第十五話 シノンカ聖王朝中央神殿

 白い巨大なホールは、ドーム状の天井となっていて、白い漆喰しっくいのような壁は所々に備え付けられた魔石灯で、穏やかな暖色の明かりを保たれていた。


 壁の至る所には丸い穴が開いていて、そこから様々な小動物の姿をしたムグラ達が、揃って顔を覗かせている。

 ここは『だいたいまんなか一区』の中央、巨大居住区にして、集会場の機能を併せ持った施設だ。

 そのだだっ広いホールに、石材で作られた灰色のテーブルが並んでいる。

 ホール中央には、幌馬車三台分はあろうかと言う、こんがりと丸焼きにされた巨大な龍種の姿がある。


 『サンドワームグレイドラゴン』

 砂地に生きる、大型の種類で、羽根を持たない地龍の一種だ。

 目や手足は退化し、地に潜りやすいように、蛇か芋虫のような体型をしている。


 見た目は情け無い感じだが、動きは素早く、地中を走るより速く移動しつつ、まともに食らえば即死する程の超音波を放つ。

 数と個体によっては、S級指定の強力な危険生物だ。


「エルフの大将達のお陰さんで、こっだらおっかねぇもんも、朝飯前だったよぉ〜‼︎」


「「「ふぉ〜いッ‼︎」」」


─── ポコポコポコポコポコポコ……


 ムグラ総出で、そこらの壁やテーブルをポコポコ叩いて音を出す。

 彼らの喝采らしい、まあモグラだったりネズミだったりで、拍手は無理そうだしな。


「これだけじゃねぇんだぁ! もうみぃんな知っでると思うけんど、他にも大型魔獣が食い切れねぇほど、たんまりあるよぉ〜!」


「「「ふぉ〜いッ‼︎」」」


─── ポコポコポコポコポコポコ……


「んでなぁ、この人がエルフの大将の、マラルメさんだぁ〜! みんな、ありがてぇ話があるって、耳かっぽじって聞いとけぇ〜!」


「「「ふぉ〜いッ‼︎」」」


─── ポコポコポコポコポコポコ……


「ありがとう! 私はこの砂漠のすぐ東に住む、草原のエルフ、マラルメと言う!

今日はここにいるジョセフと、ムグラの民のお陰で、人生これ以上ない程の素晴らしい戦いを味わえた!

今後、我々草原のエルフは、かつてのシノンカ霊王朝時代の頃のように、ムグラの民への協力を約束しよう!

今日は祝いだ、心置き無く肉を楽しんで欲しい‼︎」


 本日最高の歓声がホールを轟かせた。

 マラルメ達が、砂漠から帰って来た時からではあるが、今やムグラにはエルフフィーバーが巻き起こっている。


 このS級レベルの地龍もそうだが、砂漠に住む名だたる魔獣の群れを、ほとんど一瞬で片付けて来たらしい。

 ムグラ達の興奮は勿論だが、それに増してケフィオスの面々の浮かれっぷりは凄かった。


─── ちょちょちょ、聞いて聞いてアルフォンス様! 魔力がね、ギューって筋肉に巡って!パーンってなるんだよ! 凄くない⁉︎


 最初、マラルメはムグラに乗っ取られたままなんじゃないかと疑う程、いつもの重々しい口調がぶっ飛んでいた。

 地で喋ると、語彙ごい力が極端に弱くなるようだ。


─── 超上級魔術には及ばないが、一撃必殺の物理攻撃に魔力を乗せて、息をするように強化して繰り出す


 魔術に頼って生きて来た彼らにとって、詠唱する必要の無い、肉体強化の恩恵は驚嘆きょうたんに値する経験だったようだ。

 ただ、一緒に着いて行ったノゥトハーク爺とスクェアクのランドエルフ組は、浮かない顔をしていた。


「研究を重ねたら、多分いけるじゃろうが、今は白髪には敵わんのぅ……」


 精霊術と相性が良い魔力を持ってはいても、白髪のエルフのような、出力と貯蔵量が違う。

 精霊とつながる事で、大地のマナを魔力化する事も出来るが、肉体強化に変換するのはかなり難しいようだ。


「俺は精霊術だけでいーわ。ややこしいのは勘弁だ」


 スクェアクは、ケフィオスとこの砂漠巡礼に抜擢されるだけあって、精霊術と相性が良い。

 根は真面目ながら、自由を求めるスタイルは、精霊と同調する時にすんなりと受け入れられるようだ。


「ふむ、ダルディル辺りは、意外と繊細な遣い手じゃからな、性に合っとるかものう」


「ああ、それならパガエデも、今は光属性魔術を使いこなすし、魔力もグール並だ。スクェアクといい勝負になるかもな」


「……族長、後で俺と合身の研究だ!」


 パガエデの名前を出した途端に、スクェアクは燃え出した。

 思わずノゥトハーク爺と噴き出す。


 聖戦士化したパガエデは、実際別人のような強さになってるし、生来の真面目さと、ランドエルフへの強い想いもある。

 修練への取り組み方が、小さく確実に積んで行くと言うか、ゆっくり無駄なく堅実に駆け上がっていく感じだ。


─── こりゃあスクェアク、いつか負けるな


 壁の穴倉から、ワラワラとムグラ達が這い出て来て、慌てて降りようとするが、七割位は転落していた。

 モグラだのネズミだの、体が柔らかくて毛が多いからか、コロコロしてて全然痛そうじゃ無い。


「酒持って来たよぉ〜! 隣の二区三区も、食べ物持って特急で来るってぇ♪」


─── ズドガァァァンッ!


 街のあちこちから、侵略でも受けてんじゃないかと不安になるような、激突音と衝撃が響く。


 お隣さん達も続々と集まっているらしい。

 このムグラ達の情報網の速さはなんだ?

 四方八方から、ワラワラ集まっては、地龍の丸焼きに驚きの声を上げ、酒や食材を持ち込んで来る。


「あ、マラルメ達が、肉食べてる⁉︎」


 スタルジャが驚くのもそのはず、エルフは血生臭い食を苦手とする。

 肉もダメなら、動物由来の乳製品や脂なんかもダメらしい。


─── 仲良くなるなら、同じ物を食う


 彼らも真剣なんだなぁ、地龍の丸焼きだって、マラルメ達が魔術でローストしてたし。

 焼いてる時の臭いだって、気になっただろうに、ムグラ達とわいわい騒ぎながら、楽しんで調理してたように思える。


「なんか、今日一日でケフィオスの連中、えらく丸くなってないか?」


「ふふふ、ただ維持して行くだけの暮らしから、一歩進んで先を考えられるだけの、安心感を手に入れたんでしょうね♪」


 ソフィアはそう言って、前を通り掛かった子供のモグラムグラを抱き上げて、強引に頬擦りしていた。

 最初はジタバタしていたムグラも、何かを諦めたように、ダラーンとしてる。


「ん、白エルフとモグラは、ロゥトとしょーばい、してけばいい。そこらの国より、強くなるよ?」


 ティフォは言動とジト目のせいで、普段はたいがいアレだが、流石中身は三十六万才。

 俺の近くでガセ爺の経済論を聞いてたから、時折こうやって核を突いたりする。


「そうだな、ムグラには鉱脈と金属精錬技術があるし、海産物も高速で流通できる。

ケフィオスは高い魔術知識と技術で、ムグラをサポートしながら、お互いを守り合える。

ランドエルフは強力な精霊術で、草原からの門番になれるし、人間との交易の窓口にだってなれる」


 もちろん、最初は色々あるだろうし、最終的な方向性は別れて行くかも知れないけど、挑戦するだけの価値がある。


「うむ、ラミリア様にごめんなさいするつもりが、思わぬ運命の流れを、掴んでしもうたかのぅ」


「全てはあの時、私達の門を主人あるじ様がお開きになられてから始まったのですよ。

この出逢いを無駄にしては、また私達白髪のエルフは、小さく隠れて生きて行くしかなくなります。

ノゥトハーク様、これは本格的に三種族で話を進めてはいかがでしょう?」


 ナウシュがノゥトハーク爺と、三種族の将来について語り出した。

 その手には、ムグラ族が作った酒が注がれている。


 ……ケフィオスの門をブチ開けたのはティフォだけどな?

 後、ケフィオスに話つけに行くってのも、スタルジャの意思だしな?


 草原のエルフ、ランドエルフ、ムグラ族。

 この三種族が手を組んだら、更に獣人族も絡んだりしたらどうか?

 戦力の点で言えば、無視の出来ない存在となるし、経済の面で見れば、人間側からも大きな商圏の拡大につながるだろう。

 聖魔大戦以後、疎遠だった人族同士、もう一度見つめ合うきっかけになるかも知れないな。


 とか何とか考えていたら、ソフィアが俺に澄んだ酒の入ったグラスを持って来てくれた。

 鼻を近づけてみると、甘くて何処か懐かしさを誘う薫りがする。


「わ、このお酒、美味しいです! 仄かに甘くて香ばしい……この味は何処かで……?」


 先に口をつけたソフィアが、うーんと小首を傾げると、トゲトゲしい鱗に覆われつつもずんぐりしたトカゲムグラが振り返る。


「んー? それは『紅芋酒』ってねぇ、紅い芋から作ってんだぁ。そのままだとキッツイけどぉ、丁度いい水加減に割ると、何故だか急に甘くなんだぁ〜♪」


「はぁ〜、確かにお芋さんですね! それもじっくり焼いた甘いのと良く似てます♪」


 色々と話している間に、各テーブルには所狭しと、色とりどりの料理が並んでいた。

 すでにティフォとスタルジャは、皿を持ってテーブルを物色している。


 ムグラ族は肉がご馳走。

 それは換金する時の価値で分かったけど、実際、今並んでいる料理には、ふんだんに肉を使ったものが多い。

 でも、よく見れば皿が白い物と、絵皿の物に分かれている。

 パッと見では、人間の俺には気が付けなかったが、スタルジャの嬉しそうな声で意味が分かった。


「あは! 絵皿の方はエルフ用なんだ〜♪ 優しいなぁムグラの人たち!」


 何か色々雑だけど、料理に関しては繊細なムグラ族は、やはり気遣いも繊細だ。

 いちいち肉の入ってない料理を探して取り分けるのは、エルフにとってもムグラにとっても、煩わしいだろうしなぁ。


─── …………ドガァァァ……ン


 また何処かから、別の街のムグラが到着したようだ。

 遠い激突音と、床から振動が伝わる。


 この宴会は、まだ正式な種族同士の会談とかじゃあない、ただのお祝いだ。

 五百年もこもり切りだった、それぞれ三種族の宴会は、文字通り『一体化』しただけあって、開放的なムードで盛り上がっていった。




 ※ ※ ※




「えぇ……マジで?」


 例の箱の発車場で、案内ムグラの言葉に、俺は鼻がツーンとなる思いで呻いた。


「あっはっはっ! 本当だよぉ、特急てのは加速の回数がどうこうじゃあねぇの。オラたちの気合いの問題だぁ♪」


 そう言って、野ねずみ型のムグラが、フルスイングの素振りをした。

 ……どんなにショックでも、目の前をプラプラする尻尾があると、掴みたい欲求に駆られるものなんだなぁ。

 思わず出し掛けた手を、胸の前でワキワキ握って何とか堪えた。


「本当に、お前さんらは、行かんでええんかのぅ? せっかくここまで来たっちゅうのに」


 ノゥトハーク爺が残念そうな顔で、草原のエルフ達に尋ねた。


「我々はここに残り、ケフィオス里の者達を、連れてこようと思う。

アル様に転位魔術陣も作っていただいたしな。

……まだまだ砂漠には、ムグラ達にとって脅威となる魔物も多い。

ここはラミリア様のお導きだと思って、彼らに協力すると共に、私達の今後も含めて話し合っておきたい」


 宴会から二日、エルフ達はムグラの首長達と会談して、交流を深めていく約束をしていた。

 マラルメ達は、転位魔術が使えないと聞いたので、ムグラ達の許可を取って、転位魔術の魔法陣をケフィオスと双方に設置した。


 これなら特急車両に乗って、往復する必要もないし、双方の話し合いもスムーズにいくだろう。

 ……アレはアレで、いい経験だと思うんだけどな、マラルメからのだから仕方がない。


「……スクェアクも、本当に来なくていいのかなぁ?」


 合身の研究に燃え上がる彼は、昨日突然に、この街に留まると宣言した。

 スタルジャが心配するのも無理はない、ノゥトハーク爺と彼の目の下のクマは、今もバッチリ黒々している。

 光の神ラミリアに、やっぱり毎晩、呼ばれているらしい。

 それも音声が聞き取り難い上、なんか妙にホラーな演出が多くて、寝た気がしないと呻いていた。

 そんな状態でも、合身の練習に一時も無駄にしたくないとは、彼の決意の高さが伺える。


「ま、こっからはカーブ少ねぇから、大丈夫大丈夫。シノンカ王宮まで、難所もねぇがら安心してなぁ〜♪」


 ……信用しねぇかんな!

 でも、ここに来るまでにあった、垂直落下ゾーンだの、片輪浮きまくり急カーブゾーンだのがないのなら、多少は安心か……?


「んじゃまあ、乗って乗って─── 」


「あら、スクくん。残るんじゃなかったんですか? 荷物も持ってるし、その格好は、お見送りじゃないですよね……?」


 突然、旅する準備万端のスクェアクが、発車場に現れ、ヒタヒタと歩いてやって来た。

 歩き方に何時もの覇気がないと言うか、全体的に生気が無い上、目には光が無くボーっととしている。


「……なんだスクェアク、やっぱり神殿に行くのか?」


「…………ああ……」


「昨日、アレだけ合身を極めるんだって、熱く語ってたじゃないか、それがどうして……」


「…………ああ……」


 何だこれ? ただやまびこのように、生返事をしてるだけにしか見えない。


「……もしかして……寝惚けてるのか?」


「…………ああ……」


「昨日のお前の言葉を思い出せ。『ボォクちんはぁ〜、ムグラに潜られて、超マジビッグになるからぁ〜』って、アホ面下げて言ってたじゃないか」


「…………ああ……」


 あのスクェアクが、キレないだと⁉︎

 白眼まで剥いて煽ったってのに、上の空で生返事するとは、こいつ何かがおかしい……。


「まあまあ、本人が行くって言ってんだぁ、乗っけてやりゃあいいでねぇか♪ ほれ、乗った乗った〜」


 案内ムグラが、スクェアクをドーンと突き飛ばすと、彼は簡単に箱の中に落ち、逆さの状態でハマったままピクリともしない。

 皆で顔を見合わせるも、何ら答えが出るはずも無く、そのまま全員乗り込む事にした。

 俺の箱の中は、来た時と同じ、スクェアクとノゥトハーク爺の三人だ。


 未だ逆さのままボーっとしているスクェアクに、気の毒のような、わくわくするような、複雑怪奇な気持ちだった。


 つつがなく蓋を叩き込まれ、三日ぶりの不安な気持ちが、モヤモヤと込み上げる。

 実はこの蓋バンバンが、一番不快な気がするのは、俺だけだろうか?

 箱の外を、ハンマーを引きずる、重々しい金属音が通り過ぎて行く。


「ほんじゃな、出発するよぉ〜! 

三、二─── 」


─── ズドガァァァンッ‼︎


 そのカウントのズレは何だッ⁉︎

 突っ込む間も無く、俺の体は後方に押し付けられ、ノゥトハーク爺の間に挟まれたスクェアクの頭に腰がぶつかる。


「─── うぼぁッ⁉︎ え? なになに⁉︎」


 突然スクェアクが我に返って、凄まじい重力の中で、逆さの体を暴れさせる。

 ノゥトハーク爺の、物凄い迷惑そうな顔が、スローモーションで確認出来た。

 にしてもこのフレッシュな反応、やっぱりコイツ、夢遊状態だったのか⁉︎


「おわッ! 何で箱に入ってんだ俺ッ⁉︎ うべぇ……ッ!」


 済まんな、説明してやりたいが、今口開いたら悲鳴しか出そうに無いんだ。

 その前に、説明聞きたいのは、こっちの方なんだが。


─── シュゴゴゴゴゴゴゴゴ……


 ムグラの匙加減さじかげん賜物たまもの、特急車両は無事、安定した速度でレールの上を走り出す。

 ようやく慣性が正常に働いて、俺の体が前に移動すると、スクェアクが狭い箱の中で体勢を取り直した。

 真っ赤で涙目なのは、怖かったからか、逆さだったからか……。


「急にな、お前からッ! やっぱり乗るって! こっちに来たんだよッ!」


 猛烈な騒音の中、沼から救助された猫みたいな顔をした、スクェアクに大声で話す。


「……夢見てたんだ……ラミリア様の光に……温かく包まれて……幸せな夢……だった」


「何ッ? 聞こえねぇよッ! デカイ声で話せって!」


 スクェアクはフルフルと首を振り、両腕で締め付けるように膝を抱えて、顔を伏せて黙ってしまった。


─── たばかられた……


 途中、そんな声が彼の方から聞こえた気がしたが、車輪とレールの織り成す爆音で、良くは分からなかった。




 ※ ※ ※




「ほ〜い! コレで全部、届いだねぇ?

本当に来ちゃったなぁ〜♪ 今、蓋開けてやっかんなぁ?」


─── ガンッ ガンゴンッ グギギ……


 何か蓋の歪みキツくなってんじゃねぇか⁉︎

 苦戦してるのか、途中ヒソヒソと話し合う声まで聞こえて来て、不安がマックスだ。


─── やっとこさ、終点まで来たと言うのに、一生このままなんじゃ……


 疲れ切った心が、弱音をズンドコと、頭の中に乱れ打つ。


「ちょっと危ねぇかんね? ここん所から、離れててなぁ?」


 そう言って、箱の一部分を、外からバンバン叩かれた。

 一番近かった俺は、より体を小さくして、泣きたい気持ちで後ろに下がる。


─── ズコッ!


「「「ひいっ!」」」


 蓋の端に、突如黒光りする、金属の棒が突き刺さった。

 その鋭利な凶器の先が、数回わしわしと揺さぶられると、テコの原理で蓋が剥がし取られた。


「あー、ここだここ、ここん所が引っ掛かってたんだなぁ。いやぁ〜焦ったよぉ♪」


「……はは、俺もだよ……」


 もう何も言うまい。

 俯いたまま生返事をして、顔を上げた時、俺の体は再び縮こまった。


─── 黒光りする鋭利な何かが、まだ目の前に


 ん? いや、さっきのは鉄だったけど、コレは何か材質が違うな……。

 不思議に思ってそれを掴んでみる。


「……むぐっ……ひゃにをひゅる……」


「あん?」


 更に上を見て驚いた。


「「「鶴⁉︎」」」


 箱の上から、白く大きな鶴がくちばしを掴まれ、凄く迷惑そうな顔をしている。


「ああ、済まん! さっきの鉄の棒かと思って……」


「いやいや、驚いたってぇ〜。さばかれっかと思ったよぉ〜」


 鳥ジョークか?

 合わせ笑いを返しながら、箱を跨いで降り、先を見上げて再び驚く。



─── シノンカ遺跡



 金属ともレンガともつかない、鈍く細かな光の粒を反射する、直方体の物体で造られた荘厳な壁。

 一定間隔で立てられた柱は、壁と同じ材質なのか、しかし継目がなく精密なスリットが施されている。

 その廊下の先は、真っ直ぐ目の前に続き、奥の様子がうかがえない程長い。


「ようこそ〜! シノンカ霊王朝中央神殿へ。よぐ来たねぇ、よぐ来たねぇ〜♪」


 どうもこの鶴ムグラは、ここ中央神殿に仕える、巫女さんらしい。

 確かに声は女性だが、鶴と喋る機会もそうそう無いので、何処から驚けばいいのか分からなかった。


「あ〜、もしかして、あんたが『あるふぉんす』さんかね?」


「……え? そうだけど、良く分かったな。連絡でも来てたのか?」


 そう答えると、鶴ムグラの周りにいた、サギムグラ、白ネズミムグラ、白モグラムグラが意味深な笑いを浮かべた。


「いんやぁ〜、ラミリア様がねぇ、私ら巫女達の夢に出て来んのよぉ」


「そうそ、綺麗な声でねぇ、ちょっと聞き取り難いんだけどもなぁ」


「『あるふぉんす』を連れて来なさい……てなぁ? あんたの顔さ、なんべんか夢に見たのよぉ」


 そう言って白ムグラ達が、きゃいきゃいと光の神の話に、花を咲かせている。

 しかし、揃いも揃って皆んな白いムグラばかりだな……神使になぞらえているのだろうか。


「─── あー、それは済まなかったな、眠れなくて大変だったろうに……」


「「「ないない!」」」


「たま〜にだもん」


「ラミリア様の夢だよぉ? そっだら光栄な事、他にねぇべ♪」


 後ろの方で、ノゥトハーク爺とスクェアクの、弱々しい溜息が聞こえた。

 『何で俺らは毎晩だったんだ』と、聞こえて来そうな、青い青い溜息だった。


 ラミリア宮に行く前に休憩を勧められ、鶴ムグラに連れられて、移動する事になった。

 入口から見た時は分からなかったが、ズラリと並ぶ柱の間に、不規則に通路が存在している。

 このまま真っ直ぐに向かっても、大祭壇の間に着くだけで、主要な神々の神殿には辿り着けないらしい。

 来たばかりの者は、確実に迷子になると、鶴ムグラは言っていた。


 攻め込まれたりした時の知恵だろうか、かつて霊王が治めていたこの国の、息づいていた跡を見た気がする。


「オニイチヤ……ここ、色んな神気がある。すごく薄いけど」


「ああ、集中しないと、分からないくらいだ。それでも、そこらの神殿と比べたら、神の気配が近い気がする」


「信者さん、少なくなったからねぇ。

ここには十二の神様達が祀られてけど、段々と力が無くなって来たーって、昔の人は言うねぇ」


 守護神も含めての事なんだろう、信心や注目が無くなれば、やがて衰えてしまうと言う。

 真性の神ならば、衰える事は無いかも知れないが、人の来なくなった場所とは疎遠にもなるだろう。


 ふとソフィアを見ると、髪で隠れて目元は見えないが、口元がやや固いような気がした。

 そっと手を繋ぐと、きゅっと強く、握り返して来た。


「…………大丈夫か」


「……はぁ……来てしまいました。この後を思うと……」


 ソフィアの上司だもんな、緊張もするだろうし、今回は『信者とってゴメンね』報告だもんなぁ。


 よし、いざとなったら庇ってやろう。

 変な呪いでも掛けられなきゃいいが……。


─── ……さぁぁぁぁぁぁ……


 光の神との対話を想像していた時、微かに鳴り続ける、一定の音のノイズが入って来た。


「ん? この音はなんだ……」


「んん? あら、耳いいねぇ。この先にねぇ、滝があるんだよぉ。休憩所はそこなんだぁ、ラミリア様の神殿にも近いしねぇ〜」


 そう言われると、確かに遠くで滝の上げる音にも聞こえるが、このノイズはダルン入国初日に見たあの夢の中でも鳴っていたような……。


 通路を進んで行く度に、ノイズは大きくハッキリと滝の音となり、冷ややかな空気が漂って来た。

 通路から柱だけが立ち並ぶ、異様な部屋をいくつか抜けると、暗い通路の先が突然明るく拓けた。


─── ………………‼︎‼︎


 思わず言葉を失った。

 スタルジャとスクェアクが、声にならない声で、喉の奥を震わせている。


「目の前の湖が『聖泉』だぁ。んで、左奥のが『ラミリア宮』だよぉ〜」


 砂漠の地下を歩いていたはずが、突如神殿の通路が途切れ、そこは岩壁に囲まれた広大な空間が天に向けてポッカリと口を開けていた。

 その広さは、ちょっとした街のサイズ、いやバグナス首都と同じくらいかも知れない。


 周囲を囲う岩壁の高さも、上に覗いた空を、半分隠す程にそびえている。


─── 岩盤でせり上がった高地を、人為的に掘って造られた、半地下の巨大都市


 シノンカ霊王朝は、一言で表すなら、そんな感じだ。


「すごく……綺麗な水……。 底が見え過ぎてて、目がおかしくなったみたい……」


 スタルジャは、俺の腕にぎゅっとつかまり、うわ言のように囁いた。

 圧倒的な自然の風景は、ただ感動させるだけでなく、何処か畏怖を起こさせるものだ。


 ただただ、ひたすらに澄み切った水を湛える、巨大な湖の奥には、落水前に霧となって降り注ぐ滝が白い柱を天に伸ばしている。


「はぁ〜、今日はラミリア様も機嫌がいいみたいだねぇ。虹が二つ出てるもんねぇ♪」


 滝壺の少し上に小さな虹が掛かり、その遥か上の岩壁の空には、大きな虹がくっきりとこちらを見下ろしていた。


「……あそこにあるのが、ラミリア様の神殿か……」


「うむ、それ程変わっておらんのは、驚きじゃのぅ。ムグラの民よ、エルフを代表して礼を言おう。

これまで、ご苦労様じゃったなぁ……」


 ノゥトハーク爺は齢千五百の長寿エルフだ、かつてこの都市にいた頃に見ていた景色と、今の景色とを比べて胸を震わせていた。


「や、やだよぉ! 私らはただ、神様がいつでもお迎え出来るようにしてただけだってぇ♪」


「そこじゃよ。儂らにとっても崇敬すべき、神々の神殿じゃて、それがここに在る事が嬉しいんじゃ……。

五百年もの時間……さぞかし変化する自然の力には、難儀した事じゃろうてなぁ……」

 

 そう言って鶴ムグラの手を取って、深々と頭を下げるノゥトハーク爺の頰には、ひとすじの涙が伝っていた。


「…………みゃおぅ……」


 ふと不貞腐ふてくされた猫の声に振り返ると、通路の中に残った、ベヒーモスが座ってこちらを見つめている。


「あー、魔物だもんなぁ。神聖な力が強過ぎて、流石に入ってこれないか」


「ん、ここに来た時から、ぐったりしてたよ?」


 俺の呪いの武器達は大丈夫だろうか?

 ズダ袋の中に意識を向けると、中からは『出番? 出番か主様!』と、騒ぐ声が聞こえていた。

 どうも勢いがおかしい、虚勢を張っているのだろう、ここはそっとしておこう。


 袋の中の亜空間は、隔絶されてるから、この神聖な気も届かないようだ。

 変に武器達を刺激して、外に出られでもしたら、浄霊されちゃうかも知れない。


─── ん⁉︎ 今、袋の奥から、とんでもない奴と目が合ったような……


 不揃いなボタンの眼が、こちらを凝視しているイメージが、脳裏をよぎって行った。


「な、なぁ、ティフォ? ど、どうして俺の袋に『オニイチャ人形』が……居るのかな?」


「ん〜? 知らないよ? あ、ティフォのカバンはオニイチャのよりテキトーだから、そっちに、ひなん、したのかな?」


 ふぅん、ティフォのポシェットは、俺のとは違う作りなのか……って、ちょっと待て!

 避難したって事は、意思を持って、神聖な力から逃げたんだよな⁉︎


─── やっぱりなんか憑いてんじゃねーかッ!


 これはいっその事、何処か教会で浄霊してもらうしか……いや、返って暴れ出したりしたら嫌だしなぁ。

 頭を抱える俺を、何故かティフォがふわふわ浮いて、撫でてくれている。

 うん、慰めるなら、あの人形の方を、何とかして欲しい。


「はいなぁ、お茶淹れたでねぇ。こっちさ座って座ってぇ〜」


 壮大な景色の中、鶴にお茶を淹れてもらうのは、何処か場違いな気がしないでもない。

 それでも温かい飲み物は、心を豊かにして、少し冷静に風景を楽しめるようになる。


 誰が何を話すでもなく、俺達はただ、砂漠に取り残されたこの風景を眺めていた。




 ※ ※ ※




─── ……ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ……


 ラミリア宮の入口両脇に立つ、美しい女神像から、血の涙が溢れ出る。

 床に刻まれた、魔を払うための魔術印は、激しく明滅して焼き切れた。


「……な、なんじゃ? 神殿が邪悪な者にでも、穢されておるのか⁉︎ こ、このような、奇怪な事が起きるなぞ……!」


 神殿に張り詰める異様な圧力に、ノゥトハーク爺が怯え、ラミリア宮を心配している。


「─── 済まん。多分俺の魔力のせいだ、心配ないから」


「ほぇっ⁉︎」


 ノゥトハーク爺は、頓狂とんきょうな声を上げて驚くが、何度か俺と女神像を見比べて黙ってしまった。

 ……むしろ何を納得したと言うのか。


 ここに来るまでも、教会なんかの聖域に入った事はあったが、何処でも同じような怪異が起きていた。

 俺の禍々しい魔力がそうさせるのか、聖域に息づく聖なる思念が、俺の魔力と真っ向ぶつかり合ってこんな事になってしまう。


「……まあ、進もう」


 そう言ってラミリア宮の入口を通ると、点々と灯されていた明かりが、青白く強い光を瞬かせる。

 鶴ムグラは心配そうにこちらを見ているが、何が起きるか分からないので、外で待ってもらう事にした。


 真っ直ぐ続く壁面は、今までの物と同じ材質で、壁際に柱が整然と並んでいる。

 だが、今までの様式とは違い、繊細かつ荘厳な装飾が施され、こじんまりとしていた外観とのギャップが大きい。

 内部はそれ程広くはなく、直ぐに最奥に辿り着いたのは、創建された当時から人が多く入る事を、想定してなかったという事だろうか。


 そうして最奥の壁面に対面した時、目の前の情景に、誰もが言葉を失っていた。


─── 見上げても最上部が霞む、巨大な光の神ラミリアのレリーフ像が、俺達を見下ろしていた


 材質は壁の物と同様の暗い灰色に、小さな粒子が光を反射して、キラキラと鈍く輝いている。

 そしてそのレリーフは、今にも動き出しそうな程に、生き生きと精巧に造られていた。


 思わず目を奪われて見上げていた時、俺の背中の一部に、刺すような熱が走った。

 思わず背中に手を伸ばそうとした瞬間、目の前で起きた怪異に、誰かが声を漏らした。


─── ピシ……ッ!


 レリーフの中央に、真っ直ぐ縦の線が走った。

 その隙間から、光が漏れて、神殿内のホコリを照らし出している。



─── ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ……



 地響きを立ててレリーフが左右に動き出すと、光は更に強く溢れ出て、暗さに慣れた目が刺激された。

 レリーフはゆっくりと時間を掛けて開き、最後に一際大きく地鳴りを起こすと、ようやく停止する。

 ……その中の光景に、俺達は呆然と、立ち尽くしていた。


─── 何処からが床で、何処が天井なのか分からない、ただただ光の溢れる空間だった


 突然、ノゥトハーク爺とスクェアクの二人が、その光の間の中へと、ふらふら歩き出した。


「お、おい! 二人共、ちょっと待てって……」

 

「「…………………………」」


 反応も無いまま、無言で進む二人を止めようと、部屋に一歩踏み出す。

 足裏にはしっかりと、硬い床の感触があり、そのまま歩く事も出来た。


 スクェアクの肩を掴んだが、力んでいる様子も無いのに、前に進む彼を止める事が出来ない。

 仕方なく二人の後を追って進むと、ソフィア達三人も着いて歩き出し、結局全員で光の中を進んで行った。


─── ……シャリイイィィ……ン


 金属の触れ合うような、澄んだ高音が突如響き、前を歩いていた二人が立ち止まった。

 刹那、途轍も無い神気が、熱を帯びて部屋を覆い出す。



─── よくお出で下さいました



 何処かソフィアに似た、凛とした透明感のある声が、耳からか頭に直接なのか響く。

 そして、光が溢れる部屋の中に、更に眩しく光る光の球が浮かび上がった。



─── 私は光の神、ラミリア

まずはノゥトハーク、スクェアク

ここまで足を運んでいただいた事、感謝します



 その声に、体の奥から温もりが溢れ、清浄な気が全身に漲る

 名を呼ばれた二人は、体が薄っすらと発光して、正気を取り戻したようだ。

 不思議そうに振り返った、二人の顔からクマが消えて、疲れの色が消え去っていた。



─── 使徒としてお呼びしてしまった事、どうかお許しください



 その言葉で、スクェアクが無心のまま、断ったはずの特急車両にやって来た時の事を思い出した。

 二人は慌ててひざまづき、光の神ラミリアの光球に、恭しくこうべを垂れた。


「……ラミリア様! 儂らはラミリア様への信仰から、こちらにおられるオルネア様へと、乗り換え─── 」


─── ふふふ、構いませんよ?

そのような事は、世界のバランスの上で、とても瑣末な事に過ぎません……



 ん? ホラーな夢にうなされまくってたって、二人はビビってたけど、呼ばれた理由は鞍替えの事じゃないのか?



─── 世界のバランスが、大きく崩れようとしています……

今、悪しき方向に進み始めた理りを止めるには、良き理りを生み出す必要がありました


─── 貴方がた緑の髪のエルフ達が、ここに来ると言う、ただそれだけでも良き理りを生み出す

お二人をこちらにお招きしたのは、その為だったのです



 確かに白髪のエルフと、ランドエルフの和解から、ムグラ族との再会には転換を感じる。

 エルフ同士の和解は、ランドエルフの意思によるものだが、ここに来たのは夢で呼ばれたからだ。



─── この地の安寧を、より盤石なものにする為には、これからも貴方がたのお力が必要とされるでしょう

……ささやかですが、祝福をさせて下さい



 ノゥトハーク爺とスクェアクが、更に強く光を放ち、その場に倒れ込んだ。

 思わず駈寄るが、二人共安らかに寝ているだけで、心配する必要は無さそうだと分かった。

 ただ、彼ら二人の魔力が、ずんずん膨れ上がっているのが、ビリビリと伝わって来る。



─── ふう……



 ラミリアの溜息が聞こえた。

 と、ソフィアがつかつかと前に出て、腕組みをして立つと、光球に変化が起きる。


「はあぁ……やっと逢えましたね


 光が女性の姿に変わると、ソフィアを避けて、俺の方に真っ直ぐ歩いて来る。


 光り輝く白金の美しい髪、深い海を集めたようなマリンブルーの瞳、そして女性の美の究極を思わせる肢体。

 堪え難い程に美しい、美の女神が真っ直ぐに俺を見つめ、柔らかく歓喜に満ちた微笑みを湛えていた。


「嗚呼……その幾千の夜を束ねたかのような、美しい黒髪……。幾万の星をも、燃やし尽くすような、紅い瞳……」


 俺に向けて、彼女の言霊が連なる度に、首回りと背中に刻まれた紋様が熱を発する。

 そして、その手が俺の頰に触れると、潤んだ瞳で、真っ直ぐに俺の目を射抜いた。


「さあ、ここで出逢えたのも運命、私とひとつになり─── 」


「ん、ちょっと待て、そこの偽乳女」


 ザックゥ! と聞こえるような、ティフォの直球爆撃が、辺りの空気を凍りつかせた。


「─── なッ! ちょっ、そこのタコ女! 余所者は黙ってらっしゃい!」


「ラミリア様……お労いたわしいですねぇ……」


「オルネアッ! あんたもお黙り!」


 ラミリアが感情的に言葉を発する度、更に俺の首回りの紋様が、激しく熱を帯びていた。


─── びっしぃッ!


 ティフォが触手をざわつかせながら、仁王立ちして腰に手をあてると、光の神を勢いよく指差した。


「……やっと見つけた。オニイチャの、、ちょーほんにん」


─── へ?


 さっきから紋様が激しく反応してると思ったら……。

 光の神ラミリアが、俺のだったのか⁉︎


「……ど、どど、どういう事だ⁉︎」


 ラミリアは、こちらを寂しそうな目でチラリと見ると、フッと苦笑して俯いた。



─── これにはね……深いわけがあるのよ……



 運命共同体の四人に囲まれ、光の神ラミリアは真実を語り出した……

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