第八話 紡がれる希望

「ん? どしたオニイチャ」


「ああッ! ティフォちゃん! 『ミナミマスラマダラウミヘビ』の血清、持ってませんか⁉︎

『ヒノミサバクコブラ』でも代用出来ます、へ、蛇毒です! 悪精系の!」


 崩れた天井からスタルジャと共に現れたティフォは、慌てふためくソフィアの説明を聞き、フンスと鼻息をひとつ吐いた。


「ん、ヘビ毒な? ちとどいてろ」


「え? ティフォちゃん持ってるんで……」



─── ちゅっ、じゅぼぼぼぼぼぼ……



「「「……あ、うわぁ……」」」


 仰向けに倒れ、脂汗を流して浅く呼吸をしているアルフォンスに、ティフォは覆い被さる。


「よ、弱ってる寝込みを……。あ、いえ、毒はおそらく腹部ですよ⁉︎

口から何を─── 」


─── じゅぼぼぼぼぼぼぼぼ……


 慌てふためくソフィアを、片手を上げて制し、ティフォは構わずバキュームを続ける。


「─── ぷはっ、ひさびさの、かんのーのたんのー」


「う、げほっ、げほっ……ティフォ、人前ではハードタイプは止めろって言っただろ……げほっ」


「「「………………!?」」」


 アルフォンスが上体を起こすと、ソフィアが恐る恐る手をかざし、何かをうなずくと弾けたように抱き着いた。


「ん、あたしは『全怪物の王』……。ヘビ毒など、あしうらの、こめつぶどーぜん」


「……は、はは。例えは目も当てられないけど、助かったよティフォ……げほっ」


「ん、よきに、うやまえ! とはいえ、ちとオニイチャ、ながすぎたな。しばらくは動かないほーが、いい」


「…………て事は、やっぱりキスする必要、無かったんじゃ無いですか……」


 放心状態だった赤豹姉妹は、ただただふたりで手を取り合って、泣き出してしまった。


「……ごめん、心配……掛けちまったな。大丈夫だから俺……。泣かないでくれ」


「ふぐぅ……ああう、ひっく」


「心配だったにゃあ……! 本当に……心配だったんだから……ッ、うえ〜ん」


 しばらくふたりが泣くのを、何度もアルフォンスは頭を撫でて、大丈夫だと言い続けていた。


 やがて、泣き止んだユニは、アルフォンスの手を握りしめて、消え入りそうな声でブラドの最期を尋ねる。

 アルフォンスは、全員を見回した後、淡々とここで起きた事を話し始めた。



─── ブラドの姿は、シャリアーンの刺客が、蟲を使って幼体化したものだった事


─── その幼体期に生まれた、独立した便宜上の人格でしか無かった事


─── 残されていた記憶は、幼体化を解く鍵であり、ここに戻ってくるための伏線だった事


─── そして、刺客の任務は、ただここにアルフォンス達を呼び寄せるだけだった事


─── 魂を持たないブラドは、蘇生魔術などは適用せず、刺客が覚醒した時から消えてしまう運命にあった事



「……そんな、じゃあブラドは、幻だったって言うの!」


「いいや、それは違うよスタルジャ……。ブラドは最期まで、自分が在る事を自覚してたし、俺を助けるために一時は体の主導権まで奪ってた。

─── あれは、人格そのもの、ブラドって人間が確かに存在した証拠だよ」


「……お、おお、ブラド……ブラドぉ……。

─── く、お、親父どのッ‼︎ おで、ぐすっ、俺ァよお……アンタに謝んなくちゃなんねぇ」


「……セオドア」


 セオドアが地に頭を付けて、何度も頭を下げるのを、アルフォンスは困った顔で止めたが、彼は聞き入れそうにも無かった。


─── 困り顔で頭を掻いた時、アルフォンスは目を見開いた


 頭を掻いていたその指を、何かに気がついたように、顔の前で自分の手を検めた。

 途端に体を起こそうとする彼を皆が止めるが、無視して歩き出す彼を、姉妹が両脇から支える。


 彼が目指した先は、ブラドの死体が散らばる、すでに黒く変色を始めていた辺りだった。


─── 未だ薄っすらと渦巻く、アルフォンスの魔力が、そこに小さな魔力溜まりを作っていた


 その中には、注意深く見なければ気がつかない程、わずかに光を発する丸いものが浮いている。

 戸惑うように手を差し出して、その光に近づけて行くと、親指にはめていたアネスの指輪が同じくぼんやりと光を発した。


─── 『アナタの魔力、意思、愛情その他を吸収して、巨大なタンクになってるですよ』


 ローゼンの言葉が脳裏に浮かび、アルフォンスは指輪を通して祈るように、その小さな弱々しい光に願った。


─── ブラド、こっちへ来い……共に生きよう!


 弱々しい光が、こちらに返事をしたような気がした。

 そう思った瞬間、それは吸い取られるようにして、指輪の中へと入って行った。



─── アル……おとーさん……



 確かに聞こえた。


「は、はは……よか、良かったブラド……。ただの記憶……なんかじゃないんだ。

こんなに……思念が出せるじゃないか……」


「─── 思念、それだけじゃありません

強い何かがブラドの意思に力を……?」


 屈み込んで見ていたソフィアが、近くにいたセオドアを振り返った。

 その手にしっかりと握られていたのは、セイジンキキョウを象った、青魔鋼のペンダント。


「人の想いを宿す、願いを叶える鉱石。

ふふふ、神は奇跡を『行使』しますが、奇跡を『起こす』のは、いつも人の想い……ですものね……ぐすっ」


「な、なんだよ、分かるように言ってくれよ!

た……助かるのか……⁉︎ ブラドの奴、助かるのかよ親父どの……ッ‼︎」


「今はまだ……分からない。

俺の魔力を糧に……ブラドの強い思念と、セオドア……お前の想いがそのペンダントを通して力を与えて、ブラドの思念がし掛けてたんだ。

まだ、微弱な存在だし、どこまで安定して大きくなれるかは分からないが……。

─── いつか必ず、俺が救ってやる」


 セオドアが泣崩れると、つられて皆、泣きながらお互いを抱き合って、その希望にすがっていた。


「ん、オニイチャ、敵のはんのーあり」


 ティフォの言葉に、その場にいた全員の顔が変わった─── 。




 ※ ※ ※




「─── ひぃ、ふぅ、みぃ……

がぁッ、数えるだけ無駄だ! えれえ数だぜ向こうさんは」


「ん、いま外に見えてるのが全部で二百くらい。

あと東のたてもの、中に約四十。あっちの倉庫に八十未満、川のていぼーのかげに六十強。

─── 下水でこっちに向かってるのが五十、ぜんぶシャリアーン」


「な、なんでそんな分かンだよッ⁉︎」


「ダメなの、理論的に考えたら、ティフォ様にはついて行けないの……」


 帝国方面に潜んでいたシャリアーンは、すでにティフォがやってくれたし、街にいた極光星騎士団関係はスタルジャが焼き上げた。

 それなのにこの数、ティフォの見立ては凡そだが、ほぼ正確だろう。

 今までとは違い、シャリアーンの殺気があまり隠されていないのは、一体なんなんだ?


「─── 多分これ、時間稼ぎでしょうね」


「時間稼ぎ……?」


「さっき極光星騎士団の団長のナントカに、お説教兼ねたカマかけしたんです。

多分、この一連の教団騒動は、ここで何かを起こさせる為の伏線。

おそらく、教団上層部内の、権力争いが発端だと思います」


「権力争い?」


「シャリアーンの今までの攻勢が、どうにも回りくどいんです。

そもそもキュルキセルの大森林で、わざわざ網を張ってるのは、いくら私達の進路から計算したとしても効率が悪いんですよ」


 うん、確かにそうだな。

 大森林は縦長の盆地とは言え広大だ、網を張るには人員がかなり多くなる。


「ここまで私たちをおびき寄せた、その手腕には舌を巻きますが……。

─── この街で決戦を仕掛ける理由が無い」


「そうだな。ここは中立国の主要都市のひとつだ。ここで騒ぎを起こすのは、周辺国からの印象もだだ下がりするはずだ」


「カマかけした時、出て来た責任者の名前は『オウレン枢機卿』です。彼はかなり高齢ですが、教団きっての帝国派の第一人者です」


「帝国派?」


「エル・ラト教には、帝国との協調を提唱する帝国派と、教団の単独強化を提唱する教団派の二大派閥があるんです。

教団は公国として、公には独立をしてますけど、教団のみでは限界もありますから。力を借りるか、己で力を持つか、今は帝国派の方が圧倒的らしいですけど」


「……なるほどね、派閥の中での序列争いか」


「ローオーズ領は中立国として、他国の意向に偏りを持たないと標榜ひょうぼうしていますから、今回の極光星騎士団の介入は外交上かなりの問題……。

ここをわざわざ決戦の場にするとか、愚策どころか自殺行為です。

─── これは、帝国派か教団派、どちらの誰かさんが流れじゃないですかねぇ?」


 今俺の抹殺を企てているのは、教団だ。

 ただ異端者がいるからと、他国の意向を無視して、他国内に勝手に兵力を派遣したら確かに問題だな。


「私達をここで足止めして、公然とした敵として処理する、何らかの手立てが必要でしょう。

この街の警備庁には、根回しがあったのは明確ですけど、公に他国の介入が必要だったと納得させる事実が必要です。

─── 例えば、ローオーズもしくは、近隣国の国軍が交戦したとする事実を作る」


 確かに、警備庁舎の職員の動きは、この騒動に沿っていた。

 つまり、最初から教団の息がかかっていたとしか思えない。

 この反帝国、反エル・ラト教団のローオーズ領内でだ。


「これで出てくる軍がどこの国の所属かで、仕掛けの大きさが分かるんですけどね……。

ローオーズであればただの内輪揉め、周辺国であればアルくんの世界指名手配狙い。

─── 帝国だった場合は…………いえ、流石にありえませんね……」


 ソフィアがそう呟いて、難しい顔をしていると、横で聞いていたセオドアが腕組みをして、大きく頷いた。


「なるほどな、つまり教団がってんだな、うん」


「…………セオドア、よく聞け。

理由は理解しなくていい、今来てるシャリアーンは、どっかの軍隊が来るまでの時間稼ぎって事だ。

どちらにしろ、シャリアーンとは闘う事になるが、出来る限り速くここから脱出するのが目標になる」


「間に合わなかったら、どーなりやがるってんだ?」


「このローオーズもしくは、どっかの国の軍隊と交戦。その原因として、国際的な悪者に俺達……いや、特に俺がされるんだよ。教団が狙ってたのはだからな」


 別にのんびり世界旅行したいわけじゃないから、教団に睨まれるのは構わないけど、国際的にとなれば出入国が至る所でキツくなる。


「─── んじゃあ、は関係ねえな」


「そうだな、俺達に巻き込まれる事はない、アースラと一緒に逃げろ。ふたりだけなら身軽に動ける。身元もまだ割れてないしな」


 そうだ、彼らは関係ない。

 警備庁で入国審査を受けたわけでもないからな。

 ちと言葉は寂しいが、運命を共にする仲間ってわけでも無いし───


「─── 違ぇよ、俺らが暴れてる間に、ってンだ」


「………………ハァッ⁉︎ 話を聞いてたのかセオドア!

軍隊が来るかも知れないんだぞ、お尋ね者にされるかも知れないんだぞ!

シャリアーンどもなら、俺ひとりでも……」


「その身体でかよ?」


 耳が痛い……。

 毒は抜けたが、身体中あちこちが痛む、正直立って話すのだけでも精一杯だ。


「それこそお前に関係……無い!」


「嬉しいねぇ、俺も大分、アンタが分かるようになって来たぜ……。

─── そう言うと思ったよッ‼︎」


─── ズド……ッ


「…………ぐっ……う、セオドア……何を……!」


 セオドアに腹を強打された。

 部屋で殴り合ってた時とは、重さが全く違う。

 肉体強化……? いや、これはさっきとは、まるでモノが違う!


「ほれ、おねーさん方、大事な婚約者連れて、とっとと、ここを離れな」


「セオドアさん……恩に着ます……」


「…………や……めろ、セオ……ドア……」


 闘気を打ち込まれたのか、全身に力が入らない、回復魔術に集中すら出来なかった。


「へへ、親父どのよ、過保護ってモンだぜ?

こういう時はよ、こう言われた方が力が出んだよ。

─── 『お前に任せた』ってな!」


 テラスの縁に飛び乗ったセオドアが、両腕を広げて全身に力を漲らせる。

 隆起した筋肉に革鎧が弾け、黄金色に輝く体毛が体を包み、絶大な闘気が覆う。


「…………獅子の……獣人……?」


「へっ、答え合わせはまた今度だ。アンタらの用事が済んだら、また会おうぜ!

アースラ、行くぞッ‼」


「うふふ、久しぶりに血がたぎりますわね。わたくし、変温動物なのですけれども」


 セオドアの隣に立ったアースラは、青味がかった白銀の鱗に覆われた龍人の姿になっていた。

 軽く種族ジョーク入れたりしてるけど、普段の言動とか、特殊な術の遣い手だとか、その姿が妙にしっくり来てしまった。


「アルフォンスさん……本当に色々ありがとうございました。無事、目的を遂げて下さいましね。

…………ブラドの事、何卒よろしくお願いします」


「オラッ、行くぞアースラッ‼︎」


「うふふ、ハイハイ。

─── それでは皆様、ごきげんよう!」


 彼らが飛び立ってすぐ、獅子の咆哮ほうこうが大地を揺るがした。

 シャリアーン達が、陣形も取らずにセオドアへと殺到して行くのは、何らかの特殊能力を使ったのだろうか……?


 そんな事を考えるうち、俺はいつしか眠りに落ちてしまった─── 。




 ※ ※ ※




 カップの湯気が、糸を引くように流れた。


 空では時折風の鳴る音がするが、森の中は静かなもの、こうして時折風が通る程度だ。

 明日には雨が降るかも知れない。


 あれから二日が過ぎ、俺の体調も万全、義父さんの指定していた『ケファンの森』まで後二〜三日もすれば着く所までやって来た。

 セオドア夫妻は、まだ現れないが『用事が済んだらまた会おうぜ』と言う言葉を信じるしかない。

 結局、彼らに助けられてしまった。


─── ……パチ……パチパチ……パキッ……


 今は夕食も終えて、こうして焚火を前に、思い思いの時間を過ごしている。


 そう言えばこんな静かな夜、義父さんに焚火の前で、本を読んでもらった事があった。

 昔の記憶に少し穏やかな気分になった俺は、荷物から一冊の本を取り出した。


「ん、オニイチャ、それなんの本?」


「これは『勇者物語』だよ。聖魔大戦を子供向けに、勇者の話だけ書いた絵本さ。

随分とボロっちくなっちゃったけど、小さい頃は夢中で読んでたんだ」


「読むの?」


「ああ、ブラドに聞かせてやろうかなって。ほら、読んだ事無かっただろうし」


「ん、ティフォも聞きたい」


「じゃあ、そこに座って、読んでやるよ」


─── ドガッ


「んー、ティフォ、そこは俺の膝だなぁ」


「これでいー。読んで、はよ」


 そう言うわけで、ティフォを膝の上に、勇者物語を読む事にした。

 スタルジャも近くに寄って来たので、少し大きな声で。




 ※ 




─── むかし昔の、その昔


 光の神ラミリア様のお見守り下さる、このマールダーに、突然平和の終わりが訪れました。

 魔王フォーネウスは、一晩で四つもの国を滅ぼし、こう言ったのです。


『か弱き人族よ、奴隷か、死か、選ぶがいい。不服とあらば、抗え。

─── 死にゆく末期の悲鳴まで、我が魔族のにえとなろう』


 世界中の人々は恐怖に震え、王様達はどうすれば自分達の国を守れるか、頭を悩ませてしまいました。

 今まで魔族が現れ、闘った事があるのは、世界にひとつきり、アルザスだけ。


 魔界と海を挟んで並ぶアルザス王国は、今までずっと、魔族が魔界からやって来るのを防いで来た強い国です。

 そして、そのアルザス王国は、最初に滅ぼされた国のひとつでした。


 それだけ、魔王フォーネウスは強力で、魔族も魔物も、今までとは比べものにならない力を与えられていたのです。

 魔族は世界各地に音も無く現れては、全滅しないように人々を殺して、姿を消すのを繰り返していました。


 全ては人々の恐怖と、絶望の心を、魔王フォーネウスが食べるためだったのです。

 そうして世界は闇に包まれてしまいました。


─── 人々は絶望し、魔族の奴隷になる道を選ぼう、そう考え始めてしまいました


 でも、光の神ラミリア様はちゃんと私達を見守っていて下さいました。

 アルザスの若き王様は、ラミリア様の加護に守られ、生き残っていたのです。


 そして、ある日。

 アルザス王の夢に、調律の神オルネアが現れ、こう言いました。


『この地のどこかに、私の加護を受けた勇者が現れます。アルザス王よ、彼を求めなさい。

世界と協力して、勇者を助け、このマールダーを救うのです』


 アルザス王は世界中の王達にその話を聞かせ、共に闘う約束と、勇者を探す約束をして周りました。

 『勇者が現れる』その言葉と、アルザス王が生きていた事、それだけで世界の人々は勇気を取り戻しました。

 あきらめかけていた闘いを、世界中の人々が協力して、少しずつ闇を払って。


─── そして、勇者はマールダーに現れました


 貧しい村に生まれ育った普通の男の子は、成人の日の儀式で、女神オルネアの加護を受けた聖騎士だと分かったのです。

 心優しく、あきらめない心を持って育った男の子は、勇者としてアルザス王に呼ばれ、魔族と闘う運命を受け入れました。


『おお、勇者よ。世界の希望、オルネアの聖騎士よ。世界は勇者を待っていたのだ。

世界各地の魔族を倒し、魔王を倒し、このマールダーに再び光輝く平和を取り戻すのだ』


『王様、私はまだ強くはありません。私には勇気と、闘う力しか無いのです。

でも、魔族を倒して希望を集め、必ずや魔王を倒してみせましょう!』


 アルザス王は勇者の旅のお供をする、頼もしい仲間を集めました。



─── 大きな体に千人力の力、どんな武器でも振るえば天下一、戦士ランバルド


─── 杖を振るえば山を焼き、息を吹けば海を凍らせる魔術の天才、大魔導士リディ


─── 風より速く駆け、罠と嘘を見破る、世界一の冒険者、テレーズ


─── ラミリア様に愛され、どんな傷も病も癒す、奇跡の聖女シルヴィア



 世界に名だたる四人の若き天才達は、勇者と共に苦難の旅に出て、魔王を倒す誓いを立てたのでした─── 。




 ※ 




「うわぁ、一晩で四つの国とか、絶対世界滅びるじゃん……勇気とか言ってる場合じゃないよね⁉︎ 単純に力で圧倒的差があるんだよ?」


「スタルジャ、童話だから。多分、勇気以外にも色々やってたはずだから……」


「なんでおーさま、仲間四人とかしぶちん?

軍隊できょーりょくすれば、もうすこし、話はやくない?」


「…………すげえ強ええんだろ、多分。なんで俺が弁護してんだ? ……続き読む?」


「「「はよ!」」」


 なんか聞き手が増えてんな……。



 ※ 



─── オルネアは勇者にこう言いました


『世界を自分の足で歩き、闘いなさい。その地に勇気を与え、希望を増やすのです。

それが世界を満たした時

─── 貴方に、真の聖騎士の資格と、その力が与えられるでしょう』


 勇者は歩きました。

 大きな街、小さな村、険しい山の上、谷底の霧の中。

 多くの人々と出会い、魔物を倒し、魔族を払い、人々に勇気を与え希望の種をまきました。


 しかし、魔王フォーネウスは、そんな勇者の活躍を嘲笑っていました。

 魔族には桁外れに強い悪魔達、魔公将が居たからです。



─── スライムの王


─── 霧の女王


─── 不死の夜王


─── 暗黒の覇者、賢剛王



 今まで勇者が倒して来た魔族など、彼ら四柱に比べれば、子供のようなものでした。


 勇者は旅を続け、少しずつ力を蓄えながら、闇を払い……。

 とうとう魔公将のひとり、スライムの王のいる砂漠の国に、たどり着きました。


 スライムの王は、手下のスライムを使い、あっと言う間に街を呑み込む強敵でした。

 触れた物はなんでも溶かし、どんなに立派な剣や盾も、すぐにボロボロにされてしまいます。


 スライムの王に負けた砂漠の国の王様達は言いました。


『スライムの王は倒せない。切っても切れず、焼いても戻る、触れば溶けて死んでしまう』


 勇者は考えました。

 四人の仲間と知恵を絞り、人々の話を思い出して、たくさんたくさん考えました。


 そして勇者は、スライムの王に挑みます。


『神の選んだ勇者だと? 人間風情に何が出来る。お前を溶かして、最期の悲鳴まで魔王様へ捧げてやろう』


 激しい闘いが始まりました。

 スライムの王は、大きさも形も、硬さも自由自在の怪物でした。

 切ってもくっつき、焼いても戻り、鋭く尖った針のように伸ばした体で、鉄の鎧にも穴が開いてしまうのです。


 戦士ランバルドが盾になり、鋭い針を斬り払い、冒険者テレーズは風の魔術で撹乱。

 大魔導士リディは、火、水、土、風、光、闇……全ての魔術で応戦し、聖女シルヴィアは彼らの傷を癒し続けます。


 勇者はただじっと、スライムの王の体を観察し続けているだけでした。

 いつしか、観察すらを止めて、目を閉じてしまいます。


 そんな闘いが一晩続いた頃には、ランバルドの盾が破れ、テレーズの足は鈍り、リディは魔術の知恵が尽き、シルヴィアは魔力が底をついてしまいました。


 と、突然勇者は叫びました。


『テレーズ、明かりを消せ!』


 テレーズは城の蝋燭全てを、風の魔術で消し去り、いっぺんに暗闇へと落とします。

 貼り付けたような暗闇の中、勇者は暗がりに慣れた眼で、微かに光るスライムの核を斬りつけました。

 無敵に思えたスライムの王も、たまらず形を崩して、砂となって消えてしまいました。

 スライムの王に、勇者達が勝ったのです。


 光を取り戻した砂漠の国の人々は、大喜びで笑い、泣き、希望を持ちました。

 勇者は皆に見送られ、また旅立ちました。




 ※ 




「え⁉︎ それってアル様達が、ハリードで戦ったって奴にゃ?」


「おお、興奮気味だな。そうそうそれだよエリン、オルタナスって名前だった。

人に乗り移るとか、魔術を使えなくする術とか、思えばあいつも進化してたんだよなぁ」


「アルくんが【斬る】事象に開眼した時ですね。なんかもう懐かしいです」


「そうだったなぁ、その時にティフォに触手仕込まれたんだったな……」


「ん? おるた……な……す? だれ?」


「ほら、ハリード太守に化けてたヤツだよ、でっかいスライムの」


「……………………あ、うん……」


「絶対、覚えてないよなそれ⁉︎ 一応、魔公将だぞ? 有名人だったんだぞ⁉︎」


「オニイチャは、ふんだ米粒のこと、いちいちおぼえてるの、かね? いーからつづき、はよ!」


「「「はよ!」」」


 なんか米粒に例えるの多くないか? そんなしょっちゅう踏んでんのかティフォは。

 掃除しろとか、そう言うレベルじゃないぞ。




 ※ 




 次に訪れたのは、霧の国でした。

 細い谷が続く霧の谷に、小さな村がいくつもあって、港街もある海に近い国です。


 そこに現れたのは霧の女王。

 真っ白い霧で全てを包み、何も見えなくして、逃げ遅れた霧に食べられてしまうのです。


 唯一、霧が嫌がるのは火の力。


 いくつかの国は兵隊を出して戦いましたが、覆いつくす霧には敵わず、すっかり食べられてしまいました。

 人の使う火の魔術では、霧を払い切る事は出来なかったのです。


 勇者達も何度も挑みましたが、霧に迷わされて、女王にはたどり着けませんでした。

 疲れと傷ばかりが増え、悔しがる勇者をあざ笑うように、霧は毎晩人々を呑んで行きました。


 ある夜、霧を払う方法を考え疲れて寝ていたリディの夢に、オルネアが現れてこう言いました。


『神の灯を授けましょう。霧に戸惑う人々を、この灯で導くのです』


 リディが目覚めると、不思議な力が湧いているのに気が付きました。

 その日、今までで一番大きな霧が街を襲った時、リディはその力『聖なる灯』を使いました。


 するとどうでしょう。

 強く暖かな光が、霧を全て吹き飛ばし、白い世界がすっかり晴れたのです。

 しかし、リディはそのあまりにも強い神の御業に、全ての魔力を使い果たして、動けなくなってしまいました。


 それでも聖なる灯は、煌々こうこうと辺りを照らし続け、勇者達は霧の女王にたどり着く事が出来ました。


─── でも、霧の女王は不死身でした


 霧を剣では切れません、盾で防ぐ事は出来ません。

 女王のお城の中までは、聖なる灯は届かなかったのです。


 しかし、その時、激しい戦いで空いた、壁の穴から、一筋の光が差し込みました。

 それはランバルドの兜に当たり、キラリと強く輝いています。


 勇者は閃き、剣を掲げると、霧の女王へと反射させました。


 不死身の女王も、これにはたまらず身を縮め、霧を少し弱めたのです。

 ランバルドは攻撃を止めて、壁を壊そうとしますが、霧が巻き込んで邪魔をされてしまいました。

 勇者は諦めずに、光の反射で霧の女王を追い詰めますが、霧はすぐに回復してしまいます。

 それでも女王は戦いにくたびれたのか、城の底にある穴へと逃げ込みました。


 聖女シルヴィアは、その瞬間を逃さず、聖なる魔術で女王を封印しました。


 辛くも勝利を収めた勇者達でしたが、霧の国の人々は大喜び。

 ようやく、この地にも希望が戻って来たのです。


 この封印は、魔力を取り戻したリディによって、お城ごと隠してしまいました。

 今でも霧の国の何処かに、恐ろしい霧の女王を閉じ込めた場所が残っています。


 霧の国でもし見つけても、絶対に触れてはいけないと、今でも言い伝えられています。




 ※ 




「この話だと、霧の中にいる浮幽魚とか、浮幽蛇の事は伏せられてるんですよね。

まあ、子供向けにはグロ過ぎますか、人に卵産みつけたりしますし……」


「あれは……キツかったな」


「それに『聖なる灯』だって、光の届く範囲全てを灰にする、無差別大量殺戮技ですからね。実際に地形が変わった跡ありましたし」


「うわぁ、お伽話って、実際はそうなんだ……。じゃあ、リディさんって人、ちゃんと場所選んで使ったの? じゃないと危ないよね」


「そんな余裕無かったんじゃないですかね。それで滅びた街の痕跡もありましたよ」


「え、そんな強い魔術で倒せなかった女王と、アル様はどうやって、戦ったの? 聴いてるだに無理無理なの」


「素手でイってましたよねアルくん。返り血ザブザブ浴びてて、惚れ直しちゃいました」


「え、霧の女王、血が出るんだ……。で、最後はどうなったの?」


「自殺しちまったんだよ……。何でだろな。ああ、目玉片っぽ持ってるけど、見る?」


「あ、うーん、いい……かな、別に(苦痛に耐え切れなかったからじゃないの?)」


「ん、霧な、うん、霧はすごかった。続きはよ」


「……お前、まさかそれも覚えてないのか!?」


 ティフォはエスキュラ戦の時は、その場に居なかったから、仕方がないっちゃ仕方がないか。


「米粒の話はどーでも、いい。いいから、続きはよ!」


「「「はよ!」」」


 気がつけば全員で、あーだこうだ言いながら、勇者物語を読んでいた。

 皆んなそれぞれ、興奮してるって事でいいのかな?


 ブラドもこの方が賑やかで喜んでくれるかも知れない。


 焚火を囲んだ皆んなの表情、ブラドに感じた人の存在の儚さは、より今この瞬間がかけがえのないものだと教えてくれた気がする。


 そんな事を思いながら、勇者物語の朗読を再開した─── 。

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