第十一話 冬のシリル

─── シリルの冬は厳しい


 鉛色の空からは、時折白い粉雪がちらついては、冷たい風に流されて石畳の上を転がって流れて行く。

 こうして鉛色の空が続くようになると、本格的な冬が訪れるそうで、シリルではこの粉雪を『冬の女王の子供達』と呼んでいる。


 シリル国軍中央練兵場の上空、その鉛色の重苦しい空へと、細い黒煙が数本伸びていた。


「担架、担架を持って来い! 衛生班、すぐに回復してやってくれッ!」


 兵士達がガチャガチャと、怪我人を運び出して行く。

 物々しい雰囲気の中、ハア……とソフィアの溜息が、白い塊を練兵場の観覧席に作り出した。


「─── 次、四百三十三番!」


 バウル将軍の読み上げに、若い兵士が異様に長い片刃の直刀を背負って前に出た。

 ドワーフが兵士に何やら説明して、駆け足でごうの中へと退避して行く。


 兵士の身長よりも長い直刀は、柄とは別に、刃の背に取手が付いていて、独特な構えとなっている。


「─── 始めッ!」


「オオオオオオォォォ……ッ‼︎‼︎」


 木で作られた人型のターゲットに、兵士は雄々しい気合いと共に、直刀を振り下ろした。


─── ズガァ……ッ!


 閃光と共に、木人が縦四つに切り裂かれ、消炭となって消える。

 更に斬撃は真っ直ぐに突き進んで、後ろの強化壁に直撃して爆発を起こした。


「おお……っ! これはまたエゲツない……」


「─── あ……。た、担架! いや、回復術師を連れて来い!」


 威力は申し分ないし、指向性も確かだが、いかんせん使用者の肉体が耐え切れなかったようだ。

 白いローブを着たシリル軍の回復術師が、腕を引かれて兵士の元へ走った。


 こんな感じでかれこれ四百三十三回目の実験も、公開処刑みたいになってしまった……。

 ドワーフの武器はどれも強過ぎて、弱体化したシリル兵には……いや、人類には持て余し気味だ。


─── もうすでに何人かは、俺の蘇生によって、聖戦士化する事態となっている


 ……単純に光属性のグール兵士が増えるだけで、戦力増強になりそうだが、いかんせん一度殺さなきゃならないしなぁ。

 

「精霊の声を聞こえるように、アネスさんが力を使ったようですけど……思いの外、シリル人の力が弱くなっているんですね……」


「シリル人の強さは、体内に宿した妖精の存在だからな。それが何代にも渡って、薄れて来たのと、精霊への鈍感さがアダになったな」


 アネスが眠りにつく直前に使った術は、シリル人のマナへの感覚を、少しだけ鋭くさせる事に成功していた。

 元々血筋に恵まれていた者の中には、精霊の気配を察知出来る程度に、感覚を取り戻した者も出て来たらしい。


─── しかし、彼らの霊的感覚の鈍り具合は、そんなに軽くは無かった


 完全に精霊との繋がりを失って三百年以上、更にその数百年前から、精霊とは疎遠になっていたわけだ。

 この時間は余りにも長過ぎた。


「─── 今試してるのは、儂らの引きこもり時代のアイデアじゃからのう。もうちっと、弱い規模の武器で練り直す方がええか?」


 テスラも浮かない表情だ。

 ドワーフ達の士気が上がりまくり、アネスの目覚めを待ったが、ジゼルの勘では数週間は掛かるだろうとの事だった。


 俺も診察してみたが、ほぼ妖精の魂でありながら、希薄な存在となっているアネスには打てる手立てが無かった。

 マナや魔力への耐性も弱っていて、魔術による回復は不可能。

 肉体も人とは違うために、薬や栄養なんかでの回復も不可能。


 強力なマナを、体内に入れ続けた後遺症は、想像した以上に深刻だった。


 しかし、打てる手が無いだけで、彼女自身の魂は自然治癒の力を備えている。

 時間が掛かるだけで、悪化する心配もない。

 むしろ魔力の高い俺達が、近くにいない方がいいと判断して、ドワーフ達の復興を優先させる事にした。


「しかし、流石はドワーフの技術力だな。この短時間でこれだけの数の試作品をあげてくるとは……」


「んん? こんなもん、アイデアさえ決まっておれば、何の迷いもいらんからな」


「一日で五十点以上も造れるのは、別種族では考えられませんよ。それに、ドワーフ族にしても、この速度は異常です。

炎槌ガイセリックのお弟子さん達は、本当にすごいんですね♪」


 ソフィアに褒められて、テスラはうへへと照れまくっている。


「資材は足りそうか? そろそろアケルとムグラからも届くだろうけど、足りなかったらまた生成するから遠慮なく言ってくれ」


「おう、大丈夫じゃ! しかし、魔術で鉄を産み出すとか、会長は本当に何者なんじゃ?

お屋形様の弟子とは聞いたが、これは夜の神の奇跡かの?」


「奇跡っつうか、土属性系の魔術だよ。あんまりやり過ぎると、周辺の鉄分が無くなって、植物死ぬけどな……」


 ドワーフの里は今も復興中、王宮の整備を使うにも、金属が圧倒的に足りてなかった。

 仕方なく俺が魔術で当面の鉄を作り出したが、それがドワーフ達にとっては奇跡以上の何物でも無かったらしい。

 『たたら神アルフォンス』とか言って、崇めようとするのを、なんとか説得して止めたが『ネオお屋形』とか『メタルダー』とか無茶言い出すので難儀した。


 その折、アケル獣人族の商隊から、俺の事を『会長』と呼んでいる事を知ったらしく、今はそこに落ち着いている。


「─── 次ッ! 四百三十四番!」


 ガラガラと台車に乗せられて出て来たのは、どこかで見た事のある、巨大なハンマーだった。


「……す、すと……ストーップ! もしかしてそれ『破城塞槌はじょうさいつい』って書いてないか⁉︎」


「…………ええ、確かにそのように書いてありますな。流石はアルフォンス様、知っておられたのですか」


「─── 知るも何も、それ使ったらこの修練場ごと吹き飛ぶぞ⁉︎」


「「「……ッ⁉︎」」」


「……今のは無しだッ! つ、次、四百三十五番!」


 あっぶねぇ、リストから外したはずだったのに……バッチリ作ってんじゃねぇか!

 何か台車押してるドワーフが、ショボーンって寂しそうにしてるけど、アイツが作ったんじゃねぇのか?


「……しかしなぁ、強力なのは大いに結構なんだが、どうにもシリル人らしい武器が無いな。

出来れば、精霊の協力を必要とするような、今後の政策にも絡んだモノが欲しい所だ」


「そうですね。軍で正式採用された兵器ともなれば、民間人にも知れ渡りますからね。

精霊さんたちが、見直されると良いんですけど」


「んー、おお、それなら次のがそうじゃぞ! 確かガウスの奴が作った、『精霊兵器』じゃと言うとった」


 そう言ってテスラが指差す先に、兵士が伸ばし棒のような物を持って、ガウス本人から説明を受けていた。

 棒? 見た感じ強そうには見えないが、どういった仕組みの武器なんだろう?


「─── 始めッ!」


「……えーっと【目覚めよ火蜥蜴デフロアード】」


 兵士が不安そうに、教えられた台詞を棒読みで唱えながら、その棒をターゲットに振り下ろす。


─── ……カッ! ちゅどーんッ‼︎‼︎


 棒がターゲットに触れた瞬間、視界が閃光に掻き消され、途轍とてつもない衝撃波が押し寄せた。


「─── きゃあっ!」


 ソフィアが珍しく悲鳴を上げて、椅子から転げ落ちそうになるのを、寸での所で抱き止める。


─── 【癒光ラヒゥ】【防御結界タリアン】!


 粉々になり掛けた兵士を、取り敢えず回復というか復元して、結界で守った。

 ターゲットなど一瞬の内に消え去っていたが、火炎のエネルギーは治らず、上空に複数回光の柱を突き上げて爆発している。

 空には巨大な白煙の輪が、三つ四つ描き出されていた。


「─── こりゃあ……敵どころか、味方まで消し飛ばしかねないな……」


「お、オイこらガウスッ! 貴様、出力調整のテストはしたんか⁉︎」


「…………お、おう! したともよ! こんな急に精霊が力を出すとは想定外じゃった……」


 どうやらあの武器は、棒の中に精霊を住まわせ、周囲のマナと使用者の魔力を使って、攻撃魔術を上乗せして叩き付ける物らしい。


 実験台の兵士が、仲間の兵士に手を引かれて戻る最中、花畑がどうこう呻いている。

 ……心に傷跡が残らない事を祈るばかりだ。


「テストをしたのは、ドワーフの里でか?」


「おう、その通りじゃ。オレは里の修復する傍ら、あっちでこの武器を作っておったからのう。

こっちには搬入したばっかじゃから、テストしてはおらんかったが……場所が原因か!」


「あー、ドワーフの里は、まだマナが行き届いてないからな。

この王都周辺は、マナが溢れてるから、精霊も力を持て余したんだろ。

─── うーん、理論は悪くない。要調整だが、近接武器で高破壊力だと、やっぱり巻き添えが危ないか……?」


 ぶつかった瞬間に爆発する武器か。

 棒の方は無傷のままだから、強度としては申し分ないわけだが、いかんせん爆発だとどこに力が向かうか分からない。

 もし、敵の鎧とかの金属片が飛び散ったら、それこそ敵味方関係なく、大惨事になりそうだしなぁ……。

 魔力の消費も少ないし、連発も可能みたいだから、どうにかすれば凄く化けそうなアイデアなんだけど。


「「「うーむ……」」」


「ん? どしたのオニイチャ」


 修練場の隅でスタルジャと遊んでいたティフォが、観覧席のおやつ目当てにやって来た。


「ああ、この武器なんだけどな、かくかくしかじかで……」


「ふーん、爆発に方向性があればいーの?」


 そう言いながら、ティフォは試作品の棒を掴み、先っちょを覗き込んでいる。


「爆発力は本物だからな、あんまりいじると危ないぞティフォ」


「ん? 筒の中に火蜥蜴サラマンダーがいる、なるほど、この子に力を使わせてるのか」



 火蜥蜴サラマンダーは精霊の中でも過激派だからな、ちょっとした事で、大暴れするんだよな。

 さっきは呪文で制御してたみたいだけど……。


「ん、あめちゃん、たべろ」


 ティフォが突然、手にした飴玉を、その筒の中に落とし込んだ。

 途端に筒の中から、大騒ぎする精霊の声が、くぐもって聞こえて来た。


─── オオッ? ナンダコリャア! ヤ-イヤイヤイヤ-イッ!!


「─── あ、バカ……」


─── パァンッ!


 大きな破裂音と共に、筒の先に光が走った。

 筒の中で爆発が起き、飴玉が飛び出して行ったらしい。

 天井に穴が空いて、そこから煙が出ていた。


「ん、銃みたい」


「け、怪我はないか⁉︎ いたずらするなって、危ないから!」


「ん、無傷、問題ない。オニイチャは、しんぱいしょーね♡」


「ティフォちゃん、今『銃』って言いました? そういう道具があるんですか?」


 ん? そう言えばそんな事を呟いてたような……。

 あ、異世界の道具の名前なのか?


「ん、こーいうヤツ」


 そう言ってティフォは思念を送って来た。

 火薬とか言う物を爆発させて、鉛の弾を飛ばす、単純な構造らしい。

 物理防御の結界相手には、余り役に立ちそうも無いけど、このアイデアはなかなか……。


「「こ、これじゃあッ‼︎」」


 突如、テスラとガウスが飛び上がり、観覧席から出て行ってしまった。

 何か閃いたらしい。


「バウル将軍! どうやら今のでドワーフ達が何かを閃いたらしい。

今日はここまでにしよう!」


「おお! それは良かったですな! 実際、兵士達が怯え始めておったので助かります」


 そりゃそうだよな、ほとんど人体実験みたいになってたし……。

 さっきの一撃で、ターゲットのあった辺りは、でかいクレーターになってる。

 後でケガ人に回復魔術かけに行ってやろう。


「あ、雪。オニイチャ、雪だよ」


「おお、こりゃあ本格的に降りそうだな」


 たまに降っていた粉雪と違って、粒の大きい雪がハラハラと降り出していた。

 兵士達が慌てて後片付けを始めている。


「あー、ティフォこんなとこにいた! もう、急にいなくなっちゃうんだもん」


「ん、タージャ、ほれ、アメちゃん」


 四人でくっ付きながら、ただ何となく、雪が降るのを眺めていた。

 里を出てから二度目の冬がやって来る。

 シリルの冬は厳しい、シモンの実家メルキアまでは、また険しい山を登る事になる。


「これは……シリルで年越しかなぁ」


「あ、私はちょっと嬉しいかも!」


「ああ、スタルジャはドワーフに道具作り教わってるんだもんな。まぁ、ゆっくりするか……」


 冷えた石畳の上には、早くも雪が積もり始めていた─── 。




 ※ ※ ※




「うーん、前髪が目に掛かるなぁ……」


 夜、魔石灯の明かりで、指輪に魔術付与をする練習をしていたスタルジャが、わずらわわしそうに前髪を掻き上げた。


「床屋でも行くか?」


「んー、寒くなるし、少し伸ばそうかな?」


 と、急に彼女はすでに寝ているソフィア達の方を見て、もじもじし出した。


「ね、ねぇアル……。お願いがあるんだけど」


「ん? どしたー?」


「あ、あのね! い、一緒に髪留め、買いに行ってくれないかな?」


 最近は大分会議も落ち着いて来たし、街に遊びに行くのもいいか。

 それにしても、そんなに緊張しなくたっていいのに、奥ゆかしいなぁスタルジャは。


「いいよ。せっかくだし、王都の観光もするか!」


「やた♪ ……で、あのね」


「ん?」


 顔を真っ赤にしながら、俯いてもじもじ。

 作業していた指輪を、指先で弄びながら、口をパクパクさせている。



─── ふ、ふたりきりで……いきたい……な



 前髪の間から、上目遣いの彼女と目が合った。

 くりっとしたブラウンの大きな瞳が、熱っぽく潤んで、震えるように魔石灯の明かりを映している。

 艶やかな薄桃色の唇を、不安げにキュッと締めたり緩めたりと、その度に色が変わる。


 ……何だぁ、この可愛い生き物はぁッ!?

 承諾の代わりに、彼女の手を両手で包んで、深くゆっくりと頷いた。


─── ぎゅっ……


 一瞬、驚いたような顔をした後、目を細めて笑顔を咲かせると、俺の手に頰を当てて擦り寄せた。


 ……何だぁ、この可愛い生き物はぁッ!

 出掛ける約束をした後、布団に入ったが、ドキドキして体が波打って眠れなかった。

 恋愛弱者だと、再認識させられた夜だった。




 ※ ※ ※




─── シリル王都、ウィリーン


 王都でありながら、最大の都市ではなく、古い町並みの残る静かな街だ。

 とは言え、中央の噴水広場から放射線状に延びる大通りには、あらゆる店が建ち並び、この街ひとつで何でもそろう。

 活気はそれほどでも無いが、お洒落な店なんかのレベルで言えば、バグナスの首都と同じくらいだろうか。


 この街の建物も、ほとんどが木組建築で統一されていて、白い壁に太い柱や梁がせり出し、それぞれ木の部分に色が塗られたり彫刻が施されている。

 待ち合わせ場所の噴水広場には、人々が行き交い、冬支度の為か大荷物を運んでいる姿が目立った。


「あ、アル! ごめんね、待った?」


「いや、今来たところだ……よ」


 深緑のフェルトのコートに、白いタートルネックのセーター。

 暗いグレーのスカートに黒いブーツ。


 お姉さんって感じの彼女が、白い息を弾ませて立っている。


 普段はワンピースとか、麻のリラックスした感じの格好が多いだけに、ピシッとキメた彼女に思わず見惚れてしまった。


「えへへ……どーかな? お洒落なお店が多いって聞いたから、なかなか服が決まらなくて困っちゃった」


「……き、綺麗だよ、すごく……。コートの色、髪に合ってるな……」


 言った俺の耳が痛いくらい熱い。

 彼女は途端に後ろを向いて、手を走るみたいにパタパタと振っている。

 小さく『やた!』って何度も言っているのが聞こえて来た。


「はうぅ〜っ! い、行こ! やれ行こ!」


 そう言って俺の手を取って歩き出した。

 流石は精霊術師、体温調節っていうか、体の周囲に暖かい空気を纏っていて、手がポカポカしてる。

 初めて会った時は、まさかこうしてふたりで手を繋いで歩いくなんて、思いもしなかったな。

 そんな事を思うと、何だか余計にドキドキしてくるから不思議だ。


「へぇ〜、精霊石屋さんだって!」


「おお、流石は精霊国家だな」


 元々、石には何らかの精霊が宿っている事があるが、特に精霊が多く集まって時間を経た物は、魔術付与された道具と似たような力を持ったりする。

 そうして、強い効果を持った物が精霊石と呼ばれ、お守りとかアクセサリーなんかに使われる事が多い。


 店内には所狭しと、細かく仕切りの入った薄い木箱が並び、色ごとに分けてひとつひとつ精霊石が納められている。

 暖炉の穏やかな光と、天窓からの白い光で、どれもキラキラと囁くように輝いていた。


「─── やあ、いらっしゃい。石は出逢いだからね、ゆっくり見て行くといいよ。

……おや、お嬢さんはエルフ族かね? これは珍しいお客さんだ」


 赤い毛糸の帽子を被った老人が、パイプを咥えたまま、目を丸くして眼鏡の位置を直した。


「こんにちは。ステキなお店ですね♪ どの子たちもみんな元気そう!」


「はっはっは、よく分かるねお嬢さん。うちはここで二百年続いてる店なんだ。

代々、耳が良くてね、こうして精霊石を扱ってるんだよ」


「耳が良い……か。精霊の声が聞こえるって事かい?」


「そうさ。昔はね、そう言うのを『精霊憑き』なんて呼んで、除け者にされたみたいだけどね。

効果のある精霊石は、合理的なシリル人にも人気があってね、こうして店を続けられてるんだよ」


 なるほどなぁ、精霊信仰は結果が分かりにくいけど、精霊石なら魔道具と同じで、一定の効果は確定してるからな。

 精霊ってより、魔道具的な扱いなんだろう。


「しかし、最近は妙に精霊達が話しかけてくるんだ。

前はねぇ、ただ独り言みたいに喋るだけで、こっちに話し掛けてくるなんて事、無かったんだけどねぇ。……ワタシもお迎えが近いのかね」


「ぷっ、おじいさんはまだまだ元気でしょ? この国の精霊が元気になってるのは確かね。きっとこれからもっと元気になって、色々助けてくれると思うわ♪」


「はっはっは、そうだと良いねぇ。この国は妖精と人と精霊の作った国だからねぇ、もう一度、皆んなが自然に耳を傾けられるようになるのを願うばかりだよ……」


 そんな事を話しながら、店内の石を見て回っていると、店の奥から強い視線を感じた。

 人ではない何か、それも強大な力を持つ自然的な何か……。


「鏡……いや、黒水晶の石板か……?」


「ああ、それは売り物じゃないんだ、済まないねぇ。うちの家宝みたいな物だよ」


 店主が声を掛けて来た時、その視線は急に消えてしまった。


「……これは『境界』……? 精霊の世界と微弱だけど繋がってる」


「え? あ、ホントだ。すごいね〜、でも、ちょっと古過ぎかな? 大分力が無くなってるみたい」


 スタルジャとそんな話をしていたら、店主が立ち上がり、こちらに歩いて来た。


「驚いた……アンタらそれが解るのかい? もしかして、他国の精霊術師かなんかかね?」


「ああ、彼女は精霊術師だ。俺の方は専門って訳じゃないが、精霊術も扱える」


「この国って、今も精霊術師は嫌われてるの?」


「いや、今はそんな事はないよ……。しかし、この石を『境界』だと言い当てたのは、アンタらが初めてだ」


 そう言って店主が服の胸元から、透明な石のペンダントを取り出して、石版の前でクルクルと回す。

 それに反応したのか、石版の中が渦のように色がうごめいた。


「これは昔、ワタシの祖先が妖精から貰ったと言われてる物でね。

妖精の中でもかなり上の者から、アドバイスがもらえる祭具だったそうなんだ。お嬢さんの言う通り、今はもうこれくらいの反応しかしてくれないがね……。

幼い頃に、一度だけここから声が漏れてるのを聞いたきりだったなぁ」


「へぇ〜、そう言えばミィルも古い妖精だったんだよね? あれ、寝てるみたい……」


「お、お嬢さんは妖精を棲まわせているのかい? こいつは驚いた……長生きするもんだねぇ」


 さっき感じた視線は、高位の妖精のものだったか。

 しかし、こんな物があるってのは、本当にこの国が妖精や精霊と通じ合ってた証拠だな。


 スタルジャはいくつかの精霊石を、魔道具製作の材料にと購入した。

 人には聞こえないだろうが、紙袋の中から精霊達の騒ぐ声が、わーきゃー響いてくる。

 彼女はそれをクスッと笑って胸に抱いた。


「ありがとうね、おじいさん。また来るね♪

……あ、そうだ。私髪留めを探してるんだけど、どこかいいお店知らない?」


「んー、ああ……それならあそこだ」


 店主は簡単な地図を描いて渡してくれた。

 なんでもこの店と同じく老舗だが、わざわざ他国からも買い付けに来るくらい、人気の高いアクセサリー商らしい。

 店主に礼を言って、通りに戻る。


 この街は、いや、シリルの木組建築はいちいち可愛らしいものが多い。

 ひとつとして同じ外観のものは無いし、どれも個性的で、ただ見て回るだけでも楽しい。


 中には建物を見て欲しいのか、ベンチを置いて休めるようにしている家もあった。


 エルフであるスタルジャは、やはり目立つのかチラチラ見られたり、よく声を掛けられてはテンパっている。

 途中『やっぱり亜人種は悪目立ちするのかな』と落ち込み掛けていたが、綺麗だからだろと返すと耳まで真っ赤にしていた。


「あのお店の事かな?」


 街散策を楽しみながら、通りを進んでいると、センスの際立つ店があった。

 同じく木組建築ながら、塗壁の所々に赤い煉瓦が使われていて、落ち着いた赤色の柱とバランスが良い。

 店内は白い塗り壁に、所々突き出した梁がアクセントになっていて、展示台のテーブルや棚は落ち着いた深い茶色に統一されている。


「うわぁ……どうしよう。どれも可愛くて決められる気がしないよぅ」


「ははは、良いんだよ。ゆっくりひとつひとつ見ていけば、気にいるのが出てくるだろ」


「う、うん。そだね、髪留め髪留め……ふわぁいっぱいある!」


 色々あり過ぎて、尻込みしてしまったのか、白い手を戸惑い気味に右往左往させている。


「スタルジャの髪色だと、落ち着いた赤とかいいんじゃないか? いくつあっても良いんだし、何本か選んでみたらいい」


「へ? あ、そーだね! 赤いの赤いの……」


 選ぶ基準が出来たら楽しくなって来たようだ。

 あれこれ選んで、鏡の前で合わせてみては、よく笑ってる。

 こういう所を見ると、自分と同じ年くらいの、普通の女の子なんだと思う。


「はぁ〜、楽しかったぁ♪ あ、でもありがとね、付き合わせたのに買ってもらっちゃった」


 彼女もソフィアと同じく、戦闘の事を考えてシンプルなのを数本と、お出かけ用にお気に入りを選んだ。


「ん? ああ、贈物するの好きなんだよ。スタルジャにも何かしてあげたくて。

─── 俺からはこれ、スタルジャに合うかなぁって思ってさ」


「え? え? 私に? さっきのお店だよね、いつの間に……わ、可愛い‼︎」


 普段のシンプルな格好にも合うように、装飾が抑え目のブローチを選んだ。

 一緒に選んでるフリしながら、気づかれないように買うのは、なかなかドキドキしたが……。


「あれ? なんか紙が入ってる」


「説明書かな?」


「─── このブローチに使われている石は、若草輝石と呼ばれ、持ち主に新しい芽吹きをもたらすと言われています。

石言葉は『新しい幸福・芽生える運命』」


 石は出逢いだって言うけど、本当だなぁ。

 石言葉はよく知らないんだけど、ソフィアの髪飾りの時も、妙にピッタリくる言葉だったよなぁ。


「そ、そうだ。確か若草輝石って、別名『虹鉱石』て言うんだけど、環境で色が変わる事があるみたい─── 」



─── ぎゅ……っ



 言葉の途中で抱き着かれてしまった。

 う、嬉しいんだけど、店の前の往来だから、道行く人の視線が……。

 あ、さっき内緒で買った時の店員が、ニッコニコで親指を立ててる。


「─── うん。新しい幸せ、もうアルからたくさん、もらってるもんね」


 俺の胸に頰を寄せて、指先でなぞりながらそう呟いた。

 出来れば、彼女が過ごした孤独な時間を、埋めてあげられないだろうかと切なくなる。


 街は冬の準備でたくさんの人々が行き交っているが、この人の数だけ運命があって、それに関わる事はまず無いと言ってもいい。

 彼女だって、ほんの少しだけ時間がずれていたら、出逢う事も無かったのかも知れない。

 そう思うと、何だかどこまでが偶然で、どこからが自分の意思なのか曖昧に思えてしまう。


─── ただ、大切に思う気持ちは、間違いなく俺のものだ


 そんなしっとり、ほっこりした気分で王宮に帰ったら、ソフィアとティフォが飛んで出て来た。

 ソフィアは新しい手袋、ティフォは行きたいお菓子屋さんがあると、鼻息荒くそれぞれ別の日に約束を取られた。

 ……昨日の夜、狸寝入りしてたのか?


 そうこうして、シリルの冬の街を満喫していたある日、ジゼルから報せが届いた。


─── アネスが目覚めた


 急遽、俺達は再び西の聖地に向かう事となった。

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