第四章 草原のダラングスグル共和国
第一話 ダラングスグル共和国のバルド族
水龍船がアケル最北部に差し掛かると、南北に真っ直ぐ続いていたガグナグ河が、細く緩やかに、大きく西側へと曲がり始めた。
段々と河岸の森が消え、右手は険しい岸壁、左手は砂地と、風景が二分されて行く。
岸壁側は密林国アケル、砂地の先には次の通過国『ダラングスグル共和国』
─── 通称ダランがある。
もう間もなくその入口となる、アケル最北の川港に到着するだろう。
船旅はそこで終点だ。
父さんの手紙に示された、俺の両親のいると言う場所
─── 『キュルキセル地方ケファンの森』
そこを目指すには、必ず通らなければならない国がダランだ。
ダランからケファンの森へは、二つのルートがある。
─── 最速ルートと、最短距離ルート
最速ルートは遠回りにはなるが、世界最大の貿易陸路『栄光の道』の、整地された馬車道が使えるため、結局は最速となる。
最短距離ルートは、通る道を二カ国減らせるが、砂漠と高山地帯の険しい悪路を通るため、時間が掛かってしまう。
俺達は最短距離ルートを選んだ。
悪路や気候の厳しさは、俺達には全く問題ないし、この旅に出る時に頼まれた事があったからだ。
─── シモンの妹に、託された手紙を渡す
『栄光の道』を通る最速ルートは、シモンの故郷である、メルキア公国を通らない。
最短距離ルートなら、ダランとその次の『シリル王国』を越えれば、シモンの実家『メルキア公国』を通過する。
もちろん、世界最大の貿易陸路だって通ってみたいから、そちらは帰りの道で使うつもりだ。
俺の実の両親と会って、俺の出生を知る事は、ソフィア曰く『大きな運命に巻き込まれる』事になるらしい。
もし、何か大変な事になったら、その時こそ最短ルートを通れなくなって、メルキアに寄れなくなるかも知れない。
だから、俺達は最短ルートを選んだ。
「うおぉいッ! 見えて来たぞッ!」
熊耳の親方が船室の外で叫んだ。
砂地側の岸に、薄っすらと街が見えている。
今までの密林を通る河と違い、砂地の続く土地の風景は、遠くまで見渡せた。
と、船室から顔を出した俺達に、ペイトンが声を掛けて来た。
「
─── おおい! ドギ、こっち来い!」
そう呼ばれて現れたのは、狼顔の獣人だった。
「おめぇなら適任だな! ちょっくら街で兄ちゃん達を案内しがてら、ダルンの事でも教えてやれや」
ドギと呼ばれた獣人は、気楽にへいへいと返事を返して、手を差し出して来た。
「あ、ども。背黒狼族のドギっす。……まあ、ダルンの連中はクセがあるっつうか、個性がこんがらがってんで、オレがご案内するすよ。
どぞ、よろしく」
「俺はアルフォンスだ。済まないがよろしく頼むよ、何分この国は初めてなんだ」
ドギは眼を細めて人懐っこく笑った。
うはっ、狼はいっぱい見てきたけど、友好的に笑ってくれる狼は初めてだ……!
いや、彼は狼じゃなくて獣人なんだけど、顔が丸々狼だから、妙に感動してしまった。
「もちろんっすよ! お任せくださいな。会長様に失礼があっちゃあ、オレっちなんざ暖炉前の敷物にされちまいますからね」
「『
もういい加減、彼らに俺が
ドギはソフィアとティフォにも、頭を下げてにっかりと笑った。
だが、やっぱりティフォを見た途端に、尻尾が股下からシュパッと丸まって下腹部にくっついた。
─── あ、服従しちゃった
心なしか、手首も力なく、内側に曲げている。
「あ、貴女様が……ッ‼︎
ティ……ティフォ様で、あ、あらせられるろ……でしたか
「ん、くるしゅーない。よきにはか
なんか二人して、慣れない物言いで、地が出てるし噛んじゃったよ。
ドギは微妙な表情で、顔をそらしてる。
「エリンとユニを思い出しちゃいました。
あの子達も今頃、もう旅を始めているんでしょうね♪
困ったりしていなければいいんですけどね」
「えらく張り切ってたもんなぁ。あっちはアケル国内の旅だから、色々助けも入るだろうし、タイロンも一緒だからな。まず大丈夫だろ」
三人とは予定通り、アケル北部首都の川港でしばしのお別れをして来た。
……なんか時折、唇に指を当ててたエリンを直視し辛かったし、ユニも頰を赤らめていた。
それでも彼女達は、獣人達の地位と戦力向上に、今までになく燃えていた。
タイロンは相変わらずのポーカーフェイスで分からなかったが、決意の固さは見て取れた。
─── うん。大丈夫だろきっと
やがて水龍船は、岩を積み上げた、長い桟橋の先に舳先を向けて、そろそろと動きを変えだした。
※ ※ ※
「む、ほれ握手握手ッ!」
顔に垢染みの浮いた褐色の男が、肩と肩がぶつかった瞬間に、険しい顔で早口にそう言う。
こちらも手を出せば、ガシッと掴んで二、三回ブンブン上下させて去って行った。
─── もうこれで何度目だろうか
人、人、人、出店のテントがひしめく市場の路地に、バルド人が溢れ返っている。
ガッシリした体型に、褐色の肌、赤茶の縮れ気味な髪。
細目が鋭く、油断ない顔の人が多く感じられた。
衣装は草原を走ったり、馬に乗りやすいように、工夫がされているようだ。
丈の長い前合わせの服で、背中側は腰辺りまでスリットが入っていて、馬に
その下にゆったりしたズボン、ブーツを履いている。
紺色の衣装の者が多いが、毒蛇除けに藍染を多用するからだとか、これも草原の知恵だ。
皆、背中に小型の弓、腰には麻糸を編んだ投石器と細身の曲刀を提げていた。
─── 馬に乗りやすく、背の高い草原も進みやすい、機能的な装備だ
ここはまだ、アケル国内だが、貿易の街としてバルド人が多く行き交っていた。
皆、一様に忙しなく速足で歩き、サクサク交差している。
……で、ぶつかると今の感じで、ぶっきら棒に握手をして、さっさと別れて行く。
最初は外国人の俺が珍しくて、握手しに来てたのかと、自意識過剰に恥ずかしがっていた。
しかし、ドギの説明で合点がいった。
「ここはバルド人が多いんす。やつらは遊牧民育ちで、自分達の力だけでサクサク生きて来たんですよ。
だから、いちいち揉め事にしたりしねぇで、ぶつかった程度なら、握手で即手打ちってのが流儀なんすわ」
なるほど、小さな里でお互いの関係を重視して育った俺には、カルチャーショックだ。
一瞬でも自意識過剰になった自分が恥ずかしい……。
「パッと見、不機嫌そうなのが多いすけど、ありゃあ強い陽射しに耐えて来たせいで、目元が険しいだけなんす。酒が入るとゆるゆるになるっすよ。
……オレも初めてん時は、みんな怒ってんのかって、居心地悪かったすけどね?
基本は酒と歌と踊りの好きな、気の良い連中なんで、気にしない事っすわ!」
「へえー、国の違いで色々分からない事もあるもんだなぁ」
言われて見れば、彼らは忙しなくしているものの、立ち止まっている人々は、誰もが大声でペラペラとよく話して盛り上がっている。
これだけ人が激しく行き来していても、喧嘩しているのはひとりもいなかった。
「お、握手握手!」
と、人々を眺めていたら、またひとりぶつかってしまった。
「おお、気にしてねぇよ。あんたも気にすんな」
そう言って手を握ると、ニカッと笑って去って行った。
「おん? 会長、バルド語話せるすか⁉︎ えっらい流暢に話すんすね!」
「いや……まぁねぇ」
バルド語は特殊な言語だ。
北は大国シリル、南はマスラ王国の山脈に挟まれ、アケルとは河で隔絶されるダラン。
馬族は馬が何よりも大事で、移動は馬が基本なのだ。
小さい船は作れても、大量の馬を載せられる、大きな船の造船技術には至らなかった。
草原が多く、木材が少ないというのも理由のひとつかもしれない。
つまり、他国との行き来が少なかった、独自文化の国である。
……だから、言語体系は、かつて何処かの地域から流れて来た時のまま。
文字も文法も異なるため、言葉での意思疎通も、学ぶ事も難しい。
もちろん俺はさっぱり分からない。
─── ソフィアが奇跡を使ってるだけだ
これがもし、ソフィアと再会していなければ、もしくは出会うのがダランの先だったら、ここでかなりの苦労をしてたと思う。
ありがたいし、運命感じちゃうなぁと、都合のいい方に考える。
「あれ、オレもしかして必要ないんじゃないすか会長……」
「いやいや、言語が使えるってだけで、本当にこの国は初めてなんだ。文化とか必要な事を教えてもらえて、凄く助かるよ」
ドギの垂れてた耳がぴんと立って、無茶苦茶嬉しそうな顔をする。
ふさふさの尻尾が、千切れんばかりに揺れて、パタパタいってる。
─── うあぁ……
「……あ、もしかして、それも魔術で話せるようにしてるんすか⁉︎」
「ま、まあ、そんなようなもんだよ」
「かぁ〜! やっぱスゲェや会長様は! オレなんてバルド語憶えんのにどんだけ苦労した事か……」
ソフィアのおかげなんだけどな。
……後でやり方教わっておこう。
「いや、自力で憶えたドギの方が凄いだろ。語学って時間かかるからなぁ」
苦し紛れにそう言ってみたら、ドギの反応は分かりやすかった。
……どうにも褒められるのが好きらしい。
それとなく耳を下げながら、頭を近づけて来たので、思わず撫でてしまった。
怒られるかと思いきや、はふはふ呼吸を荒くして喜んでもらえた。
「えへへへ。んじゃあ、オレ、皆さんの宿と必要品用意調達してきますんで、会長達はそこのパブででも待ってて下さい!」
そう言って、ドギは弾むように、人混みの中を走っていってしまった。
「アルくん、にやけてますよ?」
「いや、ドギの頭がもふもふで……。て、ソフィもにやけてるじゃん」
なんかソフィアが俺を見て、嬉しそうににやけてた。
「だって、アルくんが褒められたんですよ? 嬉しいに決まってるじゃないですか♪」
「っても、バルド語に関しては、ソフィアの奇跡のおかげじゃないか。俺が褒められるのは、心苦しい」
そう返しても、ただニコニコ嬉しそうに、腕に抱きついてくるだけだった。
それに触発されたのか、ティフォまで腕に抱きついてくる。
わらわらと人々が行き交う市場で、初めて見る光景に心が刺激されるのは、旅ならではなんだろう。
そんな時にふと浮かぶ『遠くに来ちゃったな』と言う、ほんのりした寂しさも、今は二人の女神のお陰で吹き飛ばされていた。
※ ※ ※
「くほぉ〜、これは効きますねぇ〜☆」
ソフィアがほんのり頰を紅くして、椀に注がれた酒をグイっと
左手には真っ白になるまで
「あー、ソフィアさん、その酒はつよいれふかられ? ゆっくりのまらいと、やば……まあ、いいや! うへへへへ……」
ドギがテーブルに突っ伏して『伏せ』したみたいになってる。
宿を取って、そこに必要品を預けてくれた後、彼は俺達のいるパブに来て、そのまま食事になった。
とは言え、バルド人相手のこの店は、基本飲み屋で、結局ただの酒盛りに流れ込む。
バルド人はかなりの酒好きらしく、まだ陽の高いこの時間から、ヘベレケになってる者が多い。
ドギを待ってる間、簡単なチーズと薫製肉をつまみに、馬乳酒を呑んで待っていたが、ドギが参加してからは、この国伝統の火酒の試し飲みになっていた。
最初に飲んでいた馬乳酒は、馬の乳から作った酒で、味は酸っぱい乳、酒精は麦酒より弱いくらい。
パブには子供連れもいて、これを小さな子が呑んでいるのを見て驚いた。
彼らは幼い頃から、蛋白源と水分補給にこれを飲むそうで、だからみんな酒好きなのだと言う。
で、今飲んでいる火酒だが、基本はこの馬乳酒を蒸留した透明な酒で、やや乳の匂いがして飲み口は柔らかいが、とにかく強い。
「あー、ティフォが黙々と呑んでるって事は、これ相当強いぞ……? てか、味比べとか言っても、もうどれがどれだか分かりゃしねぇ……」
「ん、オニイチャ、それは赤い馬の絵の
俺達のテーブルには、少しの料理と、酒の
確かに彼女の言う通り、さっき飲んだやつは、少し黄ばんでて、薄っすら脂が浮いていた。
ちゃんと飲み比べを続けてたのか……。
顔色は全然変わらないが、ティフォの目は少しトロンとしてる。
そう言えば、彼女が酔い潰れてるのを、俺は見たことが無い。
ソフィアは結構、酒乱のクセがあるが……。
そのソフィアはと言うと、左手に持った牛の骨をフリフリして『あ、柔らかくなった?』とか呟いて笑っている。
うん、末期が近いな、これは。
「うい、ソフィ、これ飲んどけ……」
「あら、アルくんありがと……グビッ……。
─── ブフォッ!
……何れすかこれ、ただの水じゃ
気づかれたか。
と言うか、後半呂律があんまり回ってなかったぞ?
「ちょっと飲み過ぎだよソフィ、一旦でいいから、水飲んで酔いを軽くしとけって」
「─── はぁうぅ……やっぱり、私のアルくんは、やさしぃ〜 ///」
と、言いながら、また酒の入った椀を煽ってる。
「アルくん……貴方はいっっつも、優しい
神界で溜まった苦悩は、おしゃけだけが、薄めてくれるんれすよぉ……」
「…………なんか知らないけど、大変だったんだなソフィも……」
そう言いながらティフォを見ると、うんうん頷いている。
どの世界の神界も大変って事か。
……なんか夢ねぇなぁ。
「……うぅん? しんかい……れすか……?
かいちょー、何の話してんすかぁ、オレも仲間に…………うぼぼぁっ」
「うわっ! ドギが吐いたッ⁉︎」
「あはっあはははは♪ 呑むなら吐くな、吐くなら呑むなーれすよぉ?」
「……でも、ドギえらい。ちゃんと、空の甕にはいた。ひがい、ゼロ」
ドギは
小さく呻くように『案内人根性っすよぉ……』と甕にこもらせて呟く。
一番先に酔い潰れて、案内人も何もあったもんじゃないとは思うが……。
結局、その後にすぐソフィアも寝始めてしまい、お開きとなった。
飲み口の柔らかい蒸留酒とは、恐ろしいものである。
二人を宿まで運び、寝台に横になった時には、外は暗くなっていた。
ティフォは甕を抱えて、ソファに正座していたので、まだ飲み続けるつもりだろう。
いくつかティフォと会話しているうちに、俺も気がついたら、カクンと眠りに落ちていった……。
※
─── はた……はたはた……
ふと、目を覚ますと、真っ暗な部屋の天井に、黒アゲハが飛んでいる。
(夜切か……? 今日はお休みじゃあ……)
蝶の飛ぶ姿を見ながら、そんな事をぼんやりと考えていた時だった。
─── …………シャ…………ン…………
何か遠くで音楽が聞こえた気がした。
そちらに意識を向けたが、よく分からない。
聞き取るのを諦めて、天井に意識を戻すと、黒アゲハの姿は消えていた。
(……帰ったのか……夜切……?)
と、その時、今度は確かに音が聞こえた。
さっきまで聞こえていた音楽は、音楽ではなく、一定リズムで振られる
─── 何かが近づいている気配が、部屋をざわつかせていた
「……だぁ……れぇ……だ……⁉︎」
声を出そうとすると、口と舌が上手く回らず、言葉にならない。
どうやら身体の自由も、ほとんど奪われているらしい。
成長期の頃に何度か金縛りになった事があったが、それに似ている。
それならばと、力任せに勢いよく足を動かそうと試みるが、何の効果もない。
……その内に全く動けなくなった。
(これは……金縛りとか、単なる寝ぼけ何かじゃない……ッ‼︎)
─── 部屋中に、
その直後、さっきまで夜切が羽ばたいていた辺りの天井から、光の球が音もなくすり抜けて現れた。
それはゆっくりと俺の真上に移動して、緩やかに上下している。
─── ……エ…………スカ……?……
琴のように済んだ女性の声が、頭の中に響いた。
何かを問われたようだが、よく聞き取れなかった。
─── ……コエ……マス……カ……?
『き こ え ま す か』と言っているようだ。
その問いが何度か繰り返され、声が近づくように、少しずつ聞き取れるようになった。
─── ……私……ハ……※※※※……
─── ……死の……丘……で……
─── ……お待……ち……しています…………
声が終わった瞬間、強いノイズが頭を揺らし、部屋の圧迫感と共に光の球は消えていた。
「……夢……だったのか……?」
声が出せた。
体も動くようになっている。
思わず跳ね起きたが、部屋には何の異常もなく、皆の寝息が聞こえていた。
ティフォはソファで寝落ちている。
体が動かなくなる直前、錫杖のような音が聞こえた時、ソフィアのうなされる声が聞こえた気がしたが、今はスヤスヤと眠っていた。
─── 何も異常は起きていない
まだ少し心臓は高鳴っていたが、横になるとすぐに眠気の波が襲って来たのか、思考が上手くまとまらなくなって行く。
手足の力も抜けて行き、しかし力が
※ ※ ※
「……とまあ、そんな感じで、この国は三つに分かれてるんすわ」
翌日、ドギは俺達に、ダラン国内の情勢について説明してくれた。
かつて大昔のダランは、西側に広がる海に面して、大きな国が独自の文明を築いて、存在していたと言う。
その国は何度かの戦争と、気候変動で滅亡し、今は広大な砂漠に呑まれている。
そこには現在『ムグラ族』が住む。
ムグラ族は、かつて獣人と交わって、過酷な環境に生きる力を手にした種族で、今はその地域から一歩も出ずに暮らしている。
文明は滅びはしたが、当時からこの地にいたエルフの亜種族『ラウペエルフ』は健在で、姿を隠して草原の何処かに暮らしているらしい。
極稀に姿を見せるが、人をえらく嫌っているのか、すぐに顔を背けて去って行くそうだ。
ちなみに『ラウペ』とは『地を這う』とか『這いずる』と言う意味のエルフ語だ。
おそらく森に住むエルフ達から、呼ばれていた
エルフ族は基本的に森に暮らし、森の智慧者である事を誇りにする傾向がある。
ドギは知らずにその呼び名を使っていたが、多分本人達の前で言ったら、ブチ切れるんじゃないかと思った。
そして一番数の多いバルド族だが、文明が滅びた後、土地が落ち着いた頃に何処からか流れて来た遊牧民族だと言う。
数百年前までは、それ以外の少数民族もいたが、当時かなりやんちゃだったバルド族に滅ぼされ吸収されて行き、今は存在しない。
過去に何度か、ラウペエルフとも抗争を起こしたが、これを討ち亡ぼす事は敵わず、今の状態に至るそうだ。
バルド族は砂漠以外のほとんどの地域。
ラウペエルフは西側の一部草原に。
ムグラ族は最西の砂漠地帯に。
住む環境の差もあるが、大まかに種族はこの三つに分かれて、この国は存在している。
『ダラングスグル共和国』は、この三つの勢力が共存していると言う事ではない。
バルド族の複数の血縁勢力同士に別れて、それぞれの自治区で成り立っているからだそうだ。
これまでは、それぞれの土地問題が課題のバルド自治だったが、最近は一部の自治区に帝国派が現れて何かしら、いがみ合っているとも言う。
「エルフの方は、まあ会う事もないでしょう。オレ達の中では、ただの迷信じゃねぇかって噂になるくらい見ないですし。
ムグラも栄光の道から、かなり西にいかねぇと会えませんからね」
「じゃあ、とりあえずバルド族についてだけ知っておけば良いって事か」
「そうすね。バルドの連中は、基本的には昨日見たままっすけど、いくつか注意点はあるっすよ」
─── バルド族は家族単位で遊牧していて、親や本家への尊敬が高く、特に神への信仰が強い
「これを侮辱すると、親族総出で大暴れっす」
─── 地位の高い者は、
「基本的に金を喜びません、特に街から離れる程、自給自足なんで鼻で笑われます。
─── 出された食べ物は、絶対残すな
「彼らの信条に関わりますんで、キツくても食べ切った方がいいす。
下手すると、これだけで友好関係が白紙にされるんすよ……」
─── 狩猟系馬族は、利害が生まれると、血も涙も無い
「別に商売とかで関わらなければ、特に問題はありませんが、利のある事には容赦ないす。
遊牧系はしませんが、狩猟系は奴隷を使います。もし奴隷を見かけても、この国では合法っすから、何も言わない方が賢明すな」
─── 風呂が無い
「乾燥地帯で水場がほとんどないんすわ。んで、乾燥してるからほとんど汗かかないんで、たま〜に体を拭くくらいす。
極たま〜に水浴びか、もっと極たま〜にお湯沸かして布で拭きます」
「……まあ風呂が無くても、俺達には【
「あ、会長達が風呂に入れないって事の心配じゃないす。つまり彼らの体は……」
……それは市場で、彼らとすれ違った時に、何ぁ〜んとなくは……ね。
まあ、そこはそう言うものだと、気にしない方向で……
「普段はいいすけどね。これは気候上まず無い事っすけど、もし万が一雨に振られて、彼らのテントに招かれた時は、覚悟してください」
「……分かった。それはいいとして、
行政が進んでない国内を移動するってのは、思いの外、その地域の権力者に融通をお願いする場面があるもんだ。
ギルドもないこの国では、魔石なんて意味ないだろうし、お金が通用しないのは問題だ。
「基本は食べ物なんかの嗜好品、珍しい道具とかも有りっすかねぇ……。
でも、やっぱり一番は
そう言って、ドギは小さな直方体の木箱を取り出した。
「……へへへ、これの魅力には、彼らもイチコロっす。一度この快楽を味わったら、効果が切れて来た頃にはもう……へへへ」
「……おい、変なクスリとか、ヤベェのは願い下げだぞ⁉︎」
─── パカッ
ドギがニヤリと笑って、箱の蓋を開けた。
中を覗き込んで俺は小首を傾げ、ソフィアとティフォは、むふふと笑っていた。
「……これが……これがそんなに凄いのか?」
「へへへ。
なんだかドギが物凄く悪い顔になってるが、俺は今いちピンと来なかった。
賄賂の品については、その後、遊牧民の生活様式から説明を受けて、ようやく理解できた。
そんな感じでギドからレクチャーを受け、この国の文化について教わっていた。
今までの国でも、文化の違いはあったが、地続きで交流のある土地なら、それ程大きくは変わらなかった。
ペイトンの爺さんが、ドギをつけてまで教えようとしてくれただけあって、この国は中々に文化の隔たりがあるようだ。
途中、何となく気になっていた地名を、彼に聞いてみた。
「……なぁ、ドギ。『死の丘』って、聞いた事あるか?」
「………………んー、聞いた事ないすねぇ。名前からすっと曰く付きっぽいすけど、バルド族は話好きなんで、有名だったらオレも聞いてるはずっすけどね。……調べましょうか?」
有名な土地でもないのか、それとも昨夜のは本当に夢だったのか。
あの時飛び回っていた夜切に聞いても、昨日は俺の寝始めの心が乱れていて、繋がらなかったとボヤいていた。
ソフィアとティフォは、何も分からず寝ていたらしいし、あの出来事は突拍子もない夢だったように思えた。
……体に
ただ、それも気分の問題だと言っても良いくらい、わずかな違いでしかない気がする。
「いや、多分気のせいだ。調べなくていい。話を遮って悪い、続けてくれ」
そうして案内役のドギから、二日に渡ってこの国の歩き方を聞いた後、俺達はペイトンのいる『熊耳商会』へ向かった。
─── いよいよ明日から、このダルンを三人で旅する事となる
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