第七話 遠き日の願い(前編)
ホールは巨石を彫って作られたのだろう、柱や石材の繋ぎ目が無く、家具や調度品までもが同質の素材で出来ていた。
外観と同じ灰色の石だが、削ったと言うよりも、長い時間を掛けて磨いたか、もしくは粘土で作り上げたかのように、どこも滑らかに仕上げられている。
それにしても広く、天井の高い空間だった。
─── これを精霊術でやったのだとしたら、相当
一足先に、スタルジャから抜け出たミィルが、光の鱗粉を
中央部には広く掘り下げられた、円形の半地下部分があり、その更に中央にその人影がある。
椅子の背もたれをこちらに向けたまま、そこに座る人物とミィルが、楽しげに話しているようだ。
ジゼルも中央へと駆け寄り、それにつられて俺達も声の主の方へと、ゆっくり歩いた。
「─── せ、先生! 今日はお加減がよろしいんですね?」
「…………ええ、ありがとう。さっき目が覚めたのよ。
─── えぇと、ごめんなさい、貴女は……どこの娘さんかしら……?」
ジゼルの表情が一瞬曇るが、すぐに笑顔に変えて、肘掛に乗せられた白い手を取って、しゃがみ込む。
「先生はマナを守る、大変なお仕事をされているんです!
ぼくの事くらい、ちょっと忘れたって、全然平気ですよー♪ ぼくは先生の事が大好きな弟子、ジゼルです」
「─── ジゼル……。あ、ああ……あら! 私ったら、また記憶が混乱してしまっていたのね。酷い事を言ってしまったわね……許してちょうだい、私の可愛いジゼル。
……困ったものだわ、もうこの体では限界ねぇ。
それにしても、そこの妖精さんといい、後ろの方々からも懐かしい匂いがしているわ」
そう言って、老婆が少しだけ背もたれから身を起こし、こちらを振り返った。
薄く紫がかった白く長い髪が、肘掛けにさらりと流れ、薄く微かにすみれ色の瞳が見えた。
その姿勢すら辛いようで、また直ぐに体を戻し、ジゼルに支えられている。
俺達は彼女に負担を掛けまいと、彼女の前に急いで回った。
「あらあら、気を使わせてしまったかしら。ごめんなさいね、ご覧の通りの有様なの。
身動きが取れなくて、お迎えも出来ないなんて、情け無いわねぇ」
椅子に浅く腰掛けて、背もたれに深く寄り掛かる彼女の下腹部に、唐突な物が突き出ていたからだ。
─── 大剣が下腹部を椅子ごと貫き、地面にまで突き刺さっている
昨日今日、貫かれた物ではない事は分かる。
出血も無ければ、周囲の衣服と同化している様子から、何らかの呪物なのだろうか。
「ああ……その鎧、もう少し近くで見せてもらえないかしら……」
あ、鎧解くのをすっかり忘れてた。
この姿じゃあ心臓に悪いかと思ったが、老婆はむしろ懐かしそうな顔をして、俺の方に両手を突き出している。
俺が椅子の隣に近づくと、老婆は指先で鎧の表面に触れ、目を閉じた。
「ああ……懐かしい。これにはガイセリック様の加護がこもっているのね……」
「「なッ! が、ガイセリック⁉︎」」
ドワーフのふたりが揃って声を出すと、老婆はくすりと笑って、目を薄っすらと開けた。
「ふふふ……。この姿で会うのは、初めてだったかしらね。
あなた方ドワーフも、力を取り戻したようで、何よりだわ」
「あ、アネスの姐御よう……。そ、それは痛くは無いのかの?」
「ええ、ちっとも。だってもう、このまま三百年以上もこうしているのだから、もう体の一部みたいなものだわ。
……最近、年を取り過ぎてしまったのね、あなた方の隠れ家に、思念体を送る事も中々出来なくて。ごめんなさいねぇ」
テスラとガウスのふたりが、慌てて問題ないと声を合わせるのを、アネスはニコニコと嬉しそうに眺めている。
「─── ああ、自己紹介がまだだったわね。私はこのユゥルジョウフの巫女アネス。
あなた方人間には『西の魔女』と名乗った方が早いかしらねぇ?」
「お初お目に掛かる、俺はアルフォンス・ゴールマイン。
旅の途中、このシリルの端、フォンアリアの村近くで、貴女の弟子とおぼしき魂を看取ったんだ。
ここには、その事を伝える為にやって来た」
そう言い終えた時、ミィルが現れた時と同じく、俺達の体から黄金色の光の粒子が立ち込めた。
ホールの中に、
「─── これは……ナタ……リア……? あの子の祝福……」
アネスは涙を浮かべながらも微笑むと、光の粒子が集まり、薄っすらとそこにナタリアの姿を描き出した。
「ああ……ナタリア……。ここで何も出来ずにいた、情け無い師を……
涙をこぼすアネスに、ナタリアは微笑み返すと、抱き締めるようにアネスの身に同化した。
「……そう、そうだったのね……。ああ……」
同化したナタリアごと抱き締めるように、アネスは自分の肩を、しっかりと抱いて何度も頷いている。
巨石のホールに、アネスの
高い天井に反響して、大勢が上で泣いているようにも聞こえ、あの菩提樹を埋め尽くしていた哀しい女性達が集まっているようにも思えた。
「……アルフォンスさん。貴方が彼女たちを救って下さったのね……。彼女たちの事は、この三百年もの間、ずっと気がかりでした。
─── 心から感謝いたします」
「いや、礼はいい。彼女達の想いを聞いて、俺も腹が立っただけの事だ……。
それよりも、その弟子を彼女達のぶん、可愛がってやってくれ。彼女は貴女の事をよほど大切に思っているようだ」
アネスに流れ込んだ、ナタリア達の思念を感じたのか、ジゼルは彼女の膝に
その頭を愛おしそうに目を細めて、優しくゆっくりと撫で始めた。
「……ミィルからも、色々聞かせてもらったのよ。貴方達の事は大体分かったわ。
─── この国を救おうとしてくれているのね」
「ああ。……ただ、教団に、帝国に立ち向かうのは
俺に出来る協力は、彼らに力を取り戻して貰う事しか出来ない」
深々と頭を下げるクアランを、アネスは孫でも見るような、慈しみ深い目で見つめている。
「人間、精霊、妖精族にドワーフたち……。
かつてこの地にいた、神たちの願いが叶ったのですね。
ああ……この日がやって来るのを、私はずっと待ち侘びて来たのです」
「ふふ〜ん♪ お師匠様、あたしたちもそろそろ力を貸す時だったりする?」
ミィルに静かに
「シリルの民の力、この私からもひとつ取り戻させてあげるとしましょう─── 」
─── 【癒しと慈しみの神セラフィナよ
この国に生きる儚き者たちに祝福を、今一度、風の声を聞く力を与え給え】
アネスの言霊は
セラ婆の名前が出て驚いた。
本当に守護神だったんだなぁと、今更にして実感が湧いて来る。
「─── ふぅ……。これで……シリルの民たちは、精霊の声に傾ける耳を、取り戻す事でしょう……。
ああ……ごめんなさいね、少し力を使い過ぎてしまったみたい……」
アネスのまぶたが力無く下り、声の張りが失われていた。
「アルフォンス……さん、時を置いて……また訪ねていらして下さ……い。
貴方に……お渡しする……ものが……」
そう言い残して、彼女は眠りについた。
ジゼルは薄いショールを掛け、肘掛けの上の手にそっと触れると、立ち上がった。
「アルフォンスさん。なんてお礼を言えばいいのか……本当にありがとうございました。
先生のこんな安らかな寝顔、久し振りに見ました。心のつかえが取れたんだと思います……」
「いや、気にするな……。それより、君の師匠の事、少し聞かせてくれないか?」
ジゼルは頷くと立ち上がり、俺達を別室へと案内した。
※ ※ ※
─── 三百二十四年前
シリル中央からやや南部に広がる森が、夜闇の中に 紅い炎の柱を上げ、夜空の一部を焦がしていた。
─── 王都陥落
その様子を険しい山に立つ、巨石の上から見下ろす複数の影がある。
それぞれのすみれ色の澄み切った瞳に、妖精王の住まう王宮が火に囲まれる様子が写り、紅い光がちらちらとさしていた。
「─── ナタリア様。今、東のユゥルジョウフから使いの精霊が……北に続き、東の精霊術師達も全滅したと……」
その言葉に、王都を見下ろしていた者達から、悲鳴にも似た嘆息が漏れた。
白を基調に、
『ユゥルジョウフ』古き精霊族の言葉で『大地の炉』を意味する、マナの大規模な吹き出し口となる聖地。
かつてこの地が、精霊神の治める、精霊と妖精の大地『
国土にも点々と、そういったマナの発生源が存在するものの、このシリルには東西南北に聖地と呼ばれる巨大なユゥルジョウフが存在していた。
大地が生み出すマナは、様々な恩恵を与えるが、このシリルはその濃度が抜きん出ている。
だからこそ、この地には守護神を始め、精霊や妖精が多く住む豊かな国であった。
「……すでに攻め落とされた、北側の都市部にあった主要なユゥルジョウフは、祭壇ごと呪術に掛けられたと言います」
「ッ⁉︎ ……道理で最近、下から吹く風の様子がおかしいって思ったら……
そんな……マナが
「それが狙いでしょう。王都が陥落した今、次は南の精霊術師……いずれ、じきにここにも帝国兵がくるはず─── ッ⁉︎」
突如、その場にいた術師達は、東側の空を見上げて言葉を失った。
一般の人間には見えないであろう、マナと精霊の大規模な変化が、彼女達にはありありと確認できた。
景色は暗く、東の聖地まで見通す事は不可能だが、その方角からドス黒く変質したマナが、爆発的に押し寄せてくるのが見えたのだ。
「これは……呪術を仕掛けた上に、マナを最大限に解放されましたね……。
東の聖地はここに次ぐ力を持つ場所……」
「……あ、ああ……精霊達が……」
「…………い、いやッ! こんな……こんな事って……」
穢れたマナに触れた精霊達が、微かな光を発しながら、夜空に弱々しい光を
夜空に一斉に瞬いたその光景は、見える者にとっては、この世の終わりのように思えた。
─── みんな、一度戻りなさい……
アネスの声が響き、術師達は怯えたように、何度も東を振り返りながら巨石の中へと入って行った。
「「「母様ッ‼︎‼︎」」」
術師の中の、まだあどけなさの残る娘達が、一斉にそこに立つ女性へと
白いワンピースの上に、銀糸で
見た目には三十代に差し掛かった程だろうか、成熟したその女性は、怯える娘達を抱きかかえた。
慈母のような微笑みで、ひとりひとりの頭に柔らかく触れ、その緊張を解いている。
「大丈夫、ここにはそう簡単には来れないわ。
この聖地を守る者として、しゃんとしなさい。
─── それに、術装の時は『師匠』と呼びなさいと言っているでしょう? フフフ……」
「師匠、北の聖地に続き、王都と東の聖地も落ちました……」
「分かっていますナタリア。最初から聖地を落とす事が目的でしょう。
東の聖地の影響は、人間にはすぐに現れませんが……王都が落ちれば、形勢が一気に崩れてしまうのはもう目に見えています。
……この国はエル・ラト教が伝わって来た時、それを拒むべきでした……いえ
─── 人の社会と精霊とに、分けるべきでは無かったのです」
「……『夜の神』の怒り……お
「フフ……あのお話が本当かどうかは別として、シリルの民は精霊あっての存在である事は、信仰が廃れてからの歴史を見れば明らかでしょう」
シリルの建国は古く、その始まりは『夜の神』との戦いからだと伝えられている。
古代シリル人が、他の霊的存在への敬意を忘れ、夜を
とある若き戦士が、妖精と精霊と協力し合い夜の神を退け、やがて初代シリル王となったとされている。
─── 人のみで生きるべからず、大地への敬意忘るるべからず、
発展を続けるシリルにとって、言い伝えはその信仰心と同じく、ただ形だけの迷信と成り果ててしまった。
生きる事は苦しいもの、心の安寧を求めるべき信仰の聖域は、すでに荒地と化していた。
─── だからこそ、
十数年前からこの国には、エル・ラト教が少しずつ浸透して来ていた。
教育、医療、慈善活動で幅広く貢献する教団に、人々は何の疑いも無く心を許し、その教会は至る所に建ち始めていた。
弱く小さな村や集落から、教会の施設が置かれ、優れた農法を無償で広める彼らを、この国の人々は何の疑いも無く受け入れてしまったのだ。
─── 巧妙に、
シリル人は戦に強い。
その理由は無意識の内にマナの恩恵を受けられている点にあったのだが、現代の彼らはそれを自覚すらしていなかった。
遥か前、精霊との生活に距離を置いて来たシリル人の多くは、すでに精霊の声すら聞く事が出来ない程に鈍っている。
せめて精霊を感じられる程度に、敏感な部分が残ってるいれば、マナと精霊の緩やかな異変に気づく事も出来ただろう。
……しかし、そうはならなかった。
教団の浸透こそが、敵国の戦略の先駆けであった事を、今のシリル人では思い付く事すらないだろう。
「精霊との暮らしには、制約がつくものです。発展を望めば、彼らとの共生は難しくなる。
元々は精霊と、癒神セラフィナ様の加護で、死亡率が下がり人が増えていたのです。
……しかし、同じ国土で人が増えれば、発展させて行くしかない。人の進み方と、自然の進み方、お互いの速度が合わなかった……
─── いえ、すぐに諦めてしまった」
シリル人は、勤勉で合理的な国民性を持つ、生真面目な民族である。
努力を重ねて堅実に歩む彼らが、目に見え難く感じ難い自然的なものへの情熱を、早くに冷ましたのは必然だったのかも知れない。
「ここを守り切るには、どうすれば……」
「これは侵略戦争です。意味も無く国土を滅ぼす事は、帝国にとっては愚策中の愚策。
今は短期で制圧するために、
マナを完全に穢し切ってしまえば、その国は死滅し、利用価値を戻すまでに、莫大な時間と労力と資金が必要となるだろう。
だからこそ、帝国はマナを穢し尽くしはしない。
多少のマナがあれば、この国の生命は続いていく。
「人が残れば国は続きます。マナが残れば精霊はもちろん自然は続くのです。
私達は精霊術師であり、ユゥルジョウフの巫女。
人として国の存続を望むのはもちろんですが、最優先すべきは、この神より授かった大地に命を残す事です」
アネスは背中の大剣に手を掛け、スルリと抜き放った。
自らの身長よりわずかに短い長さに、手の平程もある幅広の剣を、その細腕で力む様子もなく扱っている。
─── キィィ……ィィ…………ン……
鞘から露わになった剣身は、黄金色に輝いて、何かと共鳴するように鳴り続けていた。
「炎槌ガイセリックより
戦が終わり、この国がどんな形であれ、再び立ち上がる時が来るまでこの地を隠し……守り続けましょう」
「─── い、いけません母様! 聖剣の代償は大きいと、激しく生命力を削り取ると仰られていたではありませんか!」
ガウンの裾に縋り付くナタリアに、アネスは微笑みを返す。
「フフ……ナタリア、今は『師匠』でしょう?
─── ええ、だからこそ今使うのです
それに心配は要りません。使う力は、望む力は最小です。
この地に湧くマナを使い、魔力に換えて代償の補填にしますから、死にはしません」
そう言ってアネスが笑うと、ナタリアは掴んでいた袖を放し、唇を噛み締めて俯いた。
「心配してくれたのね、ありがとうナタリア、貴女は本当に優しいしっかり者ですね。
貴女のような存在を守るためにも、今はこの聖地を守り切るのが、巫女の役目なのです」
ホールの中央に向かい、アネスは剣を天に掲げて集中し、高位な精霊へと精神を接続させた。
彼女の髪や衣服が、風に舞うようにはためき、周囲に光の輪がいくつも瞬き、ホールは白い光に包まれた。
─── 古の大地ブロゥムブラマ、畏くもこの地に在わす、神々の御前に申す
我は主神マールダーの御恵たるマナと、精霊と、人とを結わえしユゥルジョウフの巫女アネス
この聖山連なるブロゥムブラマの宿敵より、
願わくはマナの恩恵の一握を、人の身たる我が血肉に宿す越権、しばし赦し給う───
言霊を乗せたアネスの
この地に降り注ぐはずのマナ、その世界を育む力の根源が、唸りを上げて彼女に吸い込まれる。
激しい風の中、彼女の肉体は白熱し、莫大な魔力そのものと化していた。
─── 謡え! 聖剣マナグラスペゥル、我が願い、この地の守護なり
そう叫び、聖剣を逆さに構え直して、剣先を下に掴む持ち手を額につけて、その魔力を注ぎ込む。
─── ……無垢なる者の願い……聞き届けた……
地の底から突き上げるような、重厚な声がビリビリとホールを揺るがした。
刹那、聖剣は眩い閃光を放ち、ホールの中を白一色に染め上げる。
─── その日、西の聖地を中心に、シリル西南部に極大の結界が出現した
外の世界にいる精霊術師達が、いつでも逃げ込めるよう、この地の精霊に祝福を受け、精霊の声に耳を傾けられる者のみが通る事を許された結界。
それ以外の者は、入る事すら叶わない『入ラズノ結界』は、後にこの聖山を『入ラズノ山』と言わしめる強力なものとなる。
アネスの願いは、
「─── ぐふ……ッ‼︎」
「「「母様ッ‼︎⁉︎」」」
聖剣が石の床に落ち、アネスは地に這いつくばると、激しく血を吐いて床に崩れた。
瑞々しく張りのあった肌は、見る影もなくくすみ、妖精族ハーフの象徴であった美しい髪が、はらりと抜け落ちる。
「…………だい……じょうぶ。……しば……らく、休ませ……て……」
心配はするなと言い残し、意識を失ったアネスを、娘達は抱きかかえて寝所へと運んだ。
その指示を出していたナタリアは、皆がホールから去った後、そこに残された聖剣を見下ろしていた。
ナタリアの心に、孤児であった幼き日、アネスに拾われたばかりの頃の思い出が蘇る。
─── 貴女は必要とされた大事な子なの、だって、その証拠に精霊たちの声が、ちゃあんと聴こえているでしょう?
─── ……でも、でも! みんなはそれがキモチワルイって……
─── ふふふ。おかしな事を言う人たちもあったものね。
精霊たちがいるから、お花も虫も動物も、人間だって生きていられるのに。
みんな、お勉強をしてこなかったのね
─── …………わたし、みんなとおなじがよかった……。だって、みんなから……すてられちゃった……
─── いいえ、捨てられたんじゃないわ。
貴女は優しくて、しっかり者のいい子なの、精霊の神さまたちにも愛されているわ。
ちゃんと貴女が幸せになれるように、みんなは貴女をここに送り届けてくれたのよ
─── しあわせになれるの……?
─── そう、お話しすれば分かるわ。
貴女はしっかりお話し出来る子、きっとご両親に深く愛されていたのね?
─── もう、あまりおぼえてない……おとーさんとおかーさんのこと……
─── それでもいいの。貴女にはお父様とお母様の愛が込められています。
大きくなったら、鏡の前で確かめてごらんなさい。貴女の顔や体に、ちゃあんとふたりの面影があるのが分かるようになるわ
─── ここにいて……いいの?
─── ええ、ここはもう貴女のお家よ
─── おかーさんって、よんでも……いい?
─── もちろん。私はアネス、これからは貴女のお母さん。だから、これからは私が貴女を守ってあげる
あれから二十年近くにもなろうか、アネスは言葉通りナタリアの母であり続け、母を助けたいと思った彼女は聖地の巫女になる事を望んだ。
ナタリアの後にも、捨て子や
─── 『精霊憑き』
女児は山へ打ち捨て
男児は牛馬代わりだ知恵授けるな
その風習を聞いたのは、もうかなり大きくなっていた頃で、自分達の所に女ばかりが集まる意味をやっと知った。
精霊と繋がりのある者は、時に強い力を発揮するのだが、だからこそ女児は捨てられ、男児は力仕事に回されたと言う事だろう。
「……精霊を捨てた愚かな人間なんてどうだっていい。私はこの家族を……母様を守る」
あれだけの輝きを見せていた聖剣は、今は彼女の視線の先に、ただ鈍く灰色にくすんで沈黙していた。
アネスの願い通り、西の聖地は守られたまま、戦は終結を迎える。
帝国は徹底的な精霊信仰の弾圧を行い、シリル国内に存在した、精霊の祭壇や祠は破壊し尽くされた。
その叫び声が聞こえる者は、もうこの国には西の聖地に残った彼女達だけであった。
それでも、人々は生き延び、国としての機能を取り戻そうとしていた。
だからこそ、彼女達はシリルが復帰するその日を祈り、哀しみと屈辱に耐え忍んで暮らす。
─── 王都陥落から数年後
淡々とした戦後処理が落ち着いた頃、彼女達の命運を分かつ激動が、突如として起きた。
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