【幕間Ⅴ】 ムグラ達のお見合い

 ケフィオスの闘技場の周りに、三種族合同イベントを終えた者達が、興奮冷めやらぬまま周辺で話し込んでいる。

 スクェアクは闘技場から出て来た所で、ロゥトの娘達の視線に気がつき、深い溜息をついた。


(はぁ……やっぱこうなっちまったか。くそ、俺もスタ姉について、アル様と旅に出れば良かったぜ……)


 とは思ってはみても、彼はアルフォンス達の仲睦まじい様子を思い出し、ついて行っても肩身が狭かっただろうと再度溜息を漏らした。


「ねえ、スクェアクが出て来たわよ!」


「いくら乱戦だったからって、女の子と合体しちゃうなんて……もうアレよね」


「体の奥の奥まで、ひとつに混じり合っちゃうのよ⁉︎ ああ、もう彼は男じゃないのね……」


 『生男』って何だよ……と、声に出したいのを我慢して、目頭をぎゅっと指で押さえた。


 今さっきまで、中で行われていたイベントは、魔術で喚び出された魔獣や魔物と、三種族合同で戦う合身訓練であった。

 パートナーを特に決めず、その場で釣り合いそうな相手を選び、即座に合身して実戦を繰り返す訓練である。


─── 通称『お見合い』


 もう幾度か繰り返されたこのイベントは、そう呼ばれるようになり、三種族の間では評判になっていた。

 一部セクシームグラ達が、その『お見合い』の言い方を、鼻にかかったシナのある表現をしてしまった事でより『出逢い感』が出てしまっている側面もあった。


 ムグラ族との合身は、その名の通り体を合体させ、戦闘能力を上げるムグラ独自の秘術だ。

 しかし、双方若い娘達も多いためか、異性と合身する事がそれとなくはばかられていた。

 特に純粋な性質の者が多いエルフ族の若者達には、表立って言いにくいものとなっている。


 ただ、ムグラ族は性別が分かりにくい者も多く、急いで合身すると異性だったなんて事も起こっているようだ。


─── 今日のスクェアクがそうだった


 彼の近くに大型の魔獣が現れ、側にいた呑気な顔をしたカエルムグラに、合身を求めた所すんなりとくっ付いて来た。

 混じり合う瞬間に、女性ムグラだと気がつき、思わず怯んだが彼女は半ば強引に入り込んでしまった。


─── ウフフ……照れてるの? めんこいなぁ


 そんな言葉が、耳をくすぐる感覚を伴い、思わず『おうふ』と声を漏らした。

 しかし、目の前に迫ったレッサーデーモンに、スクェアクは気持ちを切り替え、彼女との共闘に踏み切る。

 光の神ラミリアに与えられた力は、魔力だけでもマラルメに匹敵する程のものだが、それ以上に魔力操作感覚が研ぎ澄まされたのが、最も大きな恩恵と言えよう。


 強大な魔力を、肉体強化に注ぎ込み、瞬時にして彼らはレッサーデーモンを撃破したのだ。


 その後も彼らは、段々とレベルの上がっていく魔物達相手に、手を焼く事も無く勝ち続けた。

 更に彼の中にいるムグラは、倒した魔物の中から、より強い者を選んで合身を繰り返す。


 普通なら自分より強力な者には乗っ取られてしまうムグラ族だが、内部でスクェアクが使役の魔術紋を刻む事でムグラの主導権を持たせている。

 このイベントは、ムグラ族とエルフ達の出逢いの場であり、ムグラ族強化の場でもある。


 二人の相性は抜群に高く、その実力も戦いをこなす毎に伸び、気がつけば会場中を虜にしている程であった。

 余りの高レベルな戦いに、皆の注目が集まったのが災いし、合身を解除した時に女性ムグラだと判明して騒がれてしまった。


─── 呑気な女性カエルムグラは、狐耳に三本の見事な尻尾を揺らす、艶やかな美女に変貌していた


 ムグラは元々、サンショウウオの獣人である。

 その力が低いため、合身出来る相手が限られていたのだが、エルフ族と合身する事でより強い存在と交わるようになった。

 途中、確かに巨大な狐の魔物と戦い、合身はしたが、まさか人型獣人のようになるとは、彼は想像すらしていなかったのだろう。


─── スクェアクは、ただ見惚れてしまった


 そんな彼に気づき、妖狐となった美女ムグラはフフッと笑い、すれ違いざまに耳元で囁いた。


「ウフフ……あんた、えがったよぉ♡ あっだら暴れん坊(魔力)、いぎなりねじ込むんだもん、腰が抜げっかと思ったわぁ〜♪ また後でなぁ……」


「お、おい! 注いだのは魔力だろ、へ、変な言い方……す、するな……」


 真っ赤に染まったスクェアクの耳が、羽ばたくように、パタパタと動いていた。

 そんな彼にウィンクを返して、妖狐ムグラは豊かな尻尾を揺らすように、腰をくねらせて去って行った。


─── で、今はあれこれ噂の的になっている


 ロゥトの娘達は、スクェアクを『進んじゃった男の子』として、あれやこれやと騒いでいた。

 気を取り直して、歩き出そうとしたスクェアクだったが、後ろから腕を掴まれ留まる。


「お待たせ〜♪ ねぇ〜もう一発、すんごいのしよ?(魔術的な事) 草原さ行けば、誰の事も気兼ねしねえで思いっきりぶっ放せるべ?(魔術的なもの)」


 後ろから抱きつかれ、肩にあごを乗せたまま、妖狐ムグラがそう言った。


「ばッ、ちょ……おまっ! い、言い方!」


「嫌だよぅ、お前なんて。あたしの名前は、エリザベートだぁ♪ あんたの名前は?」


 更に顔をせり出して、スクェアクの耳元に、甘い吐息がくすぐり掛けた。


「す……スクェアク。ロゥトのランドエルフ、スクェアクだ」


「ふぅん。いー名前だねぇ、顔と同じで男前♡ ね、早ぐ行こ♪ 行こ行こ♪」


 実はロゥトでは、一部に人気の高い彼だが、女性経験は一切無し。

 タジタジになる彼の手を取り、エリザベートは、満面の笑みで駆け出す。


 その場にいたロゥトの娘達は、自分達が赤くなって、きゃあきゃあと騒ぐのだった。



─── 一方、売れ残りムグラ族の男達のコロニー



「はぁ〜エリザベート、うらやまましいわぁ。オレっちも、狙ってたんだよなぁスクェアクさぁ」


「んだんだ。あの逞しいモノ(魔力)が、オラの中で暴れるって想像するだけで、もう辛抱たまんねぇってなぁ?」


「マラルメさぁは、もうジョセフに首ったけだもんねぇ。後はでっかくてビンビンな人(魔力が)ったら、誰かねぇ」


「スクェアクさぁと、同じ位の逸物おっ立てられる(魔力の話)人ったらぁ……ノゥトハークさぁでねぇの? あの人はどうだかねぇ?」


 と、その中に居た、数人のムグラが、首を振った。


「あの人のもデケエ(魔力が)けどぉ、なぁんつぅか、最中に色々聞いて来るんだもんなぁ……」


「んだんだ。『こうして欲しいのか?』『ここがええのか?』『儂の(魔力)はイイじゃろ?』てなぁ、ちょっと変態ぽくって萎えるよなぁ(戦意が)」


「オラなんかこの間、色んな道具さ持ち込まれてなぁ(魔道具)、休みなくぶっ通しでよぉ? くったくたになったもんねぇ」


「はえ〜! ど、道具け? どんな事されたのよぉ?」


「根元を(魔力の出る所)締め付けて、長持ちさしたりな。偽物の立派なモンを(マナを魔力に変換したやつ)ぶち込まれたりしてなぁ……。

もう変な声出ちゃったもんねぇ(咆哮が)」


「「「はぁ〜、鶴亀鶴亀」」」※ムグラ方言(飛び抜けた出来事や、喜ぶべき事への掛声)


「そっだら事がしょっちゅうじゃ、体が持たねえべなぁ」


「いんや、それがなぁ? オラ達がバテてくっと、回復魔術使ってなぁ。もう合体の事しか考えられねぐされんのよ」


「「「はぁ〜、鶴亀鶴亀」」」※ムグラ方言(飛び抜けた出来事や、喜ぶべき事への掛声)


 そう掛声を上げながらも、ムグラ達は自分の肩を抱くような仕草をして、体を揺すっている。

 ここにいる彼らは、まだモグラやハリネズミなんかの、弱い生物と合身したままだ。


 それはパートナーと、良い戦いの機会に恵まれていない事を示す。


 彼らも強くなる事に憧れはあるが、弱いまま平穏に暮らす事にも、魅力を感じている者は多い。

 そう言った者達は、ケフィオスの豊富な蔵書や、魔術道具の知識を得て、故郷に伝える事を目的としている。


「そう言えばよ? ひとり人間が居るのをロゥトの方で見たけど、あの人はどうだかね?

あれも立派なモン(魔力が)持ってたけどなぁ」


「あ〜、パガエデさぁな。あの人のも大っきい(魔力が)よなぁ? それになんだか、テカテカしてて(光属性のオーラ)見惚れてしまったんだよねぇ」


「あの人はアルフォンスさぁに魔術を教わったばっかりで、まだ合身は考えてねぇんだってよぉ?」


「「「はぁ〜トチの実、トチの実」」」※ムグラ方言(渋くて残念の意味)


「でもまあ、今は考えてねぐっても、その内辛抱たまらんくなるべ。まだ若ぇんだしな。合体に興味が強い年頃だもんなぁ(ムグラ族では、若い者は合身への興味が強い傾向にある。それ故の先入観)」


「「「んだんだ」」」


「そう言やぁ、あの人間の人は、他の人間達と交易してるってなぁ? オレらの鉱石とかも買ってもらえねぇかねぇ」


 パガエデを主体に、すでに何度か交易は繰り返され、最近ではケフィオス産の作物や、生活雑貨なども扱うようになっていた。

 ムグラ族も作物を育てているし、魚の流通も出来るのだが、日持ちする事を考えれば鉱物の取引の方が勝手が良い。


「ああ、それならアルフォンスさぁが、もうパガエデさぁに言ってくれたらしいよぉ?

なんでもなぁ? 白露銀がこっちでは『ミスリル』て大層高価なんだってよぉ〜」


「そりゃあ、オラ達が金持ちになれるって事かいねぇ!」


「「「はぁ〜、鶴亀鶴亀」」」


 もうすでにその噂は、彼らの住む人々にも伝わっているらしく、急に気が大きくなって無駄な買い物をしてしまう者まで出ているという。

 一攫千金の夢は、時に人を熱に浮かす事があるが、ムグラ達も同じだったようだ。

 元来、子供のまま大人になる、幼形成熟の種族であるムグラは、性格的にもやや子供っぽい所がある。


 この成金熱が元で、後に破産ムグラ問題が持ち上がるが、持ち前の人懐っこさから孤高のエルフに『保護欲』を生み出す発端ともなるのだが、それはまた別のお話だ。




 ※ 




「うん、ここまで来ればイイべさ♪ スクェアク、しよしよ♡」


 速足でズンズン進んでいたエリザベートは、平原に立ち止まると、弾むように振り返った。

 白い肌がぷるんと震え、銀色の艶やかな髪が、草原の風になびく。


 見た目の年齢では、彼と同じか少し上位だろうか、艶やかな唇をキュッと結んで悪戯っぽく笑っている。

 それら全てにいちいちドキドキしながら、スクェアクは目を奪われ、今までに味わった事のないたかぶりを覚えていた。


「……で、でもよ。ここじゃあ、魔物なんてほとんど出ないぜ? 訓練するにもさぁ─── 」


「ほれ、これがあるんだぁ☆」


 彼女が懐から取り出したのは、禍々しい造形の黒光りする小さな壺だった。


「─── ! お、おまっ、そ、それ……⁉︎」


「マラルメさぁから、借りて来たんだぁ〜♪

早速、使ってみんべねぇ〜」


 『お見合い』で使われていた、魔物召喚の呪物である。

 口をパクパクさせているスクェアクを他所に、エリザベートは壺の表面を、きゅっきゅきゅっきゅと擦り始めた。


「お、おい、めっちゃくちゃ擦ってるけど……使い方は分かってんだよな?」


「ん〜? 擦った回数で、強いのがでるんだってねぇ?

お見合いの最後の方ので、みこすり半くらいだったて言うから、これくらいやっといた方がいいべさ♪」


 そう言った時、二十回は擦っていただろうか、慌ててエリザベートの手を止めたが、すでに壺からは、向こう側が見えない程の黒い煙が出始めていた。


(あ……これ、ヤバイ奴だ……。俺の心の鐘がガンガン鳴ってるじゃねぇか……ッ)


─── バスコーンッ!


 およそ煙の出す音とは思えぬ、巨大な発破音を立てて、目の前に巨大な影がそびえ立った。



─── グルロロロロロ…………



 地鳴りのような音が、その喉から鳴り響き、スクェアクは圧倒される。


 全身朱色の鱗に覆われた、燃えるような紅い翼を持つ、絶望的な覇気を放つ龍種がいた。

 金色に輝く眼には、一切の温かみを感じさせぬ、自然の脅威そのものの非情な鋭さがある。


「はえ〜! すっごいの出たねぇ♪ ほらほら、早く合身さしねぇと、食い殺っされるよぉ☆」


「……え、古代エイシェント紅鱗龍レッドドラゴン……ッ⁉︎ し、死んだ、俺今死んだよ……ッ!」


「なぁに、熱く後ろ向きな事、言ってんだぁ? あんたから来ねぇなら、あたしからモーションかけちゃうもんねぇ☆」


 『古代エイシェント紅鱗龍レッドドラゴン』それ一体で、世界を滅ぼしかね無いと言われる程の、伝説の龍種である。

 その鱗はあらゆる刃を弾き、その身に流れる血は不死に近い再生力、そしてその息吹は星すらも灰にすると伝えられていた。


 冒険者の戦力で言えば、規格外なS級の者達が、複数パーティで強力し合って、何とか届くかどうかといった所だろう。

 その灰色の絶望感の中、茫然自失のスクェアクは、エリザベートに無理矢理合身され、肉体強化の暴風に包まれた。


─── あれ? イケるんじゃね?


 突如沸き起こった万能感は、彼の心に突き刺さった古代エイシェント紅鱗龍レッドドラゴンへの恐怖を吹き飛ばしていた。


(くすくす、やっとヤル気出したんだねぇ♪ はぁ……中でビンビンしてるでねぇの♡)


「─── い、言い方ァッ‼︎」


 刹那、轟音が空をつんざき、古代紅鱗龍の巨体が草原の上を滑るように吹き飛んだ。

 銀色に光る巨獣の四肢、仄かに空に光の線を曳く六本の長い尻尾、その獣の胴体から伸びる人型の上半身。


 

─── ハイブリッド・エルフ



 ムグラ族と完全なる融合を果たした者を、彼らはそう呼び、その未来を託している。


─── 【雷火フランド


 詠唱をする事も無く、スクェアクの指先が示すと、天空から光の柱が突き刺さる。

 古代エイシェント紅鱗龍レッドドラゴンを包み込む、白い閃光に遅れ、轟音が地を揺るがした。


 スクェアク自身の意識をも刈り取るであろうその衝撃は、精霊達の光によって阻まれた。

 この雷撃系上級魔術は、妖狐自身がその血によって起こす、特性として備えた能力である。


 魔物の使用する魔術は、精度こそ高くは無くとも、無詠唱で起こす現象に近いものだ。


─── グォオオオオォォォォッ‼︎‼︎


 全身の鱗を赤熱させながら、巨龍は咆哮を上げ、スクェアクに襲い掛かる。

 しかし、極限まで強化された反射神経は、強化された筋骨を軋ませる力で、その場から弾けるように移動させていた。


(はぁ〜、ダーリンやっぱり素敵だねぇ☆)


「う、うるさい! しゅ、集中出来ねぇだろ!」


(ウフッ、動揺するくらいには、あたしに魅力感じてるんだねぇ?)


 敵の姿を見失い、戸惑うようにクビを振っていた巨龍は、背後でブツブツ呟くスクェアクに気がつき唸りを上げて方向転換をする。


─── ブォン……ッ!


 大質量の尻尾がスクェアクの脇を捉え、踏み込んだ地面ごと、軽々と吹き飛ばす。

 辺りには白熱した火花が散り、再度大地は爆音と地響きに揺れる。


「……話は後だエリザベート。乳繰り合って倒せるほど、生半可な相手じゃねぇ」


(ち、ちちくり……! んもう、分かったよぉ♪ 後はダーに任せるねぇ〜)


 スクェアクの眼光が、更に威圧を増す。

 全身の筋肉が音を立てて盛り上がり、周囲には夥しい数の、精霊達の光の球が浮かび上がる。


「……勝ったのぅ」


「─── ああ」


 離れた所で、ノゥトハークとマラルメがその様子を見守っていた。

 それにスクェアクは気づく事もなく、体勢を低くして強敵を討たんと力を溜める、古代エイシェント紅鱗龍レッドドラゴンを睨みつける。


「「ま、後は若い二人に任せて……」」


 そう言って、二人の族長はホクホク顔でその場を去った。


 本人達はそれを知らずに、お互いの力を引き上げ支え合い、信頼と敬意を高める。

 二人の初めての共同作業であった。


─── 伝説の龍種と、若きハイブリッド・エルフの戦いは、後にダルンに語り継がれるものとなる


 草原と砂漠に隠れ暮らした、弱い二つの種族は、もうここにはいない。

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