第十六話 ラミリア神殿

─── これにはね……深いわけがあるのよ……


 俺の契約を邪魔していたと言う、光の神ラミリアは、遠い目をして顔を背けた。


「……ラミリア様、嘘はいけませんよ? 大体何ですかその姿は、見栄を張るにも─── 」


「うるさいうるさい!」


「そうだ偽乳女!」


─── ガッ!


 突如、ラミリアとティフォが、ガッチリとお互いの手を掴み合い、力比べの体勢に入った。


「おおん? このタコ女、強制送還したろうか⁉︎」


「おお、返討ちにしてやんよ! 異界こんじょーみせたらあッ!」


─── ゴンッ! ゴンッ!


「痛ッ! ちょっとアルフォンス! この最高神の一柱ラミリアの私に向かって手を上げるとは……!」


「オニイチャ……何であたしまで……」


「ハウスッ!」


「「ビクッ‼︎」」


「話をしよう。いいか? 俺は女神キャットファイト見る為に、鬼気迫る箱で、輸送されて来たわけじゃねぇんだよ……」


 よし、落ち着いたみたいだ。

 物凄く『光の神』のイメージが崩壊したけど、聞きたい事が山程あるし、まずは俺の契約妨害の問題からだ!


「……えー、はじめまして。ラミリア様、俺はアルフォンス・ゴールマイン。

つかぬ事をお伺いしますが─── 」


「うぅ……。そんな他人行儀な、お堅い話し方は止めてぇ……アルっちょ、うちらマブダチじゃん……?」


「いや、他人だよね⁉︎ 初めて会ったし」


 ティフォが『そーだそーだ』と、下品なハンドサイン突きつけながら煽るので、彼女自身の触手で縛り付けておく事にする。


「あぅ……オニイチャ……これ、新しい……♡」


「やかましい! はぁはぁすんな! 話が進まねぇだろ」


 ソフィアは上司に対するものとは思えない、ダンゴムシでも見るような、酷く冷たい目でラミリアを見下ろしていた。


「─── ラミリア様、アルくんの契約に、細工を施した事、説明して下さいますか……?」


「うっ、オルちゃん。ちょっとラミリア、その顔が怖くて、喋り難いかなぁ……へへへ」



─── シュラアァァ……



 仕込み杖から刃が引き抜かれる。

 自分がすでに、バラバラにされたのだと錯覚する程の、殺気を孕んだ剣気に汗が流れた。


「……ラミリア様、現世では使命優先。天界の上下は関係ありません……。

このオルネア、ラミリア様の口を割らせる、あらゆる手段も辞さない覚悟でございます……」


「は、話す! 話すから、ちょっと落ち着こ? ね?」


スタルジャ:(……私、何でここに居るんだろう……)



─── 五分後



「ふえぇ☆ 美味しい、美味しいねーコレ!」


 男エルフ二人がグーグー寝てる横で、ラミリアは熊耳印の『芋羊肝』を摘みながら、紅茶を飲んでいる。

 現世に実体化したのは、初めての事らしく、甘味の刺激に上機嫌になっていた。

 ソフィアとティフォも、さっきまでに比べれば、かなり落ち着きを取り戻している。


「……さて、そろそろラミリア様。説明をお願いします……」


「うん! いーよー♪ 契約の事だね?

……何処から話そうかなぁ。困ったなぁ〜」


─── チャキッ!


「分かってるって! ちゃんと話すから、刃物はね? ちょくじょー的なのはよくないよ⁉︎

う〜んとね、今回はバランスの崩れ方が、ヤバイだけじゃないよ。ぜーんぶ、のがいるの。

……うーんとね、ずっと隠れてたけど、そろそろ動き出すみたい。

その手下はねえ、アルフォンスが生まれるちょっと前から、もう色々マールダーで動いてる。

─── そんな中に、こんな目立つ子いたら、格好の餌食だよね。だから中途半端だったオルちゃんの契約の書式に、更に強い隠蔽いんぺいの術式とか色々いれたんだ〜☆」


 そう言いながら、俺の方をニコニコして見ている。

 『ずっと隠れてた』存在が気になるが、まず今は、契約の件に絞っていこう。


「つまり、俺を守ろうとしたって事か?」


 ラミリアは『うん!』と元気よく答えて、更に笑顔に満ち溢れていく。


「─── 私が近くにいたのにですか? あの時、契約がちゃんと出来ていれば……。アルくんに施した守護印が、上手く発動していれば、彼を見失う事はなかったんですよ!」


 守護印、俺の首周りに刻まれた紋様の事か。

 そう、五つの頃、ソフィアから唐突にプロポーズされた時、契約が結ばれた。

 でも、それが不完全だった上に、俺は父さんと結界に守られた、ラプセルの里に行ってしまった。


─── せめて契約の力で、ラプセルに入る所まで掴めていたら、ソフィアも苦労はしなかっただろう……


 冷徹な眼光で、怒りを露わにするソフィアに、ラミリアはニコニコと笑顔で返す。


「─── あの時のオルちゃんの力で、本当に守り切れたのかなぁ? ひとつは良いとして、もうひとつの方は〜? んん〜?」


「……くっ、それは……私が命を掛けてでも、彼を守って……」


「だって、相手は※※※※※※だよ? いくらあの時のオルちゃんが、ちゃんと契約出来てても、十六才で儀式完了するまでは、二人そろって弱っちいじゃん!

─── ん? はれれぇ? 今、相手の名前、言えてなかったよね…………って、イタタタタタタッ‼︎」


 突然、ラミリアは頭を抱え、悲鳴を上げながらうずくまった。

 体は半透明になり掛け、激しくブレながら、体の表面に電光が走っている。


「……お、おい! これって……」


「はぁ〜『越権行為』の罰則ですね。……ボソ(そのまま本体ごと消えてしまえばいいのに)」


 んん? 越権行為って、契約者の運命を超えた、先の話を本人にしちゃいけないってヤツだよな?

 何でそれが、ラミリアに起きているんだ……?


「ハァッ、ハァッ……。誰よ! こんな罰則考えたのはーっ! ホントに死ぬかと思ったじゃない!」


「……それ、貴女がた、高位の神々でしょうに」


 ラミリアの体は、未だ時折ブレているが、何とか消滅は耐え切ったようだ。


「─── いつの間に契約を結んだんです? 私の大事なアルくんと……」


「………………は? 俺と⁉︎」


 慌てて加護のカードを取り出して、守護神と加護の欄を確認すると、そこには───



◽️アルフォンス・ゴールマイン


守護神【テカる触手と美女】


加護【テカる触手と美女の騎士】


特殊加護

事象操作【斬る】

肉体変化【触手】

触手操作【淫獣さん】

蜘蛛使役【蜘蛛の王】

光ノ加護【テカる】←New!



「─── おいッ⁉︎」


「あ〜あ、もうバレちゃった……」


「シュンとしてんじゃないよ! なんか『テカる』とか、質感足されてんじゃねーかッ!

光の神なんだから、もっとダイナミックに名乗れないものかなぁッ⁉︎

大体、契約なんていつの間に……」


 最後にカード見たのいつだっけ?

 無くさなけりゃいいやとか思って、ずっとしまいっ放しだったよ……!


「ほら、初めて夢で会った時だよー♪ ひどいな、忘れちゃうなんて☆」


「初めて……夢で……? ダルン初日の夜か? あの深酒した夜の……?」


 ソフィアが『あ……』と呟き、手で顔を覆い、細かく震えている。


「なんて、なんて不覚! あの夜、私飲み過ぎて、アルくんの警護してませんでした……」


「うぷぷー♪ オルちゃんが寝てたので、ラミリアが彼に手を出すの、かーんたんでした☆」


 大人の魅力たっぷりな、高位の神ラミリアが、崩れ落ちたソフィアを煽る。

 イメージ急落も甚だしいが、やっとソフィアが上司であるラミリアに、嫌そうな顔をしてた意味が分かった気がする。


「……いや、ちょっと待て。あの時は確か、ここに来いって言葉だけで、契約にサインした覚えなんかないぞ⁉︎」


「あー、アルくん。それは私が幼い頃に、サインさせたから、そう思っているんでしょうけど……。アレはただのノリですからね?

実際は守護神側から、選ばれるだけなんですよ、契約の可否は、運命の相性の良し悪しなんです」


 そう言われればそうだ……。

 他の人が『成人の儀』前に、守護神と書面で契約を交わしたなんて、聞いた事がない。

 ソフィアと再会して、あの思い出が強過ぎたから、そう言う手順が要るものだと思っていた。


「そう言う事なら……。確かにあの夜、急に力が漲って、頭の中がボーッとして揺れてた気がする……。

ソフィアと契約更新した時と、何か似てるなーとか思ったけど、酒のせいだと思ってた……。

─── じゃあ、本当に契約してるって事なんだな?」


「あははっ、そだよ!」


 ラミリアの無邪気かつ、底抜けに明るい、幼子のような返事が返って来た……。


「一体どうして、アルくんと契約する必要があるんですか! どうせまた『カッコいい英雄に会ってみたい〜』とか、そう言うやつじゃないですか⁉︎」


「ちがうもん! こうやってちゃんと会って、お話しなきゃいけなかったんだもんね!

……その為には、ちょーっと、彼から魔力もらわないと顕現けんげん出来ないし。ほら、ラミリアって高位じゃない?

普通に肉体を持って降りて来たら、それこそ現世の運命、大荒れになっちゃうからね」


 俺から魔力を? そう言えば、最初はえらく力がみなぎってたけど、知らない間に元に戻ってる気がする。

 んじゃ何か、今ラミリアがここに居るのは、俺の魔力で擬似的な肉体を生成して顕現してるって事か?


─── それって、莫大な魔力が必要になるが


「心配しなくても、私が現世から離れれば、契約通りに魔力が増えるし、加護もそのまま使えるんだよ?」


「この短期間で、神の容れ物になり得る、超絶な依代を作り上げる程の魔力……か。それは凄いが、加護の方はなぁ……『テカる』て。

むしろ一般的には、テカらない努力が必要なんじゃないのか?」


「くふふ、それも大丈夫☆ 貴方がオルちゃんと完全契約出来たら、ラミリアの加護も凄い事になるから!」


 ああ、今は守護神としての絆も、無いに等しいし、俺が彼女の契約を担える運命を背負ってないって事か。

 ソフィアとの完全契約って事は、俺の出生の秘密を知って、そこに降りかかる運命を受け入れろって話だ。


「…………で、強引に顕現してまで、彼に話さなきゃならない事って、なんですか」


「……うん。それなんだけどね……」


 ずっと笑顔だったラミリアが、急に表情を曇らせ、悲しそうに俺を見つめた。



─── 貴方は近い将来、大切な人達を失う



 言霊、それも高位な神の放つ、強力な言霊と共に、胸がどきりとするような事実が打ち明けられた。

 突如、彼女からは光そのもののような、温かくも生命力に満ちた神気が放たれ、光の間に溢れかえった。



─── でも、それはただただ哀しい、永遠の別れではない

その別れが、より強力な力を、貴方に与える事になる


─── いつも心に愛を持ちなさい

自分の望む通りに、相手が存在する事ではなく

相手が貴方の前にいる、そのものの奇跡を喜ぶ


─── 在るがまま

その輝きに目を向けられた時、運命は真の道を貴方に指し示す……



 言葉の終わりと共に、光の神の神気が、すぅっと引いて行った。

 彼女の肉体は、薄っすらとしか見えず、今まさに消えようとしている。



─── ここまでのようです

アルフォンス・ゴールマイン……調律神オルネアの選びし運命の子よ

またお会いしましょう……



 そう声だけを残して、ラミリアは消えてしまった。

 もっと聞きたい事は、たくさんあったはずなのに、ここまで聞いた話だけでも整理が追いつかない。


「…………行ってしまわれましたか」


 ソフィアが呟いた時、一瞬だけ耳鳴りのような音がして、気がつけば俺たちは光の間の外にいた。

 さっきまでの配置と全く同じまま、俺たち四人の横には、寝息を立てる男エルフ二人が転がっている。


「なんだか、狐に摘まれたような気分だ……」


 そうは言っても、寝ている二人の魔力は、今までとは比べ物にならない状態だ。

 そして、俺の心にはさっきのラミリアの言霊が、しっかりと刻み込まれている。


─── 決して夢なんかじゃあない


 俺達は確かに、光の神ラミリアと、話をしていたんだ。


─── それにしても……


「『貴方は近い将来、』だって……?」


 思わず三人から体を背けた。

 そうした所で、大切な人達には変わりがないのに、本能的にそうしてしまった。


 彼女達の事ではないと祈るしか、ラミリアの予言が外れていると祈るしか出来ない。

 彼女達以外にも、大切な人はたくさんいる。


 そのどれもが、失いたくは無い人達だ。


 眼前にそびえる光の神のレリーフに、袋小路に追い込まれたような気持ちで、俺はただ見上げる事しか出来なかった。




 ※ ※ ※




 結界に触れたサソリが、青白い炎に包まれ、一瞬にして燃え尽きた。

 その青い光が、砂の表面を照らし、夜の闇に命の明滅を描く。


─── パチ……パチパチ……パキッ……


 焚火の爆ぜる音が、砂漠の上空を覆う、満点の星空に吸い込まれて行った。


「─── この後、ロゥトに戻ったら、シリルに入ろうと思う」


 ソフィア、ティフォ、スタルジャは、こくりと頷いた。


 俺達はあの後、シノンカ遺跡を後にして、シノンカからひとつ手前の街『おうこくてまえ一区』に立ち寄った。

 ノゥトハーク爺とスクェアクは、そのまま『だいたいまんなか一区』に戻り、マラルメ達と合流する事になっている。


 今、俺達は街の上の砂漠に出て、野営をしながら、今後の事について話し合っていた。

 ラミリアからの情報は想像以上に重く、地下の一室にこもるよりは、こうして星空の下で話したいと思ったからだ。


「もう、草原のエルフ達は大丈夫でしょう♪

シリルは山越えルートから入って、メルキアを目指す感じですよね?」


 火酒の入ったグラスを傾け、ソフィアがそう言って、確認して来た。

 ラミリア宮を出た後は、やや険しい顔のままだったが、今はいつも通りにこにこ優しい表情に戻っている。


「ああ。ちょっと魔物と魔獣が多いのと、道は険しくなるが、その方が速い。

スタルジャもそれでいいか?」


「うん。私は何も言う事ないよ。この国の外に出るの初めてだから、迷惑かけたらごめんね」


 故郷を後にして、最初の旅が国外の、しかも難所で有名なルート。

 不安になるのも当たり前だが、彼女の顔は言葉の反面、楽しそうにしている。


「スタルジャなら大丈夫、問題ないよ。少し高地に入るから、具合が悪くなるかもだけど、生命維持の魔術も憶えてるんだろ?」


「うん! もうソフィア様から教わったよ。精霊達にお願いして、今もずっと掛けっぱなしにしてもらってるし」


 そう言うと、彼女の周りに小さな光の球が、相づちを打つように瞬いた。


「ティフォは……何も問題ないか。次のルートもよろしく頼むよ」


「うーぃ。ところでオニイチャ、ラミリアの加護って、なんだった?」


 ……すっかり忘れてた。

 せっかく人里離れた砂漠に居るんだし、名前も『てかる』とか大したもんじゃ無いだろうけど、一応試しておく方がいいだろう。


「んじゃ、今ちょっと試してみるわ」


 立ち上がって結界の外に出る。

 まずは『テカる』が、何なのか調べようと、その加護に意識を向けてみた。


「んー? これは……攻撃に上乗せするタイプらしいな。遠近両方いけるのか……?」


 本能と言うのだろうか、受け取った加護は、そうやって何となく使い方のイメージをくれるものだ。

 『テカる』の感覚も受け取ったものの、やってみない事には分からない、ぼんやりとしたものだった。


 試しに少し離れた場所の岩に向け、夜切に闘気を込め、光の加護を上乗せして振ってみる。



─── ぴーッ



 縦に振り下ろす剣先から、甲高い音を立てて、細い光の直線が遥か先まで伸びていた。



─── バカンッ ドンッ シュドドドド……



 細い光線が、振り上げていた上空の雲から、地平線の先の岩山まで、一直線に焼き切っていた。

 砂漠には赤熱した砂の、赤い線が延々と真っ直ぐに続いている。


 唖然としながら、今度は加護を抑え気味に、他の岩に向けて剣を振るう。


 大量の金粉が風に舞うかのように、キラキラと瞬く光の帯が、高速でうねりつつ岩に到達する。

 光の粒子ひとつひとつが、意思を持ったように岩を焼き付け、一瞬で消失させてしまった。

 近くにいたネズミが驚いて逃げ出したが、光の帯はそれにも襲い掛かり、瞬時に蒸発させる。


「─── 何が『テカる』だ! 破壊兵器じゃねーかッ!」


 こんなもん、危な過ぎて使い所ねぇだろ⁉︎

 範囲こそ狭いが力を抑えててもこれだ、本気でやったら魔術でも、禁呪クラスの威力があるんじゃないだろうか?

 何が起こるか想像もつかない。


「うーん、普通の戦闘で使うには、ちょっと危険過ぎるな。少し調整を練習しないと、地形すら変えかねない……」


「まあ、加護には攻撃だけじゃなくて、感覚とか意識に働き掛ける側面もありますからね。探せば意外な利点もあると思いますよ?

─── あのクソ上司に似て、加減知らずなのは『らしい』といいますか……」


 結界内に戻ると、ソフィアが溜息混じりにそう零した。

 ティフォとスタルジャは、派手な光の演出に、キャッキャしている。


「予言の事もあるからな、ラミリアの加護も使いこなせるには、越した事はないか……」


「うーん、あの方の言葉はまあ、話半分でいいと思いますよ〜?」


 ん? ちょっとソフィアの目が座ってるような……。

 そんなに酒に弱くないはずだけど、上司と直接対面した後だし、気分酔いってやつだろうか。


「大体ですよ? あの姿自体、嘘っちょですからね? あのチンチクリンが、ボンキュボンの熟れ頃ボディで顕現するとか、何の冗談だか」


「え? そんなに違うの?」


 ティフォもうんうん頷いてるあたり、女神には、ラミリアの真の姿が見えていたらしい。

 スタルジャはポカーンと聞いているから、俺と同じく分からなかったんだろう。


「ほら、主神が最初に生んだ、原初の神ですからね、人格はお子ちゃまなんです!

高位の神だからと言って、人格者だとか思ったら、度肝抜かれますからご注意を!

……昔っから、適合者が出ると、憧れちゃうんですよ。英雄だ〜い♪ とか言って……。

でも、今までの適合者は、そんなに武力とか必要としない、指導者的な人物ばかりでしたから……」


 ソフィアの愚痴によれば、今までのバランス調整が必要とされたのは、それ程大きなものではなかったらしい。

 英雄譚に憧れるも、頭脳派だったり、挑んだ逆境が伝説になる程じゃなかった。


─── それが、前回起きた聖魔対戦で、急に規模が大きくなった


 ラミリアはそれまで、適合者が現れる度に『英雄かっこいー病』に罹ったが、神界に彼らが訪れる事は無かったと言う。

 それだけ、求められた運命の器が、大きくなかったんだとか。

 初めて神界に、招かれてもおかしくない人物が現れたが、それが三百年前の勇者だったと。


─── しかし、彼は天界に来る事はなかった


 で、今回は世界のバランス崩壊が大きく、今度こそ英雄に会えると期待して、ラミリアは無理矢理現れたんだろうと語った。


「でも、俺は守られてたって事になるんだよな? その……ラミリアの言う所の『ずっと隠れてた』て奴の、手下達から」


「……ハァ〜。悔しいですがそうなります。あの頃の私では難しかったかも知れません……」


「でも、父さん……剣聖だって居たんだ。そう簡単には……」


 ソフィアの表情は険しい。

 そんなに凶悪な存在が、俺の事を狙っていたって言うのか……?


「剣聖でも難しい……そんなのと俺は、戦う事になるのか」


「ああ、今の私達なら問題ないですよ? アルくんだって、もうそこかしこに試合を吹っ掛けて回れば、いつでも剣聖を名乗れるはずです。

─── あくまでも、契約による力の解放が無かったらの話です」


 確かに成人した時、俺の魔力はラプセルの神殿を吹き飛ばす程、莫大なものになった。

 うーん、それなら大丈夫なのかな? まあ不安だから、鍛錬は今まで以上にやるけどさ。


「どちらにしろ、アルくんと私が、契約を完全なるものにしない内は、まだ目立たない方が得策なのは確かです。

悔しいですけど、流石はラミリア様だと、ここは舌を巻くしかありません」


 ソフィア曰く、契約の邪魔をしたのは、理由もあるからもう良いらしい。


「ただ、私の知らぬ間に、アルくんと契約とか『顕現するため』とか言ってましたけど……。アレは絶対に建前ですよ!

だって、そんなんしなくても、神殿に呼び出せば話くらい出来ますよ?」


「あ、そうなの? じゃあ、何でわざわざ無理して権限する必要があったんだろう?」


 ソフィアはグイッと火酒を煽って、座った目で俺の胸元を見つめ、吐き捨てるように言う。


「ツバつ〜けた♪ くふっ、男受けする姿で降臨すれば、私に『すごーいラミリア様』て、なるハズなるハズ☆」


「……ま、まさかそんな……下らない事で、莫大な魔力をムダ使いしたのか……?」


「ふふん、私もあの方とは、付き合いが長いですからね〜。思考回路はだいたい把握してますよ。

……今回の犠牲者はノゥトハークとスクくんでしょうね」


 そう言えば、二人が呼び出されていた名目は『オルネア信者に鞍替えすんなら、挨拶しろや』だったはずなのに、あっさり許されてた。

 いや、そもそも問題ですら無かったっぽい。


「あの二人は、何で毎晩、夢枕に立たれてたんだ?」


「そこですよ。ここだけ何の繋がりも無いじゃないですか。

表向き『シノンカまで来る過程で、善なる事が起こる』とか言ってましたけど、そこまで考えてなかったハズです。

アルくんが閃いて、ムグラとエルフの合体を仄めかしたのが、発端じゃないですか」


 そう言えばそうか、確かに三種族の流れに、ラミリアは関係無いと言えばそうだ。


「ん……? じゃあ、どうして二人は、毎晩恐ろしい目に遭った上、シノンカまで行かされたんだ?」


「まず、アルくんを必ず、シノンカに来させるため。それとあの方の、考えそうな答えはですね……」


─── の、楽しかったの☆


 な、何だ⁉︎ ほんの少しの間しか居なかったのに、もの凄く目に浮かぶぞ⁉︎

 それどころか、何処かで光の神のテヘヘ笑いが聞こえた気がした。

 こりゃあ繋がってるよ、絶対……。


 ああ……今ようやく実感したけど、俺確かにラミリアと契約されてるわ。




 ※ ※ ※




 思えばここダルンは、ただ通り過ぎるだけのつもりだったのに、大分長居してしまった。

 馬族と出会い、パガエデとスタルジャと出会い、ロゥトの緑児がランドエルフに変わり、白髪のエルフと和解……。

 色々な事が起こったものだ。


 エルフ達はムグラと協定を結び、今は各々の領域で交換留学をし合っている。

 合身の訓練も始まり、今後は周辺に点在するランドエルフの集落とも、合流して行くそうだ。


 ノゥトハーク爺とスクェアクは、光の神から受けた祝福で、あらゆる能力の底上げをされた事で、今やランドエルフの指導者として信頼されていた。

 ソフィア曰く、ラミリアの気まぐれの迷惑料としては、妥当な線なのだとか。

 流石は高位の神とだけ、思っておこう。


「あら? スタルジャ、貴女その手首の魔術紋って……あらあら♪」


 スタルジャに別れを告げに集まっていた、ロゥトの奥様連が、彼女の手首の紋様に気がついて沸き立っていた。


「へへへ……。ほら、魔力制御の紋様を、馬族につけられてたじゃない? あれを消す時にね、思い切ってお願いしちゃった」


「え? もしかして、アル様に刻んでもらったのかしら⁉︎」


 恥ずかしそうに頷く彼女に、奥様連は歓声を上げ、俺の方をチラチラ見ている。


 砂漠からロゥトに帰った時、スタルジャからお願いされて、俺は彼女に施されていた魔術紋を消した。

 元は馬族の人質になった時、ブラウルが他の者達を安心させる為に、シャーマンに刻ませたものだ。

 だが、ブラウルはいつでも彼女が逃げられるように、魔力の制御ではなく、魔力隠しの呪いを刻ませていたようだった。


 魔術紋は普通の入墨と違って、解呪さえ出来れば、簡単に跡形も無く消せる。


 彼女は手首に施された魔術紋に、それ程嫌悪感を持っていた訳ではないそうだが、旅立つ前に消して欲しいと俺に頼んだ。

 それと同時に、彼女がもうひとつ頼んで来たのは、同じ場所に新たな魔術紋を刻む事だった。

 彼女の言う通りに続けて呪文を口にすると、その手首にはひいらぎの葉をふたつ重ねた、濃い灰色の魔術紋が浮かび上がった。


 この柊の魔術紋は、一部エルフ達の体に刻まれていた物と同じだったが、その時はその理由もオシャレ位にしか認識していなかった。

 ……だが、彼女にその意味を尋ねて驚いた。


─── 生涯、苦楽を共にする相手を決めた時、愛を誓う印として、苦の象徴である柊の葉を刻み込む


 どうやら古代エルフから伝わった、愛の宣誓の魔術紋らしい。

 そう言えば、この紋があるのは既婚者ばかりだったと、その時ようやく気がついた。


「そ、そそ、それって……ここ、婚約みたいなものだよ……ね⁉︎」


「うん♪ でも、これを刻んだからと言って、結婚しなきゃいけない訳じゃないの。

これを刻んだ相手と、苦難を超える度に、より幸福になるっておまじないなんだよ〜」


「……俺にも刻まなくていいのか?」


 そう聞くと、彼女はハッと顔を上げた後、真っ赤になって蕩けた表情をして、耳をピクピク動かしていた。


「『抜け駆け』になっちゃうもん♪ 今は私だけでも充分嬉しいよ?

ちゃんとふたりとも話し合わなきゃね……?」


 そう言われて、俺まで真っ赤になってしまった。

 柊の紋は何処でも構わないそうだが、彼女は過去の哀しみを、幸せに塗り替えたかったそうだ。


─── とか何とか、甘やかな事があった


 奥様連中の視線がチリチリするが、俺は俺で皆と別れの挨拶を交わしているし、気づいてないフリをしよう。

 草原にはロゥトの民と、ケフィオスの民、そして留学中のムグラ族の人々が集まっていた。


「別れるのは寂しいのう……。いつでも帰ってこれるように、街づくりに勤しまなきゃいかんな」


「アルフォンス様なら、心配は要らぬであろうが、道中の無事をケフィオスの民全員で祈っておこう」


 ノゥトハーク爺とマラルメが、握手を求めて来た。

 今、ロゥトの集落では、ケフィオスに習って魔術や精霊術を応用した、大掛かりな街づくり計画が進んでいる。

 彼らの握る手には、表情の寂しさとは裏腹に、強い意志のあるしっかりした力が宿っていた。


「草原のエルフにランドエルフ、それに砂漠の民ムグラまで揃ってんだ、ここも安泰だな!

パガエデがいれば、商談も進んで行くだろ。将来が楽しみだ」


 そう言うと、照れるパガエデの背中を、レゼフェルとダルディルがパシンと叩いた。


「─── 痛ッ! 二人ともチカラ強いんだから、もうちょっと手加減してよね……!

主人……アルさん、貴方に助けられた命です、僕の一生を掛けて、エルフ達にお返しをしていきますから。

……スタルジャの故郷を、僕が守ります。だから、彼女の事をどうか……お願いします」


「ああ、任せておけ。エルフの事、頼んだぞパガエデ!」


 彼と握手を交わしていると、スタルジャがやって来て、パガエデに手を差し出した。


「─── ありがとうパガエデ……」


「スタルジャ……僕の方こそありがとう、仇の身内である僕を信じてくれた。

あの時、君が先にみんなと話していてくれなければ、僕はここには居られなかったんだ。

……この恩はこのロゥトに返していくよ」


「もう仇の身内だとか、思ってないよ……。貴方も貴方なりの幸せを、どうか見つけてね……」


 彼女は、まるで彼の姉であるかのように、優しげに微笑んでいた。

 今までパガエデの前では、どこかげんのあるキツめな表情だったが、今ようやく彼女の中で何かが吹っ切れたようだ。


 ソフィアは神として、皆から慕われていたのは分かるが、ティフォの周りにも人垣が出来ていたのは驚いた。

 それも野郎エルフが妙に多い。


 パガエデ曰く、ティフォのSっ気が、エルフ男性達に堪らないらしい。

 ティフォは基本、俺以外には素っ気ない態度だったり、意味なく上から目線だったりするのは確かだが……


─── 最後の最後に、エルフの妙な性癖を知るとは……


 ちなみにそう言うパガエデは、実は最近ロゥトの娘達から、人気が高いらしい。

 直向きに働き、学ぼうとする姿は元々好感触だったらしいが、一度死んだあの事件が大きかったようだ。

 失って気がつく大切さを、意識してしまったという感じだろうか?


「─── じゃあ、そろそろ行くよ。皆んな、元気でな!」


 そう言って歩き出すと、全員が手を振って見送ってくれた。


 秋深い草原の風は、少し冷たく澄み切っていて、景色をパッキリとさせている。

 丘の上から振り返れば、未だに皆は手を振って、こちらを見ていた。


 各々が佇んだ五百年の時を捨て、彼ら三種族は大きく動き出そうとしている。

 光の神ラミリアの言う事が正しければ、今後世界のバランスは大きく崩れ、何かが起きるのだろう。

 このダラングスグル共和国の地まで、その影響が来るとは限らないが、強大な戦力に目覚めた彼らがいるのは安心できる。


 スタルジャは、しばらくそこで立ち止まり、集落とその風景を眺めていたが、涙を拭い歩き出した。

 青く高い空にヒタキの鳴き声が、短く何度か繰り返し響き渡っていた。



─── 冬の気配が近づいている



 こうして俺達は再び、俺の出生を求める旅に、戻って行った。

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