってもおかしくないよね♪」


「あー、シルヴィアってさ、当時のエル・ラト教の教皇の孫娘なんだよ。

実際はくっつけようと、かなりな圧力はあったらしいけどね」


「あ、それは萎えていくかぁ……」


「それに、これはあくまで物語。実際はシルヴィア・ラウロールは、ほとんど旅に同行しなかったって説が濃厚ですね。

実際の回復職は、別の方がされてたみたいですよ? 

シルヴィアは生涯独身で、妹は後にアルザスの王室に入りましたけど、独身で通したのは聖女だからではなく素行の問題だったとか……」


「「「あらぁ……」」」


 うん、俺も初めてそれを聞いた時は、同じような声を出したわ。

 ソフィアもガンガン下げる勢いでバラして、シラけちゃうかなと思ったら、むしろ彼女達はゴシップの匂いにウズウズしている。


「ねえ、オニイチャ。なんで勇者だけ、名前が出てないの? 魔王なんか、最初から名前、でてたよ?」


「おおッ! 面白い所つつくなぁ。なるほどね、確かにそうだな。

……何となく帝国とか教団を知った、今だから分かるけど、これも印象操作の一環かねえ?」


「ん、どゆこと?」


「まず、悪い奴の名前は、しっかり覚えさせたいから魔王は名前を真っ先に出す。

実は後々、帝国の大きな権力の象徴になってる仲間達も、宣伝のために名前を出したいよな。

─── で、勇者は何処からでも現れるって印象と、感情移入のために名前を出さない……とか」


「「「おお〜」」」


「後は噂だと、勇者の出自が都合悪いって話もあったけどな」


「実はアルザスの没落貴族の息子だったって説ですね?」


「そう、それそれ。王国から帝国に変わる前に、さらっと消された家柄だったって。

この絵本も、時代と土地でかなり印象とか、変えてあるしな」


「三百年も前の話だもんね。シリルの歴史みたいに、だいぶ都合よくされてても、おかしくないね……」


 あー、これブラドに聞かせる話じゃねえよなぁ……。

 裏話とかは、大きくなってからでこそ楽しいけど、幼いうちに知り過ぎたら人間不信になりそうだ。


「んー、でもやっぱ、わかんない」


「何がだティフォ?」


「物語は作り物だったとして、魔王はなんでそんな賢くて強いのに、わざわざ攻めてきた?」


「…………そりゃあ、悪い奴だったから……あれ?」


「魔族なら食糧じじょーも、土地もんだいも、関係なくない? 恐怖をたべるって、それこそあいまい」


 思わず唸ってしまった。

 そうだ、思えば魔公将の奴らも、復讐だの『先に手を出したのはどちらだ』みたいな事を言ってたような……。


 魔族は魔王からの魔力供給で暮らすって、ソフィアも言ってたけど、じゃあ魔王って何食ってんだろ?


「すまんティフォ。俺も先入観にやられてたみたいだ。……何でなんだろな?」


「「「うーん」」」


 そんなこんなで、穏やかにブラドに聞かせるつもりが、難しい話になってしまった。


 ……いよいよ、ケファンの森も目前、俺の両親と対面するかも知れない。

 寝る前に色々考えておきたいし、これくらいで休むとしよう。


─── 俺の運命が、ようやく分かるんだ

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