第五話 集落『ロゥト』

 傾きかけた黄色い横日を受け、丘の下の拓けた草原に、ポツリと白い石柱が唐突に二本佇んでいる。

 スタルジャはしばらくそれを見ていたが、何かに気がついたように、急に柱へと向かって駆け出した。


「確か……集落はここだって言ってたよな?」


 他の三人がうなずく。

 引っ越しちゃったのかな……? スタルジャの実家捜索となったら、こりゃあ大変だぞ。

 集落どころか、人のいた形跡すらない草原を前に、薄ら寒い不安感が差し込んだ。



─── ピシィ……ン……



 旅の方向修正を考え始めた時、視界が薄緑色の光に包まれると甲高い反響音がして、唐突に集落が姿を現した。


「見えなくするおまじないしてたみたいーっ! 今解いたから大丈夫だよーっ!」


 柱に手を掛けたまま、彼女はそう叫ぶ。

 なるほどねぇ、そうでもしないとまた馬族でも来たら嫌だろうしなぁ。


「集落がなくなってて驚いたけど、石柱を見て思い出したの。大事なものを隠すおまじない。

前は集落ごと隠せるって思わなかったなぁ。

……あの時もこうしてたら良かったのにね」


 スタルジャが寂しそうにそう言って、集落を眺めている。

 パガエデはかなり前から、硬い表情のままだった。


─── いよいよ、パガエデが謝罪する


 集落には、土煉瓦つちれんが造の十数棟の家屋と、畑が広がっていて、簡素な柵で囲われていた。

 しかし、誰も建物の外を歩いていない。


「誰もいないのか? いやに静か─── 」



─── シュッ!



 言い掛けた時、一本の矢が俺の喉元を目掛けて、放物線を描いて飛び込んで来た。

 狙いは完璧、一撃で殺す気満々なコースだったが、特に魔術付与もされておらず、俺は矢を掴んで防いだ。

 俺達の接近に、すでに備えていたようだ。


─── バタンッ


 木戸が勢いよく開いて、何かが飛び出して来た。

 風の魔術を使ったのだろう、薄緑色の光を纏った人影は、大きく弧を描くように残像をいて走りながら、複数の矢を曲撃ちに仕掛けて来る。


 俺は触手を不可視の状態で宙に走らせ、全ての矢を叩き落とした。


「─── 待って! この人達は敵じゃない! 私よ! エノクとシストラの娘、スタルジャよ‼︎」


─── ズシャ……ッ!


 スタルジャが叫んだ直後、迫って来ていた人影が、魔術の制御を失って派手に転んだ。


「─── ス、スタルジャ⁉︎ 本当に、スタルジャなのか⁉︎」


 痩せ型の男が、身を起こしてまじまじと彼女の姿を検める。


「スクェアク……? やだ、スクェアクじゃない! 大きくなって……」


「あ、当たり前だ! あれから何年経ったと思って…………よかった……スタ姉、生きてた……」


 顔を大きく背けて、涙を見せないようにしているのだろうか、スタルジャはその様子を見て、手で顔を覆った。


「……スタ姉……コイツらは……?」


「そこの大きな人がアルフォンスさん、私の恩人で師匠。白金の髪の人はソフィアさんで、赤い髪の人はティフォさん、二人とも私の師匠よ! ここまで連れて来てくれたの!」


 緑髪の青年エルフは、不審げに視線を外さずに会釈をした。

 こちらも会釈を返すと、すぐに彼の視線はパガエデに向き、キッとにらみつけた。


「……それで……彼はパガエデ。

─── 『月夜の風狼家』の人よ……」



─── ギリリ……ッ!



 スクェアクは弓を構え、引き絞るとパガエデに狙いを定めた。


「何しに来たッ! まだ奪い足りないのかお前らはッ! あの時のようにいくとは思うなよ……ッ‼︎」


「待って! やめて、スクェアク! 彼はそうじゃない、彼は…………」


─── ドサ……ッ


 パガエデが地面に膝をつき、地に頭を擦りつけた。


「ぼ、僕はパガエデ……と言います。僕はこの地に、貴方がたに謝罪と……それから、スタルジャさんの居場所を作るために来ました。

……僕の一族は……間違ってます! この通り、今は一族を抜け、ひとりの男として謝りに来ました!」


「…………何を勝手な事を抜かしてんだよ人間ッ! てめえがどんなに頭を地につけようが、俺のお袋も、兄貴も帰っちゃ来ねぇ!

─── 誰がゆるすかッ! 今すぐここで、死んで詫びろッ!」


 スクェアクの怒鳴り声で、何人かが家から出て来て、様子を伺っている。


「赦してもらえるなど……思ってません……。でも、僕は貴方がたに謝らなければならない!

もし、僕の命が必要だと言うのなら、すぐにでも捧げます!

…………でも、スタルジャさんへの約束を果たしてからにして下さい」


「…………チッ! スタ姉、何だってこんな奴を連れて来た⁉︎ スタ姉の両親だって……エノク叔父さんとシストラ叔母さんだって、コイツの仲間に……」


 彼女の両肩を掴み、スクェアクは行き場の無い怒りを、その表情で訴えかけていた。


「…………お願い、スクェアク。今はパパとママの事は……話さないで?

私はここに『緑髪のエルフ』の未来について、話しに来たのよ」


「俺達の……未来……? 何を言ってんだスタ姉、俺達は何も変わらない。

白髪の奴らに冷たくあしらわれる、出来損ないの存在なんだよッ!」



─── ポゥ…………ッ



 スタルジャの体の周りを、色の異なる光の玉が複数現れ、それぞれが円を描くように回転を始めた。


「……変わるのよ、私達は。強く、世界に祝福される、新しいエルフとして……!」


 彼女の強い声が、言霊となって聞く者の心に、深く染み込むように刻まれる。

 スクェアクは彼女の肩から手を離し、何が起きているのか困惑しているようだった。


 何の魔術も行使せずに、光の玉に囲まれながら、彼女の体はフワフワと宙に浮いている。

 その姿に、集落の人々が集まり出し、ただ呆然と見上げていた。




 ※ ※ ※




 スボンに染みた土の湿気も、座り続けて痺れた脚も、もう感じなくなっていた。

 目の前の草の間を縫うように、コガネムシがノタノタと通り過ぎて行く。

 自分の置かれた状況とは関係なく、世界が動いている事実が、更に孤独感をあおった。


─── もう何時間、経ったのだろうか


 スタルジャは僕に『まず私が話をつけて来る、ここで待っていて』と言った。


(……何が『彼女の居場所を作る』だよ、もう迷惑を掛けているじゃないか……!)


 僕が居なければ、もっと彼女は身軽に、故郷の身内と再会を果たせたのに……。

 今になって、自分のしている事が、ただ彼女の迷惑になっているんじゃないかと、不安に打ちのめされそうになる。


 集落を襲い、家族を奪い、食糧も人質までも奪った一族をゆるせるはずもない。


 スクェアクと言っただろうか、彼の真っ直ぐな怒りの眼は、本当に恐ろしかった。

 自分の身内の仕出かした事の重大さは、分かっていたつもりでも、やっぱりいざとなると恐ろしくて仕方がない。



─── ザッ……ザッ……ザッ……



 集落の方から足音が聞こえて来た。

 ひとりじゃない、何人かの足音。


 彼らからすれば、僕は賊の仲間、仇でしかないんだ。

 スタルジャとの約束を果たすまでなんて、彼らには関係ない。


─── 僕はここで殺されるのだろうか……


 今までの事が、頭の中をぐるぐると回り出す。

 一気に色んな事が起こり過ぎて、父上が死んだ事すら、実感がわかなかった。

 でも、もしかしたら僕も父上の所に行くんじゃないかと思った途端に、父上や兄達の死が急に身近になって実感が伴った。


 最初は自分が冷たい人間なのかと思ったりもしたけど、余りにも呆気ない家族の死は、単に実感するまでに時間が掛かるだけの事だったみたいだ。

 自然と涙が頬を伝い出す。


─── 彼らはこんなにも哀しく、こんなにも大きな喪失感を植え付けられたのか……


 自分の涙が、地についた手の間の草を揺らした。


「パガエデ……立って。皆んなが話を聞くって」


 スタルジャの声だ。

 何だか自分が情けなくて、彼女の顔が見れない。

 何とか立とうとしたら、足の感覚が無く、自分の足では無いみたいに言う事を聞かなかった。


 思わず転倒した僕を、誰かが起こして、肩を貸してくれた。


─── スクェアクだった


 それが辛くて恥ずかしくて、そして何故か嬉しくて、僕はいつしか嗚咽おえつを漏らしていた。


「─── 男が……人前で泣くな……」


 そう言った彼が、スタルジャの前で涙を堪えていた時を思い出したら、何故か急に人心地がついた。

 それでも痺れた脚は言う事を聞かなくて、僕は半ば引き摺られるようにして、集落の門を潜っていった。




 ※ 




 広場には篝火かがりびが焚かれ、そこに集落の人々が集まっていた。

 全員、構えこそしていないが弓を持ち、僕の姿をただジッと見ている。


 正面中央には、長い白髭を蓄えた老人が、椅子に座り、両手を杖の持ち手に乗せてこちらを真っ直ぐに見つめている。


─── 老人が合図すれば、僕は一瞬にして、矢で針山のようにされてしまうだろう


 その少し離れた所に、アルフォンスさん達が、心配そうにこちらを見て座っていた。


「……大丈夫。ある程度の話はしてあるし、皆んなも今は落ち着いてるから、しっかり自分の話をして……」


 スタルジャの声が、どこか優しく聞こえて、冷え切っていた心の奥に、仄かな温かみが戻って来た気がする。


 深呼吸を繰り返す。

 僕はこの時、一家の神も、ご先祖様も捨て、自分の言葉に全ての想いを願う覚悟を決めた!


「……お話を聞いて下さる事、感謝します。

─── 僕は『月夜の風狼家』の戦士ブラウルの息子、パガエデと申します」


「うむ……話はスタルジャより聞いておる。お前さんがこの集落『ロゥト』に何をしに来たのかも……な。

赦されぬと分かっていながら、何故、お前さんは謝罪をしたいと思うのか、聞かせてもらおう」


 老人の抑揚のない声が、建物に反響しているのか、距離があるのに耳の近くで響く。

 怒りでも恨みでも無く、注意深く覗き込むような眼が、僕の背筋に冷たい汗を噴き出させた。


「……今更、おめおめと現れ、僕が謝罪をしても、皆さんの気が晴れる事は無いでしょう。

しかし、自分の一族のした事が、大きな過ちであり、それが大きな不幸を皆さんに与えてしまった事に変わりはありません。

……ただ風化させては、遺恨が残るばかりですし、哀しみや怒りが暗闇のように染み付いてしまう。

だからこそ、僕は僕らのした事が大きな間違いで、それを認める。そうして、少しでも皆さんの苦痛に、余計な広がりを生まないようにする義務があると思います」


「……『余計な広がり』とは、何かね」


「人間に対する、憎しみや怒りです」


 老人は少しだけ目に反応を見せた後、髭を撫でて何かを考えているようだった。

 他のロゥトのエルフ達は、ただジッと目を閉じて話に耳を傾けている。


 いつの間にか、恐怖心は消えていた。

 今はそれよりも、僕がここに来た決心と、エルフ達の将来に渡る、補償に報いたい思いが強く突き上げていた。


「自らは恨まれても、他の人間への恨みにはしたくない……と言うのか?

我々エルフは元々、人間とは相容れぬもの。亡国シノンカに手を貸したのは、ラミリア様への信仰のみ。今更、人間と関わる事は無い……と思うが」


「この国は『栄光の道』が整備されて、近年は大きく変わり始めています。

僕らバルド族は、まだまだ昔の生き方に固執していますが、それも後どれだけ持つか分かりません。

─── いつか、ここにも人の手はやってくる

……だからこそ、その時に人間と手を取り合う必要が起きた時にまで、貴方達の脚を引っ張りたくないんです」


 微かなどよめきが、エルフ達から発せられた。

 アルフォンスさんが、僕を見て小さくうなずいてくれたのが分かり、自分の言葉に自信が湧いて来た。

 ……僕の言葉は、きっと見当違いな戯言たわごとにはなってない。


─── あの人は不思議な人だ


 凄く強くて優しいのは分かるけど、一緒にいるだけで、何故か勇気まで湧いてくる。


「…………よく分かった。では、謝罪の言葉を聞こう」


 そう言って、老人は目を閉じる。

 僕は深く息を吸いながら、父上の言葉や想いを脳裏に思い浮かべて口を開いた。


「僕たち『月夜の風狼家』は、大きな誤ちを犯しました。全ては、一時の感情と身勝手な事情で引き起こした、略奪と暴力です。

皆さんの大切な家族、財産、明るい日々を奪ってしまいました。

─── 申し訳、ありませんでした」


 地に膝をつき、頭を深く下げる。

 何をどう取られても、言い返す権利はない。


 でも、憎まれるのは僕たちだけでいい。

 それだけでも伝えられれば、彼らの未来にまで制約を掛けてしまう可能性を、大きく下げられるかも知れない。


─── あの事件は僕たちが、馬族の風習で起こした、古い考えの理不尽な事でしかないんだから


 これで赦されるなんて、最初から思っていない。

 後は一番の被害者とも言える、人質にされたスタルジャへの、出来る限りのサポートまでが、僕に今できる事。


「─── パガエデよ、お前さんはもう一族の者では無かろう……」


「…………はい。魔族に父と兄二人が殺され、もう一人の兄は、一族の陰謀で身内の者に殺されました。

今、私が一族の元に帰れば、私も父や兄の後に続く事となりましょう。すでに一族の男の証である、髪も切り落としました」


「……ならば、お前が頭を下げる理由が何処にある。そもそもお前さんはあの事件に、関わりが無かったのではないのか」


「私は当時八歳で、確かに事件に関わりはありませんでした。しかし、起きた事は理解していますし、当時の空気も覚えている。

あれは僕たち馬族の風習が原因です。だからこそ、馬族の僕が頭を下げるべきです」


 老人は再び目を深く閉じて、髭を撫でながら、何かを考えているようだ。

 長い沈黙が続き、篝火のぜる音だけが、広場に続いていた。


「分かった。儂はこの者の言う通り、馬族の風習を恨み、あの一族への憎しみを背負って生きようと思う。

人間そのものへの排斥は、この件とは無関係。可能性を狭めず、このロゥトの家族の安寧を第一に考えるべきじゃろう。

それに……

─── この者に罪はない

他者の罪を背負ってまで、このロゥトを考えようとした者を、友人として受け入れたいが、どう思う? 反意無き者は音を出せい!」


 集落の人々が、一斉に天に向かって、鏑矢かぶらやを放った。


 気が抜けちゃったのかな、視界が暗くなって、体を起こしていられなくなってしまった。

 ひゅうひゅうと、空に鳴り響く鏑矢の音が遠くなっていった時、誰かが駆け寄って抱き止めてくれた。


─── よく頑張ったな『謡う英雄パガエデ


 アルフォンスさんの声に被って、父上の声が聞こえた気がして、僕は意識を失った。




 ※ ※ ※




─── いや驚いた


 何がって、スタ姉が帰って来た事にも驚いたが、連れて来た馬族の奴が頭を下げた事にも驚いた。

 人間って謝んない奴らだと思ってたしな。

 でも、本当に驚いたのは、スタ姉が連れて来た


─── 特にソフィア様だ


 彼女は紛れもなく神だった。

 俺達が出来損ないのエルフだと信じて、何処か諦め切って生きて来たってのに、俺達の生きる意味を教えてくれた。


 あれから数日、スタ姉を中心に、新しい魔術の扱い方に、ロゥトの民が一丸となって修練をしている。


─── 精霊術


 俺達の今までの魔術は、使い方を間違えていたと知った時、目から鱗がボロボロ落ちた。

 俺達の魔力は、直接魔術化する性質じゃなくて、まさか精霊に協力を仰ぐためのものだったなんて……。


 俺達は腐ってもエルフ。

 精霊や妖精に、耳を傾ける事くらいは、朝飯前だった。

 天気の変化を聞いたり、土の状態を聞いたり、農耕に生きて来た俺達には、当たり前の能力だと思っていたんだ。


─── 語り掛ける言葉に、精霊を見つめる眼に、俺達は魔力を使うべきだったんだ!


 たった数日で、集落の子供から老人まで、息を吐くように魔術を扱えるようになった。

 正しくは精霊に頼むだけなんだが、その方法論をアルフォンス様は、まるで畑の作り方を教えるみたいに、順序立てて分かりやすく教えてくれたんだ。


 ソフィア様とティフォ様が、神である事は分かる。

 あの神気と、言葉ひとつひとつに奏でられる言霊の強さは、この世のものじゃない。


─── でも、アルフォンス様は一体……


 彼は人だ。

 年だって、スタ姉の五分の一にもいってないだろうに、剣も弓も魔術も何もかも、俺達には神の領域としか思えない高みにいる。


 ソフィア様……調律神オルネア様に見出された彼だが、勇者ではないと言う。

 確かに聖騎士パラディンとするには、魔力がどうにも禍々しいが、彼の言霊はどこまでも優しい……。


 見上げるような上背、屈強な体、整った顔に燃えるような紅い瞳と、黒く艶やかな髪。

 見てるだけで、不思議とこちらに力が湧いてくる、そして彼の言葉を聞くと、どんな無理な事でも出来そうに思えてしまう。


「こらっ、またサボってるな、スク坊。何をボーっとして……あっ、またあんたアル様に見惚れてたんでしょ! 全く、男が男に惚れてどうすんのよ、あはははは」


「ば、ちょっ! 違ぇよ! どうやったらあんなに強くなれんのか、考えてただけだ。スク坊って呼び方止めろって

─── それに惚れてんのは、スタ姉の方だろ」



─── ボッ!



 うわ、顔どころか全身真っ赤じゃねぇか!

 絶対そうだとは思ってたけど、こんな反応する人だったっけ⁉︎


「うぉ、図星かよ。超高嶺の花じゃねぇか。女神二人に惚れられてる、人類最強の男だぜ?」


「……ちちち、ちが、違うわよ! あああ、あんなに格好いい人を……いや、ちが……人間よ?

すすす好きになんか……」


 スタ姉は昔から男勝りで、弓も体術も農地の事も、何でも出来る強い人だった。

 精霊術も俺達より、少しばかり先に始めてたとは言え、集落の誰も追いつけない域に達してる。


 スタ姉に模擬戦をしてもらった時、何をどう戦えば良いのか分からないどころか、敵うイメージが全くわかなかった。


─── そんなスタ姉との模擬戦を、アルフォンス様は赤子同然にあしらった


 彼は『精霊術はそれ程得意じゃない』なんて言っていたけど、喚ぶ精霊のレベルも、見出す精霊への指示のレベルも桁が違い過ぎる。

 ……なぁんか禍々しい精霊ばっかり寄ってるのは気になるけど。


 練習のお手本に喚び出した、紫色の炎をまとった黒蛇が、ピューマをボリボリ食ってる様は、流石に子供達が泣いてくらいだ。


「まあ、しょうがねぇよな。若い娘は、とっくに皆んな落ちちまってるしよ」


「……え、うそ! だだだ、誰と誰よ!」


 うわ、スタ姉の周りに、数え切れない精霊の玉が回り出したぜ⁉︎

 これだと集落の娘達が絶滅しかねねぇ。


「そんな事よりさ、本当に行くのか? 本家のエルフん所……。あんな思い上がり連中は、放っておけばいいじゃねぇか」


「それじゃあダメなのよ。『緑髪のエルフ』はこれから、胸を張って生きて行かなきゃ。

その為にも、同じエルフだと認めさせて、協力し合っていかないと、草原のエルフの先は細くなる一方よ」


 パガエデもそうだけど、何だってこんなに他の奴のために頑張れるんだ?

 ……これもアルフォンス様の影響か。


「まあ、そっか。……しかし、変わったなぁスタ姉、前はもう少しエルフっぽかったのに」


「何よそれ」


「人の事より、孤高の生き方。本来、俺らはそういうもんだろ? それが今じゃ、俺達どころか、白髪の奴らまで助けようとしてるし、パガエデの事だって……」


 シストラ叔母さん、スタ姉の目の前で、馬族の足で蹴り殺されたって聞いた。

 それを聞いた時は、怒りで前が見えなくなったくらいだ。


 パガエデが頭を下げる前に、俺達はスタ姉から精霊術の事とか、これから先の備え、可能性について皆んなに聞かされていた。

 急に生まれた、自分達の生まれへの安堵感が無ければ、多分パガエデの話などまともに聞きもしなかっただろう。


 スタ姉の話がパガエデを救った。

 そしてパガエデの話が、俺達の人間に対する憎しみの連鎖を断った。


「……なあ、俺達はさ。先にスタ姉の話で落ち着いてたから、パガエデの話を聞く気になれたけど……。

スタ姉は自由になった瞬間に、あいつを殺そうとは思わなかったのか?」


 スタ姉は困ったような顔をして、ふふふと笑った。


「最初は少しね……だけど、私が生きていられたのは、彼の父親ブラウルのお陰だし、ブラウルがいなければ、きっとこのロゥトの集落は壊滅してたはず。

……変な話だけど、彼の父親には多少の恩義があるのよ。そもそもブラウルは襲撃を止めてたみたいだし。

だからかな、パガエデに対して、それ程、憎しみがあったわけじゃなかった」


「悪しきは馬族の古い風習か……。パガエデの言う通りって事なんだな」


「……そうね。私は人質に取られてから、ほとんど人と関わりを深めようとしてこなかったの。だからかな、ずっとあの悲劇の原因を考え続けて来たのよ。

もし、私達がもっと強ければ。もし、私達が白髪のエルフと仲が良ければ。もし、馬族の中にもっとブラウルやパガエデのような人間が多かったら……てね」


 それは、俺だって何度か考えたさ。

 でも、俺達は毎日を生きていかなきゃいけないし、残った家族達がいた。

 段々と考える幅は狭く薄く、色々考える事は無くなってたのかも知れない。


「緑髪のエルフに降りかかる災厄は、馬族だけとは限らない。それにはあの時欲しかった、助かるための、いくつかの足掛かりが必要だったと思うのよ。

ロゥト……古い言葉で『根っ子』でしょ? ここを拠点に、根っ子みたいに他の緑髪のエルフの集落とも結びついて、白髪のエルフとも結びついて……。

─── 私達で強くなっていかないとね」


 その言葉で、全てが分かったような気がした。


 俺達が本当にただ不幸なら、全滅してたし、スタ姉だって殺されてたはずだ。

 いや、白髪の奴らに追い出された時点で、とっくに野垂れ死んでたかもしれなかった。


 でも、そうならなかった。


 集落は生き残り、スタ姉は生き延びて、この集落に新しい力を連れて来た。

 俺達は最初から不幸だったんじゃない、いくつかの不幸の中にも、生き延びる事を望んだから今があった。

 そして、その先を望んだから、スタ姉は神様と出会って歩き始める道にも辿り着いたんだ。


 ……そうか。

 幸、不幸じゃない、もっと自発的な運命との向き合い方があったんだ……!



─── 背負うための覚悟



「…………おわっ! な、何だこれ⁉︎」


 俺の体の周りに、精霊の光の玉が回り出した。

 スタ姉以外、誰も出来なかった、精霊との常時接続が唐突に出来ていた。

 精霊の声だけじゃなくて、考えや気持ちまで手に取るように伝わるし、俺の心と連動してるのがハッキリと掴める。


「─── 『強くなるには、運命と向き合う事。その運命を背負うために、強くなる覚悟を持つ事』……アル様が教えてくれた言葉なの。

精霊は必要とされる場所で生き生きとする、マナの具現化した思念体。術者の生き方に呼応するんだって。

スクェアク、貴方が最初に私達を迎え討とうした時、凄く強くなってるって分かったわ。……真っ直ぐに生きて来たのね。

だから、きっと貴方は背負える運命を、もっとたくさん選んでいけるはずよ?

─── 今、精霊に認められたみたいに」


「……運命を……選ぶ……」


 アルフォンス様の強さは、こういう事だったのだろうか……。

 力は必要な分だけしか、与えられないと言う事なのか?


 じゃあ、あの人の背負う運命って、一体どれだけのものだと言うのだろう!


「─── スタ姉……手合せをお願いしたい」


 まだ、きっとスタ姉の足下にも及ばない。

 でもどれだけのものを抱えられるかは、戦いの中じゃなきゃ、分かりゃしない!


「くすくす。もう、スク坊なんて呼べないわね……

─── 掛かってきなさい、スクェアク!」


 気がつく事も、覚悟なんだろうか、戦いの中で見える世界が変わった気がした。


 何合目かのやり取りの内に、気がつけば俺は、白髪のエルフと話をつける事が、どうにも必要な事のように思えてならなくなっていた。

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