第十話 武器とドワーフ

 暗い灰色の巨石を削った空間に、肉を噛み千切り、咀嚼そしゃくする何十もの音が反響している。

 刃物を持った小さな影が、貪るように肉塊に群がり、薄暗い光の中でうごめいていた。


「……怖い事になってない? これ……」


「ははは……迫力ありますねぇ……ははは」


 スタルジャとクアランの、やや上擦った声がすると、突如として咀嚼の音が止まった。

 赤く光るおびただしい数の目が、一斉にこちらを向いて見開かれた。


「「「おかわり‼︎」」」


「「「あと、酒ェッ‼︎‼︎」」」


 ソフィアがくすくすと笑いながら、鉄板に置かれた巨大な肉に、手をかざして魔力を注ぎ込む。

 火の気配ひとつ無く、ものの数秒で肉に焼き色がつき、タンパク質の焦げる芳ばしい白煙が薄く立ち込めた。


 水分の働きに作用してるらしいけど、どんな理論で焼いているのか、さっぱり分からない。

 後で教えてもらおう……。


「アルくん。もう牛さん豚さんのお肉なくなっちゃいました。このお肉からは、魔獣の肉になってますからね」


「しっかしよく食うなぁ! 家畜の肉の在庫が切れたか。

なぁ、ここからは魔獣とかの肉になるけどいいよな?」


「おおッ! ええぞええぞ! 何せ三百年振りに食う肉料理じゃ。それもこんな美味いモン、手が止まらんわい!」


 ドワーフの隠れ家は、アネス達の暮らす巨石から、少し離れた場所にあった。

 巧妙に隠された地中深くに、広大な亜空間が作られていて、彼らはそこに暮らしていた。

 アネスが創り上げた空間は、彼らの元の住まいに似せてあると言うが、どこか彼女達のすむ巨石の中にも似ている所がある。


 ジゼルとミィルから、この地の過去の話を聞いた後、ここに案内された。


 テスラとガウスから一通り話を聞いたドワーフ族は、怒りと哀しみに打ち震えた後、三百年振りの食事を求めた。

 精霊に近い種族の彼らは、マナだけでも生きて行く事ができるそうだが、やはり精力は失われてしまうのかガリガリに痩せている。

 彼らの元々の里を復興するために、一時王都へ止まる予定だが、その道のりにも体力は必要だ。


─── 結果、時短も時短、肉を焼いて各々味をつけて食う、お食事会が始まった


 俺のズダ袋には豊富な在庫があるが、流石に百名近い彼らを賄うには、かなりの量を放出する事になる。


「─── ウマっ! これ何の肉じゃ? さっきまでの牛とか豚とは、肉質が別モンじゃあっ」


「もぐもぐ……ホントじゃ! これはたまらん、酒に手を伸ばす暇がないわい!」


 何だろう、美味いもん食べて表情が明るくなるのは分かるんだけど、明らかに魔力まで膨らんで来てるような……。


「な、なぁソフィ。今出してる肉って、何だったっけ? 確か野牛系の魔獣だったよな?」


「ん〜、確か赤い標章がついてましたよ? 調味料にはこれを使いました」


 赤い標章? あ……それ赤トカゲ(古代紅鱗龍)の肉じゃん。

 里で乱獲したから、大量にあるっちゃあるけど、強壮作用てんこ盛りなんだよな……大丈夫かな?


 調味料ってそれ、霊薬じゃん。

 薬効を数倍に引き上げるヤツだぞソレ。


 龍種の肉って……まあ、元気になるくらいだし大丈夫だろ、うん。




 ※ 




─── 数刻後


 腹を満たしたドワーフ達が集まり、今後の話合いが開かれた。


 背が低く、筋骨隆々で長寿命な彼らは、若い姿の時間が短い。

 さっきまでは三百年の穴倉生活で、可哀想なくらいに痩せてしまっていたけど、今は服が張り裂けんばかりに筋肉が盛り上がっている。

 ほぼ全員白髪だったのが、半数以上の者が黒く艶やかな髪になり、血色もいい。


 ……赤トカゲ肉が効き過ぎたのか、大分若返ったようだ。


 ちなみに女性ドワーフも身長は低く、肉付きが良い者が多い、性格は芯が強くてやや怖いがよく働く事で有名だ。


「改めて自己紹介をしよう。わしはドワーフのレイゼルメプル族族長カイヤン。

けがされたこの国のマナを、そなたらが救ってくれた事、まずは感謝したい」


 族長のカイヤンは一際体が大きく、白い髭を腹の辺りまで伸ばしている。

 力でも知識でも群を抜いた実力だそうで、優しそうなニコニコ顔ではあるが、皆が崇拝する人物なのだという。

 族長の両隣にテスラとガウスが立っている辺り、ふたりも実は偉い人だったのだろうか。


「先の人間達の戦乱で、わしらドワーフも力を失い、このような場所に保護されておった。

まさかアルザス人の呪術が元凶だったとは、このカイヤンも流石に腹に据えかねておる……。

シリルの王は、わしらの復興に協力する代わりに、この国を守る新しい武器を望んでおると聞いたが、誠か?」


「はい、我がゲオルク陛下は、この国の真なる復興を望んでおられます。

その為には、私達人間の力だけではならないと、人、精霊、妖精、自然……この地に生きる全ての結び付きが必要なのです」


「わしらにもアルザス人と戦えという事かの?」


「─── いいえ。

戦うは我々人間族が、ドワーフ族には強力な武器の開発と、種族の交流を求めております。

帝国の支配から三百年、私達人間族は弱体化の策略をまともに受けてしまった……」


 クアラン子爵は、俺達の軍部視察で判明した、帝国の策謀と再侵略の狙いを説明した。

 ドワーフ達は驚き、怒り、そして意欲にギラギラと燃え出している。


「─── なるほどのう。

今までの誤った戦術を全て捨て、このシリルの大地本来の戦い方、そしてそれを磨き上げた新しい戦術を一から立ち上げたいという事じゃな?」


「はい! それにはこのシリルに住む、ドワーフ族の力は、必要不可欠。

例えばこのような、新たな素材から最適解を導くには、ドワーフの精錬技術と知恵は最高の結果を招くと信じております」


 そう言って、クアランは俺の渡したムグラ産の金属製品をいくつか差し出した。

 異様に軽く切れ味の落ちないナイフや、わずかな魔力で硬化する自在髪留め、魔力を遮断する金属板……などなど。


 滞在中に俺が興味を持った、性質の変わった金属のサンプルだった。

 これらそれぞれは大した製品じゃないが、金属の扱いを知る者にとっては、寝耳に水の革新的な技術でもある。


「……む、むおぉッ! これらは一体!」


「「「おおおおおぉぉ!」」」


 流石は『鋼の真実を追求』が生き甲斐の種族、肉の時と同じかそれ以上の食いつきで、それらムグラ製品に群がった。


「─── それら製品は、こちらの冒険者アルフォンス様が、独自に交流を持たれたシノンカの民ムグラ族の物。すでにシリルは使いを出し、交易の話を進めております」


「こ、これは……そのムグラ独自の技術か⁉︎ 原料から全く想像がつかんとは、初めての経験じゃッ!」


「ムグラ族はダルンの砂漠に住む民だ。シノンカ王朝の精錬技術を受け継いで、他の世界にはない独自の進化を遂げている。

彼らは貿易に対して、非常に前向きだ。

─── 世界に例のない材料で、世界最高峰のドワーフの技術が組んだら、さぞかし熱い事になると思うんだが……」


 ガセ爺のおかげだな、ドワーフの乗せ方は、里での生活で学んださ。

 彼らは基本純粋で直情的だが、こと技術に関しては生まれてから死ぬまで、呼吸すら忘れる程の熱を持ってる。

 彼らを動かすのは金や力じゃない、打ち込むための情熱を焚きつける事だ。


「「「うおおおおおぉぉぉッ‼︎」」」


「何処じゃその理想郷は! 今すぐに連れて行かんか!」


「─── 軽いが柔軟性もある……だからこんなに薄くても日用品として成り立っとるんか……ぶつぶつ」


「魔力を遮る⁉︎ そんなら諦めとったあの武器の内部構造に……ぶつぶつぶつ」


「あんた! これを応用すれば、あんたの研究してた装甲板いけるんじゃないかい⁉︎」


「たぁぁッ! なんじゃこれは、魔力で液状化するじゃと?」


「ああでもない! こうでもない!」


「バカモン! そんな古臭い発想じゃこの素材に失礼じゃろうがァァッ‼︎」


「これは俺のもんだ! ああだこうだ!」


「ええじゃないかええじゃないか!」


 熱狂を超えて阿鼻叫喚。

 取っ組み合いの喧嘩まで起こる始末だ。


 クアランとふたり『あの……』と上げ掛けた手を、そっと戻した。


「─── そう言やぁアルの旦那。

アネスの姐御がアンタの鎧見て『ガイセリックの気配がする』っちゅうとったが……どういう事じゃい?」


 すでにこれらの製品を見ていたために、なんとか冷静なテスラがポツリと言うと、ドワーフ達はシンと静まり返った。


「あー、俺の鎧はガセ爺……ガイセリックが造った特注品だ。

─── 俺、弟子なんだよ、あの人の」


 静まり返った空洞の中に、ムグラ製品の落ちる音が響き渡った。


「「「な、なんじゃとおおぉぉッ⁉︎」」」


 全員が駆け寄り、俺の体をペタペタ触りまくって来る。

 『ほんとじゃあ、硬いのう』とか言ってる奴がいるけど、まだ鎧着てないからね? そこはヒジだから硬いの当たり前だからね?

 あ、虫眼鏡で拡大しないで、恥ずかしいから。


 彼らがまともに話を聞いてくれるようになるまで、しばらくの時間を要した事は言うまでもない。




 ※ ※ ※




─── ドササ……ッ‼︎‼︎


 作業用の大きなテーブルに、大量の紙束が追加で積み上げられた。

 チラッと目を通すと『斬馬剣』だの『破城塞槌はじょうさいつい』だの、血生臭い文字が並んでいる。


─── ここにあるのは彼らが三百年間、描き溜め続けて来た、アイデア集だ


 実際には素材が無く、マナ不足で力も落ちていた彼らは、これらを試作する事すら出来なかった。

 そのせいか、後期の図案は狂気とも言える、マッドな構想が目につく。


「この『破城塞槌』っての、魔石の魔力を爆発力に変換するハンマーだよな?

これ、確かに城塞くらい崩せそうだけど、使用者ってどうなんの?」


「……んん? どれどれ? ああ、こりゃあ何もかも木っ端微塵じゃなぁ……。

なぁんでそんな事も考え付かなかったんじゃろうなぁ、この時は……」


 弱体化と共に、くすぶっていた彼らは、かなりおかしくなっていたらしい。

 ただ、クレイジーなだけに、時々物凄いアイデアがあるから無視出来ない。


 まあ、それだけじゃない、人に近く精霊にも近い彼らは、帝国の呪術をまともに受けていた。

 アネスに保護されてからも、生まれた地のマナの影響を強く受ける彼らは、穢れたマナと繋がり続けてしまったらしい。


─── その状態で、これだけの図案を考えていたのだから、彼らの執念には頭が下がる


 現在はティフォのお陰でマナも正常化して、ようやく正気に戻ったわけだ。

 ……とは言え─── 。


「うほっ♡ こぉれはたまらん曲線じゃて、むふふ……メタルじゃのう」


「こ、こっちもええぞ! この艶やかな反り具合……実にロックじゃあ♪」


 今隣では俺の武器と鎧を並べて、品評会が行われていた。

 時折聞こえる『メタル』だの『ロック』だのは、素材にちなんだ最高の褒め言葉なんだそうだ。

 うーん、異文化だ。

 俺の装備品を前にして、誰もが興奮気味だが、中には嗚咽おえつを漏らしている者もちらほらいる。


「─── 師匠で守護神の方の仕事と、久しぶりの再会ですもんね。

私も会ってみたいです、アルくんのお師匠様に」


「ああ、色々片付いたら連れて行くよ。里の皆んなにも紹介したいしな」


「しょ、紹介……うふ、うへへへぇ」


 あー、今のはプロポーズっぽいか……。

 ソフィアが真っ赤になりながら、殺戮兵器の図案に目を通している。


「お屋形様は、元気にしておられたかの?」


「ああ、すこぶる元気だ。里の婆さんにしょっちゅう熱湯を掛けられたりしてるけど、笑って暮らしてる。

…………詳しい場所を話せなくて済まないな。もう少ししたら、話せるようになるから、その時は教えるよ」


 ガセ爺は今から二千年近く前、この地にいてこの国の創生に関わっていたらしい。

 その時は守護神でありながら、この地のドワーフの長として、この国の聖地の祭具を作ったりしていたそうだ。

 その時は人間との窓口となって、ひとつの大きな会社のような組織を運営していたという。

 当時その事務所兼、宿舎として建てた屋敷が立派だったため『お屋形様』と呼ばれた。


 流石に当時を知る者は、もうこのレイゼルメプル族にも、族長を始め数名となってしまったらしいが、信仰は続いている。


「お屋形様の仕事は、あの時以上。あの鎧など寒気がする程の出来じゃて、ご健在なのは間違いないのぅ。

八百年にもなるか、お屋形様が出て行かれた時は、みぃんな泣いて暮らしたもんじゃが……」


「ガセ爺はどうしてここを出ていったんだ? 色々昔話は聞いてたけど、ここでの話を余り聞いてないんだ」


 族長は懐かしそうに目を細め、少し上を向いて髭を触っている。


「ふぉふぉふぉ、なぁに、わしらドワーフを突き動かすのは鋼の事だけじゃのうてな。

男臭い生き方しか出来んわしらは、一生に一度、身を焦がさんばかりに燃える事があるんじゃ……」


「一生に一度……?」


「─── 恋……じゃて」


「…………ブッ! げほっ、がほっ! あのガセ爺が⁉︎ 恋ッ? だ、誰と……⁉︎」


 思わずお茶を噴いた。

 あのデリカシーのかけらもない、しょっちゅうアーシェ婆にハードなお仕置きをされて、それでも笑って済ますあのガセ爺が⁉︎


「今、一緒にはおらんのか? この国ではかつて、神として崇められていた慈愛と癒しの神じゃ。

─── 名前はセラフィナ様じゃが……」


「…………せッ、セラッ婆⁉︎」


「なぁんじゃ、やっぱり一緒になられとったか。お屋形様はそれはそれは猛アタックしておられたが、セラフィナ様はひどく天然であらせられたでのぅ……。

ウブ過ぎて噛み合っておらなんだが、愛の一念が岩をも通すとは、流石はお屋形様じゃ」


 族長は頰を染めて、うんうん頷いてる。

 ……あのですね族長、ガセ爺の愛、多分未だに届いてないっすよ?


「この国の人間が、仲睦まじかった精霊と離れだしてな、内乱も何度も起きて……。

セラフィナ様は、それはそれは悲しんでおられたのじゃが……人はそれに耳を傾けなんだ。

精霊信仰が下火になって行くと共に、セラフィナ様の信仰も薄れてしもうて、ある日出て行ってしまわれた」


「ガセ爺はそれを追って……?」


「うむ、セラフィナ様の失踪した、その夜じゃった。

『あのウブっ娘をひとりにさせられるか!』ちゅうてな、大荷物抱えて出て行かれたんじゃ」


 ウブっ娘か……うん、確かに今思えば、セラ婆ひとりで里まで辿り着くのは至難のわざだ。

 強いしすごい知識量だけど、簡単に人に騙されたりしそうだし……。


 しかし、ご近所さんの浮いた話みたいに、いきなり耳にしたけど、これって八百年以上前の話なんだよなぁ。

 里ではふたり別々に暮らしてたし、そんな雰囲気は全く感じ無かったぞ?

 むしろふたりでいるのはあんまり見なかったような気もする。


─── 長年近過ぎて腐れ縁化したか、未だに気付かぬセラ婆に、ガセ爺がヘタレてるのか……


 あ、ソフィアがうっとりして、頬杖ついてる。

 最近治ってるけど、変な影響受けなきゃいいが……。


─── パシュ……ッ


「ただいま。ガウスたち、送ってきたよオニイチャ」


「おお、お帰りティフォ。ムグラ達は元気だったか?」


「ん、エルフたちと、らぶらぶ。なんかスクェアクがモテモテだった。

ついでだから、熊耳ペイトンじーさんにも声かけといたよ? パガエデ通して話しといてくれるって」


「流石! 俺も一緒に行けば良かったかな。なんだかもう皆んな懐かしいや」


 ティフォには瞬間転位で、ドワーフを数名ムグラ族に合わせてもらっていた。


 ティフォ曰く、どうやらムグラ族とエルフの三種族連合は、想像以上に仲良くやっているらしい。

 驚いたのは、すでにパガエデが三種族連合と、人間族の交易を進めていて、アケルの獣人族とも繋がりを持っていたという点だ。

 この短期間で、もう商圏を他国にまで広げたのか……。


「ん? どしたソフィ。なんかぽやぽやしてるよ?」


「……あら、ティフォちゃんお帰りなさい。あのね、今族長さんから、ティフォちゃん達の里にいたガイセリックさんのお話を─── 」


 ウッキウキで語るソフィア、ジト目でふーんと聞く無表情なティフォ。

 傍目に見たら興味ないにも程がある感じだが、俺には分かる。

 これはティフォもわはわはしてるんだ、ほら触手がわさわさしてるしな。


「ふーん、ガセ爺とセラ婆、そーだったのか。あ、じゃあもしかして『夜の神』って、アーシェ婆のこと?」


「んん? アーシェ婆……『闇神おんしんアーシェス』なら『夜の神』の事じゃが……知っとるのかいお嬢ちゃん」


「ん、よくガセ爺に、煮え湯かけてるよ」


「お屋形様は、一体なにをしでかしておるんかのぅ……」


 『闇神』?

 ミィルもそんな名前を口にしてたっけなぁ。

 いやいや、待て待て、アーシェ婆もここにいたのかよ!


「……な、なぁ? 『夜の神』って何なんだ?

アーシェ婆もここにいたってのか⁉︎」


「ん、王宮でおじーちゃんに絵本読んでもらった。『夜の神』激おこで、じんるい死滅の危機」


「…………済まん、話が全ッ然、見えてこない。いや、アーシェ婆が激おこなら、人類くらいわけ無いとは思うが……。

え? アーシェ婆、この国で暴れたの⁉︎」


 俺の反応がツボにはまったのか、族長は涙を流して笑い転げた。

 どうやら族長は、アーシェ婆の事も知っているらしい。


「はぁ……久々に笑い転げたわい……。

あー、アルの旦那は知らんようじゃな。どれ、話してやろう。

─── むかし昔の大昔、このシリルが……」


 族長は孫に話して聞かせるように、このシリルが生まれる昔話を始めた。

 いつの間にかスタルジャも俺の近くに座り、三人娘はそろって楽しそうに耳を傾けている。

 ここ最近、大変だっただけに、族長の昔話には何故だか心が休まるようだ。


 そう言えば、ガキの頃はこうしてダグ爺に絵本を読んでもらったりしたっけなぁ……。


 


 ※ ※ ※




─── はた……はたはたはた……


 天井に黒アゲハが羽ばたいて、緩やかな輪を描いている。

 時折こぼれる、青白い光の鱗粉が、暗い部屋に淡い光の螺旋階段を作り出していた。


─── ん……夜切よきりか……


 そう頭の中で呟いた時、寝台の底に引きずり込まれるように、眠りの世界へと落ちて行った。


─── ぽよん……


 夜切の世界かと目を開けて見れば、どこか見覚えのある、薄暗い部屋の風景だ。

 後頭部に極上のクッションでもあるのか、爽やかで甘い芳香を漂わせながら、柔らかく包み込んでくる。


(……あれ? この部屋は確か……)


「こらぁッ! 抜け駆けは死罪だと取り決めただろうがぁッ! しばくぞ‼︎」


「いやですわ……わたくしは、主様がバランスをお崩しになられたのを、このように抱き止めただけですの。

こうして……ぎゅって、もう一度やりますよ?

ほら……ぎゅって」


─── ぽよん……ぽよぽよん


「……誰も再現しろとは……言ってない。それはワザとだよね……自白させよっか……? ひひひひ」


 俺の目の前に、色白の鋭い目つきの長身な女性が立っている。


 薄水色のショートカットに、切れ長でやや吊り目にゾクッとするような瞳、細く尖った顎。

 ぴっちりとスレンダーな体を包んだ黒いタイトドレスは、太ももの上部までスリットが入り、ドキッとする程白い脚が見えている。


 その女性が睨むのは、今俺を背後から抱き締めて、俺の後頭部に胸を押し当てて……ムネッ⁉︎


「ぅをいッ! なにしてんだお前らッ⁉︎」


 慌てて体を起こすと、背後から寂しげな声が漏れた。

 振り返ればそこには、艶やかに輝く長い銀髪を、片目を覆うように流した、やや垂れ眼の女性が唇に指を当てて俺を見つめている。

 白いシルクのドレスは、胸元が大きく開き、豊満な胸の谷間がのぞいていた。


 三人共、とんでもない美女だ。


「─── ええと、白いのが夜想弓セルフィエスと……そっちの黒いドレスが魔槍フォスミレブロだな?

で、そこのダガーをペロペロしてるのがバリアント……」


 初見ではない、一度この会議室に連れ込まれ、大変な目に遭ったが、その時に顔を見ている。

 武器としてはいつもお世話になってるけど、こうして人型で会うのは、あれ以来なかった。


 名前を呼んだ途端に、目の前では魔槍が頰を染めてくねくね、背後からは夜想弓に再び抱き締められた。


「はぁ〜っ、わたくしの名前、しっかりと憶えて下さっているのね……。

字の綴りはこちらに書いてありますの、ご覧になられたら、下の欄に主様のサインを入れてくださいましね?」


「だぁかぁらぁッ! なぁ〜んでお前が主様、抱いてんだよクソ弓!

─── って、それ婚姻届けじゃねぇかッ⁉︎」


「ちゃんと本人のサインで済ませようとしてるでしょう! まあ、断られてもサインくらい、このわたくしに掛かれば……」


 俺を挟んで槍と矢の激しい応酬が始まる。

 何だろ、来て早々だけど本当に帰りたい……。


 ピュンピュン飛び交う鋭い攻防の中、身動きひとつ取れずにボーっとしていると、バリアントダガーが俺の手を引いて助けてくれた。

 どこかティフォに似た雰囲気の細身の少女が、俺を部屋の片隅の椅子へと案内する。


─── あ、やっぱりここ、あの会議室だ……


 バリアントは俺を座らせると、肘置きに片膝を乗せて、俺の顔をまじまじと覗き込んで来た。


 ふんだんにフリルのあしらわれた、ミニスカートのワンピースの上から、黒いフード付きのショートマントを被っている。

 脚は黒と白のシマシマのニーハイソックス。

 オレンジ色の髪と、クリッとしたとび色の瞳、眼の下にはクマのような黒いメイクが入っている。


「……ようこそ主様、自分の家だと思って、神妙にくつろげ……」


「神妙にかよ。……で、どうしたんだ急に?」


「主様が悪い……ボクたちは、主様に抗議するために呼んだ……神妙に刺されろ……」


「刺されんのに神妙は無理だろ。てか、抗議するのに刺しちゃダメだろ?

……いや、ちょっと待て、何で俺が抗議されるんだよ」


 バリアントは一旦身を起こすと、両手の平を上にして、ヤレヤレ……と溜息をついた。

 その両サイドには、いつの間にか喧嘩してたはずのセルフィエスとフォスミレブロが立っている。


「あんなぁ主様よぉ……オレ、まだちゃあんとアンタに抱かれてもねぇんだゼェ?

なのによぉ……あんな親父どもに全身まさぐられるなんてよぉ……ぐすっ」


「そうですわ主様。わたくしだって、そりゃあ二回は抱いてもらいましたけど……。

やっぱり他人に好き放題させるなんて、ご趣味がハイセンス過ぎると思いますわ!」


「ボクなんか……いじくり回されて、お漏らし(毒液)させられた……クッ!」


「抱くとか、まさぐるとか……ナニ言ってんだお前らは……」


 んん? そんな覚えはないし、セルフィエスの言うような事する孤高過ぎる趣味はない。



─── あ、ドワーフの品評会の事か⁉︎



「ああ、何だドワーフ達の事か……。全くおどかすなよなぁ。アレは卑猥な事じゃなくて、武器のプロフェッショナル達による、価値あるお前達の鑑賞会だ」


「「「 か、価値ある……!」」」


「当たり前だろ。お前達程優れた武器は、この世にまず無いし、俺が握れるのはお前達だけなんだ」


「「「す、優れ……! お前達だけ……!」」」


「それに俺だけのメンテナンスじゃなくて、たまには他のプロに見てもらう方がいい。

─── お前達を大切に思うからこそ、今日のお披露目があったんだがなぁ」


「「「……た、大切……!」」」


「大体、触られたって、そんな変な触り方はされてないだろ? 何が嫌だったんだよ?」


 フォスミレブロは、黒いタイトドレスの腰元と胸元に両腕を絡めて、恥じらいながら消え入りそうな声を出す。


「……オ、オレの事を『機能美の芸術品』とか……『握り続けたくなる程の奇跡のバランス』だとか……『これは最早、殺戮の黒い宝石』とかぬかしやがったんだ! わけが分からねえ!」


「─── 槍。それ、褒め言葉だよね?」


 神秘的な銀の瞳を潤ませて、恥ずかしそうに爪を噛む仕草が、見た目とのギャップでキュンキュン来るが今はそれどころじゃない。


「わ、わたくしなんて……『魔力を矢にするなど神器』とも『リム、グリップ、レストが全て一連の装飾で集約され、他の弓など握りたくなくなる』などど……!

あまつさえ、よりにもよってこのわたくしを『英雄すらも躊躇ちゅうちょする美しさ』呼ばわり……」


「─── 弓。褒めてんだ、それは褒めてんだ」


 不安げに胸元で両手を握り合わせ、下唇を噛みながら視線を横に逸らす。

 高貴な感じの女性の、恥じらいの横顔とかヤバイよね……。

 後、そこで腕を寄せると、胸が窮屈そうにせり出して来てるから! 直視出来ないから!


「ボクなんてさ……『痛覚を学術的に極めた革新的存在』って……『素材、形状共に人の心理を捕らえて離さぬ』とまで言われたんだ……

しかも『拷問に扱われ無ければ王族に寵愛ちょうあいされただろう』とか……ワケわかんない……」


「─── ダガー。だから褒められてんだッ!」


 フードの上から頰の辺りを押さえて、その場にしゃがみ込む。

 込み上げる恥ずかしさに、腰をわずかに上下に揺らして、細い肩で保護欲に訴えて来やがる……!


「お前らどんだけ、褒められ慣れてねぇんだよッ⁉︎」


「「「……ほめられる……?」」」


 ダメだこいつら……。

 おどろおどろしい世界に、長い事どっぷりハマって来過ぎたんだ。


─── あ、そうか……こいつら呪われてたんだっけか……


 もう当たり前のように、毎朝の日課で触れて来たし、夢の世界でもこいつらと一緒にいたから忘れてたわ。

 ……ずっと怖がられて来たんだもんな、純粋に褒められるなんて、なかったのかも知れない。


「いいかお前ら。呪われた武器ってのは、元々そう造られたものと、後から呪われたものとに別れるんだ」


「「「………………」」」


「前者は悪意に頼り過ぎて、純粋に武器としての性能は、備わっていないものが多い。だから人はそれを邪道だと忌み嫌うんだ。

後者は違う、人の気持ちや魂が吸い寄せられて、後からその武器が強い意思を持つ……

─── 何故だか分かるか?」


「ぶっ殺すのに役立つから」


「殺すためだけの道具だからですか?」


「…………凶悪だから」


「─── 美しいからだ。

武器としての性能に優れ、持ち主を心底惚れさせて、振るいたくさせる。

物としての存在以上に、一生を掛けて……いや、永劫えいごう見つめていたい程に魅了するからだ!」


 ガビーンって聞こえて来るようなポーズで、三人が固まっている。


「確かにお前達は、多くの命を奪って来たかも知れない。だがな、海や山を思い出してみろ。

あの大自然の美しい場所が、どれ程多くの者達の、最期の場所として選ばれて来たか……。

お前達が殺したんじゃない、お前達の美しさを確かめたいがために命を捧げ、人がそれを望んだだけだ」


 あれ? なんか三人とも後ろ手に組んで、つま先で地面に『の』の字書き出したぞ?

 ……ちょっと説教臭かったか。


 でもなぁ、本当にそう思うんだよなぁ俺。

 だからコイツらを握っていても、怖いとか、可哀想とか思わないし、すごく優れたヤツらなんだと思ってる。


「─── まあ、つまりお前達は武器として、純粋に人の求める存在として、ドワーフ達にも褒められたんだ。

俺ももちろんお前達を尊敬してるし、ずっと一緒に側にいて欲しいと思ってる。

……あ、一応断っておくが、武器としてだからな─── ぶへぇ!」


 三人揃って、タックルをかまして来やがった!

 くそっ、部屋の隅に連れて来られたのがアダになったか……。


「「「 うっほぉ〜! 主様うっほぉ〜!」」」


「くッ、いきなり褒め過ぎたか⁉︎ おい、気を確かに持て! ……せめて人語を話せ!」


 あかん、コイツら褒められ慣れてない上に、愛情表現とか感情表現も持ち合わせてねぇ!

 がっちり床に押さえつけられて、グリグリ頬擦りしたり、鼻を擦り付けて来る。


「─── は、離せッ! 久々に会った大型犬かお前らはッ! く、くすぐった……うははは!」



─── バァン……ッ!



 その時、会議室の扉が大きく開かれた。


「話は聞かせてもらったぞ主様、我も褒めてもらおう!」


「「私たちふたりだから、ふたりぶん〜」」


「あら〜、なかよしって、いいですよね〜」


「ワタシ ホメル 知ラナイ 教エテ マスター」


 入口にシルエットが立ち並ぶ。

 いや、最後のは誰だよ……。


─── その後の事は余り憶えていない


 ただ、朝の日課で握った彼女達は、異様に性能が上がっていて怖かったのは確かだ。

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